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コラム

社員の『声』を活かす:ボイス研究を手がかりに(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20246月にセミナー「社員の『声』を活かす:ボイス研究を手がかりに」を開催しました。

社員一人ひとりの提案を引き出し、活かしていくことが大事です。しかし、社員の声に耳を傾ける機会を十分に設けられていないのが実情ではないでしょうか。

本セミナーでは、ボイス(voice)という概念を手がかりに、社員の建設的な提案を促すヒントをお伝えします。ボイスとは、職場の問題点や改善案を自発的に組織に伝えることを指します。

ボイスを引き出すリーダーシップや、ボイスの思わぬ効果など、実践的な示唆が満載です。社員の声を力に変える方法について学びませんか。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

ボイスとは何か

本日のセミナーのテーマは「ボイス」です。ボイスとは、組織や仕事の改善につながるアイデアや懸念を自発的に発言することを指します。例えば、業務のプロセスを改善するための案を出したり、プロジェクトを進めていく中で予算超過のリスクを指摘したりすることが、ボイスの例です。

ボイスには様々な種類があります。まず、「促進的ボイス」と「禁止的ボイス」という分類があります。促進的ボイスは、組織の目標達成やパフォーマンス向上につながる提案を指します。例えば、新規顧客を獲得するための提案などです。

一方、禁止的ボイスは、組織に悪影響を及ぼしかねない問題や懸念を指摘することを意味します。プロジェクトを進める中で、倫理的問題が発生する可能性を指摘することなどが、禁止的ボイスです。

別の分類としては、「自己防衛的ボイス」と「他者志向的ボイス」があります。自己防衛的ボイスは、自分の利益や立場を守るために発するボイスのことです。例えば、自分の仕事量が多すぎるため、減らしてほしいと提案することが該当します。他者志向的ボイスは、同僚や組織全体の利益のために発する提案や意見を指します。例えば、仕事量に偏りがある人の仕事を分担することを提案するのは、他者志向的ボイスの一例です。

最後に、「建設的ボイス」と「破壊的ボイス」という分類もあります。建設的ボイスは、組織の発展に寄与するような発言を指します。新たな収益源につながる方法を提案することなどが例として挙げられます。一方、破壊的ボイスは、組織に悪影響を及ぼしかねない発言のことで、不満や愚痴などがこれに当たります。

実証研究によれば、異なる種類のボイスを組み合わせると、上司が理解しにくく、提案が通りにくくなることが明らかになっています。例えば、「現在の施策にはリスクがある(禁止的ボイス)」と「業績向上のためにこの施策を提案する(促進的ボイス)」を同時に述べると、上司は混乱してしまいます。

ボイスがもたらす効果

ボイスは、果たして組織や個人にとってどのような効果があるのでしょうか。ボイスには、様々な良い影響があります。

まず、パフォーマンスが高まります。そして、創造性が高い傾向にあります。さらには、変革を成し遂げる力が高まります。これは、様々なボイスに関する先行研究を統合的に分析した結果です。ボイスを発する人は、パフォーマンスが高く、クリエイティブで、変革を成し遂げるという点で、組織の中では重宝する人材になっていくことができます。

では、なぜボイスを発することがプラスになるのでしょうか。そのメカニズムを説明するのが、資源保存理論です。ボイスを発することによって、本人が資源を得られるのです。

例えば上司から認められることや、問題解決のスキルが向上することなど、様々なリソースを手に入れることができ、仕事をしやすくなるので、パフォーマンスが向上します。

ただ、どのような環境でもボイスを発しさえすれば、うまくいくのかというとそういうわけでもありません。ボイスがよりうまく生かされる環境があります。具体的には、ボイスが熟慮される環境の方が、ボイスがイノベーションにつながることが明らかになっています。

例えば、ボイスが真摯に受け止められたり、ボイスが一度出されればそれについて議論されたりするような環境です。

ここで見えてくるのは、ボイスは、一方向だとなかなかうまくいかないということです。ある人がボイスを発し、ある人がそれを聞くだけの関係だと、うまくいきません。ボイスを受ける側についても、一方的に待つだけでは駄目なのです。

せっかく出してくれたボイスに対して、それをきっかけにして対話を行っていき、中身を練り上げていくことが大事です。

ボイスを促すもの

ボイスを促していくにはどうしたらいいのでしょうか。ボイスを促す要因について考えます。

一つ目の要因は、義務志向の高さです。義務志向の高さがボイスを促すことが知られています。義務志向というのは、道徳的、倫理的な義務感が強いことを意味します。要するに、ボイスを自分の役割の一部だと捉えるということです。

そうすると、積極的に発言をするようになることがわかっています。組織のために建設的な意見を述べるのは自分の責務だと考えている人は、義務志向が高いと言うことができ、義務志向が高い人材はボイスに積極性があり、結果的に行動をとります。

さらに、ボイスを促す上で、組織風土も大事です。具体的には、心理的安全性が重要だということがわかっています。心理的安全性がボイスを促すのです。心理的安全性は、対人関係のリスクを負っても大丈夫だと思うことを意味します。

