2024年7月11日
善きリーダーが悪しき結果を生む:非倫理的行動を助長する要因
組織で働く人は、日々様々な影響を受けながら仕事をしています。特に上司や経営陣の言動は、部下の行動に影響を与えます。リーダーが倫理的な行動を取れば部下もそれにならい、逆にリーダーが非倫理的な行動を取れば部下も同じように行動する、と考えるでしょう。
確かに、そういう側面もあるのですが、他方で、組織におけるリーダーと従業員の関係はそんなに単純ではありません。倫理的なリーダーシップが必ずしも部下の倫理的な行動につながるとは限らず、時には逆効果になることさえあります。
本コラムでは、リーダーシップと部下の非倫理的行動の関係について最新の研究を基に考えます。特に「非倫理的向組織行動」と呼ばれる、組織に利益をもたらそうとするが倫理的に問題のある行動に焦点を当てます。リーダーのどのような特性や行動が、部下のこうした行動を引き起こすのか、そのメカニズムを紐解いていきます。
リーダーの影響は大きい
リーダーの言動が部下の行動に与える影響は広く知られていますが、その影響の及ぼし方は必ずしも単純ではありません。227組の上司と部下のペアを対象に行われた調査では、リーダーの非倫理的向組織行動が部下の非倫理的向組織行動にどのように伝播するかが明らかになりました[1]。
この調査では、非倫理的向組織行動に加えて、リーダー同一化(部下が上司をどの程度自己概念に取り入れているか)や道徳的アイデンティティ(道徳的特性が自己概念においてどれだけ重要か)も測定されました。
分析の結果、リーダーの非倫理的向組織行動と部下の非倫理的向組織行動の間には正の相関が見られました。上司が非倫理的な行動を取ると部下もそれにならうのです。ここまでは予想通りです。しかし、この関係は単純ではありません。
部下がリーダーに強く同一化し、道徳的アイデンティティが低い場合、リーダーの非倫理的向組織行動が部下の非倫理的向組織行動に与える影響はより強くなりました。逆に、道徳的アイデンティティが高い部下は、上司と強く同一化していても、上司の非倫理的行動に追随しにくい傾向がありました。個人の道徳観がリーダーの影響力に対する一種の緩衝材として機能することを示しています。
この研究結果は、組織における倫理的行動の促進に含意をもたらします。リーダーの倫理性を高めるだけでなく、部下の道徳的アイデンティティを育成することも重要です。リーダーと部下の関係が強すぎると、非倫理的行動が伝播しやすくなることにも注意が必要です。
リーダーの行動が部下の非倫理的向組織行動に影響を与えることが分かりました。では、具体的にどのようなリーダーシップスタイルが非倫理的向組織行動を促進する可能性があるのでしょうか。次に、カリスマ的リーダーシップの影響について見ていきましょう。
カリスマのもとで非倫理的向組織行動が起こる
カリスマ的なリーダーは、その魅力的な人格や優れた能力によって部下に強い影響を与えることができます。多くの場合、カリスマ的リーダーシップは組織にとってプラスに働きますが、時には予期せぬ負の影響をもたらすことがあります。
カリスマ的リーダーシップと従業員の非倫理的向組織行動の関連を検証した研究を紹介します[2]。研究では、中国の大手サービス企業の従業員214名を対象に、3回にわたる調査を実施しました。カリスマ的リーダーシップ、心理的安全性、業績プレッシャー、非倫理的向組織行動などの変数を測定し、それらの関係性を探りました。
分析の結果、カリスマ的リーダーの特徴である自信に満ちた行動や、部下の能力を認め高い期待を示す傾向は、心理的安全性を介して、間接的に非倫理的向組織行動に正の影響を与えていました。カリスマ的なリーダーの下で働く従業員は、心理的に安全だと感じ、組織の利益のために非倫理的な行動をとりやすくなるのです。
業績プレッシャーが強い従業員ほど、カリスマ的リーダーの影響を受けて非倫理的向組織行動を行うこともわかりました。
これらは、カリスマ的リーダーシップの「ダークサイド」を浮き彫りにしています。カリスマ的リーダーは、その魅力的な人格と高い期待によって、従業員に心理的な安全感を与えます。これ自体は望ましいことですが、同時に従業員の倫理的判断を鈍らせる可能性があります。
特に業績プレッシャーが高い状況では、従業員は組織の目標達成のためなら多少の非倫理的行動も許容されると考えがちです。カリスマ的リーダーへの信頼と尊敬が強いほど、この傾向は強まります。
カリスマ的リーダーシップは、組織に利益をもたらす可能性がある一方で、意図せず非倫理的行動を促進してしまいます。この両面性を理解することが、今日の組織運営において重要です。
カリスマ的リーダーシップが非倫理的向組織行動を促進することが見えてきました。しかし、これはカリスマ的リーダーシップに限った話ではありません。次に、オーセンティック・リーダーシップの影響を考えてみましょう。
中途半端なオーセンティック・リーダーシップは危険
