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コラム

なぜ睡眠は重要か:仕事との相互関係から検討する(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20245月にセミナー「なぜ睡眠は重要か:仕事との相互関係から検討する」を開催しました。

睡眠不足は、社員のパフォーマンスに影響を及ぼします。逆に、職場における働き方が、睡眠の質に影響を与えます。

本セミナーは、睡眠と仕事の相互作用に焦点を当てます。最新の研究知見をもとに、対策も含めて検討します。講師はビジネスリサーチラボ代表取締役の伊達洋駆です。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

適切な睡眠時間とは

睡眠時間の問題について考えてみましょう。皆さんは昨夜、何時間ぐらい睡眠をとりましたか。

睡眠時間がどれぐらい適切なのかということは、世界的にも注目されているトピックです。例えば、アメリカでは睡眠時間と生産性の関係を探るために大規模な調査が実施されました。調査では、情報専門サービスや製造工業、建設など5つの業種で働く18歳から80歳までの約60万人のデータを分析しました。

分析の結果、睡眠時間と生産性の関係は逆U字型、つまり山型になっていることがわかりました。睡眠時間が長くなるにつれて生産性が上がっていきますが、ある時点から下がり始めるという関係性が見られました。最も生産性が高い睡眠時間は18時間程度でした。それ以上でもそれ以下でも生産性が下がってしまうことが明らかになりました。

8時間未満の睡眠では、睡眠不足によって疲労が蓄積し、作業効率の低下や欠勤が増えてしまいます。一方、8時間を超える睡眠では、日中の覚醒度が下がり、ぼんやりと過ごしてしまう可能性があります。

研究では、生産性を欠勤日数とプレゼンティーイズムという指標で測定しています。プレゼンティーイズムとは、出勤はしているものの、健康上の問題で仕事のパフォーマンスが制限される度合いを表します。8時間の睡眠時には、欠勤日数が少なく、日中のパフォーマンスも高く維持できることがわかりました。

もう一つ、睡眠時間に関する大規模な検討として、アメリカの睡眠医学会と睡眠研究学会の専門家チームが、18歳から60歳の健康な成人に推奨する睡眠時間を議論したプロジェクトがあります。15人の専門家が5314の論文を精査し、約1年間の検討を経て、17時間以上の睡眠が健康にとって最適だという提言を2015年のシカゴの会議で発表しました。

これらの知見から、生産性と健康の観点から考えると、17時間から8時間の睡眠を確保することが望ましいと言えます。ただし、単に睡眠時間を増やせばいいというわけではなく、睡眠の質も重要だと指摘されています。

107人の従業員を対象とした5日間の調査では、前の日の夜の睡眠の質が高いほど、仕事へのエンゲージメントが高まることがわかりました。ここでいう睡眠の質とは、すぐに眠りにつけること、中途覚醒がないこと、朝起きたときに爽快感があることなどを指します。一方、睡眠時間とエンゲージメントの関係は、明確な相関が認められませんでした。

仕事から睡眠への影響

仕事と睡眠の相互作用に注目していきましょう。まず、仕事から睡眠に対してどのような影響があるのかという研究について見ていきます。

仕事から睡眠に対する影響は確かに存在します。特に、仕事上のストレスにさらされると、睡眠に対して悪影響が及ぶことが明らかになっています。例えば、34の企業で働く1789人の従業員を対象とした仕事と健康に関する調査があります。

調査の結果、仕事の要求度が高かったり、裁量が小さかったりすると、1年後の睡眠の質が低下することがわかりました。例えば、仕事上の役割が曖昧であったり、役割の間で板挟みになったり、仕事量が多かったりすると、1年後の睡眠の質が低下するのです。また、裁量が小さい、つまり自律性が低いと、睡眠の質が低下することもわかりました。

研究では、仕事の要求度が高く、裁量が小さい仕事をストレスの高い仕事と解釈しています。高いストレスを持つ仕事につくと、睡眠の質に悪影響があるということです。

4年間ずっと高いストレスの仕事をしている人は、睡眠の質が低いことがわかりました。さらに、時間とともに睡眠の質がより低くなっていくことも明らかになりました。これは、高ストレスの仕事による悪影響が蓄積されていくことを示しています。

