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コラム

アイデアを形にする:実現に向けて進めるために

コラム

革新的なアイデアが組織の成功と持続に必要であることは、多くの人が認めるところでしょう。しかし、アイデアを生み出すことと、それを実行に移すことは別の話です。組織が直面する課題は、いかにしてアイデアを具体化するかということです。この過程には、個人の心理から組織の文化や構造まで、様々な要素が関わっています。

本コラムでは、アイデアの実現を促進または阻害する要因について、研究知見を基に探っていきます。過去の失敗経験がアイデアの実現を妨げる可能性、人材開発のあり方がアイデアの実現につながるメカニズムなど、多岐にわたるトピックを取り上げます。

これらの知見は、組織がイノベーションを推進するための示唆を与えてくれるでしょう。アイデアを実現するためには、人の心理や組織の動き方を理解することが重要です。本コラムがイノベーション促進の一助となれば幸いです。

過去の失敗がアイデアの実現を妨げる

ビジネス環境は急速に変化する中、企業は持続的な成長のためにイノベーションを実現しなければなりません。しかし、従業員は多大な負担を感じ、イノベーションに対する疲労感や無力感が生じることがあります。

過去のイノベーション経験が従業員の心理や行動にどう影響するかを明らかにするため、「学習性無力感」と「イノベーション疲労」に焦点を当てて調査を行った研究があります[1]。研究では、過去のイノベーションの「強度」と「失敗」の評価が従業員の無力感を形成し、最終的にイノベーション疲労を引き起こすという仮説が提案されました。

調査の結果、頻繁にイノベーションが行われたり、失敗と感じたりする場合、従業員は無力感を覚えやすくなり、これが高まるとイノベーション疲労も増し、最終的にイノベーションの実現行動が低下することが示されました。

頻繁にイノベーションが行われると、従業員は「また新しいことをしなければならない」と感じ、絶え間ない変化への適応に疲れます。何度もイノベーションに取り組む中で「どうせうまくいかないから、頑張っても無駄だ」という学習性無力感が形成され、次のイノベーションへの期待や意欲が失われます。

こうした無力感は従業員の精神的・感情的な消耗を引き起こし、イノベーション疲労として現れます。疲労感から来る無関心や抵抗感が、従業員のイノベーション実現行動を消極的にし、結果としてイノベーションの成功率を低下させるのです。

HRのあり方がアイデアの実現につながる

人材開発(HRD)と搾取的リーダーシップが従業員の創造的アイデアの擁護と適用にどう影響するかを探求した論文を紹介します[2]HRシステムとリーダーシップが、従業員が創造的なアイデアを擁護し、実現する動機をどう高めるかに注目しています。

1つ目の研究では、中国の21組織に属する42のチームに所属する従業員252名を対象に、3つの時点でアンケート調査が行われました。2つ目の研究では、異なる企業の186名のMBA学生を対象にシナリオ実験が行われました。

その結果、開発的HRDは相互義務感を介して創造的アイデアの擁護と適用に正の影響を与えること、そして搾取的リーダーシップが低い場合、この効果が強くなることが明らかになりました。

開発的HRDとは、従業員のスキルやキャリア開発を支援するHRシステムです。開発的HRDが従業員に対してトレーニングやキャリア開発の機会、フィードバックなどを提供することで、従業員は自分が組織から大切にされていると感じます。

すると、この支援に対して、従業員は「相互義務感」を感じるようになります。これは、組織の目標達成を助けるために自分ができる限りのことをしたいという責任感です。相互義務感が高まることで、従業員は創造的なアイデアを積極的に擁護し、実際に適用しようとする意欲が高まるのです。

一方、搾取的リーダーシップとは、従業員の福利を考慮せず、自己の利益のために従業員を利用するリーダーシップのことです。搾取的リーダーシップが低い場合、従業員は上司からのサポートや配慮を感じやすくなります。

これによって開発的HRDの効果が強まり、従業員は相互義務感を強く感じるようになります。逆に、搾取的リーダーシップが高い場合、従業員は組織に対する信頼感や義務感を感じにくくなります。

この研究では、企業のリーダーシップスタイルとHRD戦略の相互作用の重要性が強調されています。従業員の創造性を引き出すHRD戦略と、それを支援するリーダーシップが求められます。

