2024年7月10日
組織と個人の価値観のギャップを埋める:自分を偽ることの代償
組織と個人の価値観が合わないこともあるでしょう。しかし、価値観が違うと、従業員は心理的な葛藤を感じます。この問題に対処するため、「適合性のファサード」と呼ばれる手段が取られることがあります。
適合性のファサードとは、個人が組織の価値観を受け入れているように見せかけたり、組織を支持しているように振る舞ったりすることを指します。自分の本当の価値観や考えを隠して、組織に合わせる行動です。一見すると、この方法は組織と個人の価値観の不一致を解消しているように見えますが、研究では負の側面も指摘されています。
本コラムでは、適合性のファサードに関する研究を概観し、その要因や影響について取り上げます。適合性のファサードという現象を理解し、組織と個人の価値観の不一致にどう対処すべきかを考えます。
適合性のファサードの要因と影響
適合性のファサードの概念を提起し、その要因と結果を検討した研究から始めましょう[1]。研究では、まず、適合性のファサードを測定するための尺度が開発されました。例えば、次のような項目を含みます。
- 組織に適合するために、自分のことを共有しないことがある
- 組織の価値観と異なる個人的な価値観を抑制する。
- 自分の価値観と一致していなくても、組織の価値体系を反映した行動をとる など
次に、適合性のファサードの要因を検証しました。その結果、多様な考えを受け入れない職場環境や、マイノリティとしての自覚が強いほど、適合性のファサードを作りやすくなることが見えてきました。また、他者の反応に敏感で自分の行動を調整したり、集団の利益を優先したりする人も、ファサードを作る傾向があります。
適合性のファサードは離職意向と正の関係があり、その関係は情緒的疲労によって媒介されていることが明らかになりました。適合性のファサードを作ることで内面的な葛藤が生じ、感情的なエネルギーが枯渇して、離職を考えるようになるのです。
興味深いことに、適合性のファサードと情緒的疲労・離職意向の関係は直線的ではなく、曲線的であることも示唆されています。ファサードのレベルが極端に高くなると、疲労や離職意向が低下することもあります。自分を完全に抑圧してしまうと、疲労さえ感じなくなるのかもしれません。
適合性のファサードのメカニズム
適合性のファサードが情緒的疲労を引き起こすメカニズムに焦点を当てた研究があります[2]。研究では、「否定的評価への恐れ」と「政治的なものへの認識」という2つの要因が、適合性のファサードを通じて情緒的疲労につながるという仮説を検証しました。
否定的評価への恐れとは、対人関係で否定的な評価を受ける可能性への懸念の程度を指します。一方、政治的なものへの認識とは、組織環境の政治的側面に関する従業員の主観的認識を指します。
分析の結果、否定的評価への恐れと政治的なものへの認識が高いほど、適合性のファサードを作り出す傾向があることがわかりました。周囲から否定的に評価されることを恐れる人や、組織内の政治的な駆け引きを意識する人ほど、自分の価値観を隠して組織に合わせようとするのです。
そして、適合性のファサードを作ることは情緒的疲労につながります。自分の価値観と異なる振る舞いを続けることで、内面の価値観と外面の行動のギャップから葛藤が生じ、エネルギーが消耗するのです。
適合性のファサードは、個人の価値観を抑圧するため、従業員のウェルビーイングを脅かす可能性があります。長期的にこの状態を維持することは容易ではなく、感情的なリソースを消耗します。
組織としては、従業員が率直に意見を言える風土を作ることが重要です。多様な価値観を受け入れ、建設的な議論を奨励する文化があれば、従業員は適合性のファサードを作る必要性を感じにくくなります。
無理に合わせるからうまくいかない
従業員が価値観の不一致にどのように対処するかに注目し、その対処法が仕事の成果に与える影響を調査した論文を見てみましょう[3]。具体的には、ポジティブ・リフレーミング、適合性のファサード、自己開示の3つの対処法に焦点を当てています。
まず、2つの研究から得られた主要な結果をまとめます。1つ目の研究では、集団との価値不一致と情緒的コミットメント・情緒的疲労の関係を調査したところ、自己開示が価値不一致と情緒的コミットメントの負の関係を緩和することが示されました。
2つ目の研究では、組織との価値不一致と欠勤率が調査されました。分析の結果、組織との価値不一致は情緒的コミットメント、欠勤、情緒的疲労と関連することが明らかになりました。適合性のファサードを示さないことと自己開示が、組織との価値不一致と欠勤の正の関係を緩和することも示されました。
これらの結果から、いくつかの含意が得られます。まず、組織との価値不一致の方が集団との価値不一致よりも仕事の成果に大きな影響を与えます。自分の所属する部署の価値観のずれよりも、組織全体の価値観のずれの方が従業員のコミットメントや欠勤、バーンアウトに関連するということです。
次に、適合性のファサードは短期的には有益かもしれませんが、長期的にはそうでもないことがわかります。自分の価値観を隠して組織に合わせる行動は、一時的には価値不一致によるストレスを緩和するかもしれませんが、長期的に自己を偽り続けることは難しく、かえってストレスの原因になります。
一方、自己開示は価値不一致の負の影響を緩和する有望な対処法として浮上しました。自分の価値観を率直に伝えることで、周囲の理解や支援を得られるのでしょう。特に、支援的な職場環境があれば、自己開示はより効果をもたらします。
この研究は、価値観の不一致への対処法という視点から、組織と個人の適合を考える重要な示唆を与えました。適合性のファサードに頼るのではなく、自己開示を促す組織を作ることが大事です。
ダイバーシティ推進と適合性のファサード
組織の多様性と適合性のファサードの関連を探った研究から、組織のダイバーシティへの姿勢が従業員の行動に与える影響を読み取ることができます[4]。
研究では、組織が多様性を重視していると個人が認知している場合、適合性のファサードを作る可能性が低くなることが検証されました。多様性を尊重する組織風土があれば、従業員は自分の個性や独自の視点を表現しても受け入れられると信じられるため、組織に合わせる必要をあまり感じないのです。