一方で、高いストレスの仕事から低いストレスの仕事に移ったとしても、睡眠の質に顕著な改善は見られないことがわかりました。一度高いストレスで睡眠の質に悪影響が及んでしまうと、低いストレスの仕事に変わったところで、すぐには回復しないのです。

ただ、仕事の特徴が睡眠の質に影響を与えるという客観的な仕事の負荷よりも、影響度の大きい要因があることがわかりました。

企業で働く3077人の従業員を対象とした5年間の追跡調査では、仕事へのとらわれが減ると、新規の睡眠障害が減少していました。仕事へのとらわれとは、仕事のことを考え続けてしまうことを指します。仕事が終わって家に帰っても、仕事のことが頭から離れない人は、仕事へのとらわれが高い状態にあります。

客観的な仕事の負担も問題ですが、仕事から切り替えられないという心理的な状況が、睡眠に対して悪影響を及ぼします。休んでいるときに仕事のことを考えてしまうと、脳の覚醒レベルが高く維持され、寝つけなくなります。また、寝ていても途中で目が覚めます。

さて、職場における睡眠を妨げる要因と、家庭のストレス要因を比べた研究があります。2時点でデータを取り、週20時間以上働く1330人のデータを分析したところ、職場のストレス要因の方が、家庭のストレス要因よりも睡眠の質に対する悪影響が強いことがわかりました。職場で悩んだり動揺したりストレスを受けると、その後の睡眠の質が低下してしまうのです。

働くことは人にとって喜びにもつながっていますが、同時にストレスにもなっているのです。では、睡眠を良いものにしていくために、どのような働き方をすればいいのでしょうか。どのような職場を作っていけばいいのかということが気になります。

仕事の環境が睡眠に与える影響について、24の研究をレビューした論文があります。将来の睡眠障害を減らす要因として、職場の支援、自律性、公正さの3つが挙げられています。

職場の支援とは、職場でお互いにサポートし合っていることを指します。自律性とは、仕事の進め方や目標を自分で決めることができることです。公正さとは、組織の意思決定や評価を含めた手続きが公平だと感じられることを指します。

一方、仕事の要求、ストレス、いじめ、努力報酬の不均衡の4つは、将来の睡眠障害を増やす要因になっています。仕事の要求度が高いこと、仕事を通じて受けるストレスの負荷が大きいこと、ハラスメントなどがあること、自分が頑張っているのにリターンが少ないことなどが、睡眠障害を増やすのです。

さらに、ストレスの受け止め方を考えるとき、自分で休日をコントロールできるかどうかが重要だということがわかってきました。日本の企業で働く常勤の勤務者3681人とシフトの勤務者599人を対象とした調査では、勤務時間がコントロールできるほど、疲労の持ち越しや不眠症状、日中の眠気などが低いことがわかりました。

特に興味深いのは、休日の取得をコントロールできると、睡眠の質に対するプラスの影響が強まるということです。休暇をいつ取るかを自分で決められると、リフレッシュのために適切なタイミングで取ることができ、疲労の蓄積を防いだり、十分に回復したりすることにつながります。

睡眠から仕事への影響

今まで仕事から睡眠に対してどのような影響があるのかということを説明してきましたが、今度は逆に、睡眠から仕事に対してどのような影響があるのかということを説明していきます。

睡眠不足や睡眠の質の低下が仕事に対して悪影響を及ぼすということは、様々な研究で指摘されています。一つ目に紹介する研究は、考えさせられる内容です。睡眠不足が非倫理的行動を促すかどうかを検討した研究です。

研究では、まず大学生80名を対象に、前の日の睡眠時間を調査しました。その上で、クイズを行い、クイズの結果によってインセンティブがもらえるという実験を実施しました。実験者は表面上、クイズの正解数や成績を知ることができない状況にしたので、被験者は成績を水増しして申告することができるようになっていました。例えば、60点しか取れなかったとしても、80点だと言うことができるわけです。

