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コラム

職場における公正世界信念の役割:その心理的影響と実践的意義

コラム

私たちは日々、多くの出来事に直面しますが、それをどう解釈するかは人によって異なります。ある人は世界が公正だと感じ、別の人は不公平だと感じるかもしれません。この「公正世界信念」(Belief in a Just World)は、私たちの心理的健康や社会生活に影響を与えます。

公正世界信念とは、「世界は基本的に公正であり、人々は自分の行動に対して当然の報いを受ける」という信念を指します。例えば、善行を積んだ人には良いことが起こり、悪事を働いた人には悪いことが起こるという考え方です。

この信念は、私たちが直面する様々な状況に対処する際に作用します。例えば、不公平な扱いを受けたと感じたとき、公正世界信念が強い人は、その出来事に意味を見出し、ストレスを軽減することができるかもしれません。

本コラムでは、公正世界信念に関する研究を紹介し、これが私たちにどのような影響を与えるのか、そしてその心理的メカニズムを探ります。

公正感を高め、仕事に満足する

職場では、昇進や報酬の分配、上司との関係など、様々な出来事が発生します。これらの出来事が公正であるかどうかは、従業員の仕事に対する態度や行動に影響を与えます。では、個人の公正世界信念は、職場での経験をどう形作るのでしょうか。

個人が信じる「公正な世界観」が、職場での幸福感や仕事満足度にどのように影響するかを検討した調査をてがかりに考えてみましょう。特に、個人的な公正世界信念(世界は基本的に自分に対して公正であると信じること)と一般的な公正世界信念(世界は一般的に公正であると信じること)の違いに注目し、これらが組織内の公正感や仕事満足度にどのように関連しているかを探りました。

研究の結果、個人的な公正世界信念が高い人は組織内での出来事や待遇を公正だと感じやすく、仕事満足度も高いことが示されました。一方、一般的な公正世界信念は職場の公正感や仕事の満足度に直接的な影響を持たないことが明らかになりました。

組織全体の公正感とは、組織内での報酬の分配や意思決定のプロセス、上司や同僚との対人関係など、様々な側面における公正さの総合的な評価を指します。個人的な公正世界信念が高い人は、自分が属する組織をより公正だと感じ、仕事に対してポジティブな態度を持ちやすいのです。

将来への不安が少ない

職場環境は、従業員のメンタルヘルスに影響を与えます。仕事のストレスや不安は、時に心身を蝕むこともあります。そのような中で、公正世界信念は職場におけるストレスにどう作用するのでしょうか。

公正世界信念が仕事の満足度や組織へのコミットメントなどの職場評価、職業信頼、そしてメンタルヘルスに与える影響が調査されています[1]。公正世界信念が高い人は職業的信頼が高く、将来の不安が少なく、職業的目標を達成する自信があるとの仮説を立てました。

調査の結果、公正世界信念が高い人は自己尊重感が高く、生活に満足し、将来の不安が少ないことが明らかになりました。また、仕事の満足度が高く、組織への愛着が強いことも示されました。

雇用者の方が失業者より公正世界信念が高いという結果も得られています。失業は、自分の努力が報われなかったと感じることになりやすく、公正世界信念を低下させるのかもしれません。

この研究は、公正世界信念が職業的信頼や起業家的自己効力感と正の関連があることも発見しました。公正世界信念が高い人は、公正な行動が報われると信じているため、職業的な挑戦や目標達成に対して積極的な姿勢を持つことができるのです。

公正世界信念は職場におけるストレスに対処する際の重要な心理的資源であると言えます。公正世界信念が高い人は、不公正な出来事を意味のあるものとして解釈し、職場の満足度を高めるのです。

組織への結びつきを強める

職場での公正感は、従業員の組織に対する姿勢に大きな影響を与えます。では、公正世界信念は組織への忠誠心とどのように関連しているのでしょうか。公正世界信念と組織への忠誠心の関係を探り、その背後にある心理的メカニズムを明らかにした研究を取り上げましょう[2]