アイデアの実現を促す要因を整理

アイデアの実現を促進する6つの個人レベルの要因が特定されています[3]。専門知識、動機づけ、認知的要因、性格特性、態度、社会的スキルという6つです。研究は、125の論文を系統的に整理することで、アイデアの実現における個人の役割について包括的な理解を提供しています。

  • 専門知識とは実務的な知識とスキルを指します。特定の分野における深い知識や技術、プロジェクト管理や時間管理などの運用スキルが、アイデアを現実的かつ効果的に実現するために必要とされます。
  • 動機づけには内発的および外発的な動機が含まれます。内発的動機は個人の内側から湧き上がる動機で、自己実現や興味、楽しさからくるものです。一方、外発的動機は外部からの報酬や評価による動機づけを指します。
  • 認知的要因には、思考スタイルや分析スキルが含まれます。直感的な思考スタイルはアイデアの生成に向いていますが、実現段階では体系的な思考が重要になります。また、問題を細分化し、適切な解決策を見つけるための分析スキルも必要です。
  • 性格特性としては、持続性やリスク許容度などが挙げられます。アイデアの実現には多くの障害が伴うため、困難な状況でも諦めずに取り組む持続性が不可欠です。また、イノベーションにはリスクが伴うため、失敗を恐れず挑戦する精神も必要とされます。
  • 態度の面では、コミットメントや自己効力感が重要です。プロジェクトや組織に対する献身的な態度であるコミットメントは、成功に向けた持続的な努力を促します。また、自分が特定の活動においてうまく振る舞えるという自己効力感は、困難なタスクにも積極的に取り組む傾向を強めます。
  • 社会的スキルとしては、コミュニケーション能力や影響力が含まれます。アイデアを実現するためには、多くの関係者と連携し、協力を得る必要があるため、効果的に意見を伝え、相手の意見を理解するコミュニケーション能力が大事です。また、他者を説得し、行動を促す影響力も、アイデアの実現に必要な資源やサポートを得ることにつながります。

アイデアの実現には、それを実行に移すための個人の能力やスキルが必要です。組織としては、従業員の専門知識、動機づけ、認知的要因、性格特性、態度、社会的スキルを評価し、育成することで、イノベーションの実現に近づけることができるでしょう。

アイデア生成の方法で資源活用の方法は変わる

創造的なアイデアをイノベーションに変換するためのチームの行動について研究がなされています[4]。特に、チームが内部および外部の資源をどのように管理し、アイデアを実行に移すかに注目し、内部資源と外部資源の間の緊張とそのバランスの取り方を検討しました。

研究では、データは韓国の中規模から大規模の企業の91のワークチームから収集され、チームリーダーとメンバー合計315人が調査に参加しました。結果、プロアクティブにアイデアを生成するチームは内部資源を効果的に活用する傾向があり、外部からの要求に応じてアイデアを生成するチームは外部資源を効果的に獲得する傾向があることが明らかになりました。

プロアクティブなアイデア生成を行うチームは、メンバーが自主的に新しい方法や解決策を提案し、内部資源をフルに活用します。内部資源とは、チーム内で利用できる知識、スキル、時間、資金などです。これらの資源を活用することで、チームは創造的なアイデアを実現しやすくなります。これは、プロアクティブなアイデア生成が、メンバーの内発的動機づけを高め、チーム内の資源の最大限の活用を促すためです。

一方、レスポンシブなアイデア生成を行うチームは、外部からの要求や期待に応じてアイデアを生成し、その実現のために必要な外部資源を効果的に獲得します。外部の要求に応じたアイデア生成は、チームが外部のステークホルダーからの期待を満たすためのものであり、これにより外部からの支援を得やすくなります。外部ステークホルダーは、自分たちが求めたアイデアの実現を支援する意欲があり、必要な資源を提供することに前向きです。

さらに、内部統合リーダーシップは、外発的な動機に基づいてアイデアを生成するチームが内部資源を利用できるように支援します。このリーダーシップスタイルでは、リーダーがメンバーのニーズや感情に敏感に対応し、メンバー間の関係を強化し、メンバーがタスクに対して積極的に取り組むように動機づけます。

