2024年6月19日
自分に優しく、人に優しく:コンパッションの意義
仕事の様々な場面でプレッシャーを感じることはあります。そのような状況下で、自分自身に優しく接する「セルフ・コンパッション」という考え方が注目を集めています。
セルフ・コンパッションは、自分に対して親切で理解のある態度を持つことを意味します。特に、困難な状況や失敗、自己の不完全さに直面したときに、自己批判ではなく優しさで応じます。これは精神的な健康や幸福感の向上に寄与します。
本コラムでは、セルフ・コンパッションの心理的効果について解説します。これから紹介する内容を通じて、セルフ・コンパッションの重要性を理解し、職場における応用を検討していただけると幸いです。
セルフ・コンパッションを測定する
セルフ・コンパッションはアンケートを用いて測定することができ、それを尺度と呼びます。初めに、オランダ語と英語でセルフ・コンパッションの原尺度の短縮版を開発した論文を取り上げましょう[1]。
1つ目の研究では、オランダ語を母語とする大学生271名を対象に、オリジナルの26項目版尺度から計12項目を選びました。項目選定の基準は、原尺度の合計得点との相関が高いこと、各下位尺度得点との相関が高いこと、各下位尺度の内容をバランス良く反映することです。その結果、短縮版尺度は原尺度との相関が非常に高く、十分な内的一貫性を示しました。
2つ目の研究では、別のオランダ人サンプル185名で短縮版の因子構造を検証したところ、原尺度と同じ高次因子モデル(「セルフ・コンパッション」という1つの高次因子と6つの下位因子から成るモデル)の適合度が良好でした。
3つ目の研究では、英語の短縮版尺度を作成し、米国の大学生415名でその信頼性と妥当性を検討しました。結果としては、オランダ語版同様、原尺度との相関は極めて高く、内的一貫性は十分な値を示し、同じ高次因子構造が確認されました。
この研究の注目点は、項目数を半分に減らしつつ、原尺度とほぼ同等の特性を持つ尺度を開発できたことです。短縮版尺度は、セルフ・コンパッションを手軽に測定したい調査や、簡便なアセスメントが求められる臨床場面での活用が期待されます。
なお、短縮版尺度は、例えば、「自分の好きではない面を理解し、辛抱強く接するようにしている」「辛いことが起きた時、バランスの取れた見方をしようとする」「自分の欠点や失敗を人間の条件の一部だと考えるようにしている」といった項目から構成されています。
ポジティブな効果が多様にある
セルフ・コンパッションとポジティブ心理学の重要概念との関連を検討した研究を確認することで、セルフ・コンパッションの意義を理解することができます[2]。
大学生177名を対象にアンケートを行い、相関分析の結果、セルフ・コンパッションは、ハピネス、楽観主義、ポジティブ感情、叡智、自己成長主導性、好奇心、協調性、外向性、誠実性と有意な正の相関を示しました。自分を温かく受け入れることで、幸せで前向きな気持ちになり、賢明さや好奇心、他者への協調性が高まるということです。
一方、ネガティブ感情、神経症傾向とは有意な負の相関がありました。自分を責め、失敗にとらわれ、孤立感を感じるからこそ、ネガティブな感情が生じ、物事を悲観的に捉えてしまうのでしょう。
重回帰分析では、セルフ・コンパッションがビッグ・ファイブの性格特性から独立して、ポジティブな心理的機能を予測することが示されました。セルフ・コンパッションの効果は、単に性格の違いに帰着できるものではなく、思いやりの心そのものが心理的健康に寄与しているのです。
精神的健康にプラスになる
セルフ・コンパッションは精神的健康と、どう関わるのでしょうか。14の研究のメタ分析により、セルフ・コンパッションと精神的健康の関連が探索されています[3]。
対象研究では抑うつ、不安障害、ストレス関連障害などの精神症状を測定していましたが、メタ分析の結果、セルフ・コンパッションと精神的問題の間には負の相関が認められ、セルフ・コンパッションが高いほど精神症状が低いことが示されました。
セルフ・コンパッションが高い人は、ネガティブな出来事に直面しても、自分を優しく受け止め、その経験を人間として普遍的なものと捉えられるため、精神的健康が保たれやすいと考えられます。
この結果は、臨床・非臨床群、学生・非学生群、性別、年齢などの属性による差はなく、頑健なものでした。これらの属性にかかわらず、セルフ・コンパッションの高さが精神的健康と関連することが示されました。
コンパッションを恐れる気持ち
一方で、コンパッションへの恐れや抵抗感もあるようです。自分自身に思いやりを持つこと、他者から思いやりを受け取ること、他者に思いやりを与えることの3つの領域について、それぞれの恐れが測定されています[4]。
大学生222名と心理療法士53名を対象にアンケートを行ったところ、自分自身への思いやりの恐れと他者からの思いやりの恐れは強く関連し、これらの恐れは自己批判や抑うつとも関連していました。
