2024年6月12日
適合性のファサード:本音を隠して組織に合わせる
組織と個人の価値観がぶつかるとき、私たちはどのように対応すれば良いのでしょうか。自分の意見を通すか、それとも組織に合わせるか。このような場面でとられる方法の一つに「適合性のファサード」があります。
これは、自分の本音を隠して、組織の価値観に従うふりをする行動です。本コラムでは、適合性のファサードに関する研究を紹介し、その原因と影響について考えます。
適合性のファサードは、一見すると組織への適応を促進するように見えますが、実際には深刻な問題を引き起こす可能性があります。例えば、心理的な苦痛やストレスが増え、職務満足度の低下や離職意欲の増加につながることが示されています。
以降では、まず適合性のファサードがどのような状況で生じるのか、その背景を探ります。次に、適合性のファサードが個人および組織に与える影響について考えます。そして、適合性のファサードを減少させるための取り組みに触れます。
適合性のファサードとは何か
自分の価値観と組織の価値観が対立する場合に、「適合性のファサード」を作り出すことがあります。適合性のファサードは、個人が自分の本音を隠し、組織の価値観に従っているふりをすることを指します[1]。
適合性のファサードの原因としては、例えば、主観的な報酬制度、マイノリティの地位、セルフモニタリング傾向などが挙げられます。
報酬が上司の評価で決まる場合、部下は上司に合わせます。自分の評価や昇進が上司次第だと感じると、部下は上司の価値観に合わせた行動をとるようになります。
マイノリティは組織に溶け込むために自分の価値観を隠すことがあります。多数派と異なる価値観を持つマイノリティは、自分の意見を言いにくく、組織の価値観に合わせているように振る舞う可能性があります。
セルフモニタリング傾向が高い人は、周囲の期待に敏感で、それに合わせて行動を変えることができます。自分の行動を状況に応じて柔軟に変化させられる人は、組織の期待に合わせやすいといえます。
適合性のファサードは、心理的な苦痛や離職意欲につながることが明らかになっています。本音を隠し続けることはストレスとなり、組織を離れたいと思うようになります。自分らしさを発揮できない環境で働き続けることは、精神的な負担が大きいのです。
適合性のファサードは、一見すると組織への適応を促すように見えますが、それは表面的な適応に過ぎず、長期的には個人の心理的健康や組織コミットメントを損なう可能性があります。
無理に合わせようとすると離れたくなる
適合性のファサードは、どのような影響をもたらすのでしょうか。適合性のファサードが雇用不安と離職意欲の関係を媒介することが明らかになっています[2]。
404名の様々な職種の参加者を対象に調査を行い、雇用不安、適合性のファサード、情緒的コミットメント、離職意向などを測定しました。結果として、雇用不安が強いほど適合性のファサードを作る傾向があることがわかりました。自分の仕事が安泰ではないと感じると、組織への適応を強めようとします。
特に若年層ほどその傾向が強く、年齢が高いほど雇用不安と適合性のファサードの関係は弱くなりました。若い人ほど自分のキャリアに不安を感じやすく、組織に合わせようするのかもしれません。
適合性のファサードは雇用不安と離職意向の関係、及び、雇用不安と情緒的コミットメントの関係を媒介することが示されました。雇用不安があると適合性のファサードが高まり、そして、離職したい気持ちが高まるとともに、会社への愛着が薄れるのです。本音を隠して組織に合わせるふりをすることは、かえって組織への不満を高め、離職リスクを高めてしまいます。
適合性のファサードは一時的には組織への適応を助けるかもしれません。しかし、実はかえって組織から離れたい気持ちを強めてしまいます。特に若者は、自分らしさを発揮できる場所を求めて、組織を去る選択をする可能性があります。より自分に合った組織に移ろうとするのです。
組織に適応しようとするあまり、かえって離職を促してしまうという皮肉な結果は、組織と個人の両方が考えるべき問題でしょう。
創造性を阻害する要因にもなる
適合性のファサードは、離職意図を高めるだけでなく、創造性も阻害します[3]。中国の企業で働く従業員とその上司を対象に調査を行い、適合性のファサードと創造性の関係が検証されています。ここにおける創造性とは、新しくて価値のあるアイデアを生み出すことです。
分析の結果、適合性のファサードは創造性と負の相関があることが明らかになりました。自分の価値観を抑えて組織に合わせるふりをするほど、創造性が失われていきます。
適合性のファサードは感情的な疲労をもたらし、それが創造性を妨げます。自分らしさを発揮できない環境では、新しいアイデアを生み出すエネルギーが失われてしまいます。
組織内の人間関係が政治的で息苦しいほど、適合性のファサードが感情面の疲労を生み、創造性を阻害する傾向が強まります。組織内の権力関係やしがらみが強いと、従業員は自分を守るために適合性のファサードを作りやすくなります。しかし、それは創造的な活動を妨げる要因になります。その意味で、適合性のファサードはイノベーションを遠ざける可能性があります。
役割外行動の強制と適合性のファサード
組織の特徴が適合性のファサードを生みやすくする場合があります。強制的市民行動、すなわち、組織から求められる役割外の行動が適合性のファサードにつながることが解明されています[4]。
そもそも(組織)市民行動とは、職務記述書には含まれていないものの、組織の効果的な機能のために自発的にとられる行動のことです。しかし、組織がそのような行動を従業員に強制すると問題が生じます。
研究では、台湾の企業の従業員を対象に調査を行い、強制的市民行動と適合性のファサードの関係を調べました。その結果、従業員が組織から強制的に役割外行動を求められると、自分の価値観とは異なる組織の価値観に合わせて行動するようになることがわかりました。自分の仕事の範囲を超えた行動を無理強いされると、自分を偽って組織に従うようになるのです。
