2024年7月4日
アイデアの誕生と挫折:イノベーションを阻む要因
変化が激しいビジネス環境においては、新しいアイデアを生み出し、それを具体的な製品やサービスにすることが欠かせません。しかし、イノベーションを実現するのは簡単ではありません。
アイデアの生成から実現までには、多くの障害があります。たとえば、創造的なアイデアを生み出す従業員が周囲から理解されず、孤立を感じたり、同僚からの嫉妬や反発を受けたりすることがあります。
新しいアイデアの価値を正確に見極めるのは難しく、優れたアイデアが見過ごされることや、実現性の低いアイデアにリソースが投入されるリスクもあります。アイデアを出した人が自分のアイデアに固執し、他者と協働しない場合、アイデアの実現が妨げられることがあります。
本コラムでは、イノベーションのプロセスに影響を与える要因を、研究に基づいて整理します。アイデアの生成が個人に与える心理的影響、同僚からの反応、リーダーの役割、組織風土などの観点から、イノベーションの促進/阻害要因を考えます。
アイデアの生成は社会的疎外感を高める
アイデアを生み出すことは組織にとって重要な活動ですが、創造的な従業員は社会的な疎外感を感じやすいことがわかっています。中国の企業で働く311人の従業員を対象に調査を行い、創造性が高い従業員ほど他の従業員との間に心理的な距離を感じる傾向が強いことが明らかになっています[1]。この関係は、従業員のタスクパフォーマンスの高さにかかわらず見られました。
創造的な従業員が社会的疎外感を感じる理由は、アイデアや思考が他の従業員と異なるためです。新規性や独創性を含むアイデアは、従来の方法や慣習に慣れている同僚や上司にとって理解しにくく、受け入れられにくいことがあります。創造的な従業員はアイデアを拒否されたり無視されたりし、心理的な距離感が生まれます。
ただし、すべての創造的な従業員が同じように社会的疎外感を感じるわけではありません。ネットワーキング能力や調和向上動機がこの関係を調整することを導き出しました。
ネットワーキング能力が高い創造的な従業員は、効果的に人間関係を築き、維持することができます。多様なネットワークを持ち、支援や協力を得やすい環境を作り出します。この能力により、創造的なアイデアが受け入れられやすくなります。
また、調和向上動機が強い創造的な従業員も社会的疎外感を感じにくいことが示されました。調和向上動機とは、意見の対立や不一致を積極的に解決しようとする姿勢のことです。このような従業員は、人間関係を強化する行動を取り、対立を避けるのではなく解決に向けて働きかけます。積極的なコミュニケーションと問題解決の姿勢により、高い質の社会資本を築くことができ、創造的なアイデアが受け入れられやすくなります。
これらの知見は、創造性が必ずしもポジティブな結果をもたらすわけではなく、心理的なコストや社会的な挑戦も伴うことを示しています。一方で、社会資本や調和向上動機が、創造的な従業員が感じる社会的疎外感を緩和する役割を果たしていました。組織としては、創造的な従業員の心理的健康を保ちながら、イノベーションを促進する施策を講じる必要があるでしょう。
アイデアの生成は同僚の嫉妬や排斥を生む
創造的な従業員は、同僚からの嫉妬や排斥にも直面しやすいことが分かっています。中国のハイテク製造企業に勤務するエンジニアを対象に、3つの異なる時点でデータを収集した研究が参考になります[2]。チーム内で相対的に高い創造性を示す従業員は、同僚から嫉妬され、排斥される傾向があることが明らかになりました。
この関係は、上司との関係および同僚との関係の質によって強まったり弱まったりすることが示されました。具体的には、創造的な従業員が同僚から嫉妬を受ける理由は、彼ら彼女らが「特別な存在」として認識されやすく、相対的に自分が劣っていると感じられるためです。特に創造的な行動が嫉妬の引き金となるのです。
さらに、上司との関係が他の同僚よりも良好な創造的な従業員は、同僚からより強い嫉妬を引き起こすことが分かりました。上司との良好な関係は、創造的な従業員により多くの支援や資源をもたらしますが、他の同僚はこの状況を「不公平」と感じ、嫉妬が強まるのです。
一方、同僚との関係が他の同僚よりも劣っている創造的な従業員も、同僚からより強い嫉妬を受けることが明らかになりました。同僚との関係が薄い創造的な従業員は、チーム内で孤立しやすく、その創造的な成果が他の同僚にとって手に入れにくいものと見なされることで、嫉妬が増幅されます。
同僚の嫉妬は排斥行動につながることも分かりました。とりわけ、上司との関係が良好で同僚との関係が悪い創造的な従業員は、嫉妬を媒介として排斥される可能性が高いことが見えてきました。
創造性は職場での否定的な人間関係を引き起こす可能性があります。イノベーションを促進するためには、創造的な従業員の安全性を確保し、例えば、公正な評価と報酬のシステムを整備することが重要だと言えるでしょう。
マネージャーはアイデアの成功をうまく予測できない
