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コラム

組織への献身が招くもの:予期せぬ倫理的リスク

コラム

組織の利益のために非倫理的な行動をとる「非倫理的向組織行動」(Unethical Pro-Organizational Behavior)があります。一見すると組織に忠実で望ましい行動のように思えますが、実際には組織や個人に多くの悪影響をもたらし得ます。

組織への強い帰属意識をポジティブなものと見なす人もいるでしょう。確かに、ある面では有効なものです。しかし、これが同時に倫理観の薄れや、不正行為につながることがあります。

非倫理的向組織行動は、短期的には組織に利益をもたらすかもしれませんが、長期的には組織の評判を傷つけ、その他のリスクを高めます。非倫理的向組織行動を行う従業員自身にも、ストレスの増加や家庭生活への悪影響など、さまざまな問題を引き起こします。

では、なぜ従業員は非倫理的向組織行動に走るのでしょうか。また、組織はどのようにしてそれを防ぐことができるのでしょうか。本コラムでは、これらの疑問に答えるために、非倫理的向組織行動に関する研究成果を紹介し、その含意について考えます。

組織アイデンティフィケーションが要因に

非倫理的向組織行動の要因を探る研究の一つに、組織アイデンティフィケーションとの関係を包括的に分析したものがあります[1]Google ScholarPsycINFOBusiness Source PremierProQuest Dissertationsなどのデータベースから先行研究を抽出し、合計31の独立したサンプル、8861人のデータを分析した研究です。

この大規模なデータセットを用いて、組織アイデンティフィケーションと非倫理的向組織行動の関係、そしてその関係に影響を与えるものを検討したところ、組織アイデンティフィケーションと非倫理的向組織行動の間に正の相関があることが明らかになりました。組織に強い帰属意識を持つ従業員ほど、非倫理的向組織行動を行う傾向があるのです。

なぜ組織アイデンティフィケーションが高いと非倫理的向組織行動を行いやすくなるのでしょうか。その理由として、組織アイデンティフィケーションが高い従業員は自分自身を組織と強く同一視し、組織の利益を自分自身の利益と同じように考えるようになることが挙げられます。組織のためならば倫理的な基準を超えてでも行動しようとするのです。

例えば、ある従業員が自社の製品の欠陥を発見したとします。組織アイデンティフィケーションが高い従業員は、その欠陥が公になれば会社の評判が傷つくと考え、隠蔽しようとするかもしれません。

帰属意識が高いことが必ずしもポジティブな結果をもたらすわけではなく、むしろ非倫理的な行動につながる可能性があります。企業は従業員の帰属意識を高めることだけを目指すのではなく、同時に倫理観を育成することが重要です。

組織アイデンティフィケーションで道徳的な離脱が起きる

組織アイデンティフィケーションと非倫理的向組織行動の関係をさらに深く理解するために、別の研究を参照しましょう[2]。この研究は、前章で示された関係性のメカニズムをより詳細に探ろうとするものです。

研究者たちは、組織アイデンティフィケーションが道徳的離脱(自分の道徳的基準を一時的に無視すること)を介して、非倫理的向組織行動を促進するという仮説を立てました。さらに、この関係が組織間の競争が激しい場合に強化されるかどうかも検証しました。

研究は3つの段階で行われ、中国とアメリカでビネット法(シナリオベースの実験)などを用いて実施されました。まず、中国の大手薬局チェーンの従業員を対象に、名声と金銭的な賞金をかけた「知識・技能」コンテストを実施しました。コンテストには、知識課題とマトリックス課題が含まれており、特にマトリックス課題では参加者が自己申告で正解数を報告する仕組みになっていました。これによって、不正行為の可能性を測定することができます。

結果は興味深いものでした。組織アイデンティフィケーションが強い参加者ほど、不正行為に関与しやすいことが確認されたのです。組織との一体感が強い従業員ほど、組織のために不正を働く傾向が高いということです。

さらに、競争環境の影響も明らかになりました。業界の競争が激しいと感じている従業員ほど、組織アイデンティフィケーションが非倫理的向組織行動を助長する効果が強くなることがわかりました。競争が激しい状況下では、組織の存続や成功がより切実な問題として認識され、そのために非倫理的な手段を取ることも正当化されやすくなるためでしょう。

最後に、米国でのビネット実験でも同様の結果が得られたことで、これらの発見が文化を超えて当てはまることが示されました。組織アイデンティフィケーションが非倫理的向組織行動を促進するメカニズムは、東洋と西洋という異なる文化圏でも共通して見られる現象だということです。

組織への強い帰属意識が必ずしも良い結果をもたらすわけではなく、逆に非倫理的な行動を促進する可能性があるという逆説的な現象が明らかになりました。また、競争環境がこの効果を増幅することが示されており、企業倫理と競争戦略の間の複雑な関係を浮き彫りにしています。

雇用不安や埋め込みも関係する

組織アイデンティフィケーション以外にも、非倫理的向組織行動を引き起こす要因があります。ここでは、雇用不安とジョブ・エンベデッドネス(職務への埋没度)という新たな観点から、この問題を考察します。研究では、これらの要因がどのように非倫理的向組織行動に作用するかを実証的に検討しています[3]