要するに、意見を言っても大丈夫そうだと思えるような風土において、気軽にボイスを発することができます。ボイスを発する際には、ややもすれば「こういうこと言ったら否定されてしまうのではないか」など、心配になるものです。

ただ、そのリスクを気にしなくてもいい環境を作ることができれば、従業員はボイスを発しやすくなります。

心理的安全性が高い環境の場合、出世欲が強い従業員も思い切って発言することができるということが実証されています。詳細は後で触れますが、出世欲が強い社員のことを達成志向が高いと呼ぶのですが、達成志向が高いとボイスは抑制されます。

いろいろな提言をしていくと、評価が下がってしまうリスクが発生してくるので、出世意欲が高い従業員はボイスを避けます。ところが、心理的安全性が高い環境では、そういった悪影響が緩和されることがわかっています。

リーダーシップの役割も重要です。リーダーの振る舞いとして重要になってくるのが、従業員がボイスを発した場合に、それを積極的に採用していくことです。何か意見を言ったところで全然反映されない、全然採用されないような組織があったとして、次以降、意見を言おうとは思いません。

また、リーダーによるボイスの採用は、ボイスを増やすだけではなく、従業員のワークエンゲージメントを高める効果もあります。ワークエンゲージメントとは、仕事に対して熱意と活力を持って没頭するような状態です。

リーダーが部下の提案を聞いて実行に移していれば、自分の意見は取り入れてもらえると自信が深まります。その結果、ワークエンゲージメントも高まることが検証されています。

とはいえ、部下からいろいろな意見が出てきたとして、それらを全て採用するのは難しいものです。全てのボイスを採用するのは現実的ではありません。場合によっては部下からの提案を却下する必要もあります。

上司が部下の提案を却下する際には、感謝の意を伝えましょう。「ありがとうございます」と伝えましょう。そうすると、ボイスに対する負の影響を和らげることができます。

例えば、上司が部下からの提案を採用することができないとき、「あなたの提案はよく考えられていて価値がありますが、今回は別の方法を採用します。貴重な意見ありがとうございました」と、ちゃんと感謝の気持ちを言葉で表しましょう。

感謝をされると、たとえ自分の提案が通らなかったとしても、大事にされていると感じることができるからです。尊重感を覚えると、また意見を言ってみようと思えます。

ボイスを妨げるもの

一方でボイスを妨げるものも存在します。それはストレスです。職場でストレスがあると、ボイスが妨げられることが実証されています。

様々なプレッシャーがかかる状況では、ボイスのために資源を使う余裕がありません。自分の注意力、集中力、時間などの資源を温存しようとします。ストレスに対処するために資源を使わなければならず、ボイスのために使えません。従業員からボイスの余力が奪われるのです。

また、先ほど触れましたが、達成志向の高さもボイスを妨げる要因になります。達成志向とは、出世欲の高さを指します。出世欲が高い従業員は、ボイスを発することによるリスクを嫌い、避けようとします。

意見を言うことで上司を刺激したり、関係にひびが入ったりすると、自分のキャリアに傷がつく可能性があります。ボイスによって失敗した場合も、キャリアに傷がつくリスクがあります。出世欲が高い人は自分の利益を優先しがちで、ボイスを行う動機に欠け、ボイスを発しません。

他にもボイスを妨げる要因として、「適合性のファサード」と呼ばれる現象があります。適合性のファサードとは、組織の価値観と自分の価値観が違っている場合に、組織の価値観に同調しているように振る舞うことを指します。

本音と建前のギャップのようなものです。適合性のファサードは、ボイスを阻害します。なぜなら、本当はそう思っていないのに、組織の価値観に従っている状態は、ストレス負荷がかかり、感情的な疲弊を招き、資源がなくなります。ボイスどころではなくなります。

さらに、ボイスを促す方法として、ボイスの機会を設けることが自然と思いつきますが、その機会が表面的なものだと、かえってボイスを減らしてしまうことがわかっています。

例えば、上司が意見を求めているふりをしているだけで、実際には聞く耳を持っていない状態では、ボイスは遠ざかります。形式的なボイスの場を作ることは、逆効果です。ボイスを促す機会を設ける場合は、本当に採用するつもりで実施しましょう。

ボイスを活かす工夫

今までの研究知見を参考にしつつ、組織として従業員のボイスを促すために何を行っていけばいいのかを整理します。

一つ目の工夫は、従業員がボイスを発したときには、それが小さなものであっても真摯に受け止めることです。ボイスを受けたら議論し、それらを実行可能な形に落とし込んでいくための姿勢を、組織全体で作るようにしていきましょう。

多くの職場では、小さいボイスが起こっているはずです。それらを受け止めて、議論の俎上に上げ、丁寧に扱いましょう。

二つ目の工夫は、積極的に採用することです。現場からは、様々な種類のボイスが出てきています。小さな提案を積極的に採用しましょう。話半分に聞かずに、それを反映するということが重要です。

