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コラム

職場におけるノスタルジア:温かな思い出が心と体を癒す

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過去を思い出して懐かしむことはありますか。この「ノスタルジア」と呼ばれる感情は、感傷的な反応のように見えますが、近年の研究ではノスタルジアが心理的・生理的に重要な役割を果たしていることがわかっています。

本コラムでは、ノスタルジアに関する研究を紹介し、幸福感や動機づけ、ストレス対処にどのような影響を与えるのかを探ります。それらの知見を通じて、ノスタルジアの意義を確認していきます。

余暇のノスタルジアは葛藤と幸福感を高める

ノスタルジアは仕事や余暇などさまざまな場面に関わります。シンガポールの小中学校教師を対象にした調査[1]では、余暇のノスタルジアが仕事と余暇の葛藤および主観的幸福感に与える影響が検討されました。

489人の教師から回答を収集し、データを分析したところ、まず、余暇のノスタルジアは仕事から余暇への葛藤と主観的幸福感に正の影響を与えることが示されました。余暇のノスタルジアが高いほど、仕事から余暇への葛藤も高くなる一方で、主観的幸福感も高くなるという結果が得られたのです。

この結果については、過去の楽しい余暇体験を思い出すことで、現在の仕事から余暇への葛藤を感じつつも、余暇のノスタルジアがポジティブな感情を喚起し、全般的な主観的幸福感を高める効果があると解釈することができます。

公正感が低い状況でノスタルジアは機能する

ノスタルジアは個人的な感情体験であるだけでなく、職場などの社会的な文脈でも重要な役割を果たします。組織における相互作用的公正が低い状況下で、ノスタルジアが従業員の内発的動機づけと仕事への努力を促進する可能性を示した論文を紹介します[2]

3つの研究を通じて、組織内の不公正な状況におけるノスタルジアの適応的な機能を多角的に検証した論文です。相互作用的公正とは、組織における対人関係に関する公正感のことで、例えば、上司や同僚が自分を尊重し、配慮をもって接しているかといった側面を評価します。

1つ目の研究では、さまざまな組織の従業員を対象に、経験サンプリング法(ESM)を用いて、日常的なノスタルジア経験と内発的動機づけの関連を調べました。参加者は、相互作用的公正を評価した後、10日間にわたって毎日のノスタルジア、内発的動機づけ、肯定的感情をスマートフォンで報告しました。その結果、日常的なノスタルジアは、特に相互作用的公正性が低い状況下で、強い内発的動機づけを予測することが示されました。

2つ目の研究では、ノスタルジアを実験的に誘発しました。その結果、ノスタルジアを誘発された参加者は、特に相互作用的公正が低い状況下で、内発的動機づけと仕事への努力が高まることが示されました。

3つ目の研究では、実験室実験を行い、ノスタルジアと相互作用的公正を操作しました。ノスタルジア誘発条件では、参加者に過去のノスタルジックな出来事を詳しく思い出して書くよう求めました。

相互作用的公正の条件は、仮想シナリオを用いて操作しました。高公正性条件では、上司が部下の意見を尊重し、丁寧に説明をする場面を提示しました。低公正性条件では、上司が部下を無視し、一方的に指示を出す場面を提示しました。その結果、ノスタルジアを誘発された参加者は、相互作用的公正が低い条件でのみ、内発的動機づけが高まることが示されました。

この一連の研究から、ノスタルジアは。従業員が不公正な状況に直面したときに、内発的動機づけを維持し、仕事への努力を促進する可能性があることがわかります。対人関係に問題を抱えていても、ノスタルジアを喚起することで、モチベーションを維持し、職場のパフォーマンスを向上させ得るということです。

仕事の意味を感じ、離職意図が減る

ノスタルジアは職場でも重要な役割を果たします。3つの研究で、組織ノスタルジアと仕事の意味、離職意向の関連性を検証した論文があります[3]。組織ノスタルジアは、従業員が組織内で経験した過去の出来事を懐かしく、ポジティブに感じることです。

また、仕事の意味とは、その名の通り、自分の仕事にどれほど意味や目的を見出しているかを表します。自分の価値観や目標に仕事が合っているほど、仕事を通じて自己実現や社会貢献ができていると感じるほど、仕事の意味は高まります。

1つ目の研究では、従業員92名を対象に、組織ノスタルジアと仕事の意味の関連性を調査しました。分析の結果、組織ノスタルジアは仕事の意味と正の関連があることが示されました。

