2024年6月18日
コンパッションを育むトレーニング:思いやりの力を高めるために
ストレスや人間関係の悩みは誰でも抱えるものです。そうした中で注目されているのが、自分自身や他者に対する思いやり、すなわちコンパッションを養う取り組みです。
コンパッションとは、他者の苦しみに共感し、その苦しみを和らげたいと願うこと、セルフ・コンパッションとは、自分自身の苦しみに優しく寄り添い、自分を思いやることを表します。
しかし、日々の忙しさの中で、自他への思いやりを育むことは容易ではありません。ともすれば自己批判や他者批判に陥りがちです。
コンパッションとセルフ・コンパッションを高めるための方法が求められています。本コラムでは、コンパッションとセルフ・コンパッションに関する研究を概観し、それらを育むトレーニングの意義と可能性について考えます。
トレーニングでコンパッションを高める
コンパッションは、人間に本来備わっている特性であると同時に、意図的な訓練によって高めることができるスキルでもあります。そのことを示した研究があります[1]。
研究では、コンパッション・トレーニングが利他的行動や苦しむ人々への反応にどのような影響を与えるかを調べました。利他的行動とは、自己の利益を横に置いて、他者の利益のために行動することを指します。
56人の成人を無作為に2つの群に分けました。1つはコンパッション・トレーニング群で、もう1つは認知的再評価トレーニング群です。前者は思いやりを育む訓練で、後者はストレスフルな出来事の捉え方を変える訓練です。
コンパッション・トレーニング群の参加者は、自分自身や他者に思いやりの感情を向けるメディテーションを行いました。例えば、「幸せでありますように」などの言葉を心の中で唱えながら、優しさと温かさに満ちた感情を意図的に生み出すイメージトレーニングです。愛する人、友人、見知らぬ人、困難な相手など、対象を広げながら思いやりを育んでいきます。
一方、認知的再評価トレーニング群は、ストレスフルな出来事の捉え方を変えるトレーニングをしました。例えば、失敗を単なる恥ではなく学びの機会と考え直すことで、ネガティブ感情を和らげることが狙いです。自分にとってつらい出来事も、別の視点から見ることで、それほど脅威ではなくなる。そうした捉え方の転換を繰り返し練習するのです。
どちらの群も2週間にわたって、毎日30分のオーディオガイドに沿ったトレーニングを実施しました。ガイドに導かれながら、自宅などで一人で取り組むことができるため、日常生活に組み込みやすいのが特徴です。
トレーニングの前後で、参加者は脳のスキャンを受けながら、苦しむ人の画像を見ました。脳のどの部位がどのように反応するかを調べることで、トレーニングによる変化を客観的に評価しようとしました。
トレーニング後には、再分配ゲームを行いました。これは利他性を行動レベルで測定するためのゲームです。ゲームでは、不当に低い金額しか受け取れない人に、自分のお金をどれだけ分け与えるかを決めます。自分の利益を少し犠牲にしてでも、困っている他者を助ける行動を取るかどうかが試されるわけです。
その結果、コンパッション・トレーニングを受けた群は、認知的再評価トレーニング群に比べ、多くのお金を分け与えることがわかりました。2週間の訓練で、利他的行動が増加したのです。
脳のスキャンを確認したところ、コンパッション・トレーニング群では、苦痛の画像を見た際の反応に変化が見られました。まず、他者の状態を理解することに関わる脳の部位の活動が増加していました。他者の気持ちに敏感になったと言えるでしょう。
感情制御に関わる部位の活動も増加していました。この部位は、感情的な反応をコントロールし、衝動的な行動を抑制するのに重要な役割を果たします。他者の苦しみに直面しても、冷静に対処できる力が高まったと考えられます。
これらの部位の反応の増加は、再分配ゲームで分け与えた金額の増加と関連していました。脳のレベルで共感性と感情制御が高まった人ほど、利他的な行動を取る傾向が強かったのです。
トレーニングによって変化したのは、行動だけではありません。他者の苦しみに接した際に、自発的に手助けしたくなるような動機づけも高まりました。他者の役に立つことが、自身にとって価値ある充実感や満足感をもたらすようになったと考えられます。
コンパッションは生まれつきの特性であり、大人になってからは変えられないと考える人もいるかもしれません。しかし、この研究は、意図的なトレーニングによって、コンパッションを高められることを実証しました。
慈愛メディテーション
思いやりを育むための具体的な方法の1つが、「慈愛メディテーション」(Loving-Kindness Meditation)です。慈愛メディテーションとは、自他への優しさと思いやりの気持ちを意図的に生み出すトレーニングです[2]。