オーセンティック・リーダーシップは、リーダーが自分自身に正直であり、倫理的な価値観に基づいて行動し、透明性と誠実さを持って部下に接するスタイルです。一般的に、このようなリーダーシップは組織にプラスの影響をもたらすと考えられています。しかし、研究結果は意外なものでした[3]。
研究では、中国の4つの企業から229名の従業員を対象に調査を行いました。オーセンティック・リーダーシップ、組織アイデンティフィケーション、道徳的アイデンティティ、非倫理的向組織行動などを測定し、それらの関係性を分析しました。
分析の結果、オーセンティック・リーダーシップと非倫理的向組織行動の間には逆U字型の関係があることが明らかになりました。オーセンティック・リーダーシップのレベルが低い場合と高い場合には非倫理的向組織行動が低く、中程度の場合に非倫理的向組織行動が高くなるのです。この不思議な関係は、次のように整理できます。
- オーセンティック・リーダーシップが低い場合:リーダーが不誠実で無関心な態度を取ると、従業員はリーダーに対する信頼が低く、組織のためにリスクを冒してまで非倫理的向組織行動を行う動機が少なくなります。
- オーセンティック・リーダーシップが中程度の場合:リーダーが一定の誠実さを示し、従業員との間に適度な信頼関係を築くと、従業員は組織に対する帰属意識を高めます。しかし、リーダーの倫理的な要求がまだ強くないため、従業員は組織の利益のためなら多少の非倫理的行動も許容されると考えるようになります。
- オーセンティック・リーダーシップが高い場合:リーダーが非常に誠実で倫理的な行動を取ると、従業員はリーダーに対する強い信頼と倫理的圧力を感じます。その結果、非倫理的向組織行動に関与することを避けるようになります。
研究では組織アイデンティフィケーションがオーセンティック・リーダーシップと非倫理的向組織行動の関係を媒介することも明らかになりました。オーセンティック・リーダーシップは従業員の組織アイデンティフィケーションを高め、それが非倫理的向組織行動を促進するのです。
また、道徳的アイデンティティがこの関係を調整することも示されました。道徳的アイデンティティが高い従業員は、オーセンティック・リーダーシップの影響を受けても非倫理的向組織行動に関与することが少ないという結果です。
これらの発見は、中途半端なオーセンティック・リーダーシップが、かえって非倫理的向組織行動を促進する可能性があることを示しています。リーダーは、誠実さと倫理的行動を一貫して示す必要があるでしょう。
中途半端な倫理的リーダーシップは危険
倫理的リーダーシップは、組織の健全性を維持し、従業員の倫理的行動を促進する上で重要な役割を果たします。しかし、研究によれば、倫理的リーダーシップと従業員の非倫理的向組織行動の関係が想定外に複雑であることが分かっています[4]。
研究では、中国の公共部門で働く239名の従業員を対象に、3回にわたる調査を実施しました。分析の結果、倫理的リーダーシップと非倫理的向組織行動の間には逆U字型の関係があることが明らかになりました。先ほどのオーセンティック・リーダーシップの場合と同様に、倫理的リーダーシップのレベルが低い場合と高い場合には非倫理的向組織行動が低く、中程度の場合に非倫理的向組織行動が高くなるのです。
- 倫理的リーダーシップが低い場合:リーダーがあまり倫理的な行動を示さない場合、従業員は倫理的に振る舞うべきかどうか明確に理解できません。そのため、非倫理的向組織行動に関与しようと考えません。
- 倫理的リーダーシップが中程度の場合:リーダーがある程度倫理的な行動を示すと、従業員はリーダーに良い印象を与えたいと考えるようになります。しかし、リーダーの倫理的要求がまだ強くないため、従業員は組織の利益のためなら多少の非倫理的行動も許容されると考えます。
- 倫理的リーダーシップが高い場合:リーダーが非常に高い倫理性を示すと、従業員は強い圧力を感じ、非倫理的向組織行動に関与することを避けます。
オーセンティック・リーダーシップと同じく、中途半端な倫理的リーダーシップは、かえって非倫理的向組織行動を促します。また、上司とのアイデンティフィケーションが逆U字型の関係を強める効果があります。上司と強く同一化している従業員ほど、この逆U字型の関係がより顕著になるのです。
自己犠牲的リーダーシップが悪影響を及ぼす
自己犠牲的リーダーシップは、リーダーが自分の利益や時間を犠牲にして組織やチームの利益のために行動するスタイルです。このリーダーシップは従業員の信頼や尊敬を集め、組織にプラスの影響をもたらすと考える人もいます。
ところが、自己犠牲的リーダーシップが意図せず従業員の非倫理的向組織行動を促す可能性があることが示されています[5]。中国の異なる業種(テレコミュニケーション、製造業、飲食業)の従業員336名を対象に調査を行ったところ、次のことが明らかになりました。
- 自己犠牲的リーダーシップは、従業員の非倫理的向組織行動を促進する傾向がある。
- この関係は、リーダーとのアイデンティフィケーションによって媒介される。
- 集団主義の傾向が強い従業員ほど、自己犠牲的リーダーシップと非倫理的向組織行動の関係が強くなる。