思いやりのような肯定的な感情でさえ、恐れの対象になり得ることが実証的に示されたということです。特に考えさせられるのは、自分自身に優しくすることと、他者から優しさを受け取ることへの恐れが結びついていた点で、内的・外的を問わず、愛着に関連する感情全般に困難があることが示唆されます。
研究者たちは、愛着システムの問題が、自己や他者への肯定的な表象形成を阻害し、思いやりを受け取ることや与えることへの恐れにつながり得ることを指摘しています。思いやりは自他への優しさを含むため、愛着の問題と関連しているということでしょう。
青年期と成人初期で差はない
セルフ・コンパッションの程度は年齢によって異なるのでしょうか。青年期(14-17歳)と成人初期(19-24歳)のセルフ・コンパッションを比較した研究を取り上げます[5]。
青年235名と若年成人287名に対し、アンケートを実施した結果、青年期と成人初期でセルフ・コンパッションの程度に差はなく、両群ともセルフ・コンパッションの高さは抑うつ・不安の低さ、ソーシャルコネクションの高さと関連していました。
また、母親からの支持的メッセージ、良好な家族機能、安定型愛着はセルフ・コンパッションの高さを予測し、とらわれ型・恐れ型愛着、個人的独自性の誇大視はセルフ・コンパッションの低さと関連していました。自分の経験は独特で他者には理解できないと考える青年ほど、自分に思いやりを向けにくいことが見えてきます。
家族要因や愛着スタイル、個人的な誇大視は、セルフ・コンパッションを介して間接的にウェルビーイングに影響を及ぼしていました。家族関係が良好で安定的だと自分に思いやりを向けやすくなり、それによって心理的な健康度が高まるという経路が示唆されました。
総じてウェルビーイングを高める
セルフ・コンパッションとウェルビーイングに関するメタ分析を紹介します[6]。79のサンプル(計16,416人)のデータを統合した結果、セルフ・コンパッションとウェルビーイングの間には、中程度から強い正の相関が認められました。
ウェルビーイングの種類別に見ると、認知的ウェルビーイング(人生満足感など)はr = .47、ポジティブ感情的ウェルビーイングはr = .39、ネガティブ感情的ウェルビーイングはr = -.47、心理的ウェルビーイング(自己実現など)はr = .62となっており、特に心理的ウェルビーイングとの関連が強いことが示されました。
女性の割合が高いサンプルほどセルフ・コンパッションとウェルビーイングの関係が強くなる傾向が見られました。参加者の年齢が高いほど、セルフ・コンパッションと心理的ウェルビーイングの関係が強くなっていました。
セルフ・コンパッションと認知的ウェルビーイングの相関が、北米サンプルよりもヨーロッパサンプルで強いという結果になった点は注目に値します。ヨーロッパでは、個人主義と集団主義のバランスがとれ、自己受容や共感が文化的に重視されるため、セルフ・コンパッションがこれらの価値観と合致しやすく、認知的ウェルビーイングに対する影響が強く現れたのかもしれません。
一方、北米では競争的な環境が少なくなく、個人が自力で問題解決することが求められがちなので、セルフ・コンパッションが直接的に認知的ウェルビーイングに結びつく場面が少ない可能性があります。
セルフ・コンパッションとマインドフルネス
最後に、セルフ・コンパッションの概念を説明し、その心理的機能に関する研究をレビューし、マインドフルネスとの関係性を考察した研究に着目します[7]。
セルフ・コンパッションは、自分自身を親切、配慮、支援で接することを意味します。困難な状況や失敗、自己の不完全さに直面したときに、自己批判ではなく優しさで応じることが求められます。マインドフルネスがセルフ・コンパッションの重要な構成要素であり、両者は心理的なレジリエンスと幸福感の向上に寄与します。
セルフ・コンパッションの3つの要素は、(1)セルフ・カインドネス:自己批判を避け、自己への理解と優しさを持つこと、(2)コモン・ヒューマニティ:すべての人が失敗や困難を経験することを認識し、孤立感を和らげること、(3)マインドフルネス:ネガティブな思考や感情を、バランスを持って認識し、過度に同一視しないことです。
セルフ・コンパッションの心理的健康への影響として、セルフ・コンパッションが高い人は低い不安や抑うつを経験しやすく、自己批判と無関係に不安や抑うつから守る効果があることが示されました。また、セルフ・コンパッションの練習により、ストレスホルモンのコルチゾールが低下し、心拍変動が増加することも明らかになっています。
さらに、セルフ・コンパッションが高い人は、他者との関係においても感情的につながりやすく、支持的な態度を取ることが示されました。
マインドフルネスは、現在の瞬間の経験を明確かつバランスの取れた方法で認識することを含みます。セルフ・コンパッションは、自分自身の苦しみをケアする態度であり、マインドフルネスがその基盤を提供します。両者は相互に強化し合い、心理的なウェルビーイングに寄与します。
セルフ・コンパッションの効果を整理する