慈愛メディテーションによって、ポジティブ感情やウェルビーイング、人生満足度が高まるかが検証されています。参加者は102人の成人で、慈愛メディテーション群と統制群に無作為に割り当てました。
慈愛メディテーション群は、1週間に1回1時間のワークショップに参加し、そこで学んだ慈愛メディテーションを毎日の生活の中で実践しました。
慈愛メディテーションの方法は、まず、自分自身に思いやりの言葉をかけることから始めます。「私が幸せでありますように」「私が健康でありますように」など、自分の幸せと安寧を願う言葉を心の中で唱えます。
次に、その思いやりの対象を、大切な人に広げていきます。「あなたが幸せでありますように」と、愛する人の幸せを願います。
さらに、普段はあまり意識していない知人や、見知らぬ人にも思いやりを向けます。最後には、自分と対立したり、嫌な思いをさせられたりした相手をも思いやりの対象に含めます。「あなたも幸せでありますように」と、かつての敵にも優しさを送ります。
段階的に思いやりの対象を広げることで、自他を分け隔てない平等な祈りの心を育みます。自分もまた思いやりに包まれているという感覚も生もうとします。
慈愛メディテーション群の参加者は、こうした一連の実践を、毎日の生活の中で繰り返し行いました。朝起きた時や、夜眠る前の静かな時間を使って、慈愛メディテーションに取り組みました。一方、統制群は特に何のトレーニングも受けませんでした。
トレーニング開始から9週間にわたって、両群の参加者は毎日、その日に感じたポジティブ感情とネガティブ感情の程度を報告しました。「楽しい」「嬉しい」「幸せだ」といったポジティブ感情と、「悲しい」「怒っている」「不安だ」といったネガティブ感情を、それぞれ1から5の数字で評定しました。
トレーニング前後には、人生満足度や抑うつ傾向、マインドフルネスのレベルなども測定されました。これらの指標の変化を見ることで、慈愛メディテーションの効果を多面的に評価しようとしました。
そうしたところ、慈愛メディテーション群では、ポジティブ感情が着実に増加し、9週目の時点で統制群を有意に上回っていました。慈愛メディテーションによって、日々の生活の中で喜びや幸福感をより多く感じられるようになったのです。
興味深いのは、ポジティブ感情の増加に伴って、様々な心理的資源も向上したことです。認知面では、物事の本質を見抜く洞察力が高まりました。心理面では、人生の意味や目的がよりクリアになり、自己成長の実感も強まりました。
人間関係の面でも好ましい変化が見られました。他者を思いやる心が育まれ、対人関係における親密さが増しました。ポジティブ感情は、他者との絆を深める働きがあることが示唆されます。
身体面への好影響も見逃せません。慈愛メディテーション群では、免疫機能に関わる抗体の分泌量が増加しました。さらに、慈愛メディテーション群では人生満足度が上昇し、抑うつ症状は減少しました。
一方で、慈愛メディテーションはネガティブ感情の減少には直接的な効果がないことも明らかになりました。慈愛メディテーションに取り組んでも、怒りや不安そのものの量が減るわけではありません。
また、慈愛メディテーションによる変化の大きさは、実践量と関連していました。より長く、頻繁に行った人ほど、ポジティブ感情の増加幅が大きかったのです。継続的な実践が効果を高めるのに重要だと考えられます。
マインドフル・セルフ・コンパッション
思いやりの対象として、案外忘れられがちなのが自分自身です。私たちは自分の弱さや失敗に直面した時、厳しい自己批判を行いやすいものです。そこで、意識的に自分への優しさを培っていく取り組みが注目されるようになりました。
その一つが「マインドフル・セルフ・コンパッション」プログラムです。これは、自分自身への思いやりを意図的に育むトレーニングです[3]。
マインドフル・セルフ・コンパッション・プログラムの効果を検討するために、2つの研究が行われています。1つ目の研究では、8週間のプログラムを受講した21名を対象に、セルフ・コンパッション、マインドフルネス、ウェルビーイングなどの変化を調べました。
プログラムでは、自己批判の背景にある感情への気づきを促すエクササイズが行われます。例えば、参加者は自分が自己批判する際によく使う言葉を観察し、その言葉を親しい友人に投げかけるとどう感じるかを吟味します。そうすることで、無意識の自己批判がいかに痛みを伴うものかを実感するのです。
理想的な思いやりの存在をイメージし、そこから自分に優しさを向けるワークも行います。「あなたはかけがえのない存在だ」と自分に語りかける想像上の友人を思い浮かべ、そのまなざしを自分に向けるのです。
辛い感情が生じた時に、「今のあなたはそれでいい」と自分を受け止める方法も練習します。感情をありのままに認め、その感情を抱える自分を慈しむ。そうすることで、感情にのみ込まれることなく、優しく向き合えるようになります。
こうした一連のエクササイズを通して、自分の苦しみに敏感に気づき、そこに共感できる心を育てていくのです。
