2024年7月1日
フェロー対談:藤井貴之 ~知的好奇心と上手く付き合う~
株式会社ビジネスリサーチラボでは、多様なバックグラウンドを持つフェローが働いています。フェローの価値観や関心、今後の展望などを紹介することを目的に対談を行いました。
今回は、チーフフェローである藤井貴之と、代表取締役の伊達洋駆による対談をお届けします。藤井は、レビュー作業や分析のまとめ、報告書の作成、クライアントワーク、情報発信など、幅広い役割を担っています。
藤井と伊達の対談からは、ビジネスリサーチラボが、学術と実務の架け橋として、双方に良い影響を与えていこうとする姿が見えてくるでしょう。
幅広い役割を担っている
伊達:
まずは自己紹介からお願いします。ビジネスリサーチラボにおける役割について教えてください。
藤井:
現在、私はチーフフェローとして働いています。仕事の内容としては、レビュー作業や分析のまとめ、報告書の作成などに加えて、クライアントワークにも携わっています。また、コラムやセミナーなどを通じて情報発信も行っています。
伊達:
藤井さんは情報の収集と発信の両方を担当しつつ、クライアントワークにも参加しています。さらに、新入社員のオンボーディングやマネジメントも含めて、幅広い役割を担っているかと思います。本日は、そんな藤井さんと対談を進めていきます。
時間に対する感度が高まった
伊達:
藤井さんは博士号を取得しています。大学院時代と、現在のビジネスリサーチラボにおける研究に関連する仕事を比べたとき、どのような違いがあるのかについて聞きたいと思います。
藤井:
大学院時代は、仕事として作業や研究を行うという意識がなかったと思います。それに対して、ビジネスリサーチラボでは、仕事としての意識を持つようになりました。ここが大きく違うところです。
大学院の研究活動では、それぞれの作業に明確な期限がなかったので、自分がいろいろなことを試してみて、これで良さそうだと思えばそこで完成ということが多かったのですが、ビジネスリサーチラボの仕事を行う中では、期限を決めてやっています。
伊達:
クライアントがいることが違いですよね。クライアントから依頼を受け、その依頼に対価をいただいています。そのため、納期や品質を考慮する必要があります。大学院時代とビジネスリサーチラボで働くようになってからでは、時間に対する感覚に変化はありましたか。
藤井:
いつまでにどれを進めて、それが終わったら次にこれが待っているというように、スケジュールや時間の使い方については意識するようになりました。
伊達:
研究では、成果を発表する機会はそこまで多くありませんよね。
藤井:
ある程度まとまってからでないと発表できませんね。
仕事が増える中で慣れていった
伊達:
大学院での研究と比べると、仕事では進捗共有が細かく存在しています。時間に対する感度が上がるのは自然なことですね。仕事として研究に携わるようになったときに、どのような変化が起こったのかを教えてください。
藤井:
私の役割の場合、様々な種類のタスクや業務が並行して進みます。そのため、一つの作業にかけられる時間が限られてきます。どれくらいの時間をかけて、どのような仕上がりまでできたら完成とするのかを考える必要があります。
しかも、完成の形は自分だけで決めるのではなく、求められているものを考慮する必要があります。そうしたことを相談しながら、進捗を確認しながら、フィードバックを受けることで、仕事としての意識が定着してきました。
伊達:
入社後、どのくらいで慣れましたか。
藤井:
具体的な時期は覚えていないのですが、仕事の種類や作業量が増えてきた頃に、より意識するようになりました。気を付けないと期限までに終わらなくなるので、自ずと慣れてきたのだと思います。
伊達:
実行できる能力があれば、様々な仕事が担える組織ですからね。難しい仕事をうまくマネジメントし、さらに難しい仕事に、という流れが、藤井さんはスムーズに進んできたように感じています。大学院では、現在のように様々なタスクを担うことはなかったですか。
藤井:
そうですね。ここまで様々なタスクが並行することはなかったです。
伊達:
加えて、仕事を担う中ではメンバーとの連携も必要になります。自分の仕事が進まないと他の人の仕事も進まなくなってしまいます。そのような分業があるのも、ビジネスリサーチラボの仕事の特徴と言えそうです。
今や仕事の進め方を教える立場に
伊達:
大学院における研究活動とビジネスリサーチラボにおける仕事のギャップに慣れることを促した要因はありますか。
藤井:
一気に慣れたということではないのですが、期限内でタスクを終わらせていくことを積み重ねてきました。そのようなときに、社内で仕事の進め方に関するレクチャーを受け、期限の重要性を改めて認識しました。