外発的な動機に基づいてアイデアを生成するチームは、外部からの要求に応じてアイデアを出すため、メンバーの内発的動機が低くなる傾向があります。内部統合リーダーシップは、リーダーがメンバーを支援し、内部の結束を強化することで、この欠如を補います。

組織がイノベーションを推進するためには、アイデア生成の方法に応じて、内部および外部の資源を動員しなければなりません。

プロアクティブなアイデア生成を促すには、チーム内の資源を最大限に活用できる環境を整備し、メンバーの内発的動機を高める必要があります。一方、外部からの要求に応じたアイデア生成を行う場合は、外部資源の獲得に注力し、外部ステークホルダーとの関係構築を図ることが求められます。

動機づけや社会的スキルが影響する

創造的なアイデアがどのように実行されるかを探求し、創造性と実現の関係が個人のモチベーションやネットワーキング能力によってどう調整されるかを調べた研究を取り上げましょう[5]

研究は、大手農業加工会社の216名の従業員とその上司を対象に行われ、従業員からは創造性、実現のための道具的動機、ネットワーキング能力などのデータを収集し、上司からはアイデアの実現に関する評価を収集しました。

結果としては、創造的なアイデアの実現は、個人がどれだけ実現に対してポジティブな期待を持ち、強い関係を持っているかによって影響されることが見えてきました。特に、モチベーションが高く、ネットワーキング能力が高い人は、創造的なアイデアを実行に移す可能性が高いことが示されました。

創造的なアイデアは、その新規性や革新性によって、実現に伴うリスクや不確実性が高くなります。新規性が多くの場合、組織における抵抗や疑念を引き起こし、既存の権力構造や業務フローに変革をもたらすため、既存の権力を持つ人々や部門からの抵抗を受けます。創造的なアイデアの実現には追加の資源が必要となることが多く、これが他のプロジェクトや部門との競合を引き起こします。

このような不確実性や抵抗を乗り越えるためには、個人がアイデアの実現に対してポジティブな期待を持ち、そのアイデアが成功するという確信を持つことが重要です。ポジティブな期待は、個人のモチベーションを高め、リスクを冒してでもアイデアを実行に移そうとする意欲を引き出します。

また、強力なネットワークの存在は、アイデアの実現に必要な資源や支援を得るために必要です。信頼できる同僚や上司からの支持があれば、アイデアの実現に必要な資源を確保しやすくなり、組織内での反発を緩和することもできます。

さらに、高いモチベーションと優れたネットワーキング能力を持つ人は、創造的なアイデアを実行に移します。高いモチベーションを持つ人は、アイデアの実行に伴う困難やリスクに対して対処し、成功するための努力を惜しみません。また、優れたネットワーキング能力を持つ人は、必要な支援や資源を得るために効果的な関係を築くことができます。

創造性が高いアイデアほど実現が難しくなる一方で、適切な支援とネットワークがあればその実現が可能になります。従業員がアイデアの実現にポジティブな期待を持ち、強力な関係を築けるような文化を醸成することで、創造的なアイデアがイノベーションに結びつきます。

自己中心的な動機がアイデア選択には良い

グループが創造的なアイデアを選択するプロセスを改善するための戦略を実験的に検証し、特に知識欲求動機と社会的動機がどのように影響するかを探った研究が存在します[6]

研究は、オランダとベルギーの19の異なる組織から240人の働く従業員が参加し、2×2の実験デザインで行われました。知識欲求動機(高い vs 低い)と社会的動機(プロソーシャル vs プロセルフ)という2要因を組み合わせて、4つの異なる条件で実験が行われました。

実験の結果、高い知識欲求動機の下で、プロセルフ動機のグループは、プロソーシャル動機のグループよりも創造的で独創的なアイデアを選択することが明らかになりました。一方、実現可能性に関しては、動機の違いによる有意な差は見られませんでした。

高い知識欲求動機の状況下において、グループメンバーは情報を精査します。この状況でプロセルフ動機が働くと、メンバーは自分の意見やアイデアを主張し、他のメンバーを説得するために論理的な議論を展開します。そうして、グループ全体として、より独創的で革新的なアイデアが選ばれる傾向があるのです。

