2024年7月19日
他者の靴を履く:諸刃の剣としてのパースペクティブ・テイキング
人間関係を円滑にするために、相手の立場に立って考えることの重要性がよく知られています。近年、「パースペクティブ・テイキング」(他者の視点を取ること)に関する研究が増えています。これらの研究は、パースペクティブ・テイキングが個人やグループの関係性、そして組織内でどのように機能するかについて、新たな知見を提供しています。
本コラムでは、パースペクティブ・テイキングの研究知見を紹介し、その効果と影響について検討します。特に、パースペクティブ・テイキングが利他的行動を促進する可能性、グループ全体への影響、組織内での効果と課題に注目します。これらの知見は、より良い人間関係や組織マネジメントのヒントとなるでしょう。
利他的な行動をもたらす
パースペクティブ・テイキングは、他者に対する好意や利他的な行動を促進する可能性があります[1]。他者が「自分の視点を取ってくれた」と感じることで、実際に他者が視点を取る場合と同様の肯定的な効果が生まれます。具体的には、次のような結果が観察されています。
- 視点を取ってくれた人物に対する好意の増加
- 自分と他者の重なり感の高まり
- 視点を取ってくれた人物から共感されていると感じる度合いの増加
- 視点を取ってくれた人物に対するより寛大な行動
これらの効果は、一連の実験を通じて確認されました。例えば、ある実験では参加者が自身のストレス体験について書いたエッセイを架空の人物R.B.が読むという設定で、R.B.が参加者の視点を取ったかどうかを操作しました。その結果、R.B.が自分の視点を取ったと信じた参加者は、R.B.に対してより好意的な態度を示し、より多くのお金を分配する傾向がありました。
興味深いのは、知覚されたパースペクティブ・テイキングから好意の増加を経て利他的行動につながるという経路も示された点です。他者が自分の視点を取ってくれたと感じることで、その人物に対する好意が増加し、結果として利他的な行動が促進されるというプロセスが明らかになりました。
しかし、パースペクティブ・テイキングの効果には条件があります。例えば、視点を取る試みが失敗したと感じた場合や、視点を取る人物の属性(例えば裕福さ)によっては、肯定的な効果が十分に見られないこともあります。
ある実験で大学生評議会の候補者が学費増加に苦しむ学生の視点を取ることを示唆した場合、候補者が裕福であると、その試みは真摯なものとは受け取られず、かえって投票意向が低下しました。裕福な候補者が学生の苦境を真に理解できるとは思えず、視点を取る試みが不誠実なものと受け取られたためと考えられます。
また、視点を取る試みが失敗したと知覚された場合、視点を取る試みが成功した場合ほどの効果は見られませんでした。パースペクティブ・テイキングが肯定的な結果をもたらすには、その試みが成功し、かつ視点を取る人物の動機が真摯なものと受け取られる必要があるのです。
影響はグループにも広がる
パースペクティブ・テイキングの効果は、個人間の関係性にとどまらず、グループ全体にも影響を及ぼします。前章で見たような個人レベルでの利他的行動の促進に加え、グループ全体に対する態度の改善にも寄与します[2]。
外部グループ(自分が属さないグループ)に対する偏見や差別を減らす効果も確認されています。3つの実験を通じて、パースペクティブ・テイキングが特定の個人だけでなく、そのグループ全体に対する態度を改善することが明らかになりました。
1つ目の実験では、アジア系アメリカ人の経験を描いた映画を視聴し、主人公の立場に自分を置くように指示された参加者は、アジア系の大学応募者に対してより好意的な評価をしました。一方、映画評論家の視点を取るように指示された参加者は、白人の応募者をより好んでいました。
パースペクティブ・テイキングが特定のグループに対する態度に影響を与えることを示す結果です。映画の主人公の視点を取ることで、参加者はアジア系アメリカ人の経験や感情を理解し、その結果としてアジア系の応募者に対して好意的になったと考えられます。
2つ目の実験では、1つ目の実験の結果を再確認するとともに、パースペクティブ・テイキングの効果が他の少数民族グループのメンバーに対する好意にも広がるかどうかを検証しました。結果として、視点を取る条件では、アジア系アメリカ人の応募者に対する好意が増加しましたが、他の人種の応募者には影響がありませんでした。
この結果は、パースペクティブ・テイキングの効果が、視点を取った特定のグループに限定されることを示唆しています。一つのグループに対するパースペクティブ・テイキングが、自動的に他のグループに対する態度を改善するわけではないということです。
3つ目の実験では、パースペクティブ・テイキングが異人種間の援助行動における差別を減らすかを調べました。アジア系または白人が鍵を落とすシナリオで、視点を取る条件の参加者はアジア系に対して有意に多くの援助行動を示しましたが、白人に対しては影響がありませんでした。
