2024年7月18日
経営学から探るボスマネジメント:上司と良い関係を構築するには(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2024年6月にセミナー「経営学から探るボスマネジメント:上司と良い関係を構築するには」を開催しました。
上司とのコミュニケーションに悩んでいませんか。研究知見をもとにボスマネジメントについて解説します。具体的には、「上方影響力」に関する研究を紹介します。上方影響力とは部下から上司に対する影響力のことです。
ボスマネジメントは、キャリア開発や働きがいのある環境づくりに欠かせません。その一方で、その方法はあまり知られていません。
ボスマネジメントを多角的に検討する時間にできればと思います。専門的な知見を通して、上司との関係性に新たな視点を導入できるでしょう。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
上方影響力の重要性と難しさ
組織内の人間関係において、上司との関係は大切です。上司との関係が悪くなると、離職の原因になることもあります。
自分の意見を実現するためには、上司に影響を与えることが必要です。上司に自分の意見をしっかり伝え、その意見を元に意思決定してもらわなければなりません。
しかし、上司に影響を与えることは、必要でありながらも難しい課題です。部下の立場からすると、上司の行動や判断に疑問を感じることが多いかもしれません。「なぜ自分の意見を取り入れてもらえないのか」と感じることもあるでしょう。
難しさの一因として、上司と部下の間に影響力の認識のずれがあります。部下の影響力行使がうまくいかない場合、部下は上司の責任だと考えがちですが、上司は部下の能力不足が原因だと捉えるのです。
このような違いがあることで、お互いの理解が深まりにくくなります。影響力の行使は、人間心理が絡むため複雑なのです。単に意見を伝えるだけでは不十分です。戦略的に働きかけなければなりません。
一方で、影響力行使の方法を誤ると、上司との関係が悪化したり、キャリアに悪影響を与えたりする可能性もあります。慎重なアプローチが必要です。本セミナーでは、効果的なボスマネジメントの方法について、上方影響力に関する様々な研究知見をもとに探っていきます。
様々な上方影響力の戦術
部下から上司への影響力行使には、様々な種類があります。代表的なものを9つ紹介します。
- 合理的説得:上司に対して論理的に議論を行い、事実に基づいて説得する方法です。
- 鼓舞訴求:上司や組織の価値観や理想に訴えかけて動いてもらう方法です。
- 相談:上司に協力を求め、自分の提案を修正する方法です。上司から意見をもらい、自分の考えを改善していきます。
- 取り入れ:上司を褒めたり好意を示したりして、好印象を与える方法です。
- 交換:何かを提供する代わりに、自分の意見を通してもらう方法です。利益や見返りを約束しながら、協力や支援を求めます。
- 個人的頼み:上司との友情関係や忠誠心に訴えて助けを求める方法です。
- 連合:他の人の支持や助けを引き合いに出して同意を求める方法です。例えば「同僚も賛成しています」などと伝えるような働きかけです。
- 正当化:自分の権限や組織の方針、規則を引き合いに出して正当性を主張する方法です。
- 圧力:半ば強制的にプレッシャーをかけて要求を通そうとする方法です。
これらの戦術は、さらに3つの戦略に分類できます。
- ハード戦略:上司に直接的にプレッシャーを与える方法です。自己主張や上司の上司への働きかけ、同僚や部下と連携した圧力などが含まれます。
- ソフト戦略:上司の機嫌を取るような方法です。取り入れや交換がこれに当たります。
- 合理的戦略:事実や論理に基づいて説得する方法です。データや論理的な議論を用いて、自分の意見を根拠を持って伝えます。
ボスマネジメントの方法は非常に多様です。皆さんも意識しているかどうかに関わらず、様々なアプローチを使っているかもしれません。自分の得意なアプローチや、組織で求められているアプローチがあるかもしれません。
状況で異なる有効な戦術
上司に対する影響力行使について、どの戦術が効果的かは状況によって異なります。組織の風土、部下の目的、部下の地位など、様々な要因によって戦術が変わります。
まず、組織風土の影響について説明します。合理的な組織風土では、事実に基づく論理的説得が効果的です。合理的な風土には合理的な戦術がフィットするということです。
一方、政治的な組織風土では、政治的戦術が有効です。例えば「連合」や「圧力」と呼ばれる方法です。連合は、同僚や仲間の支持を引き合いに出して影響力を行使する方法です。圧力は、要求を暗黙的に半ば強制させるようにプレッシャーをかける方法です。
