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自己開示の心理学:本音で話せる職場のつくり方(セミナーレポート)

コラム

ビジネスリサーチラボは、20245月にセミナー「自己開示の心理学:本音で話せる職場のつくり方」を開催しました。

本音や主義・主張、あるいはプライベートな事情など、自分のことを職場で素直に話せることは、円滑なコミュニケーションを実現するうえで重要です。一方で、「それがなかなか難しい」と感じる方も少なくないでしょう。

本セミナーでは「自己開示」と呼ばれるキーワードを元に、本音で話すことを促す要因や、逆に阻害する要因について紹介します。そのうえで、従業員が自分のことを気兼ねなく話せる職場を実現するために、どのような施策が取れるのかを考えていきます。

※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。

自己開示とは何か

実態と定義

今回のテーマである「自己開示」について、多くの方が関心を持つのは、「どうすれば他人に自己開示してもらえるのか」ということでしょう。その背景として、企業や上司として、自己開示を受けることには多くのメリットがあります。

例えば、自己開示された内容を基に、その人に合ったマネジメントが可能になりますし、状況に応じた企画のアドバイスやフォローもできます。自己開示してもらうことで得られるメリットは大きいものです。

しかし、自己開示してもらうことが難しい現実もあります。パーソル総合研究所の調査結果[1]によると、従業員が上司との面談で本音を話している割合が「2割未満」であると答えた人が51.2%に達しています。同様に、チーム内の会議でも本音を話している割合が「2割未満」だと答えた人が過半数(52.1%)を超えています。このような結果からも、自己開示が難しい実態が浮き彫りになっています。

そこで本日は、「なぜ自己開示をしないのか」に焦点を当て、大きく三つのパートに分けて説明します。まず、自己開示とは何かを整理し、次になぜ自己開示しないのかを掘り下げ、最後にどのように自己開示を促すのが良いのかを考えていきます。

では、自己開示とは何かという説明から始めます。研究上の定義によれば、自己開示とは自分自身をありのままに示し、他者が知覚できるようにする行為です。例えば、自分の性格や趣味、精神的な健康状態を伝えることが挙げられます。「最近、少し落ち込んでいる」といった精神的な状態を共有することも、その一例です。

こうした自己開示が注目を集めるのは、上述のような実態とは別に、企業全体や従業員にとって好ましい効果が得られるためです。そこで、自己開示にどのようなメリットがあるのか、という点を紹介していきます。

自己開示のメリット

自己開示が行われることで会社が得られるメリットは、主に従業員間の関係が良好になる点です。自己開示を通じて相手の理解が深まり、関係が良くなります。また、職場でのサポートが適切に行われるようになり、受容的な文化が醸成されるということもあります。

例えば、自己開示をすることで、その人がどのような状況にあるのかを理解しやすくなります。これによって、上司や同僚が適切なサポートを提供しやすくなります。例えば、ある従業員が「最近、プライベートの事情でストレスが多い」と自己開示すれば、上司はその従業員に対して配慮を示すことができるでしょう。

さらに、自己開示は従業員個人間でも多くのメリットをもたらします。学術研究では、学生同士や恋愛関係、上司と部下の関係において、自己開示を通じて関係性が良くなることが確認されています。

自己開示が関係性を良くするメカニズムの1つは、「信頼」につながるという点です。自己開示を受けた相手は、「自分に対して好意を持っている」と感じることができます。また、自分の話を相手が熱心に聞いてくれることにつながったり、「本心で接する人だ」と思ってもらえるため、信頼してもらいやすくなります。

なぜ自己開示しないのか

リスクを避けたい

ここからは、なぜ自己開示をしないのか、その理由を掘り下げていきます。自己開示をしない様々な理由の中にも、いくつかのパターンがありうるため、それぞれ紹介していきます。