研究の結果、プログラムの後には、セルフ・コンパッション、マインドフルネス、人とのつながり、人生満足度など、全ての指標で有意な改善が見られました。自分に優しくなることが、心の健康と適応的な生き方に役立つことが明らかになりました。
2つ目の研究では、プログラムを受けた介入群25名と、対照群27名を比較しました。その結果、介入群は対照群に比べ、セルフ・コンパッション、マインドフルネス、ウェルビーイングなどが有意に上昇し、抑うつ、不安、ストレスなどが有意に低下しました。
しかも、これらの効果は6ヶ月後、1年後のフォローアップ時にも維持されていました。プログラムによる思いやりの増加は、一時的な変化ではなく、長期的な健康の改善をもたらすことが見えてきました。
コンパッション・マインド・トレーニング
自己批判の問題は、精神的な問題を抱える人にとってより深刻な課題となります。そこで、「コンパッション・マインド・トレーニング」と呼ばれる、臨床的なアプローチが開発されています。これは、心の中に思いやりに満ちた声を育て、それを通して自己批判的な心を癒やしていく方法です[4]。
コンパッション・マインド・トレーニングの効果を検討するため、慢性的な精神的困難を抱える6名を対象に介入研究が行われています。12週間にわたり、週1回2時間のグループでのトレーニングが実施されました。
そこでは、自己批判の背景にある恐れを探るワークが重要な位置を占めています。例えば、参加者は自分の自己批判的な思考や感情を同定し、その裏にある恐れを見つめます。そして、その恐れや苦しみに寄り添う練習をします。「その気持ちはよくわかる。誰だってそう感じるときがある」と、まるで優しい友人が話しかけるように自分に語りかけます。
思いやりの質を備えた理想的なイメージを作り、そこから自分に優しさを向けることも練習します。「あなたのことを心から気にかけている」と語りかける理想の友人を想像し、その温かなまなざしを自分に向けるのです。
こうしたプロセスを通して、自分の苦しみに寄り添い、慈しむ心を育んでいきます。自己批判の声に反論するのではなく、その背景にある痛みに共感することで、自分を攻撃するのではなく、いたわる内なる声が生まれてきます。
トレーニングの後、参加者たちには望ましい変化が見られました。抑うつ・不安が改善し、自己批判が減少して自己への優しさが増加しました。他者からの評価を恐れる気持ちや、相手に合わせすぎる傾向も弱まりました。
コンパッション・マインド・トレーニングが示唆するのは、自己批判の声は無視したり抑圧したりするのではなく、むしろ共感的に理解することが大切だということです。その声の背景にある恐れや痛みに気づくこと。そこに思いやりの心で寄り添うことで、自分を受け入れ、癒やしていくことができます。
コンパッション養成トレーニング
包括的なコンパッションのトレーニングプログラムとして注目されるのが、「コンパッション養成トレーニング」です。これは、他者へのコンパッション、他者からのコンパッションの受け取り、セルフ・コンパッションの3つの側面を総合的に高めることを目指しています[5]。
コンパッション養成トレーニングの効果を検証するため、ランダム化比較試験が行われています。一般成人100名を、介入群と対照群に無作為に割り当てました。
コンパッション養成トレーニングは全9週間で、毎週2時間のセッションと、毎日のホームワークで構成されています。各セッションでは、講義やディスカッション、エクササイズを通して、コンパッションを多角的に学んでいきます。
初めに、他者の苦しみに気づき、共感する力を高めるトレーニングが行われます。参加者は、身近な人だけでなく、見知らぬ人や自分と対立する人の苦しみにも意識を向けます。そして、「幸せでありますように」との願いを送る練習をします。
次に、他者からのコンパッションを受け取る体験を促します。愛する人から優しい言葉をかけられ、支えられているイメージを思い浮かべます。そうすることで、自分もまた思いやりに値する存在なのだと感じられるようになります。
最後に、自分自身へのコンパッションを育む訓練を行います。自分の弱さを受け止め、苦しみに共感する。そして、「幸せでありますように」と自分に向けて祈ります。
セッション間のホームワークでは、学んだ事柄を日常生活に活かします。例えば、親しい人への思いやりの手紙を書いたり、見知らぬ人への思いやりの行動を実践したりします。こうした日々の実践の積み重ねが、コンパッションの習慣化を促します。
結果的に、介入群では、他者へのコンパッション、他者からのコンパッションの受け取り、セルフ・コンパッションの全てにおいて、統制群を上回る有意な向上が見られました。
この結果は、体系的なトレーニングによって、コンパッションが多面的に高められることを表しています。なかでも、他者からのコンパッションの受け取りに着目した点は、コンパッション要請トレーニングの特徴の1つです。
