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コラム

アイデアの生成から実現へ:イノベーションを導く鍵とは

コラム

イノベーションは企業が競争力を維持し、成長するために重要な活動です。新しい価値を生み出し、変化する市場のニーズに対応するためには、革新的なアイデアを生み出し、それを実現するプロセスが求められます。

しかし、イノベーションを発案から成果に結びつけるためには、多くの課題があります。アイデアの生成から実現に至るまでのプロセスは複雑で、多岐にわたるステップが含まれます。これらのステップをうまく進めることで、イノベーションの果実を手に入れることができます。

本コラムでは、イノベーションのプロセスについて、研究知見をもとに探ります。アイデアの生成とその実現に至るまでの各段階において、何が成功を左右するのかを検討します。

アイデア生成が促進と実現を促す

イノベーションのプロセスでは、アイデアを生み出すことが最初のステップです。リーダーシップがアイデアの生成、促進、実現にどのように影響するのでしょうか。そのことを調べた研究があります[1]

アイデアの生成、促進、実現は、それぞれ次のような意味を持ちます。

  • アイデアの生成:新しくて有用なアイデアを生み出す
  • アイデアの促進:生成されたアイデアを組織内で広め、支持を集める
  • アイデアの実現:アイデアを具体的な形に落とし込み、実行に移す

研究では、オランダの様々な業界から集められた201組の上司と部下のペアを対象にアンケート調査を行いました。上司の行動は「オープニング行動」と「クロージング行動」の2つに分類されました。オープニング行動は従業員に新しいアイデアの試行を奨励する行動で、クロージング行動は目標達成を監視する行動です。

分析の結果、上司のオープニング行動は部下のアイデア生成に正の影響を与えることが分かりました。自由な環境を作ることで、部下の創造力が引き出されます。また、アイデア生成は促進と実現の両方を促進し、良いアイデアが生まれると組織内で広まり、実行されやすくなることが分かりました。

一方、クロージング行動はアイデア生成と実現の関係を強化しますが、促進の段階には影響しませんでした。アイデアを実現する際には、ある程度の管理が必要ですが、広める段階では厳しい管理は適切ではないと考えられます。

これらの結果から、イノベーションを促すには、アイデア生成の段階で自由な環境を作り、創造的な発想を引き出すことが重要だと言えます。そして、優れたアイデアが生まれたら、それを組織内で広め、実現に向けて適切な管理を行うことが求められます。リーダーは状況に応じて、オープニング行動とクロージング行動を使い分ける必要があります。

アイデアの生成と実現は逆U字の関係

先ほどの研究では、アイデアの生成と実現は関連していましたが、そんなに単純な関係ではないことも示されています[2]

スロベニアの製造会社の従業員と上司を対象に、アイデア生成と実現の関係が調査されています。創造的なアイデアとその実現状況を上司に評価してもらった結果、アイデア生成と実現の間には逆U字の関係があることが分かりました。

具体的には、アイデア生成が中程度のときに実現が最も進みやすく、アイデアが多すぎると実現が難しくなる傾向が見られました。アイデアが多すぎると、既存の常識から離れるためか、実行可能性が低くなるのです。

この結果は、大学生を対象とした実験でも確認され、中程度の創造性が実現に最適であることが示されました。

イノベーションを推進する際には、アイデアの量だけでなく質にも注意を払う必要があると言えます。現実的で実行可能なアイデアを適度に生み出すことがうまくいく秘訣です。

また、上司のサポートがアイデア生成と実現の関係を調整することも明らかになりました。上司の支援が高いと、アイデアが多くても実現がスムーズに進みました。優れたアイデアを実現するにはリーダーのバックアップが欠かせません。

初めから実現を意識しない方が良い

斬新なアイデアを生み出すためには、現実的な制約にとらわれず、自由な発想が重要です。初期段階から実現可能性ばかりを意識すると、創造性が損なわれる恐れがあります。創造性と実現のタイミングを調整することの重要性が示されています[3]