その結果、睡眠時間が短いほど、この不正行為、つまり水増しの申告を行う傾向にありました。ただ、これは大学生を対象とし、クイズをする状況での結果ですから、仕事の場面ではどうなのかということが気になります。

そこで、仕事の場面で同じようなことが検証されています。就業者182人について3ヶ月間調査を行ったところ、睡眠の質と量が低い、つまり質が良くなくて時間も短いほど、上司が評定する非倫理的行動が多いことがわかりました。

非倫理的行動には様々なものがあります。この研究に限らず、非倫理的行動は色々な次元で測定されています。例えば、ハラスメント、利益相反、怠慢、プライバシー侵害、嘘をつくことなどが挙げられます。

なぜこのようなことが起こるのかというと、睡眠不足になると、セルフコントロール、つまり自分の感情や欲求をコントロールする力が低下するからです。普段ならルールを守る人でも、非倫理的な行動を起こしてしまうのです。

さらに、睡眠不足は脳の機能を低下させることもわかっています。タスクに取り組んだときの成績が下がってしまいます。睡眠不足が生理学の観点から見て、職場のパフォーマンスにどのような影響を与えるのかを検討した研究があります。

睡眠不足に陥ると、前頭前野の活動が減少します。前頭前野は、注意力、集中力、記憶、情報処理などを司っている脳の部位ですが、その活動が減少することで、これらの能力が低下してしまいます。

一方で、睡眠不足になると扁桃体の活動が増加するということも明らかになりました。扁桃体の活動が増加することで、ネガティブな刺激に敏感になり、それが持続する傾向があります。

このような作用が起こることで、慢性的な睡眠不足になると、タスク遂行のパフォーマンスの質と量が低下するということが検証されています。さらに、注意力が低下し、ネガティブな感情が抑制しにくくなるので、事故のリスクが高まったり、欠勤や遅刻などの逸脱行動が増えたりすることも明らかになりました。

睡眠不足や睡眠の質の低下は、働く上で大きな影響を及ぼすことがよくわかります。特に大きな影響を受けやすいタスクが3つあります。

1つ目は、単調で長時間のタスクです。集中力や認知的な持続力がないと、なかなかうまく遂行できません。

2つ目は、外的にペースが決められているタスクです。自律性があり、自分でペースを決められると、睡眠不足の影響を受けにくくなります。裁量がない、要するに外部に仕事のペースが決められているようなタスクでは、睡眠不足の悪影響が大きくなってしまうのです。

3つ目は、新しく学習したタスクです。不慣れなタスクでは、注意力や様々な情報処理が必要な状態にあるため、睡眠不足の影響を強く受けます。例えば、新しい職場に異動してきたときに睡眠不足になってしまうと、パフォーマンスを発揮しにくくなります。

企業にできる支援

以上のことを踏まえて、企業にどのような支援ができるのかを考えてみましょう。とはいえ、企業が業務時間外まで管理するのは不健全です。あくまで、可能な範囲で、どのような支援を行っていくことができるのかを考えていきます。

一つ目は、睡眠時間をきちんと確保していくために、企業側にできることがあるのではないかということです。例えば、フレックスタイム制を始めとした柔軟な働き方の諸制度を導入することが一つです。

他方で、テレワークも良い方法です。働く上で通勤時間は長いものです。その時間を睡眠に充てられたらどうでしょうか。テレワークを推奨することで、通勤時間を減らし、睡眠時間を増やすことができるかもしれません。

また、仕事の負担や要求度が高いと、ストレス負荷が高まり、睡眠の質が低下してしまうので、タスクの量や業務の配分が適切なのかを見直す必要があります。例えば、職場の中で特定の人だけが仕事を抱えている状況になると、その人がストレスを抱えることになります。