具体的には、インドの様々な組織の従業員を対象に調査を行い、346の有効回答を得ました。データを分析したところ、雇用不安と非倫理的向組織行動の間に正の関連が見られました。雇用不安が高まるほど、従業員が非倫理的向組織行動を行う可能性が高くなるのです。これは、資源保存理論と社会的交換理論から説明することができます。

資源保存理論によれば、人は自分の持つ資源(この場合は雇用)を守ろうとします。雇用不安を感じている従業員は、自分の職を守るために何かをしなければならないと感じます。そこで、組織に受け入れられるような行動、すなわち非倫理的向組織行動を取ることで、自分の雇用を確保しようとするのです。

一方、社会的交換理論では、人は受けた恩恵に報いようとすると考えます。従業員は、組織から雇用という恩恵を受けているため、それに報いるために非倫理的向組織行動を行う可能性があります。

さらに、研究ではジョブ・エンベデッドネスと非倫理的向組織行動の関係も明らかになりました。ジョブ・エンベデッドネスとは、従業員が現在の職務や組織に根ざしている度合いを指します。研究の結果、ジョブ・エンベデッドネスが高い従業員ほど、非倫理的向組織行動を行うことが分かりました。

ジョブ・エンベデッドネスが高い従業員は、組織との適合性が高く、組織内外に強い人間関係を持っているため、組織を離れることによる損失が大きいと感じています。そのため、組織との結びつきを維持するために、非倫理的向組織行動を含む組織の利益になる行動をとる可能性が高くなります。

雇用不安と非倫理的向組織行動の関係に対するジョブ・エンベデッドネスの調整効果も明らかになりました。ジョブ・エンベデッドネスが高いほど、雇用不安と非倫理的向組織行動の関係が強くなるのです。

職務への埋没度が高い従業員は、雇用不安を感じた際に、組織を離れることによる損失をより大きく感じます。雇用不安に対処するために、非倫理的であっても組織の利益になる行動をとる可能性が高くなります。

従来ポジティブに捉えられてきたジョブ・エンベデッドネスが、実は非倫理的向組織行動を促進する要因にもなりうることを示した点で、興味深い研究です。また、雇用不安という問題が、非倫理的行動を引き起こす可能性があることも明らかになりました。

一見良さそうな制度が非倫理的向組織行動を促す

これまで見てきた要因に加えて、意外にも組織の良心的な取り組みが非倫理的向組織行動を促進する可能性があることが明らかになってきました。ここでは、高コミットメント勤務制度(High-Commitment Work Systems)に焦点を当てます[4]

高コミットメント勤務制度とは、従業員の組織への忠誠心や関与を高めるための一連の人事施策を指します。例えば、徹底した研修プログラム、従業員の意思決定への参加促進、競争力のある給与とインセンティブ、オープンなコミュニケーションなどが含まれます。一般的に、高コミットメント勤務制度は従業員のモチベーションを高め、組織のパフォーマンスを向上させると考えられています。

しかし、この高コミットメント勤務制度が非倫理的向組織行動を促進し得ることが明らかになりました。研究者たちは、中国国内の139社から収集したデータを用い、仮説を検証しました。

結果は驚くべきものでした。高コミットメント勤務制度は従業員の非倫理的向組織行動に対して有意に正の関係があることが示されたのです。高コミットメント勤務制度を実施することで、従業員が非倫理的な行動をとる可能性が高まるということです。

高コミットメント勤務制度は従業員に対する高い投資を行うため、従業員は組織に対して恩返しをしようとする気持ちが強くなります。その結果、従業員は組織のために非倫理的向組織行動を行おうとします。組織から多くの投資を受けた従業員は、それに見合うだけの貢献をしなければならないと考え、その結果として非倫理的向組織行動に走るのです。

従業員に対する組織の高い投資は必ずしもポジティブな結果だけをもたらすわけではありません。組織と従業員の間の社会的交換が、時には非倫理的な行動を促すリスクがあることを明らかにし、バランスの取れた視点から組織行動を理解する重要性を強調しています。

確かに、高コミットメント勤務制度のような従業員への高い投資は、確かに従業員のモチベーションや組織へのコミットメントを高めるかもしれません。しかし同時に、非倫理的向組織行動のリスクも高めます。企業は高コミットメント勤務制度を導入する際に、倫理教育や倫理的な組織文化の醸成にも同時に力を入れる必要があるでしょう。

非倫理的向組織行動が本人にもたらすもの

これまで、非倫理的向組織行動が組織にもたらす影響について見てきましたが、非倫理的向組織行動は実際にそれを行う従業員自身にどのような影響を与えるのでしょうか。この問いに答えるべく、非倫理的向組織行動が従業員の仕事と家庭生活にどのような影響を及ぼすかを探った研究を見ていきましょう[5]