研究では、76のプロジェクトチームを対象に創造性と実現の時間的パターンを分析しました。プロジェクトの初期段階で創造性が高いチームは、最終的な成果が良好であることが分かりました。自由な発想で新しいアイデアを出すことは、プロジェクトの成功に欠かせません。一方、初期段階から実現に力を入れすぎると成果が低下する傾向が見られました。

プロジェクトが進むにつれ、実現の比重を高めていくことが重要ですが、初期段階では創造性を優先し、既存の枠組みにとらわれない発想を奨励する必要があります。時期尚早に現実的な制約を設けると、革新的なアイデアが芽吹く前に摘まれてしまいます。

また、プロジェクトの後期段階でも創造性を維持することが有効です。実現段階でもアイデアの改良を怠らず、柔軟に対応するということです。

同僚から支持されると採用される

イノベーションを推進するには同僚の支持がポイントになります。アイデアの採用において同僚の支持が重要な役割を果たすことを検証した研究を紹介します[4]

研究では、カナダの5つの企業で収集された5,160件のアイデアメッセージを分析しました。従業員が投稿したアイデアに対する同僚の反応とマネージャーによるアイデアの採用状況を調べました。

分析の結果、質の高いアイデアは同僚から支持を受けやすく、支持されたアイデアはマネージャーに採用されやすいことが分かりました。マネージャーは同僚からの支持を社会的証明として利用し、そのアイデアが価値あるものだと判断します。

同僚からの反対が少ない場合にも、支持されたアイデアの採用率が高まりました。アイデアに対する否定的な意見が少ないことは、そのアイデアが広く受け入れられていることを表します。

これらの結果は、イノベーション推進における従業員同士の相互作用の重要性を示しています。アイデアの生成者は同僚の理解と支持を得る努力が求められるのでしょう。根拠を示し、実現可能性を説明し、組織の目標との整合性を訴えることで支持を集めます。

アイデアを拒否されると自信を失う

イノベーションを阻害する要因の一つに、アイデアの拒否への恐れがあります。上司からのアイデア拒否が従業員の創造的自己効力感とアイデア生成に与える影響が調査されています[5]

創造的自己効力感とは、自分の創造的な能力に対する信念のことです。この研究では、香港の321組の従業員と同僚ペアを対象にアンケート調査を行い、上司のアイデア拒否が創造的自己効力感とアイデアの生成にどのように影響するかを分析しました。

その結果、上司からアイデアを拒否された従業員は創造的自己効力感が低下し、新しいアイデアを生み出す意欲が減退することが分かりました。提案したアイデアが受け入れられないと、自分の創造的な能力に対する自信を失ってしまうのです。そして、創造的自己効力感の低下は、将来のアイデア生成行動の減少につながります。

この傾向は、組織に残りたい従業員ほど顕著でした。長く組織に留まりたいと考える従業員は、アイデア拒否を自分の価値を否定されたと感じやすいのです。「この会社で役に立たないのではないか」と自信を失い、新しいアイデアを提案しなくなります。

イノベーションを重視する組織では、アイデア拒否の悪影響が増幅されていました。革新的な提案が求められる環境では、アイデアを却下されることが自分の存在意義を脅かすと感じやすいためです。創造的な貢献への期待が大きいだけに、拒否の衝撃も大きくなります。

一方で、上司からのサポートが高い場合、アイデア拒否の負の影響が和らぐことが見えてきました。上司が部下の創造的な努力を評価し、心理的に支援することで、アイデア拒否がもたらすダメージをいくらか抑えられるのです。

以上の結果は、イノベーション推進におけるリーダーシップの重要性を示しています。上司は部下のアイデアを安易に拒否せず、建設的なフィードバックを心がけたいところです。アイデアの良い点を評価し、改善の方向性を示唆することで、従業員の創造的自己効力感を維持することができます。

また、イノベーションを重視する組織では、アイデア拒否の影響に一層注意を払わなければなりません。チャレンジを奨励し、失敗を許容する風土を醸成するなどの方法があるでしょう。アイデアが受け入れられなくても、挑戦自体は評価されるという安心感を従業員に与えることが大切です。