1つ目が、自己開示をすることで生じるリスクを避けたいという理由です。背景には、自己開示をすることが、自分の弱さを見せるリスクにもなるというポイントがあります。

例えば、精神的な健康状態を企業や同僚に伝えると、差別的な対応や偏見、軽蔑を受けることがあるという調査結果もあります。「この人は最近調子が悪いから重要な仕事を任せない方がいい」と判断されたり、仕事の失敗を「この人は精神的に脆いからだ」と、過度に注目されることがありえます。

こうしたリスクがあること自体に加えて、そのリスクを過大評価している可能性もあります。実際のところ、自己開示を受けた側は、「弱さ」の開示であっても肯定的に受け止めてくれることが多いと言われています。しかし、上記のリスクへの注目が高まっていたり、自分自身で「弱さ」を否定的に捉えている場合は、自己開示ができないということです。

自分を良く見せたい

2つ目が、自分を良く見せるために話を誇張する、いわゆる自己呈示のために正直なことを話さないという理由です。自己呈示とは、自分の印象を良くするために、自分の情報を選んで提供する行為です。

例えば、採用面接で適格な人材と見られるために、人材要件に合う経験やスキルを多めに話すことがあります。また、上司との関わりの中で、上司の趣味に合わせた話をすることで、良い印象を持ってもらおうとすることもあります。

この背景として、自己呈示をすることで、実際に好印象を得られるというメリットがあります。研究では、「自分のことを正直に話してください」とだけ求められた条件よりも、「正直に話しつつ、相手に良い印象も持ってもうことも目指してください」と求められた条件で話した人の方が、実際に魅力的に思われたという結果が確認されています。

自己呈示は、誤解を招くリスクもあるため長期的な視点では注意も必要です。しかし、上記の結果から、特定の場面での自己呈示は、当人にとって合理的な判断だといえるのでしょう。

職場とプライベートを分けたい

3つ目が、職場とプライベートを分けたいという考え方から、自己開示をしないという選択をすることです。この「分けたい」という考える背景として、積極的な理由と、受け身的な理由が考えられます。

積極的な理由として、ワーク・ライフ・バランスに関する研究から、仕事とプライベートを分けたいと考える個人の趣向が存在すると報告されています[2]。例えば、仕事とプライベートを分けたい人は、家に帰ってからは仕事のことを考えたくないと考えます。逆に、仕事とプライベートを統合したい人は、家でも仕事のことを考えて、効率的にタスクを進めたいと考えます。

この両者の違いは、会社の施策をどう捉えるかに影響するため、重要な視点だといえます。例えば、自己開示を促すような施策は、仕事とプライベートを分けたいと考えている人は迷惑に感じるかもしれません。

受け身的な理由として、主に職場の特徴から、「自己開示したいと思ってできない」と考えるジレンマが起きるという報告があります。具体的には2つのジレンマが確認されています。

1つには、職場でのプロフェッショナリズムによるジレンマです。例えば、職場ではタフでいること求められたり、論理的に行動することが求められる場合、弱音や率直な意見・感情を表現することが難しくなります。もう1つは、交流からの逃避に関するジレンマです。例えば、自分の精神的な健康状態を周囲に開示した場合に、そのサポートを得られるかもしませんが、逆に、理解を得られない可能性もあります。後者になる可能性が高いと判断された職場では、自己開示はできないと考えるでしょう。

どのように促すのが良いか

最後に、どのように自己開示を促せば良いのか、研究をもとに考えていきます。ここまでの内容からは、総じて、従業員の中には、「自己開示したくてもできない」と考えている層と、「自己開示しないほうがいい」と考えている層が存在していると考えられます。そこで、そうした従業員が「自己開示できる」「自己開示したい」と思えるように、働きかける方法について考えていきます。

リスクを顕在化させない制度の徹底

まず、自己開示が評価に影響しないような制度を整え、それを従業員に周知徹底することが重要です。例えば、自己開示による差別的な対応を防ぐために、自己開示の内容が評価に反映されないことを規定し、従業員に理解してもらいましょう。