セルフ・コンパッションは、自分自身に対して優しく、思いやりのある態度を持つことを意味します。特に、困難な状況や失敗に直面したとき、自己批判ではなく、自分を温かく受け入れることが重要です。
本コラムでは、セルフ・コンパッションの心理的効果について解説しました。セルフ・コンパッションは、ハピネス、楽観主義、ポジティブ感情、叡智、自己成長主導性、好奇心、協調性、外向性、誠実性と正の相関があり、ネガティブ感情や神経症傾向とは負の相関があることが示されました。また、セルフ・コンパッションは、抑うつや不安などの精神的問題とも負の相関があり、精神的健康の維持・向上に寄与することが明らかになりました。
セルフ・コンパッションの程度は、青年期と成人初期で差がないことも確認されました。家族関係が良好で安定的だと、自分に思いやりを向けやすくなり、それによって心理的な健康度が高まるのでしょう。
セルフ・コンパッションとウェルビーイングの関連については、特に心理的ウェルビーイングとの関連が強いことが示されました。また、セルフ・コンパッションとマインドフルネスは密接に関連しており、両者が相互に強化し合うことで、心理的なウェルビーイングに寄与することが分かりました。
以上の知見から、セルフ・コンパッションを高めることが、私たちの精神的健康やウェルビーイングの向上につながることが明らかになりました。職場における様々な困難やストレスに直面したとき、自分自身に優しく接することの重要性を認識し、実践していくことが求められます。セルフ・コンパッションの考え方を取り入れることで、より健康的で充実した職業生活を送ることができるでしょう。
脚注
[1] Raes, F., Pommier, E., Neff, K. D., and Van Gucht, D. (2011). Construction and factorial validation of a short form of the Self-Compassion Scale. Clinical Psychology & Psychotherapy, 18(3), 250-255.
[2] NeV, K. D., Rude, S. S., and Kirkpatrick, K. L. (2007). An examination of self-compassion in relation to positive psychological functioning and personality traits. Journal of Research in Personality, 41(4), 908-916.
[3] MacBeth, A., and Gumley, A. (2012). Exploring compassion: A meta-analysis of the association between self-compassion and psychopathology. Clinical Psychology Review, 32(6), 545-552.
[4] Gilbert, P., McEwan, K., Matos, M., and Rivis, A. (2011). Fears of compassion: Development of three self-report measures. Psychology and Psychotherapy: Theory, Research and Practice, 84(3), 239-255.
[5] Neff, K. D., and McGehee, P. (2010). Self-compassion and psychological resilience among adolescents and young adults. Self and Identity, 9(3), 225-240.
[6] Zessin, U., Dickhauser, O., and Garbade, S. (2015). The relationship between self-compassion and well-being: A meta-analysis. Applied Psychology: Health and Well-Being, 7(3), 340-364.
[7] Neff, K. D., and Dahm, K. A. (2024). Self-compassion: What it is, what it does, and how it relates to mindfulness. In M. Robinson, B. Meier, & B. Ostafin (Eds.), Mindfulness and Self-Regulation. New York: Springer.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。