創造的逸脱を認めることが好影響

自分のアイデアが却下された後、そのアイデアを追求することをやめる人もいれば、諦めずに水面下で活動を続ける人もいます。リーダーが却下した新しいアイデアを従業員が指示に反して継続して追求する行動のことを「創造的逸脱」と呼びます。

リーダーが創造的逸脱にどのように対応するかが、従業員の行動や成果に与える影響を明らかにした研究があります[6]。研究は、中国の2つの広告会社で実施された調査に基づいています。226組のリーダーと従業員のペアを対象に、リーダーの反応と従業員の行動を分析しました。

その結果、創造的逸脱を許容するリーダーの下では、従業員の創造的逸脱行動が増加することが分かりました。リーダーが従業員の創造的な努力を認め、指示に反していても容赦することで、従業員は新しいアイデアを追求し続ける意欲が高まります。

創造的逸脱に報酬を与えるリーダーの下では、従業員の創造的成果が向上することも分かりました。リーダーが創造的な挑戦を評価し、報酬を提供することで、従業員のモチベーションが高まり、優れた成果につながります。

一方で、創造的逸脱を罰するリーダーの下では、従業員の創造的行動と成果がともに低下していました。リーダーが従業員の挑戦を認めず制裁を加えると、従業員は萎縮し、新しいことに挑もうとしなくなります。

これらの結果は、イノベーションに対するリーダーシップのあり方に含意をもたらします。従業員の創造的逸脱を一律に禁止するのではなく、その意図を汲み取り対応することが求められます。

挑戦を奨励し、成果を認めることで従業員の創造的な行動を引き出せます。一方で、安易に罰則を設けたり自己の利益のために利用したりすることはイノベーションを阻害します。

リーダーには従業員の創造的逸脱に対する感度の高さとそれを管理する能力が求められます。既存の枠組みを超える挑戦を認め支援することが、組織の革新性を高めるために必要です。

本コラムでは、アイデアの生成から実現に至るプロセスについて研究成果を紹介しました。イノベーションを効果的に推進するためには、アイデア生成と実現のバランスを取ること、初期段階では自由な発想を重視すること、同僚の支持を得ること、アイデア拒否への適切な対応、創造的逸脱の許容など、様々な要素に配慮する必要があります。

組織におけるイノベーションは、一朝一夕で実現できるものではありません。トップのリーダーシップだけでなく、従業員一人ひとりの創造性とそれを支える組織風土が求められます。アイデアの芽を摘まず育てる環境を整えることが第一歩です。

脚注

[1] Mascareno, J., Rietzschel, E. F., and Wisse, B. (2021). Ambidextrous leadership: Opening and closing leader behaviours to facilitate idea generation, idea promotion and idea realization. European Journal of Work and Organizational Psychology, 30(4), 530-540.

[2] Skerlavaj, M., Cerne, M., and Dysvik, A. (2014). I get by with a little help from my supervisor: Creative-idea generation, idea implementation, and perceived supervisor support. The Leadership Quarterly, 25(5), 987-1000.

[3] Rosing, K., Bledow, R., Frese, M., Baytalskaya, N., Johnson Lascano, J., and Farr, J. L. (2018). The temporal pattern of creativity and implementation in teams. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 91(4), 798-822.

[4] Brykman, K. M., and Raver, J. L. (2023). Persuading managers to enact ideas in organizations: The role of voice message quality, peer endorsement, and peer opposition. Journal of Organizational Behavior, 44(5), 802-817.

[5] Ng, T. W. H., Shao, Y., Koopmann, J., Wang, M., Hsu, D. Y., and Yim, F. H. K. (2022). The effects of idea rejection on creative self‐efficacy and idea generation: Intention to remain and perceived innovation importance as moderators. Journal of Organizational Behavior, 43(1), 146-163.

[6] Lin, B., Mainemelis, C., and Kark, R. (2016). Leaders’ responses to creative deviance: Differential effects on subsequent creative deviance and creative performance. The Leadership Quarterly, 27(4), 537-556.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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