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コラム

コンパッションと共感:似て非なる二つの作用

コラム

最近、注目されている概念の一つに「セルフ・コンパッション」というものがあります。セルフ・コンパッションとは、自分自身に対して思いやりや優しさを持ち、自分の失敗や欠点を受け入れる態度のことです。自己批判ではなく、自分を理解し、思いやる姿勢を指します。

セルフ・コンパッションは、ストレス対処や心理的な健康に良い影響を与えます。自分を思いやることで、困難な状況にもうまく向き合えるようになり、早く立ち直ることができます。また、失敗を恐れずに新しいことに挑戦できるようになり、成長にもつながります。

とはいえ、セルフ・コンパッションはただ自分を甘やかすことではありません。自分の弱さや失敗を認め、それを人間として自然なものとして受け入れる必要があります。他人も同じように不完全であると理解することで、他人への思いやりも育まれます。

本コラムでは、セルフ・コンパッションに関する研究知見を紹介し、その効果や特徴について探ります。セルフ・コンパッションが心理的健康や人間関係にどのような影響を与えるのか、文化差はあるのか、共感との違いは何かなど、様々な視点から検討します。

セルフ・コンパッションは、自分自身と向き合う新しい方法を教えてくれます。自己批判に苦しむ人にとって、セルフ・コンパッションはより良いサポートになるでしょう。

他者への優しさにつながる

セルフ・コンパッションは自分自身への思いやりを意味しますが、同時に他者への優しさにもつながります。自分の弱さや失敗を受け入れられる人は、他人の弱さや失敗にも寛容になれるからです。

大学生、一般成人、メディテーション実践者を対象に、セルフ・コンパッションと他者への思いやりの関係を調べた研究があります[1]。その結果、セルフ・コンパッションが高い人は、他人の視点に立って考え、他人の苦しみに過度に巻き込まれることなく、他人を許すことができることがわかりました。

特にメディテーション実践者は、セルフ・コンパッション、共感、利他性、許しの度合いが高く、他人の苦しみに巻き込まれる度合いが低いことが示されました。メディテーションを通じて自分自身への思いやりを育むことが、他者への思いやりにもつながっているのでしょう。

この研究では、年齢が高いほど、セルフ・コンパッションと他者への思いやりが高まることも明らかになりました。人生経験を通じて、自他への思いやりが育まれていくのかもしれません。

セルフ・コンパッションは自分だけでなく他者への思いやりにもつながる重要な心の持ち方です。自分自身への優しさを育むことで、周りの人への優しさも生まれます。

コンパッションと共感の作用は異なる

コンパッションと共感は一見似ていますが、作用は異なります。共感トレーニングとコンパッション・トレーニングの効果の違いを調べた研究を手がかりに、両者の違いを見てみましょう[2]

実験では、参加者を無作為に共感トレーニング群とコンパッション・トレーニング群に分けました。共感トレーニング群は、苦しむ人の気持ちに寄り添い、その苦しみを自分のことのように感じる練習をしました。一方、コンパッション・トレーニング群は、苦しむ人に思いやりと優しさを向ける練習をしました。

結果としては、共感トレーニング群はネガティブな感情が増加し、苦しみに巻き込まれやすくなりました。脳の痛みに関連する部位の活動も高まりました。一方、コンパッション・トレーニング群はポジティブ感情が増加し、ネガティブ感情が減少しました。脳の報酬系に関連する部位の活動が高まりました。

この結果は、共感とコンパッションが異なる作用を持つことを表しています。共感は他者の苦しみを自分のことのように感じ、ネガティブ感情を引き起こします。一方、コンパッションは他者の苦しみに思いやりを向けることで、ポジティブ感情を生み出します。

共感は思いやりにつながる可能性もありますが、他方でバーンアウトになる恐れもあります。他者の苦しみに向き合う人にとっては、コンパッションを育むことが重要です。他者の苦しみを受け止めつつも、思いやりの心を持ち続ける力を養うことが、メンタルヘルスを守ることにつながるでしょう。