次に、影響力を行使する目的によっても、用いられる戦術が異なります。個人的な目的(昇給、昇進、休暇取得など)のためには、「取り入れ」がよく用いられます。取り入れは、上司を褒めたり好意を示したりして好印象を与える戦術です。
一方、組織的な目的(組織にとって有益なプロジェクトの推進など)のためには、「合理的説得」「自己主張」「交渉」といった戦術がよく取られます。合理的説得は論理的な議論や事実で説得する方法、自己主張は自分の意見を強く主張する方法、交渉は話し合いを通じて妥協点を探る方法です。
組織における地位も影響力行使に影響します。地位が低い、つまり権限を持っていない人ほど、「取り入れ」や「合理的説得」がよく用いられます。これらの方法は、権力を持っていなくても取りやすい戦術だからです。
また、上司との関係性によっても用いられる戦術が異なります。上司との関係が良好な場合、「オープンな説得」(率直に意見を述べる)や「戦略的説得」(部分的に自分の意見を言う)がよく行われます。一方、上司との関係があまり良くない場合は、「操作」(間接的に働きかける)といった消極的な方法が取られがちです。
これらのことから、上司に自分の意見を明確に伝えたい場合、まず上司との良好な関係を築くべきだとわかります。良好な関係があれば、余計な感情の偽装や主張の歪曲をせずに、直接的なコミュニケーションが可能になります。関係性は影響力行使において重要なのです。
有効な戦術、逆効果な戦術
ここまで影響力の戦術について、その種類と状況との組み合わせを説明しました。ここからは、上方影響力の戦術によって、上司との関係性や自分のキャリアに良い影響を与える場合もあれば、逆効果になる場合もあることについて話します。
まず、上司との関係性やキャリアに良い影響をもたらす影響戦術、つまりボスマネジメントで推奨される方法を取り上げましょう。様々な研究から明らかになっている効果的な戦術は次の3つです。
- 合理的説得
- 鼓舞訴求
- 相談
これらの戦術は、先ほど述べた通り、論理的に説得すること、上司の価値観や理想に訴えかけること、そして協力を求めて相談し、自分の意見や提案を修正していくことを意味します。ボスマネジメントの上で効果的であり、実際に上司を動かし、自分に対する評価を高めることができます。
これらの行為によって、上司の納得感を醸成することができ、結果的に影響力を行使することができます。重要なのは、無理やり押し付けるのではなく、いかに納得を引き出すかということです。なお、これらの方法は、上司に対してだけでなく、部下や同僚にも有効です。
他方で、圧力、連合、正当化といった半ば強制的に働きかける戦術は、むしろ逆効果になる恐れがあります。上司に自発的に動いてもらう必要があるからです。強制しようとしても、なかなか動いてくれません。それぞれの戦術を振り返ってみましょう。
- 連合:他の人の意見や助けを引き合いに出して働きかける方法
- 正当化:組織の権限や方針、規則を引き合いに出して働きかける方法
- 圧力:直接的なプレッシャーをかける方法
直接的な影響力行使では、上司を動かすことが難しいのです。影響力行使とは、上司の意思を尊重しながら、上司を味方につけていく繊細なプロセスです。自分と上司が敵対しているという考え方ではなく、いかに味方になってもらうかという発想が求められます。
さらに、特に注意すべき戦術として、研究で逆効果が実証されているのが「取り入れ」です。取り入れとは、相手を褒めたり好意を示したりする方法ですが、上司に対しては逆効果になります。興味深いことに、同僚や部下に対しては有効ですが、ボスマネジメントの一環としては得策ではありません。
具体的には、取り入れの戦術を使うと、昇進可能性と負の関係にあることがわかっています。上司は、機嫌を取るような部下を見て、昇進しないだろうと思ってしまうのです。これは、上司が取り入れの行動を「ごますり」と感じ、その部下の適性を疑ってしまうためです。
影響力行使は、上司の認識や評価に影響を与え、結果的に部下のキャリアの成功にも影響を及ぼします。例えば、効果的で合理的だと認識される部下は、上司から好意的な印象を持たれ、キャリアの成功にもプラスになります。一方で、自己主張が強すぎたり、交渉ばかりしていると思われたりすると、上司は不快に感じ、評価を下げます。
ただし、影響力行使がうまくいくことと、客観的にパフォーマンスが高いことは必ずしも関係していません。パフォーマンスを高める要因には、能力、スキル、関係性、仕事とのフィット、エンゲージメント、組織への愛着など、さまざまな要素があるからでしょう。