研究者たちは、非倫理的向組織行動がもたらす影響を説明する二重経路モデルを構築しました。研究では、中国における214人の従業員を対象に3回のフィールド調査を行い、非倫理的向組織行動が従業員の組織内自尊心や仕事ストレス、そして仕事から家庭へのポジティブな影響や、仕事から家庭への葛藤にどのように関連するかを分析しました。

研究の結果、非倫理的向組織行動は従業員に対して相反する二つの影響を与えることが明らかになりました。

まず、非倫理的向組織行動は従業員の組織内自尊心を高めることが示されました。組織内自尊心とは、従業員が組織において自分自身を価値ある存在と感じる程度を指します。非倫理的向組織行動を行うことで、従業員は自分が組織のために重要な貢献をしていると感じ、自尊心が高まります。

一方で、非倫理的向組織行動は仕事ストレスも増加させることが分かりました。非倫理的行動が精神的および感情的な負担を伴うためです。従業員は、自分の行動が道徳的に正しくないことを認識しており、それが内心の葛藤やストレスを引き起こします。また、非倫理的な行動が発覚するリスクやそれに伴う潜在的な罰則の不安も、ストレスの増加につながります。

研究では、非倫理的向組織行動が家庭生活にも影響を及ぼすことが明らかになっています。非倫理的向組織行動は仕事から家庭へのポジティブな波及効果と、仕事から家庭への葛藤の両方を引き起こす可能性があるのです。

仕事から家庭へのポジティブな影響は、非倫理的向組織行動を行うことで得られる組織内自尊心の向上によってもたらされます。従業員が自分を重要な存在と感じると、その自信や満足感が家庭生活にも良い影響を与えます。

一方、仕事から家庭への葛藤は、非倫理的向組織行動による仕事のストレス増加によって引き起こされます。ストレスや疲労が家庭に持ち込まれ、家族との時間や関係に悪影響を及ぼすのです。職場での緊張や不安が家庭でのイライラや衝突につながることがあります。

非倫理的向組織行動は、従業員の自尊心を高める一方で、仕事のストレスも増加させるという、相反する影響を持ちます。非倫理的な行動が必ずしも一方的に悪影響を及ぼすわけではなく、複雑な側面を持つのです。

この二重経路モデルによれば、非倫理的向組織行動は短期的には従業員の自尊心を高め、ポジティブな影響をもたらしますが、長期的にはストレスの増加や家庭生活への悪影響など、ネガティブな結果をもたらす可能性が高いと言えます。

非倫理的向組織行動を防ぐ

本コラムでは、非倫理的向組織行動に関する研究成果を紹介してきました。これらの研究は、非倫理的向組織行動が組織や個人に及ぼす複雑な影響を明らかにしています。

帰属意識や高コミットメント勤務制度など、一見ポジティブに思える要因が非倫理的向組織行動を促進する可能性があることが分かりました。また、雇用不安やジョブ・エンベデッドネスなど、現代の職場環境に特徴的な要因も非倫理的向組織行動に影響を与えます。

さらに、非倫理的向組織行動が従業員自身に及ぼす影響も複雑で、自尊心の向上とストレスの増加という、相反する結果をもたらすことが明らかになりました。

従業員の組織へのコミットメントを高めることは重要ですが、同時に倫理観を育成することも不可欠です。また、雇用の安定性を高め、従業員の不安を軽減することも、非倫理的向組織行動を防ぐ一つの方法となるでしょう。

組織は倫理的な行動の重要性を強調し、倫理的な意思決定を奨励する文化を醸成する必要があります。従業員のストレス管理やワークライフバランスのサポートも重要です。

組織は短期的な利益だけでなく、長期的な持続可能性と従業員のウェルビーイングを考慮に入れた経営を行う必要があります。非倫理的向組織行動を防止するための取り組みは、結果として組織の健全な発展と従業員の幸福につながり得ます。

脚注

[1] Dadaboyev, S. M. U., Paek, S., and Choi, S. (2024). Do gender, age and tenure matter when behaving unethically for organizations: Meta-analytic review on organizational identity and unethical pro-organizational behavior. Baltic Journal of Management, 19(1), 1-18.

[2] Chen, M., Chen, C. C., and Sheldon, O. J. (2016). Relaxing moral reasoning to win: How organizational identification relates to unethical pro-organizational behavior. Journal of Applied Psychology, 101(8), 1082-1096.

[3] Ghosh, S. K. (2017). The direct and interactive effects of job insecurity and job embeddedness on unethical pro-organizational behavior: An empirical examination. Personnel Review, 46(6), 1182-1198.

[4] Zhang, M., Zhao, L., and Chen, Z. (2021). Research on the relationship between high-commitment work systems and employees’ unethical pro-organizational behavior: the moderating role of balanced reciprocity beliefs. Frontiers in Psychology, 12, 776904.

[5] Chen, H., Kwan, H. K., and Xin, J. (2022). Is behaving unethically for organizations a mixed blessing? A dual-pathway model for the work-to-family spillover effects of unethical pro-organizational behavior. Asia Pacific Journal of Management, 39(4), 1535-1560.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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