とはいえ、全ての提案を反映することは難しい場合もあります。その場合には、先ほど話した通り、感謝の意を伝えましょう。提案してくれた従業員に対して、その熱意をねぎらいます。

三つ目の工夫は、ストレスマネジメントです。ストレスが高いと、ボイスを発する余裕がなくなります。例えば、業務負荷の高さや対人関係がうまくいかないといったことが、従業員のボイスを阻害する要因になります。これらを取り除いていかなければなりません。

適正な業務量にしていく必要がありますし、良好な人間関係を作っていく必要があります。そうすると、余力が生まれてきて、従業員はボイスを発していくことになります。部下の心身の状態に気を配っていくことが、遠回りに見えてボイスを促していくことになるのです。

ボイスの注意点と対策

ボイスは基本的にはいいものだという前提でお話をしてきました。実際に、多くの研究が総じてボイスの有効性を支持しています。一方で、ボイスも万能かというと、そういうわけではありません。運用方法によっては、副作用が生じるかもしれません。

例えば、些細な問題について意見が細かく述べられるようになると、ミーティングを行っているときに議論が散漫になります。様々なところに議論が飛んで、効率性が低下します。

さらに、いろんな意見が言えるようになること自体はいいことですが、重要な意見が埋もれる可能性もあります。

組織としては、様々な意見を出してほしいが、こういった目的のもとでの意見を推奨・歓迎しているなど、説明を行うことが大切です。そして、ボイスに対してフィードバックをすることも重要です。そうすると、どのようなボイスが求められているのかが見えてきます。

他にも、気をつけるべき現象として、エコーチェンバー化があります。多数派の意見が支配的になり、その意見に合うものしか出てこなくなったり、意見がエスカレーションしてしまったりする恐れがあります。

こうなると、建設的な議論ができなくなったり、極端な方向に行ったりするかもしれません。そこで大事になるのが、ダイバーシティです。異なる性別、年齢、価値観、働き方の人が様々な意見をすることを歓迎することです。

場合によっては、デビルズ・アドボケートといって、反対意見を述べる役割を定めるのも一案です。「アイデアを深めるために、あえて反対意見を述べてみます」というように、デビルズ・アドボケートの役割を担う人がいれば、エコーチェンバー化を防げます。

Q&A

Q:ボイスを奨励する一方で、業務に集中する時間も確保する必要があります。どのようにバランスをとればよいでしょうか。

バランスを取るために、まずは日常的なボイスについては、改まって提案するというよりも、例えばチャットツールを使って、思いついた改善案を共有する仕組みを作るのが良いかもしれません。

もう一つは、ボイスの機会を意図的に作り出すことです。例えば、1ヶ月に1回でも構わないので、ボイスを共有する時間を設けるのです。こうすれば、それ以外の時間は仕事に集中できます。

Q:ボイスの質を高めるために従業員に求めることは何でしょうか。

ボイスの質を高めていくためには、情報が重要です。例えば、組織全体の目標や、今組織が抱えている課題といった情報が共有されていれば、それを踏まえた上でボイスを発することができます。

ビジョンやミッションといった情報も重要かもしれません。組織がどこに向かっていけばいいのかがはっきりしていれば、そこに向かうために必要なボイスを出せます。

ただし注意点として、最初から質を求めすぎると、なかなかうまくいきません。質にこだわりすぎずに、まずは気軽にボイスを発することができるような環境を作っていくことから始めてみましょう。

Q:コロナ禍を経て、テレワークの導入が弊社では進んでいます。テレワークの中でボイスを促進するために工夫できることはありますか。

テレワーク環境においてボイスを促していくためには、コミュニケーションの頻度を高めましょう。オンラインで構いません。コミュニケーションの頻度を高めて、信頼関係を作ります。信頼関係が生まれると、提案しやすくなります。自分がどんな意見を言ったとしても、相手は受容してくれる。採用に向けて検討してくれる。そう思えるようになります。

Q:従業員のボイスを集める機会を作りたいと思いました。例えば、どのような取り組みが有効でしょうか。

様々なやり方があります。ただし、単に「何か意見を言ってください」と言っても、なかなか難しいものです。そのときに大事になってくるのが、ボイスを考えるための素材です。

例えば、組織サーベイの結果をもとに、みんなで話し合う機会を作るのは一つの方法です。「自分の組織にはこんな課題があるのか」と気づくと、「このようなことを実施すると良いのでは」と考えやすくなります。組織サーベイはあくまで一例ですが、素材を準備することが重要です。

Q:ボイスを生かす組織文化を醸成する上で、聞く力が重要になると感じました。

面白いご感想です。確かに、ボイスが機能していく上では、ボイスを受け止めるような聞く力も重要になります。ボイスについて聞いてもらえないと、ボイスは継続しません。

プラスアルファで感じたのが、説明責任の重要性です。ボイスは勇気のいる行為です。それに対して、ボイスを受けた側が説明責任を果たしましょう。例えば、感想を述べたり、ボイスが採用されたのか否か、採用されなかったとすればその理由は何かといったことを説明します。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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