他の研究でも、部下が用いる影響戦術の種類が上司の評価に影響を与えることが示されています。評価にプラスの影響を与える戦術としては、「推論」と「好意の提供」が挙げられます。
- 推論:論理的な議論を展開し、事実に基づく証拠を提示する(合理的説得に近い)
- 好意の提供:関係を良好に保つために好意的な行動をとる
一方で、「交渉」や「自己宣伝」は評価にマイナスの影響を与えることがわかりました。
- 交渉:自分の要求を通すために取引を持ちかける
- 自己宣伝:自分のやったことや能力を上司にアピールする
特に、自己宣伝が評価を下げるという結果は、自分のパフォーマンスをアピールしているにもかかわらず、逆効果になる可能性がある点で興味深い発見です。
上方影響力と下方影響力
影響力行使には、上に向けた「上方影響力」と下に向けた「下方影響力」があります。下方影響力は、上司が部下に対して影響力を行使することを指します。これは別の言葉でリーダーシップとも呼ばれます。
上司と部下の両方を持っている人は少なくありません。例えば、ミドルマネージャーは上司も部下も両方います。下方影響力と上方影響力の両方に注目した研究が行われています。
両者をめぐる有名な現象として、「ペルツ効果」があります。これは、上司の上方影響力が強い場合、その上司の部下に対する働きかけがより効果的になるというものです。上方影響力が強いと下方影響力の効果が高まるということです。
上に対してうまく調整できる上司の言うことは、部下にとってモチベーションが高まりやすく、それは、自分の頑張りが組織の意思決定や様々なものに反映されやすいと感じるからです。組織の目標に近づくことに自分も貢献できると感じられます。
他方で、下方影響力と上方影響力に関する興味深い研究があります。戦略の策定や実行に関する研究では、効果的な方法が異なることが分かっています。
上方影響力は多様な方が良いのですが、下方影響力は一貫性がある方が良いとされています。上方影響力は、状況によって有効な方法が異なるため、柔軟性が求められます。一方、下方影響力は一貫していないと部下が混乱してしまいます。
上司マネジメントと部下マネジメントは微妙に異なるアプローチが必要です。部下に対しては一貫した行動を取るべきですが、上司に対してはそれをそのまま適用するとうまくいきません。
今後に向けた含意
これまでのお話を基に、ボスマネジメントにおいて何をすべきかを考えていきましょう。
まず一つ目は、「合理的説得」の重要性です。上司に対して影響力を行使する戦術として、合理的説得、つまり根拠や事実に基づいた働きかけが有効です。上司の納得を得やすいため、合理的説得をおすすめします。
二つ目は、「相談」です。上司に相談し、自分の考えや意見、提案に対するフィードバックを求めることが有効です。重要なのは、そのフィードバックを踏まえて変更や修正を試みることです。相談は上司との協力関係を築くのに役立ちます。事前に相談することで、後から物事を進めやすくなるということもあるでしょう。
三つ目は、「鼓舞訴求」です。会社の目標や理念、上司の目指すところをきちんと理解した上で、それらに貢献することを伝え、鼓舞していくようなアプローチも有効です。このような働きかけは、上司の動機づけを引き出し、共感を得ることができ、上司を動かすことにつながります。
一方で、避けるべき方法もあります。例えば、上司に対してお世辞や過度の称賛をすることは、逆効果になります。「取り入れ」と呼ばれるこの方法は、上司に対して悪印象を与え、自分の評価も下げる恐れがあります。
さらに、上司に直接要求をしたり、他の人と連携して圧力をかけたりするような戦術も避けた方が良いでしょう。これらの方法は効果があまりないことが明らかになっています。圧力をかけたり連携を組んだりすることはリスクが高いと言えます。
ボスマネジメントにおいては、上司を一方的に動かすのではなく、上司と一緒に動くという考え方を持つことが大切です。「どうやって上司を動かせるか」ではなく、「どうやって上司と一緒に動いてもらえるか」という視点で考えることです。上司との良好な関係を築きながら、協力を引き出していく姿勢が成功につながりやすいでしょう。
Q&A
Q:上司との良好な関係が影響力行使において重要だと言われていましたが、部下が上司との信頼関係を築くために、日頃からどのようなコミュニケーションを心がけるべきでしょうか。
上司との信頼関係を築くために効果的なコミュニケーション方法として、まず共通点を探ることが挙げられます。上司と自分の共通点を積極的に探し、それを見つけたら相互に確認し合うことで信頼関係の構築につながります。