強制的市民行動は従業員に負担をかけ、ストレスを感じさせます。組織からの要求を拒否することは難しく、自分の本心とは裏腹に組織の期待に応えるふりをするようになります。役割外の行動を強制されることで、従業員は疲弊し、適合性のファサードを作り出してしまいます。
この研究は、組織が従業員に過剰な要求をすることの危険性を示唆しています。従業員の自発性を引き出すリーダーシップが求められます。従業員の主体性を尊重し、自律的な行動を促すことが重要だといえるでしょう。
別の経路でも役割外行動の強制は原因に
強制的市民行動と適合性のファサードについては、別の研究でも掘り下げられています。研究では、台湾の企業で働く従業員とその上司を対象に調査を行いました[5]。
分析の結果、強制的市民行動はやはり情緒的な消耗を引き起こし、それが適合性のファサードにつながることがわかりました。組織から無理な要求をされ続けると、従業員は疲弊し、自分を偽って組織に合わせようとします。自分の価値観と異なる行動を強いられることで、従業員は疲れ果て、自分を偽るようになってしまうのです。
強制的市民行動が職場の逸脱行動につながることも示されました。過度な要求は、ルール違反などの問題行動を引き起こす可能性があります。
この研究は、感情イベント理論と印象管理理論の枠組みを用いて、強制的市民行動の影響を説明しています。感情イベント理論によれば、否定的な出来事に遭遇すると否定的な感情反応や疲労が生じ、それが職場の逸脱行動を誘発します。強制的な役割外行動はまさに従業員にとって否定的な出来事であり、不満や疲労につながります。
印象管理理論の観点からは、強制的市民行動を経験している従業員は、組織内で孤立することを避けるために、自分の価値観を抑制し、適合性のファサードを作成します。組織から受け入れられるために、自分の本音を隠し、組織の期待に合わせるふりをするのです。
組織が従業員に役割外の行動を求めること自体は常に悪いことではないかもしれません。しかし、強制するのは逆効果です。
組織は何をすれば良いか
本コラムでは、適合性のファサードの研究を紹介し、その原因と影響を検討しました。適合性のファサードは組織への適応をしているようで、実際には組織から離れる可能性のある行為です。
適合性のファサードという現象を踏まえた上で、組織と個人が健全な関係を築くためには、どうすれば良いのでしょうか。最後に、そのことを考えてみましょう。
まずもって、組織の価値観と個人の価値観が必ずしもすべて一致している必要はありません。実際、完全な一致は不可能です。
重要なのは、どこが一致していてどこが一致していないのかを明確にすることです。そして、本当に大事な部分だけが一致していれば、他の部分は一致していなくても構わないというスタンスを持つことが望ましいでしょう。
本当に大事な価値観の一致は、入社後に図るというより、できれば採用の段階で組織と個人がお互いに見極めるほうが効果的です。これを実現するためには、組織は自分たちの譲れない価値観を社内外に示しておかなければなりません。組織の価値観を表明することで、個人は自分の価値観と照らし合わせることができ、組織との適合性を判断する手助けとなります。
一方、個人も自分の価値観を知る努力が求められます。自己理解を深め、自分にとって何が重要であるかを自覚することで、組織との価値観の一致を見極めることができます。
組織の中では、個々人の持つ価値観を尊重することが大切です。お互いにリスペクトしながら、違いを受け入れる文化を育むことで、多様な価値観が共存できる環境を作り出すことができます。
脚注
[1] Hewlin, P. F. (2003). And the award for best actor goes to…: Facades of conformity in organizational settings. Academy of Management Review, 28(4), 633-642.
[2] Hewlin, P. F., Kim, S. S., and Song, Y. H. (2016). Creating facades of conformity in the face of job insecurity: A study of consequences and conditions. Journal of Occupational and Organizational Psychology, 89(3), 539-567.
[3] Ma, L., Wei, Y., Xie, P., and Zheng, Y. (2023). The impact of facades of conformity on individual creativity: The critical role of emotional exhaustion and organizational political climate. Highlights in Business, Economics and Management, 6, 417-431.
[4] Liang, H. L. (2022). Compulsory citizenship behavior and facades of conformity: a moderated mediation model of neuroticism and citizenship pressure. Psychological Reports, 125(6), 3141-3161.
[5] Liang, H. L., Yeh, T. K., and Wang, C. H. (2022). Compulsory citizenship behavior and its outcomes: Two mediation models. Frontiers in psychology, 13, 766952.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。