なぜ、このような結果が得られるのでしょうか。自己犠牲的なリーダーの行動を目にした従業員は、リーダーや組織に対して恩義を感じます。その結果、組織の利益のためなら多少の非倫理的行動も許容されると考えるようになります。
また、自己犠牲的リーダーは従業員に安心感を与えます。この安心感が、従業員のリスクテイキングを促し、結果として非倫理的向組織行動を増加させる可能性があります。
自己犠牲的リーダーに強く同一化した従業員は、リーダーの行動や価値観を内面化します。そうして、組織のために非倫理的な行動をとることを正当化しやすくなります。
集団主義の傾向が強い従業員は、個人の利益よりも集団の利益を重視します。自己犠牲的リーダーの行動が集団の利益を追求する模範と見なされ、従業員もそれにならって非倫理的向組織行動を行う可能性が高まります。
リーダーは自己犠牲的な行動を完全に避けるべきではありませんが、それが過度にならないよう注意する必要があると言えるでしょう。組織の利益と個人の倫理観のバランスを保つことが重要です。
組織としては、例えば、何が倫理的で何が非倫理的かを明確に定義し、それを全従業員に周知徹底する必要があります。これにより、自己犠牲的リーダーシップによって生じる可能性のある誤解や混乱を最小限に抑えることができます。
本コラムでは、リーダーシップと従業員の非倫理的向組織行動の関係について考察しました。これらの研究は、リーダーシップが従業員の倫理的行動に与える影響が、従来考えられていたよりも複雑であることを示しています。
カリスマ的リーダーシップ、オーセンティック・リーダーシップ、倫理的リーダーシップ、自己犠牲的リーダーシップ。これらはいずれも一般的には組織にとってプラスの影響をもたらすと考えられてきたリーダーシップスタイルです。しかし、これらのリーダーシップスタイルが意図せずして従業員の非倫理的向組織行動を促進してしまう可能性があります。
特に注目すべきは、いくつかのリーダーシップスタイルにおいて、その影響が直線的ではなく逆U字型の関係を示すことです。中程度のリーダーシップが最も非倫理的向組織行動を促進します。これは、リーダーシップの「中途半端さ」が従業員の倫理的判断を鈍らせる可能性があることを指しています。
脚注
[1] Zhang, Y., He, B., and Sun, X. (2018). The contagion of unethical pro-organizational behavior: From leaders to followers. Frontiers in Psychology, 9, 361102.
[2] Zhang, X., Liang, L., Tian, G., and Tian, Y. (2020). Heroes or villains? The dark side of charismatic leadership and unethical pro-organizational behavior. International Journal of Environmental Research and Public Health, 17(15), 5546.
[3] Niu, C., Liang, F., Meng, X., and Liu, Y. O. (2020). The inverted U-shaped relationship between authentic leadership and unethical pro-organizational behavior. Social Behavior and Personality: an international journal, 48(11), 1-11.
[4] Miao, Q., Newman, A., Yu, J., and Xu, L. (2013). The relationship between ethical leadership and unethical pro-organizational behavior: Linear or curvilinear effects?. Journal of Business Ethics, 116(3), 641-653.
[5] Yang, J., Lu, L., Yao, N., and Liang, C. (2020). Self-sacrificial leadership and employees’ unethical pro-organizational behavior: Roles of identification with leaders and collectivism. Social Behavior and Personality: an international journal, 48(2), 1-12.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。