研究者たちは、公正世界信念が高い従業員は組織への忠誠心が高いこと、そしてその関係は組織への信頼によって媒介されるという仮説を設定しました。中国とドイツの従業員を対象にした調査の結果、予想通り、公正世界信念が高い人は組織への忠誠心が高く、この関係は組織信頼によって説明されることが示されました。

組織への忠誠心とは、従業員が自分の組織に対して持つ一貫した支援や献身の態度を指します。例えば、組織の目標達成のために積極的に貢献したり、組織を離れる意向が低かったりすることが挙げられます。

公正世界信念が高い従業員は、組織内での経験を公正だと感じやすいため、組織への信頼感が増し、組織に対する感情的な結びつきが強化されるのです。一方、公正世界信念が低い人は、組織を不公正だと感じやすく、離職意図が高くなる傾向があります。

この結果は中国とドイツという異なる文化的背景でも一貫して見られました。また、性格特性を統制しても、公正世界信念と組織への忠誠心の関係は変わりませんでした。これは、公正世界信念がパーソナリティを問わず、独自に組織への忠誠心に影響を与える要因であることを示唆しています。

いじめを減らし、燃え尽きを防ぐ

職場におけるいじめは、被害者の心身に深刻な打撃を与えます。長期的なストレスは、バーンアウト(燃え尽き)を引き起こし、仕事のパフォーマンスや生活の質を低下させます。では、公正世界信念は、こうした職場のストレスにどのように作用するのでしょうか。

上司のサポートと公正世界信念が、職場いじめを通じて感情的疲労に与える影響を調査した研究があります[3]。フランスの労働者を対象にした調査の結果、上司の支援と公正世界信念が職場いじめと感情的疲労に対して負の影響を持つことが明らかになりました。

具体的には、上司が従業員を積極的に支援することで、職場のいじめ行為が減少し、従業員の感情的疲労も軽減されました。また、公正世界信念が高い従業員は、世界が公正であると信じているため、いじめに対しても前向きな対処ができ、感情的疲労が軽減される傾向がありました。

パス解析の結果から、上司の支援と公正世界信念は、いじめの発生を減少させることで間接的に感情的疲労を軽減する効果があることも分かりました。上司の支援は職場の人間関係を改善し、いじめの発生を抑える要素になります。一方、公正世界信念は従業員のストレス耐性を高め、いじめの影響を受けにくくします。

職場における問題行動を抑制し、従業員のメンタルヘルスを守るためには、上司の支援と公正世界信念の強化が鍵になるでしょう。

経済的なストレスへの資源になる

経済的な逆境は、私たちの生活にストレスをもたらします。失業や所得の減少は、将来への不安を招き、心身の健康を脅かします。公正世界信念は、経済的困難に対する心理的な防御策として機能するのでしょうか。

公正世界信念が経済的逆境に対する個人的な資源としてどのように機能するかを、2つの縦断研究で検討した研究に注目します[4]。ドイツの消費税の引き上げとサブプライムローン危機という異なる経済状況を対象に、公正世界信念が経済的影響の認識をどのように軽減するかを調べています。

1つ目の研究では、公正世界信念が高い人は消費税引き上げによる経済的影響を低く評価することが分かりました。時間が経っても、この傾向は持続していました。公正世界信念を持つ人は、経済的な困難に直面しても「自分は正しいことをしているから大丈夫」と思いやすいため、影響を過小評価するのかもしれません。

2つ目の研究では、公正世界信念が高い人は金融危機の間でも経済的影響をあまり脅威に感じないことが示されました。また、将来の生活について楽観的な予測をしていました。

これらの結果は、公正世界信念が経済的ストレスを軽減するための心理的資源であることを含んでいます。公正世界信念が高い人は、困難な状況でも「最終的には公正が実現する」と信じるため、現在の不確実性を一時的なものと捉えやすいのです。この信念がストレスや不安を和らげ、ポジティブな見通しを維持する助けとなります。

不確実性への脅威から保護する

現代は、予測不可能な変化に満ちています。私たちは日々、様々な不確実性に直面し、時にその脅威にさらされることもあります。公正世界信念は不確実性とどのように関係しているのでしょうか。