あるいは、自己開示によって得られた情報をどのように活用するかについてもガイドラインを設けることが重要です。例えば、自己開示の内容が保護され、必要な範囲でのみ共有されることを保証します。

こうした制度は、あくまでも前提条件です。制度があるだけで、すぐに自己開示を促すことにつながるとは言いきれません。しかし、制度を周知し、徹底することで、従業員の自己開示に対する不安を軽減する効果が期待できます。

良質な交流を心がける

次に、より具体的な施策として、個人間の交流としてできることを考えていきます。共通する目標は、関係者同士の間で信頼感を醸成することです。これは、信頼した相手に自己開示がしやすいという研究結果に基づいています。

そのために有効な方法の1つは、日常的な交流の質に気を付けることです。日常的な交流の質が良好であれば、自己開示を促すために有効な信頼関係の向上につながります。一朝一夕に効果が得られるものではありませんが、重要な視点です。

例えば、一貫した支援体制で接することです。達成可能な目標の設定を手助けしたり、その達成のために具体的なアドバイス、フィードバックを提供することで、従業員に支援を提供できます。こうした支援を受けることで、従業員は上司や同僚に、信頼感を抱きやすくなります。

また、正確な情報伝達も、信頼関係を築くために有効です。業務方針や、具体的な進め方を正確に伝えることで、従業員は上司や同僚に対して透明性を感じ、信頼を築くことができます。

求める側からの率先した自己開示

信頼を得るという点では、自己開示を求めている側が、率先して自己開示することで、相手からの信頼を得やすくなります。その話題としては、職場での実体験を話すことが有効です。実体験を聞くことで、相手はその話題や職場に対して、理解を深められます。それによって、話す側への信頼感が高まります。

例えば、上司が自身の過去のプロジェクトでの経験を共有することで、部下は、職場として期待されている成果の基準や、上司の考えや判断の背景を理解しやすくなるでしょう。また、実体験を通じて得た教訓を共有することで、部下の成長を促す効果も期待できます。

自己開示の話題として、失敗談を話すことも有効です。自分の失敗談を話すことで、相手に対して正直さを示し、信頼を得ることができます。例えば、「若い頃、こういう失敗をして学んだ」といったエピソードを共有することで、相手は話し手の誠実さや人間性を感じ、信頼を寄せやすくなります。

部署を横断した交流の機会

個人間の交流として示したここまでの提案は、有効であるものの、すぐには効果を得にくいかもしれません。そこで、もう少し早く効果が得られるように、組織的な規模で実施する施策についても考えてみましょう。

組織的な施策の1つとして、他部署との交流を促進する方法が考えられます。直属の部署内だけでは、信頼関係の構築が十分でなかったり、価値観の合う人と出会えないことも考えられます。そこで、交流できる幅を広げ、相談しやすい相手と出会うきっかけを作るということです。

例えば、合同企画会議やブレーンストーミングです。業務の一環であることで、個人的な話題を出さずとも、様々な立場の人と交流できる点がポイントだと考えます。また、大学のオフィスアワーのように、相談時間を設定することも有効と考えられます。このとき、他部署の上司部下間であっても対応を可能とすることで、直属の部署以外の人と交流することができます。

「弱さ」を認める環境の整備

組織的な施策のもう1つとして、「弱さ」を認める環境の整備が挙げられます。こちらの施策は、自己開示がしにくい環境や、逆にしやすい環境とはどのようなものかを示す研究から提案されます。具体的には、業務に関わる責任の軽減したり、受容的な文化の醸成を通じて、自己開示のハードルを下げることができます。

業務の責任が重い場合、自己開示がしにくいという指摘があります。そこで、その軽減を図るために、重い責任を負っている従業員に対して配慮を示すという対応が考えられます。例えば、「最近、いろいろな仕事を抱えて大変ですね」と気にかけることで、従業員がかかる負担を心理的に軽くできれば、自己開示がしやすくなる効果が期待されます。