他のレビュー論文においても、共感とコンパッションの心理学的・神経科学的な違いが指摘されています[3]。共感は他者の苦しみを自分のことのように感じ、「共感的苦痛」を引き起こします。一方、コンパッションは他者の苦しみを心配しつつも、助けたいという思いを生み出します。

脳科学的にも、共感は自他の苦しみに関連する脳部位の活動を高めますが、コンパッションはポジティブ感情に関連する脳部位の活動を高めることが示されています。

このように、共感とコンパッションは異なる働きを持っています。困難に直面する人を支える際には、共感とコンパッションのバランスを取ることが大切です。共感は相手の気持ちを理解しますが、コンパッションがあってこそ、疲弊せずに寄り添い続けることができるのです。

他者評価に左右されにくい

セルフ・コンパッションと自尊心は、どちらも自己に対するポジティブな感情に関連しますが、その性質は異なります。セルフ・コンパッションと自尊心の違いを探った研究を紹介しましょう[4]

調査の結果、セルフ・コンパッションが高い人は、自己評価が安定しており、他者との比較や自己反芻が少なく、怒りや不確実性に対する耐性が高いことがわかりました。一方、自尊心が高い人は、自己評価が他者からの評価に左右されやすく、変動しやすいことが示されました。

要するに、セルフ・コンパッションは他者からの評価に依存しない、安定した自己肯定感をもたらします。自分の失敗や欠点を受け入れる力があるため、他者との比較に振り回されることが少ないのです。対照的に、自尊心はセルフ・コンパッションと比べると、外的な評価に影響を受けやすく、自己評価が揺れ動く特徴があります。

ただし、セルフ・コンパッションと自尊心は、幸福感や楽観性、ポジティブ感情の予測においては同等の効果を持つことも明らかになりました。どちらも自分を大切に思う気持ちにつながるため、ポジティブな心理状態を生み出すのだと考えられます。

このように、セルフ・コンパッションは自己評価の安定性をもたらし、他者評価に左右されない自己肯定感を育むことができます。自尊心と同じくポジティブな感情を生み出しつつ、より柔軟で適応的な自己との付き合い方を可能にします。

自分の価値を外的な評価に頼るのではなく、内的な優しさと理解に基づいて自分を見つめられるようになることが、セルフ・コンパッションを通じて得られる恩恵です。他者と比べて一喜一憂するのではなく、自分なりのペースで成長していくことができるでしょう。

ネガティブな出来事への反応を和らげる

セルフ・コンパッションは、ネガティブな出来事に直面した時の反応にも影響を与えます。5つの研究を通じて、セルフ・コンパッションがネガティブな経験への対処にどのように役立つかが検討されています[5]

結果的に、セルフ・コンパッションが高い人は、失敗に直面しても感情的に平静でいられることがわかりました。失敗を自分の価値とは切り離して捉え、自分を責めすぎないのです。拒絶やネガティブフィードバックを受けた時も、自尊心が低くてもショックを受けにくいことが示されました。

さらに、セルフ・コンパッションが高い人は、恥ずかしい経験をしてもポジティブ感情を維持しやすく、過去のつらい出来事を思い出してもネガティブ感情に流されにくいことがわかりました。自分の経験を人間として自然なことだと受け止め、自分を許す力があるからでしょう。

一方、自尊心が高い人は、ネガティブな出来事に直面すると自己像を守ろうとして強い感情反応を示したり、現実から目を背けたりしやすいことが明らかになりました。外的な評価に自己価値が関連しているため、ネガティブな経験に脅威を感じやすいのかもしれません。

セルフ・コンパッションはネガティブな出来事に直面した時の心の支えになります。自分を責めすぎず、経験を受け入れる力があるため、感情的な反応が和らぎ、立ち直りやすくなります。自尊心とは異なり、うまく自分と向き合える点が、セルフ・コンパッションの強みと言えます。