パースペクティブ・テイキングの効果が、単に態度の変化にとどまらず、行動にも影響を与えることを示しています。パースペクティブ・テイキングが現実の相互作用においても偏見や差別を減らす可能性があることが分かります。
これらの実験をもとにすれば、パースペクティブ・テイキングは共感を引き起こし、特定のグループに対する態度や行動を改善します。特に注目すべき点は、一つの外部グループのメンバーに対する共感が、そのグループの他のメンバーにも影響を与えることです。
しかし、この効果は視点を取った特定のグループに限定され、他の外部グループには広がりません。パースペクティブ・テイキングの効果は、あくまで当該グループ内に留まります。
違いの認識が抑制につながる
パースペクティブ・テイキングがグループ全体に肯定的な影響を与える可能性がある一方で、その効果は必ずしも常にポジティブなものばかりではありません。特に、組織内での異質性の認識がパースペクティブ・テイキングに与える影響について、興味深い研究結果が提出されています[3]。
研究は、イギリス北東部の石油化学プラントで働くシフトチームのプロセスオペレーターを対象に行われました。研究の結果、仕事スタイルの異質性を認識するほど、パースペクティブ・テイキングが少なくなる傾向があることが分かりました。チームメンバー間で仕事のやり方や考え方の違いを認識するほど、お互いの立場に立って物事を見ることが難しくなるのです。
仕事スタイルの違いが大きいと感じられる場合、メンバー同士の理解や共感が得られにくくなるためだと考えられます。異なる仕事スタイルを持つ個人同士の認識された異質性が、グループアイデンティフィケーション、好意、仕事満足度、パフォーマンスなどに負の関連があることも先行研究で示されています。
さらに、知覚される仕事スタイルの異質性が低い場合、知覚される年齢の異質性がパースペクティブ・テイキングにより強い負の影響を与えることが明らかになりました。チームメンバー間で仕事のやり方や考え方の違いがあまり認識されていない場合、今度は年齢の違いが目立つようになり、世代間のギャップがパースペクティブ・テイキングを妨げる要因となります。
これらの知見は、チーム内の異質性がパースペクティブ・テイキングにどのように影響するかをより良く理解するために、重要な示唆を提供しています。異質性の効果を、単純な表面的な効果だけでなく、深層レベルの異質性(仕事スタイルなど)の異なるレベルでの効果も考慮する必要があるでしょう。多様性を重視する現代の組織において、異質性がパースペクティブ・テイキングを阻害する可能性があることを認識することが求められます。
諸刃の剣と言えるパースペクティブ・テイキング
これまで見てきたように、パースペクティブ・テイキングは個人間の関係性やグループ全体に肯定的な影響を与える可能性がある一方で、チーム内の異質性認識によって抑制される可能性もあります。さらに、視点を取る側にとってはコストを伴う行為でもあることが明らかになっています。この両面性に焦点を当てた研究を紹介します[4]。
職場におけるパースペクティブ・テイキングが、視点を取る側の従業員と同僚双方のウェルビーイングにどのような影響を与えるかを調べた研究です。ドイツのフルタイム従業員を対象に、89組の同僚ダイアド(計178人)から2週間にわたり毎日3回ずつ、計10日間のデータを収集しています。
主な結果は次の2点にまとめることができます。
- 視点を取る側の従業員のパースペクティブ・テイキングは、同僚の受けたサポートを増加させ、それを介して間接的に同僚の主観的活力を高めていました。
- 一方で、視点を取る側の従業員のパースペクティブ・テイキングは、自身の自己調整リソースを枯渇させ、それを介して間接的に自身の主観的活力を低下させていました。
パースペクティブ・テイキングは同僚にはプラスに働くが、視点を取る側の従業員にはマイナスに働くという、両刃の剣のような効果が確認されたのです。
パースペクティブ・テイキングの複雑な性質を浮き彫りにする結果です。視点を取る側の従業員が同僚の立場に立って物事を考えることで、同僚のニーズや感情を深く理解できるようになります。その結果、同僚に対してより的確で手厚いサポートを提供でき、同僚が受けたサポートの程度が増加します。同僚がサポートを多く受けることで、仕事へのモチベーションや活力が高まります。
しかし、他者の視点を取ることは認知的・感情的に負荷のかかる作業です。自分とは異なる立場に立って考えを巡らせ、相手の感情に共感することで、視点を取る側の従業員は自身の感情制御や思考の切り替えにおいて心理的エネルギーを消耗します。自己調整リソースの枯渇が仕事に対する意欲や活力を低下させてしまいます。
パースペクティブ・テイキングは確かに同僚間の関係性を改善し、サポーティブな職場環境を作り出す上で有効な手段です。しかし同時に、視点を取る側の従業員の心理的リソースを消耗させる可能性があることも認識しなければなりません。