Nudelman et al. (2016)の研究は、公正世界信念が人々の気分やキャリアの見通しを維持するための緩衝材として機能するかが検証されています[5]。特に、キャリアのリスクに直面したときに公正世界信念がどのように影響するかを調査しています。

教員養成課程の学生を対象にした実験の結果、公正世界信念が高いと、不確実性に直面した参加者の怒りや絶望感が減少し、前向きな気分が促されることが分かりました。公正世界信念が強い人は、困難な状況に対してもストレスや不安が軽減されるのです。

また、公正世界信念が高い人は、キャリア展望をポジティブに捉える傾向がありました。ただし、具体的な就職機会や職務継続の見通しには直接的な影響は見られませんでした。公正世界信念は個人の全体的な将来の見通しに影響を与えますが、具体的な状況への対策とは異なるのでしょう。

不確実性の時代を生きる私たちにとって、公正世界信念を高めることは精神的健康の維持に役立つかもしれません。自分の努力が報われると信じることで、将来への希望を持ち続けることができます。ただし、同時に、現実的な対策を講じることも忘れてはいけません。

不公平な出来事があっても悪影響が緩和

人生には、思いがけない不公平な出来事が降りかかることがあります。病気や事故、自然災害など、自分の努力とは無関係に不幸に見舞われることもあるでしょう。そんなとき、公正世界信念は、不公平な出来事の悪影響を緩和する働きを持つのでしょうか。

ある研究は、公正世界信念がネガティブな出来事を経験した後の生理的な影響を緩和するかどうかを調査しています[6]。犯罪被害や差別、若い命の喪失など、不公正と感じられる出来事に遭遇した人々を対象に、公正世界信念の効果を検証したのです。

そうしたところ、公正世界信念が高い人は不公平な出来事に直面しても、代謝リスクや炎症レベルが低く、睡眠の質が高いことが分かりました。不公平な出来事に意味を見出そうとすることで、心理的な安定を保ちやすいのかもしれません。

一方、その他のネガティブな出来事では、公正世界信念の影響は限定的でした。病気など、公正さとは直接関係のない出来事に対しては、公正世界信念よりも具体的な対策や支援が必要なのでしょう。

 

以上、本コラムでは、公正世界信念に関する研究を概観し、これが私たちにどのような影響を与えるのかを探ってきました。

研究知見は、公正世界信念という心理的資源が、私たちの職業生活の様々な側面に影響を与えることを示しています。公正世界信念を高めることは、ストレス対処力や精神的健康の維持に役立ち得ます。

ただし、公正世界信念は万能の解決策ではなく、現実的な対策や支援の必要性を見落としてはいけません。状況に応じた柔軟な対応力を身につけることが、困難な状況を生き抜くことにつながるでしょう。

脚注

[1] Otto, K., Glaser, D., and Dalbert, C. (2009). Mental health, occupational trust, and quality of working life: Does belief in a just world matter?. Journal of Applied Social Psychology, 39(6), 1288-1315.

[2] Cheng, Y., Nudelman, G., Ma, J., and Otto, K. (2024). Belief in a just world and organisational loyalty: Trust as an underlying mechanism. International Journal of Psychology, 59(1), 74-85.

[3] Desrumaux, P., Gillet, N., and Nicolas, C. (2018). Direct and indirect effects of belief in a just world and supervisor support on burnout via bullying. International Journal of Environmental Research and Public Health, 15(11), 2330.

[4] Christandl, F. (2013). The belief in a just world as a personal resource in the context of inflation and financial crises. Applied Psychology, 62(3), 486-518.

[5] Nudelman, G., Otto, K., and Dalbert, C. (2016). Can belief in a just world buffer mood and career prospects of people in need of risk protection? First experimental evidence. Risk Analysis, 36(12), 2247-2257.

[6] Levine, C. S., Basu, D., and Chen, E. (2017). Just world beliefs are associated with lower levels of metabolic risk and inflammation and better sleep after an unfair event. Journal of Personality, 85(2), 232-243.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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