新しいアイデアの潜在能力を見極めることは容易ではありません。新しいアイデアの成功を予測する「クリエイティブ・フォーキャスティング」の能力に着目し、クリエイターとマネージャーの役割がその精度にどのように影響するかを探った研究を見ていきましょう[3]。
研究では、サーカス芸術産業のプロフェッショナル339人を対象に、新しいサーカスの演目の成功を予測してもらいました。その予測精度は、13,248人の観客のデータで評価されました。
別の実験では、206人の大学生をクリエイター、マネージャー、クリエイターとマネージャーの両方、そして統制群の条件に割り当て、消費者向けの製品の成功を予測してもらいました。
その結果、他者の新しいアイデアの成功を予測する際、クリエイターはマネージャーよりも正確であることが分かりました。クリエイターは発散的思考(アイデア生成)と収束的思考(アイデア評価)の両方を行うため、アイデアの多様性や新規性を考慮する能力が高いのです。
一方、マネージャーは主に収束的思考に依存しており、新規性を過小評価しがちです。ただし、クリエイターは自分のアイデアに対しては予測が不正確になる傾向がありました。クリエイターは自分のアイデアを過剰に信じ、否定的なフィードバックを無視しやすいのです。
また、過去に低品質なアイデアが成功したクリエイターは、他者のアイデアの成功を予測する精度が低いことも分かりました。過去の成功を自身のスキルやアイデアの質に帰属しがちですが、実際には運や外部要因が成功の要因であることが多いものです。この誤った帰属によって、他者のアイデアの成功を正確に予測する能力が損なわれます。
組織は、アイデアの評価プロセスにおいて、クリエイターとマネージャーの強みを適切に活用することが求められます。特に、マネージャーのみに評価を任せる体制はあまり良くないと言えそうです。
リーダーの境界連結活動が生成と実現を強固に
創造的なアイデアをイノベーションに変えるためには、リーダーの役割が重要です。中国の新製品開発チーム83チーム、305人の従業員と46人の監督者を対象に調査が行われています[4]。リーダーの「遂行証明目標志向性」と「境界連結戦略」が、アイデアの生成から実現に至るプロセスに影響を与えることが分かりました。
遂行証明目標指向とは、リーダーが自分の能力を他者に証明し、好意的な評価を得ることに対する意欲のことです。このようなリーダーは、チームの創造的なアイデアを積極的に推進し、実際の製品やプロセスに変換する可能性が高いことが示されました。自分の能力を証明し、好意的な評価を得るために、創造的なアイデアをトップ・マネジメントに提案し、資源を確保し、アイデアを具体化するための支援を求めるのです。
さらに、リーダーの境界連結戦略、とりわけ、外部との連携活動も、アイデア生成と実現の関係を強化することが認められています。リーダーが外部の関係者と積極的に連絡を取り、チームのアイデアを売り込むことで、アイデアが認識され、サポートを得られる可能性が高まります。また、他の部門やグループと協力してタスクを調整することで、技術的な助言やサポートを得ることができ、アイデアの実現可能性が高まるのです。
遂行証明目標指向の高いリーダーは、自分の成功を示すために外部からの認識と支持を得ることに焦点を当てるため、積極的に境界連結戦略を行い、チームのアイデアを外部に売り込みます。
これらの結果は、創造的なアイデアが実現するまでのプロセスにおけるリーダーの役割の重要性を強調しています。リーダーの目標志向と戦略的行動を促進・支援することが大事になります。
遂行目標が高いと上司のアイデアを重視する
リーダーの目標志向は、部下や上司から提案された創造的なアイデアの評価にも影響を与えます。実際のリーダー189名とビジネススクールの学生94名を対象に、達成目標と創造的なアイデアの統合の関係が調査されています[5]。
結果的に、遂行目標(他者を凌駕することを目指す目標)を持つリーダーは、部下よりも上司からの提案を統合する意図が高いことが確認されました。他者との比較や競争を通じて自分の優秀さを示すことに重きを置くため、上司の提案に対してより高い評価を持ち、積極的に取り入れるのです。一方で、部下からの提案は、自分の地位や能力に対する挑戦と見なすため、軽視しがちです。
ただし、意図と実際の行動には統計的な違いが見られませんでした。意図と行動が必ずしも一致しないのです。リーダーが上司の提案を統合する意図を持っていても、実際の行動に移す過程でさまざまな要因が影響を与えます。たとえば、資源の制約、時間の不足、その他の優先事項などが、意図した行動を実現するのを妨げることがあるのでしょう。
自分のアイデアを守ろうとするのは逆効果
創造的なアイデアを実現するためには、他者との協力が不可欠です。しかし、自分のアイデアを守ろうとする「領域性(テリトリアリティ)」が、かえってアイデアの実現を阻害することが明らかになっています。
中国の46の研究開発チームの359人の従業員と46人の監督者を対象に、領域性、動機づけ風土、およびアイデアの実現の関係が調査されました[6]。データは2つの時点で収集され、従業員が領域性と動機づけ風土に関するアンケートに回答し、6ヶ月後に社会的疎外とアイデア実現度が評価されました。