タスクの量や質の厳しさを減らすだけでなく、自律性を高めることも大切です。完全に外部からコントロールするのではなく、それぞれの人が自分の仕事をコントロールできるようにしていきましょう。例えば、業務の目標や進め方、スケジュールに対して裁量を持たせていくのです。

サポートも重要です。お互いに助け合う職場であれば、ストレスも下がります。そのような職場を作るために、人間関係を強化していくことは企業側ができることです。例えば、定期的にコミュニケーションを交わす機会を設けたり、チームビルディングを行ったり、雑談や立ち話、ランチミーティングなどを通じて、人間関係を深めることができます。

メンター制度を導入したり、サンクスポイントのように、支援してもらったときの感謝を可視化する仕組みを作ったりすることもあり得るでしょう。

最後に、休憩と休暇についてです。これも会社側から推進し、奨励することが可能ではないでしょうか。例えば、勤務中に短い休憩を取ってリフレッシュすることを奨励できます。休暇を取りやすくするために、休暇計画を立てることを促すのも有効でしょう。

Q&A

Q:米国の大学の睡眠調査で、死亡リスクや大病へのリスクが一番低い睡眠時間は67時間というデータがあります。今回のご講演では、生産性という観点では8時間が最適とのことですが、大病リスクの結果とは差異があります。この点については、いかがでしょうか。

死亡や大病のリスクと生産性は、アウトカムが異なるので、結果に違いが出ているのでしょう。今回の講演で取り上げたのは、本来通りのパフォーマンスを発揮できることに関わるものです。そのためには、より多くの睡眠時間が求められるということなのだと思います。

Q:エンゲージメント睡眠の質がエンゲージメントに影響するとのことですが、ここにおけるエンゲージメントとは何を指しますか。

ここでのエンゲージメントは、ワークエンゲージメントを指します。ワークエンゲージメントとは、仕事に対して生き生きと没頭し、熱意と活力を持って働いていることを指します。集中したり物事に打ち込んだりするためにはエネルギーが必要です。そのエネルギーを妨げる可能性があるのが、睡眠の質の低下です。

Q:勤務時間中の休憩は効果的でしょうか。

マイクロブレイクという考え方があります。極端な話、40秒ほどの休憩でも有効だと言われています。そこまで短くなくても、例えば、立ち上がってその辺りを歩き回ったり、少し運動したり、本を読んだりするなど、仕事から少し離れる時間を数分でも取ると良いでしょう。

マイクロブレイクは、エネルギー・マネジメントの一つの方法だと言われており、睡眠不足のときほどマイクロブレイクをとる傾向があります。マイクロブレイクによって、睡眠不足でエネルギーが低下しているのを少しでも取り戻そうとしているのです。特に、午前中にマイクロブレイクを取るのが有効だという研究もあります。

Q:質の高い睡眠とはどのような状態でしょうか。

質の高い睡眠とは、例えば、次のような状態から構成されます。

  • 寝つきの良さ:横になったときにすぐ眠れること
  • 中途覚醒の少なさ:途中で目が覚めにくいこと
  • 起床時の爽快感:起きたときに眠れた満足感があること
  • 睡眠効率:横になっている時間のうち、実際に眠っている時間の割合

WHOのプロジェクトで、睡眠の質を測定するための尺度が開発されています。詳しくは、そちらを参照すると良いでしょう。

Q:仕事が終わった後にも仕事のことを考え続けてしまいがちで、仕事へのとらわれの状態にあります。仕事のストレスからうまく切り替えるコツはありますか。

仕事のストレスから切り替えるためには、まずは仕事によるストレス要因を小さくしていく必要があります。曖昧な仕事や仕事による板挟みを減らし、自分の役割を明確にしていくために周囲とコミュニケーションをとったり、周囲からのサポートを増やしたりすることが有効です。

切り替えに焦点を当てると、ルーティンを作るのが良いかもしれません。例えば、退勤する前に翌日のタスクリストを作ることで、今日の仕事はこれで終わりと切り替えることができます。また、家に帰ったら服を着替えるなど、儀式を作るのも一つの方法です。


登壇者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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