プロセルフ動機が高いメンバーは、自分のアイデアを通すために、より強い論拠を提供し、他のメンバーと競争的な議論を行います。この議論が、グループ全体の創造性を高める効果を持つことが示唆されています。一方、プロソーシャル動機のメンバーは協調的であるため、妥協しやすく、独創性が犠牲になることがあります。

他方で、実現可能性に関して、動機の違いによる有意な差が見られなかったのは、実現可能性が創造性や独創性とは異なる評価基準に基づくためでしょう。実現可能性は、アイデアが現実的に実行可能かどうかに焦点を当てており、これは個々の動機の違いに関係なく評価されたと考えられます。

一般的に協力が重視される場面で、実際には自己中心的な動機が創造的なアイデアの選択に有利であることが示された点は、興味深いところです。高い知識欲求動機を維持しながら、多様な意見が交わされる環境を整備することで、より創造的で独創的なアイデアが選択される可能性が高まるでしょう。

達成動機によってアイデアの支持が変わる

同僚の達成動機は革新的なアイデアの評価にどのような影響を与えるのでしょか。達成動機が高いか低いかによって、アイデアに対する支持や承認の可能性がどのように変わるかが分析されています[7]

研究では、ドイツとオランダの様々な組織から240人以上の従業員が参加し、調査が行われました。その結果、達成動機が高い参加者は、達成関連のアイデアよりも非達成関連のアイデアを支持する傾向が強いこと、失敗の恐れが強い場合、達成関連のアイデアに対する支持が低くなることが明らかになりました。

達成動機が高い参加者は、競争や自分のパフォーマンスの可視化を好みます。しかし、達成関連のアイデアは、自分が高いパフォーマンスを維持できない可能性がある場合に、自分の目標達成に対する不安やストレスを引き起こします。そのため、達成動機が高い人は、安定した環境を提供する非達成関連のアイデアを支持するのです。

達成動機が高い人は、他者と比較される状況や失敗する可能性が高い状況を避ける傾向があり、非達成関連のアイデアは、このような状況を避け、自己評価の安定性を保つことができるため、より支持されます。

また、失敗の恐れ人は、失敗を避けることに強い関心を持っています。達成関連のアイデアは、失敗するリスクを伴うため、このような人にとってはストレスフルなものとなります。その結果、これらのアイデアに対する支持は低くなります。

以上、本コラムでは、アイデアの実現を促進あるいは阻害する要因について、研究知見を基に探ってきました。過去の失敗経験、人材開発のあり方、アイデア生成の方法、個人の動機づけや社会的スキル、自己中心的な動機、達成動機など、多岐にわたる要因がアイデアの実現に影響を与えます。

脚注

[1] Chung, G. H., Choi, J. N., and Du, J. (2017). Tired of innovations? Learned helplessness and fatigue in the context of continuous streams of innovation implementation. Journal of Organizational Behavior, 38(7), 1130-1148.

[2] Huang, J., Li, Y., and Tang, C. (2024). Developmental human resource and exploitative leadership interact to influence employees’ creative idea championing and application. Human Resource Development Quarterly, 1-26.

[3] Valtonen, A., Kimpimaki, J.-P., and Malacina, I. (2023). From ideas to innovations: The role of individuals in idea implementation. Creativity and Innovation Management, 32(4), 636-658.

[4] Kim, H. H., and Choi, J. N. (2023). How to translate creative ideas into innovation? Differential resources for proactive and responsive team idea generation. Creativity Research Journal, 35(1), 82-98.

[5] Baer, M. (2012). Putting creativity to work: The implementation of creative ideas in organizations. Academy of Management Journal, 55(5), 1102-1119.

[6] Van Damme, M. J. J. P. S., Anseel, F., Duyck, W., and Rietzschel, E. F. (2019). Strategies to improve selection of creative ideas: An experimental test of epistemic and social motivation in groups. Creativity and Innovation Management, 28(1), 61-71.

[7] Urbach, T., Fay, D., and Lauche, K. (2016). Who will be on my side? The role of peers’ achievement motivation in the evaluation of innovative ideas. European Journal of Work and Organizational Psychology, 25(4), 540-560.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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