誰しも失敗やつらい経験、恥ずかしい出来事があるものです。そんな時、自分を責め続けるのではなく、自分の経験を人間的な経験として受け止められたら、心が楽になります。自分の失敗を、成長のチャンスに変えることもできます。セルフ・コンパッションは、私たちにそのような新しい可能性をもたらしてくれます。

コンパッションの度合いには文化差がある

セルフ・コンパッションの度合いには、文化差があることが明らかになっています。アメリカ、タイ、台湾の3カ国で、セルフ・コンパッションの程度を比較した研究があります[6]

タイのセルフ・コンパッションが最も高く、次いでアメリカ、台湾の順でした。タイでは仏教の影響が強く、自分も他人も不完全な存在として受け入れる考え方が浸透しているため、セルフ・コンパッションが育まれやすいのかもしれません。一方、台湾では儒教の影響からか、自己批判が強く、失敗に厳しい傾向があり、セルフ・コンパッションが相対的に育ちにくい可能性があります。

自己の捉え方とセルフ・コンパッションの関係にも文化差が見られました。アメリカと台湾では、自立した自己観を持つ人ほどセルフ・コンパッションが高かったのに対し、タイでは相互協調的な自己観を持つ人ほどセルフ・コンパッションが高いことがわかりました。

ただし、どの文化でも、セルフ・コンパッションはうつ傾向と負の関連を示し、生活満足度とは正の関連を示していました。文化を超えて、セルフ・コンパッションがメンタルヘルスと幸福感に寄与することが示されたのです。

セルフ・コンパッションの度合いには文化差がありますが、その効果は文化を超えて一貫しています。文化的背景を理解しつつ、セルフ・コンパッションを育むアプローチを考えていく必要があります。

文化によって、自分らしさの表現方法や、他人との関わり方は異なります。しかし、どの文化でも、自分を思いやる心を持つことは大切です。文化的背景を考慮した上で、自分なりのセルフ・コンパッションの在り方を探ることが重要です。

以上、本コラムでは、セルフ・コンパッションに関する研究知見を紹介しました。セルフ・コンパッションは、自分自身への思いやりと優しさを意味しますが、それは同時に他者への思いやりにもつながることがわかります。共感とは異なる作用を持ち、ネガティブな出来事に直面した時の心の支えになることも明らかになりました。

セルフ・コンパッションは、自己評価の安定性をもたらし、他者評価に左右されない自己肯定感を育むことができます。また、文化差はあるものの、セルフ・コンパッションがメンタルヘルスと幸福感に寄与することが示されました。

自己批判の声に負けそうになったり、他人との比較に疲れたりすることもあるでしょう。そんな時に、セルフ・コンパッションは新しい道を示してくれます。自分を思いやり、自分の経験を大切にする道もあるということです。

脚注

[1] Neff, K. D., and Pommier, E. (2013). The relationship between self-compassion and other-focused concern among college undergraduates, community adults, and practicing meditators. Self and Identity, 12(2), 160-176.

[2] Klimecki, O. M., Leiberg, S., Ricard, M., and Singer, T. (2014). Differential pattern of functional brain plasticity after compassion and empathy training. Social Cognitive and Affective Neuroscience, 9(6), 873?879.

[3] Singer, T., and Klimecki, O. M. (2014). Empathy and compassion. Current Biology, 24(18), R875-R878.

[4] Neff, K. D., and Vonk, R. (2009). Self-compassion versus global self-esteem: Two different ways of relating to oneself. Journal of Personality, 77(1), 23-50.

[5] Leary, M. R., Tate, E. B., Adams, C. E., Batts Allen, A., and Hancock, J. (2007). Self-compassion and reactions to unpleasant self-relevant events: The implications of treating oneself kindly. Journal of Personality and Social Psychology, 92(5), 887-904.

[6] Neff, K. D., Pisitsungkagarn, K., and Hsieh, Y.-P. (2008). Self-compassion and self-construal in the United States, Thailand, and Taiwan. Journal of Cross-Cultural Psychology, 39(3), 267-285.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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