2つ目の研究では、従業員を対象に、組織ノスタルジアが仕事の意味と離職意向に与える影響を検証しました。組織ノスタルジア条件では、組織内でのノスタルジックな出来事を想起させ、関連するキーワードをリストアップし、簡単な説明文を作成してもらいました。コントロール条件では、組織内での普通の出来事を想起させました。結果として、組織ノスタルジアは仕事の意味を高め、仕事の意味の向上を介して離職意向を低下させることが明らかになりました。

3つ目の研究では、組織ノスタルジアが仕事の意味と離職意向に与える影響におけるバーンアウトの調整効果を検証しました。そうしたところ、組織ノスタルジアは仕事の意味と正の関連があり、仕事の意味の向上を介して離職意向を低下させることが示されました。さらに、この効果はバーンアウトが高い従業員で特に顕著であることも明らかになりました。

過去の組織内での肯定的な経験や人間関係を思い起こすことで、仕事の意味や価値を再認識し、組織に残ろうとする意欲が高まるのです。

特に注目すべきは、バーンアウトが高い従業員ほど、組織ノスタルジアの効果が顕著に現れた点です。バーンアウトが高い従業員は、長期的なストレスにさらされた結果、心理的・感情的な資源が枯渇しています。そのため、仕事に意味を見出すことが困難な状況です。

しかし、組織ノスタルジアを感じることで、過去の肯定的な経験を思い出し、自分の仕事の価値や意義を再発見することができるのです。組織ノスタルジアは、バーンアウトが高い従業員にとって、失われた仕事の意味を取り戻す貴重な機会となります。

限られた時間の場合、ウェルビーイングにプラス

一連の研究を通じて、ノスタルジアと心理的ウェルビーイングの関連性を多角的に検証した論文があります[4]。そちらをもとに、ノスタルジアがウェルビーイングに与える影響を検討しましょう。

1つ目の研究では、高いノスタルジアはウェルビーイングと関連することが示されました。また、ノスタルジアは年齢とウェルビーイングの関係を調整し、高いノスタルジア傾向の人は年齢と共にウェルビーイングが高い傾向があることも明らかになりました。興味深いことに、ノスタルジアは若年期と高齢期で高く、中年期で低いU字型のパターンを示しました。

2つ目の研究では、限られた時間の視点がノスタルジアを引き起こすかを検証しました。参加者は、限られた時間(大学生活の終わり)または広がる時間(新生活の始まり)というシナリオを想像しました。その結果、限られた時間条件の方が、広がる時間条件よりも時間制限の認識が高く、ノスタルジアのレベルも高く報告されました。時間制限の認識とノスタルジアの間に正の相関が見られました。

3つ目と4つ目の研究では、限られた時間の視点によるウェルビーイングへの影響をノスタルジアが緩和するかが検証されました。参加者は、限られた時間またはコントロール条件に割り当てられ、ノスタルジックまたは普通の記憶を想起しました。

その結果、限られた時間条件はコントロール条件より時間制限の認識が高く、ノスタルジックな記憶の想起は普通の記憶に比べて幸福感を高めることが示されました。限られた時間の視点はウェルビーイングを低下させましたが、ノスタルジックな記憶の想起により、この影響は緩和されました。ノスタルジアの緩和効果は、ポジティブ感情の影響を超えて持続することも明らかになりました。

一連の研究において、特に、限られた時間の視点に直面した際のノスタルジアの緩衝効果は注目に値します。時間の制約を感じることはウェルビーイングを脅かしますが、ノスタルジアがその影響を和らげ、ポジティブな感情や人間関係の感覚を回復させます。ノスタルジアは、私たちが限られた時間を意識したときに、心の支えとなるのです。

ノスタルジアがウェルビーイングにつながる理由

それにしても、ノスタルジアがウェルビーイングにつながるのは、なぜでしょうか。

ノスタルジアは社会的つながりや自己の連続性を高めることで、人生の意味を見出すための基盤となります。過去の思い出や経験を振り返ることで、自分と他者とのつながりや自分自身の人生の連続性を再認識できます。

さらに、ノスタルジアによって引き起こされた人生の意味は、重要な目標の追求への動機づけを高めることができます。この仮説を検証するために、2つの実験が行われています[5]

1つ目の実験では、大学生を対象にノスタルジアを誘発し、人生の意味と目標達成への動機づけを評価しました。その結果、ノスタルジアは人生の意味を高め、最も重要な目標の追求への動機づけを強化することが示されました。

2つ目の実験では、デンマークの参加者を対象に、ノスタルジアが重要な目標と重要でない目標の追求にどのように影響するかを検討しました。その結果、ノスタルジアは重要な目標の追求への動機づけを強化しましたが、重要でない目標への影響は見られませんでした。