自己開示も重要です。自分の考えや置かれている状況、ニーズなどを積極的に開示しましょう。自己開示には返報性があり、相手も自己開示したくなる傾向があります。自己開示の度合いは信頼関係の深さを表すため、自分の話をすることは関係構築とほぼ同義と言えます。
Q:上方影響力が弱い上司がいて、その上司との関係が良くない部下がいます。部下が上司を軽視する傾向もある状況で、少しでも関係改善するために何ができますか。
影響力の行使は相手に動いてもらうことを含みますが、その前に関係を構築することが大切です。関係構築のためには、まずコミュニケーションを交わすことから始めるのが良いでしょう。
お互いのことを理解することから始め、どんな価値観を持っているのか、どんなニーズがあるのか、どんな性格なのかを知る機会を作ることが有効です。相手の理解を深め、関係を作っていくことで改善につながる可能性があります。
Q:私の上司はボスマネジメントが苦手です。私はうまくやれているので、私の上司までは話がスムーズなのですが、そこから上に上げてもらうと却下されてしまいます。何か改善策はありますか。
上司にも報告しつつ、上司の上司とも関係を構築し、自分の意見や承認してほしいアイデアを適宜伝えていく方法があります。社内の様々な人との関係構築の中で、自然と上司の上司とも関係を作り、少しずつ情報を伝えていくのが良いでしょう。
もう一つの方法は、上司にボスマネジメントの方法を共有することです。上司に対して「こんな感じで伝えるとうまくいきます」といった助言をしたり、伝え方やタイミングなどを含めてプロデュースしたりすることも一案です。
Q:部下として上司に提案をしたとき、上司の考えと対立することがあります。そのような場合、自分の意見を押し通すべきか、上司の意見に従うべきか判断に迷います。円滑に合意形成を図っていくためにどのように振る舞うのが良いでしょうか。
このような状況では、「相談」が有効です。相談では、自分の提案や意見を部分的に変えることも含んでいます。
上司からすると、自分の意見が全く聞き入れられないと感じると、部下の意見を取り入れることに心理的ハードルを感じます。一方で、自分の意見が部分的にでも取り入れられていると感じれば、そのアイデアに参加している感覚を得られ、一緒に作り上げたという気持ちになります。
相談をして上司の意見を取り入れつつ、部分的に自分の意見を変えていく方法が効果的でしょう。これにより、上司の意見も尊重しながら、自分のアイデアも通りやすくなります。
Q:組織の意思決定プロセスにおいて、部下の意見が反映されることは重要だと思います。しかし、意思決定に関与しすぎるのも問題があるように感じます。部下は意思決定プロセスにどの程度関与し、どのようにコミットしていけばいいでしょうか。
部下が意思決定プロセスに関与する重要性は、部下が持っている情報の貴重さにあります。最前線の情報を、部下が上司よりも多く持っている可能性が高いからです。
部下の関与の仕方として効果的なのは、意思決定の判断そのものを提示するというよりも、意思決定を進めるための情報を提供することです。部下が持っている情報を上司に伝えるという形での関与が良いでしょう。
部下は意思決定プロセスにおいて、自分が持っている情報や知見を積極的に共有し、上司の判断をサポートします。過度な関与を避けつつ、組織の意思決定の質を向上させることができます。
Q:コロナ禍でテレワークが普及し、上司と物理的に離れて働く機会が増えました。対面でのコミュニケーションが減る中で、上方影響力をどのように発揮していくべきでしょうか。 テレワークならではの工夫があれば教えてください。
テレワーク環境下での上方影響力の発揮には、「合理的説得」が効果的でしょう。合理的説得とは、事実や論理に基づいて説得や主張を行うことです。
テレワークでは、テキストメッセージやメールなどの文章でのコミュニケーションが増えますが、これは合理的説得を行うのに適しています。対面のコミュニケーションでは雰囲気で押し切ることもできますが、テレワークではそれが難しくなります。その結果、伝える内容そのものが重視されるようになります。
これに関連して、採用に関する研究では、オンライン面接の方が対面面接よりも外向的な人の評価が下がる傾向があることがわかっています。雰囲気で評価されるよりも、実際に話す内容が重視されるということです。
このことを踏まえると、テレワークならではの工夫として、テキストで伝える内容をしっかりと考えた上で伝えることが挙げられます。論理的で説得力のある内容を準備し、それを明確に伝えることで、物理的に離れていても上方影響力を行使することができるでしょう。
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。