そうしたところ、領域性は社会的疎外を通じてアイデア実現に負の影響を与えることが検証されました。領域性の高い従業員は、自分のアイデアを他人に対して守ろうとする行動を取ります。この行動が強いと、他の同僚から協力を拒否されたり資源を提供されなかったりするなど、疎外されやすくなります。疎外された状態では、アイデアを実現するために必要な協力を得ることができず、アイデアの実現が阻害されます。
職場の動機づけ風土がこの関係に影響を与えることも明らかになりました。「熟達風土」は個人の努力や協力を重視し、個々人の学習と発展を促進する職場環境のことです。このような環境では、たとえ個人が領域性を持っていても、他の従業員が協力的な態度をとり、社会的疎外の程度が低くなります。
一方、「成果風土」は職場における成功が競争や社会的比較によって評価される環境のことです。このような環境では、個人が自分のアイデアを守ることに対して他者からの協力を得にくくなり、競争が激化します。従業員は他人のアイデアに協力するよりも、自分の成功を優先するため、領域性のある従業員はさらに疎外されやすくなります。
職場風土は領域性からアイデア実現への効果も調整することが示されました。熟達風土が低い場合や成果風土が高い場合、領域性から社会的疎外を経由したアイデア実現への負の影響が強まりました。
職場での創造性は必ずしもポジティブな結果をもたらすわけではなく、特定の状況下ではネガティブな人間関係の結果を引き起こす可能性があります。従業員の行動や組織文化をマネジメントし、協力的な環境を整備することが求められます。
以上、アイデアの生成と実現に影響を与える要因について、研究知見を紹介しました。アイデアの生成と実現は、複雑な社会的プロセスです。本コラムで紹介した知見は、そのプロセスの一端を明らかにするものです。
脚注
[1] Zhang, G., Chan, A., Zhong, J., and Yu, X. (2016). Creativity and social alienation: The costs of being creative. The International Journal of Human Resource Management, 27(12), 1252-1276.
[2] Breidenthal, A. P., Liu, D., Bai, Y., and Mao, Y. (2020). The dark side of creativity: Coworker envy and ostracism as a response to employee creativity. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 161, 242-254.
[3] Berg, J. M. (2016). Balancing on the creative highwire: Forecasting the success of novel ideas in organizations. Administrative Science Quarterly, 61(3), 433-468.
[4] Qu, X., and Liu, X. (2021). How Can Creative Ideas Be Implemented? The Roles of Leader Performance-Prove Goal Orientation and Boundary-Spanning Strategy. Creativity Research Journal, 33(4), 411-423.
[5] Sijbom, R. B. L., Janssen, O., and Van Yperen, N. W. (2016). Leaders’ achievement goals and their integrative management of creative ideas voiced by subordinates or superiors. European Journal of Social Psychology, 46(6), 732-745.
[6] Huo, W., Yi, H., Men, C., Luo, J., Li, X., and Tam, K. L. (2017). Territoriality, motivational climate, and idea implementation: We reap what we sow. Social Behavior and Personality: An International Journal, 45(11), 1919-1932.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。東京大学大学院情報学環 特任研究員を兼務。