ノスタルジアで体が温まる

ノスタルジアは心理的な適応だけでなく、身体的な感覚の調節にも関与しています。具体的には、ノスタルジアと生理的な快適さとの関連性が検証されています[6]

1つ目の研究では、30日間にわたる日記調査により、気温が低い日ほど参加者のノスタルジアが高まることが示されました。寒さという身体的な不快感を緩和するために、過去の暖かく快適な記憶を思い出すことでノスタルジアが喚起されたと解釈できます。

2つ目の研究では、周囲の温度を実験的に操作した結果、24度以下の条件でのみノスタルジアが増加することが明らかになりました。人にとって快適な環境温度は約24度であり、これより低い温度では寒さによる不快感が増します。不快感を緩和するために、ノスタルジアが喚起されたと考えられます。

3つ目の研究では、音楽を用いた調査により、ノスタルジアを喚起する音楽は身体的な温かさの感覚と関連していることが示されました。ノスタルジックな音楽を聴くことで、過去の暖かく快適な記憶が想起され、それが身体的な温かさの感覚につながったのでしょう。

4つ目の研究では、ノスタルジアを実験的に操作した結果、ノスタルジアを感じた参加者は室温を高く見積もる傾向があり、ノスタルジアが温かさの感覚を高めることが示唆されました。

5つ目の研究では、ノスタルジアを感じた参加者は、冷水試験において手を長く浸すことができ、ノスタルジアが痛覚の調節にも役立つ可能性が示されました。ノスタルジアによって痛みに対する耐性が高まった可能性があります。暖かく快適な過去の記憶が痛みを和らげる効果を持ち得るということです。

この論文の面白さは、ノスタルジアが身体の状態を調節する生理的な機能を持つ可能性を示した点にあります。ノスタルジアは、寒さや痛みなどの身体的な不快感に対処するための心理的・生理的なメカニズムとして機能しているのかもしれません。

心理的資源を作り出す一つのアプローチ

ここまでの議論を参考にすれば、過去の思い出や経験を懐かしむ感情であるノスタルジアは、現代の職場において意義を持っていることがうかがえます。

まず、過去の楽しい出来事を思い出すことで、現在のストレスや困難に対する対処能力が高まると考えられます。例えば、職場におけるストレスが高まったとき、過去の楽しい職場体験を思い出すことで、ポジティブな感情を取り戻し、仕事への意欲を再び感じることができるかもしれません。

また、ノスタルジアは対人関係の強化に寄与することも期待できます。職場での過去の体験や共同の思い出を振り返ることで、同僚との絆が深まり、チームワークの向上につながり得ます。例えば、過去の成功を振り返るミーティングを行うことで、チーム全体の士気が高まり、協力的な職場環境が醸成される可能性があります。

特に、組織内での過去の肯定的な経験を懐かしむ感情、すなわち、組織ノスタルジアは、仕事に対する意味や目的意識を高め、離職したい気持ちを低下させます。過去の成功や達成感を思い出すことで、現在の仕事に対するモチベーションが高まり、組織へのコミットメントが強まるという経路も想定されます。

ノスタルジアは今後、従業員のウェルビーイングと生産性を向上するための一つのアプローチとなっていくと考えることも可能です。ノスタルジアは、現代の職場において重要な心理的資源を作り出す方法です。過去の良い思い出を活用することで、現在の仕事に対する意欲と満足感を高め、より良い職場環境を築くことにつながるでしょう。

脚注

[1] Cho, H. (2023). Work-leisure conflict and well-being: The role of leisure nostalgia. Leisure Sciences, 45(4), 309-330.

[2] Van Dijke, M., Leunissen, J. M., Wildschut, T., and Sedikides, C. (2019). Nostalgia promotes intrinsic motivation and effort in the presence of low interactional justice. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 150, 46-61.

[3] Leunissen, J. M., Sedikides, C., Wildschut, T., and Cohen, T. R. (2018). Organizational nostalgia lowers turnover intentions by increasing work meaning: The moderating role of burnout. Journal of Occupational Health Psychology, 23(1), 44-57.

[4] Hepper, E. G., Wildschut, T., Sedikides, C., Robertson, S., and Routledge, C. D. (2021). Time capsule: Nostalgia shields psychological wellbeing from limited time horizons. Emotion, 21(3), 644-664.

[5] Sedikides, C., and Wildschut, T. (2018). Finding meaning in nostalgia. Review of General Psychology, 22(1), 48-61.

[6] Sedikides, C., and Wildschut, T. (2018). Finding meaning in nostalgia. Review of General Psychology, 22(1), 48-61.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。

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