伊達:
仕事の進め方は、大学院のときにはあまり教わらなかったかもしれません。
藤井:
ほとんどなかったですね。
伊達:
興味深いのは、藤井さんが最初はギャップを感じつつも適応し、今では新しく入る社員に、むしろ仕事の進め方を教える立場になっていることです。
藤井:
フィードバックがうまくいっているかどうかは常に考えながらやっているところではあります。自分が仕事を進める中で気を付けたことや助言してもらったことを伝えていけば、ひとまずは必要なことは共有できると考えています。
伊達:
ここまでの話から分かるように、藤井さんは仕事の取り組み方を意識していますよね。
藤井:
研究活動の考え方が残っている意識があるので、意識しないと趣味的にやってしまうところがあるかもしれないと気にしています。
伊達:
逆に、私は仕事の進め方をあまり意識できておらず、そのため、社員にうまく伝えられないのですよね。タスク管理もTodoをひたすら列挙するだけに終わっていますし(苦笑)。藤井さんが短い期間で、自分が適応するだけではなく、他の人に教えられるレベルに到達できたのは、すばらしい点だと思います。
自分の関心外の知識に触れられる
伊達:
今まで仕事の進め方について話してきましたが、少し話題を変えます。学術研究だけでは得られにくい、ビジネスリサーチラボで働く醍醐味はどういうところにありますか。
藤井:
研究自体の楽しさももちろんありますが、ビジネスリサーチラボの中での仕事では、特に幅広い知見に触れる機会があることが挙げられます。研究では、自分自身の研究テーマや、そのときに進めないといけない研究に必要な情報を集めます。
一方、ビジネスリサーチラボでは、クライアントワークや情報発信のために求められる知識を集めていきます。本来自分が探そうとしなかった知識に触れることができ、それが自分の知見を広げることにつながっています。
伊達:
自分の研究テーマを選ぶと、簡単に変えることができません。例えば、何かのテーマで発表して、次回の発表で全く違うテーマを発表し、またその次も、とするのは困難です。
対してビジネスリサーチラボの仕事では、当初は自分の関心が必ずしもないところにも触れます。しかし、実際に知識を得ると「意外に面白い」と感じることは多いです。例えば、私が感じたテーマの一つとして、ウェルビーイングがあります。正直、大学院生のときはスルーしていました。
ところが、実際にクライアントワークでウェルビーイングについて調べてみると面白いのですよね。自分の考えているウェルビーイングは一面的で、いろんな次元があるということも分かりました。哲学的な議論も背景にあり、興味が湧きました。
藤井さんには、そのようなテーマはありましたか。
藤井:
もともとは心理学を専攻していたので、そこではほとんど触れてこなかった観点で言うと、ワーク・エンゲイジメントは興味深かったです。私は今まで全く知らなかったのですが、ビジネスパーソンが関心を寄せていることに驚きを感じました。
知的好奇心と上手く付き合う
伊達:
仕事を通じて新しい知識をどんどん得られますよね。それでは、ビジネスリサーチラボで仕事をする上で、特に大事にしている点を教えてください。
藤井:
先ほども少しお話ししましたが、仕事としてやっているという意識を大事にしています。研究の世界から移行する際に、自分の意識を変えなければならないと考えていました。例えば、業務としては十分な情報が集まったときに、時間を気にせずに、個人的な好奇心で掘り下げすぎてしまわないように意識しています。
伊達:
ジレンマがありますよね。知的好奇心がないと、この仕事はできません。けれども、知的好奇心をある程度は制御できないと、この仕事はやはりできません。知的好奇心とうまく付き合っていく必要があると感じます。
藤井:
仕事という言葉で表現していますが、結局のところ、知ることが楽しいというのが根本にはあります。それが暴走しないように気をつける必要があると考えています。ただし、知的好奇心がもともと少ないと、「仕事だから知的好奇心を持とう」と言っても、そんなに簡単に持てないとは思いました。
伊達:
最近、私は、ある仕事では知的好奇心のコントロールを重視し、別の仕事ではむしろ解放するという使い分けをしています。例えば、クライアントワークは期限が決まっていて、求められるものが明確であるため、コントロールを意識しています。一方で、情報発信をするときは裁量も大きいので、知的好奇心の向くテーマやアプローチを重視しているかもしれません。
研究知見が経験則を振り返る機会に
伊達:
ビジネスリサーチラボでは、産業界、特に人事領域に対して良い影響を与えていきたいと考えています。藤井さんから見て、どのような良い影響をもたらし得ると思いますか。
藤井:
ビジネスリサーチラボに相談していただいている企業の方々は、これまでの活動や学術的な根拠に関心を持っていただいています。学術知見が役立つことを実感していただけているのではないでしょうか。
特に人事領域では、人の心理に関する話題は、身近で想像しやすいものがあります。そのような中で、学術知見があると、ときには直感と異なる結果や対策を示すことができます。それも大事な影響だと思います。
伊達:
ビジネスパーソンの方々が素朴に持っている信念と、研究知見が示す内容が異なる場合がありますよね。藤井さんが印象に残っている例はありますか。
藤井:
例えばリーダーシップです。強く引っ張っていくリーダー像をイメージする人に、サーバント・リーダーシップや謙虚なリーダーシップの知見は有効です。直感的なイメージとは違う側面から現実を見ることができます。
伊達:
自分の弱さを見せることで、リーダーとしての権威が失墜し、パフォーマンスが下がることを心配する人もいます。しかし実際には、弱さを見せることで部下も失敗を恐れずに意見を言いやすくなり、チームの学習が進みます。
ここで大切なのは、経験則そのものは素晴らしいものであるという前提です。とはいえ、経験則をいつも無批判に受け入れ続けることは危険です。状況が変わって適用できなくなったり、逆効果になったりすることもあります。
自分の持つ信念をけん制する方法を持つことは大切です。そのために研究知見が活用できるのではないでしょうか。研究知見は、正しいから押し付けるべきものではなく、自分たちの普段の考えが本当に良いのかを見つめ直す機会を提供するものです。
相手を尊重することが必要
伊達:
藤井さんがビジネスリサーチラボで働いてみて、ビジネスリサーチラボで活躍しやすいのは、どういう人だと思いますか。
藤井:
基本的なところでは、一緒に仕事をする人のことを考えられることが大切です。例えば、クライアントワークで企業の方と関わることもありますが、相手を尊重できることです。相手が考えていることをきちんと理解し、考慮して働くことが求められます。
伊達:
社外に限らず社内でも、他者との関係性の中で仕事が進んでいく度合いが大きいですよね。お互いが気分よく、能力を最大限発揮した状態で働くためには、尊重し合って、良いところを認め合って進めるのが良いと思います。
現場の問題意識を研究にする
伊達:
産業界で研究を活用する仕事をしているからこそできる、学術的な貢献について聞きます。ビジネスリサーチラボに独自の学術的な貢献としてどのようなものがありますか。
藤井:
学術の場面ではなかなか触れる機会がない、実際の現場で生じる問題や、その問題に対して実際に働いている人たちが持っている意識があります。こうした知見を学術的にまとめていくことが一つの貢献として挙げられるでしょう。
研究者として考えていると気付きにくい実態や、入手しにくいデータもあります。クライアントワークの中でそれらに関わることができれば、貴重な知見を学術の場に持っていくことができるのではないでしょうか。
伊達:
実践的な問題意識に触れることができる点は確かに重要です。自分の関心ではないところから研究を立ち上げることができます。もちろん、そこに理論的な面白さや意味を見いだしていく作業は必要ですが。
「問いが大事だ」とよく言われますが、自分の関心からしか出せない問いもある一方で、ビジネスリサーチラボが持つ強みは、それとは別の角度で問いを出せることだと思います。藤井さんも今後、クライアントワークを起点にした学術的な知識の生産を進めていきましょう。
もう一つは、データです。ビジネスリサーチラボの仕事では、論文にまとめきれないほど多くのデータに触れることができます。貴重なデータを社会に還元していければと思います。
藤井:
さらに、ビジネスリサーチラボのメンバーは、それぞれ異なる専門性を持っています。そのため、一つのデータを見るときにも、各メンバーの観点が違います。多様なメンバーが集まっているからこそ、新しいアイデアが生まれ、研究が広がっていきます。
伊達:
メンバーから意見を募ると、自分では考えもしなかった視点が得られることがよくあります。それも一つの面白さであり、可能性ですね。
プロフィール
藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。
伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。