個人と組織は、パースペクティブ・テイキングのメリットとデメリットの両面を理解した上で、適切なバランスを取ることが求められます。例えば、視点を取る側の従業員のリソース枯渇を防ぐために、マイクロブレイクの導入などの対策が有効かもしれません。
さらに、パースペクティブ・テイキングの責任を特定の従業員に偏らせないよう、チーム全体でバランスよく実践することも大事です。個々の従業員の負担を軽減しつつ、チーム全体としての共感性と協調性を高めることができるかもしれません。
バランスの良い実践のために
パースペクティブ・テイキングは、人間関係や組織のダイナミクスに多面的な影響を与える複雑な現象であることが、研究を通じて明らかになりました。
まず、パースペクティブ・テイキングは他者に対する好意や利他的な行動を促進する可能性があります。他者が自分の視点を取ってくれたと知覚するだけでも、その人物に対する好意が増加し、より寛大な行動につながることが示されました。
また、パースペクティブ・テイキングの効果は個人間の関係性にとどまらず、グループ全体にも影響を及ぼす可能性があります。特定のグループのメンバーの視点を取ることで、そのグループ全体に対する態度や行動が改善されます。
一方で、チーム内での異質性の認識がパースペクティブ・テイキングを阻害する可能性も見えてきました。特に、仕事スタイルの異質性を強く認識するほど、パースペクティブ・テイキングが少なくなります。
さらに、パースペクティブ・テイキングは視点を取る側の従業員にとってはコストを伴う行為でもあることが示されました。同僚へのサポートを増加させ、同僚の主観的活力を高める一方で、視点を取る側の従業員の自己調整リソースを枯渇させ、主観的活力を低下させる可能性があります。
これらの知見は、パースペクティブ・テイキングが「諸刃の剣」であることを示唆しています。その効果は常に一様ではありません。パースペクティブ・テイキングを効果的に活用するためには、次のような点に注意を払う必要があるでしょう。
- パースペクティブ・テイキングの試みが真摯なものであり、成功する可能性が高い状況で実践する。
- 特定のグループに対するパースペクティブ・テイキングが、他のグループへの態度に自動的に波及するわけではないことを認識する。
- チーム内の異質性、特に仕事スタイルの違いがパースペクティブ・テイキングを阻害する可能性があることを理解する。
- パースペクティブ・テイキングを行う従業員の心理的リソースの消耗に注意を払い、適切なサポートや休息の機会を提供する。
- チーム全体でバランスよくパースペクティブ・テイキングを実践し、特定の個人に負担が偏らないようにする。
パースペクティブ・テイキングは、他者理解や共感を深め、協調的な関係性を築く上で重要な手段です。しかし、その効果を最大限に引き出し、デメリットを最小限に抑えるためには、個人と組織の双方が、パースペクティブ・テイキングの複雑な性質を理解することが求められます。
脚注
[1] Goldstein, N. J., Vezich, I. S., and Shapiro, J. R. (2014). Perceived perspective taking: When others walk in our shoes. Journal of Personality and Social Psychology, 106(6), 941-960.
[2] Shih, M., Wang, E., Trahan Bucher, A., and Stotzer, R. (2009). Perspective taking: Reducing prejudice towards general outgroups and specific individuals. Group Processes & Intergroup Relations, 12(5), 565-577.
[3] Williams, H. M., Parker, S. K., and Turner, N. (2007). Perceived dissimilarity and perspective taking within work teams. Group & Organization Management, 32(5), 569-597.
[4] Fasbender, U., Rivkin, W., and Gerpott, F. H. (2024). Good for you, bad for me? The daily dynamics of perspective taking and well-being in coworker dyads. Journal of Occupational Health Psychology, 29(1), 1-13.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。