私たちは、他者を思いやることはできても、自分が思いやられる体験を十分に受け止められないことがあります。しかし、そうした受容の感覚があってこそ、本当の意味で自他への思いやりが根づくのかもしれません。
コンパッション・メディテーション
感情と脳の関係に焦点を当てたのが、「コンパッション・メディテーション」の研究です[6]。長年のメディテーション経験者と初心者を対象に、コンパッション・メディテーション中の脳の反応を調べました。
実験では、メディテーション中と安静時に、ポジティブ、ネガティブ、ニュートラルな感情価を持つ音声を聞かせ、その時の脳活動を計測しました。
その結果、メディテーション中には、感情処理に関わる部位の活動が増大することがわかりました。コンパッション・メディテーションによって、感情への気づきと反応が高まったと考えられます。
特に熟練者では、ネガティブな音声に対する反応が初心者よりも大きく、より敏感に感情を処理していることが示されました。長年のメディテーション経験が、感情への気づきを鋭敏にしているのでしょう。
また、感情への共感に関わる脳領域の活動も、メディテーション中に増大しました。そして、その活動の増大は、メディテーション経験の長さと関連していました。コンパッション・メディテーションの熟練者ほど、他者の感情に共感する神経基盤が発達している可能性が示されました。
脚注
[1] Weng, H. Y., Fox, A. S., Shackman, A. J., Stodola, D. E., Caldwell, J. Z. K., Olson, M. C., Rogers, G. M., and Davidson, R. J. (2013). Compassion training alters altruism and neural responses to suffering. Psychological Science, 24(7), 1171-1180.
[2] Fredrickson, B. L., Cohn, M. A., Coffey, K. A., Pek, J., and Finkel, S. M. (2008). Open hearts build lives: Positive emotions, induced through loving-kindness meditation, build consequential personal resources. Journal of Personality and Social Psychology, 95(5), 1045-1062.
[3] Neff, K. D., and Germer, C. K. (2013). A pilot study and randomized controlled trial of the mindful self‐compassion program. Journal of Clinical Psychology, 69(1), 28-44.
[4] Gilbert, P., and Procter, S. (2006). Compassionate mind training for people with high shame and self-criticism: Overview and pilot study of a group therapy approach. Clinical Psychology & Psychotherapy, 13(6), 353-379.
[5] Jazaieri, H., Jinpa, G. T., McGonigal, K., Rosenberg, E. L., Finkelstein, J., Simon-Thomas, E., Cullen, M., Doty, J. R., Gross, J. J., & Goldin, P. R. (2013). Enhancing compassion: A randomized controlled trial of a compassion cultivation training program. Journal of Happiness Studies, 14(4), 1113-1126.
[6] Lutz, A., Brefczynski-Lewis, J., Johnstone, T., and Davidson, R. J. (2008). Regulation of the neural circuitry of emotion by compassion meditation: Effects of meditative expertise. PLOS ONE, 3(3), e1897.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。