一方で、部署内の性別の多様性が高い場合には、かえって適合性のファサードを作る傾向が強まることも明らかになりました。部署内で男女の割合が拮抗していると、異なる価値観を持つ人々がいることを意識せざるを得ず、特に少数派の立場だと多数派に合わせるプレッシャーを感じやすくなります。
ただし、人種の多様性と適合性のファサードの関連は有意ではありませんでした。このことから、いわゆる属性の多様性の中でも、性別の多様性の方が適合性のファサードに与える影響が大きいことが示唆されます。
組織が多様性を重視していると他のメンバーが認知している場合にも、適合性のファサードを作る可能性が低下することが分かりました。周囲のメンバーが多様性を尊重する組織風土を感じていれば、個人も自分らしさを発揮しやすくなり、適合性のファサードを作る必要性が低下します。
これらの結果は、組織のダイバーシティ施策の重要性を表しています。多様性を尊重する文化を醸成することは、従業員の心理的安全性を高め、自己表現を促す効果があるのです。多様な価値観や背景を持つ人々が活躍できる環境を整備することが、適合性のファサードを減らすことにつながります。
ただし、多様性の推進には注意も必要です。属性の多様性そのものを高めるだけでは、かえって適合性のファサードを助長する恐れがあります。重要なのは、多様性を受け入れ、活かすことのできる文化を築くことです。お互いの違いを尊重し、多様な意見を歓迎する風土があれば、属性の多様性がもたらす課題も乗り越えられます。
組織としては、適合性のファサードを減らし、従業員の自己表現を促すために、多様性を受け入れる風土づくりに積極的に取り組むべきでしょう。画一的な価値観を強要するのではなく、様々な背景や価値観を持つ人が活躍できる環境を整備することが求められます。
風土を作ることで調整を試みる
適合性のファサードに頼ることは、長期的には従業員の幸福を阻害する可能性があります。自己を偽り続けることは容易ではなく、情緒的疲労を引き起こす恐れがあります。
今回紹介した研究に基づくと、従業員が自分らしさを発揮できる風土を築くことが重要だと言えます。多様な価値観を尊重し、オープンなコミュニケーションを奨励する文化があれば、従業員は適合性のファサードを作る必要がなくなります。
また、適合性のファサードを減少させるために、従業員が本音で話せる環境を整える必要があるでしょう。従業員はやはり自分の価値観を隠す必要がなくなります。より積極的に意見を表明し、イノベーションを推進する環境も整います。
実際のところ、個人と組織の価値観が完全に一致することは稀であり、両者の間で一定の調整は必要です。しかし、その調整が従業員の負担になることなく行われるよう、組織は柔軟な対応を心掛けなければなりません。従業員が自分らしくいられる職場を作ることは、組織の持続的な成功にとって必要でしょう。
メリットとそこから見える限界
ここまで適合性のファサードの課題について見てきました。最後に、あえてメリットについて考えてみましょう。適合性のファサードのすべてが有害かと言うと、そういうわけではないかもしれません。例えば、次のようなメリットが想定されます。
- 組織との軋轢を避けられる:自分の価値観を表に出さず、組織に合わせる振る舞いをすることで、上司や同僚との衝突を避けられる可能性があります。人間関係を円滑に保ちながら業務を遂行できます。
- 仕事の効率が上がる:組織の方針に従って行動することで、遠回りな議論や摩擦が減り、業務の効率化につながる可能性があります。組織のルールに沿ってスムーズに仕事を進められます。
- 昇進昇格につながる:組織の価値観に合わせる姿勢を見せることで、組織に受け入れられやすくなります。客観的なキャリアの側面でのメリットが期待できます。
しかし、このようにメリットを挙げてみると、これらはあくまで表面的・短期的なものだということが一層よくわかります。長期的に自分を偽り続けることによって、ストレス負荷が高まれば、人間関係に問題が生じ、効率が下がり、キャリアにもマイナスの影響が出てくることが考えられるからです。
適合性のファサードに頼るのではなく、お互いの多様性を尊重し合える風土を作ることが、個人と組織双方の持続的な発展につながると言えます。そして、組織と個人が建設的な対話を重ね、お互いに歩み寄ることも求められるでしょう。組織は従業員の多様な価値観を受け入れる柔軟性を持ち、従業員は組織の目指す方向性を理解する努力が求められます。
脚注
[1] Hewlin, P. F. (2009). Wearing the cloak: Antecedents and consequences of creating facades of conformity. Journal of Applied Psychology, 94(3), 727-741.
[2] Anjum, M., and Shah, S. Z. A. (2017). Indirect effects of FNE and POP on emotional exhaustion: The role of facades of conformity. Business & Economic Review, 9(2), 225-254.
[3] Doblhofer, D. S., Hauser, A., Kuonath, A., Haas, K., Agthe, M., and Frey, D. (2019). Make the best out of the bad: Coping with value incongruence through displaying facades of conformity, positive reframing, and self-disclosure. European Journal of Work and Organizational Psychology, 28(5), 572-593.
[4] Perrigino, M. B. and Jenkins, M. (2023). Antecedents of facades of conformity: When can employees “be themselves”? Journal of Humanities and Applied Social Sciences, 5(4), 323-338.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。