受容的な文化の醸成も重要です。職場に、失敗や個人的な事情を受け入れる文化があると、自己開示がしやすいと報告されています。例えば、失敗に対して過度に叱責するのではなく、次にどうすれば良いかを一緒に考えるアプローチを取るのが良いでしょう。また、従業員の多様な背景や状況を尊重し、柔軟な働き方を認めることで、受容的な文化を間接的に築くことができます。

さらに、個人的な交流としても紹介した失敗談の共有を、上司から部下に率先しておこなうことも有効だといえます。例えば、上司が率直な意見を述べる姿勢を示すことで、部下も安心して意見を述べることができるようになります[3]

Q&A

Q:「自分のことを話したくない」と思っている後輩社員と仲良くなるため、自己開示してもらう方法はあるか。

仕事とプラベートを積極的に分けたい、と考えている志向性が高い場合もあるので、自己開示を強要するのは避けるべきです。しかし、お互いの信頼関係が築かれれば、相手から自己開示を受けることもあります。後輩社員と仲良くなりたいというお考えがあるならば、まずは自分から、無理のない範囲で自己開示をしてみることが有効でしょう。

Q:強制していると受け取られないように自己開示を促進する制度やシステムを導入するにはどうすればよいか。

確かに、自己開示のためだけに新たな施策を打つと、強制していると受け取られるかもしれません。ただ、本日ご紹介した施策は、必ずしも自己開示のためだけに有効なわけではありません。

例えば、部署間の横断的な相談は、新規事業の立案や新商品開発、人事施策の検討など、様々な場面で役立ちます。別の目的と組み合わせたり、より上位の目的と紐づけた施策にすることで、「自己開示を強制している」とは受け取られずに済むでしょう。一方で、人事部門内や経営陣との相談で、「自己開示を強要しない」認識を徹底した上で施策を実施することは不可欠です。

Q:上司と部下の関係では、評価する/される立場として自己呈示が多くなると考えられるが、どう対応すればよいか。

難しい問題ですが、興味深い研究結果があります。「良い人物かどうか」と「どのような特徴を持っているか」を分けて評価すると、後者には自己呈示の影響が生じにくいのです。つまり、「自己呈示したい」という本人の意に一部反して、情報の受け手は、本人が自認する通りの能力や性格特性を知ることができるということですね。そのため、評価する側は、自己呈示を防ぐ必要性をそこまで感じなくても良いのかもしれません。

ただし、業務に関わるような経験値やスキルに関して、全くの嘘をつかれては困ります。話題や場面によって、本当のことを話してもらう必要性や、自己開示によって双方にメリットがあることを強調することが重要でしょう。

Q:自主的でなく質問で促された自己開示にも効果はあるか。

自己開示することには負担感を伴うという研究がある一方で、たとえば、親しい相手から尋ねられた場合には、自己開示後の感情的な反応に違いは少ないという研究結果もあります。強制するべきでないことは一貫しつつも、尋ねた結果としてでも相手が自己開示してくれた場合には、自主的な場合と同様の効果が期待されます。

Q:自己流を追求して質問もはぐらかす担当者に有効な施策はあるか。

自己開示してもらえないパターンとして紹介した中では、「自己呈示をしている」状況に近いと考えられます。自分の「良い印象」を守ろうとして話題をずらしているとすれば、相手の面子を保てるように、他の人がいない場面で聞くのが良いでしょう。信頼関係の構築には時間がかかりますので、まずは相手に配慮し、本音を話しやすい環境を作ることが大切です。

脚注

[1] パーソル総合研究所(2024)職場での対話に関する定量調査

[2] この趣向は「セグメンテーション・プリファレンス」と呼ばれています。詳細は、当社コラムで説明していますので、適宜ご参照ください;ワークライフバランスの科学:ワークとライフを分離したい人、統合したい人(セミナーレポート)

[3] 上司が弱さを見せることの意義や有効性については、当社の右記のコラムで紹介しています。適宜参照ください;


登壇者

黒住 嶺 株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー

学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。

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