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コラム

美しい過去の記憶:ノスタルジアの適応的機能

コラム

ノスタルジアとは、過去の思い出や経験を懐かしむことです。個人にとって意味深い出来事を思い出すことを指します。

青春時代や故郷、大切な人との思い出など、美化された過去を反芻することで生じる複雑な感情体験だと言えます。そこには甘美な憧れと同時に、失われた過去を取り戻すことはできないという喪失感も含まれます。

ノスタルジアは、長い間、否定的な感情とされてきました。17世紀から19世紀にかけては病気と見なされ、20世紀前半は精神疾患と関連付けられていました。しかし、20世紀後半以降、ノスタルジアの見方は変わりました。

近年の研究は、ノスタルジアが私たちの心理的健康や幸福、さらには仕事のパフォーマンスに良い影響を与えることを示しています。

本コラムでは、ノスタルジアに関する研究を整理し、その有益な機能について考えます。様々な知見を通じて、ノスタルジアが私たちの心理的資源となり、前向きな変化を促す力となることを紹介します。

否定的に捉えられてきたノスタルジア

かつてノスタルジアは、ネガティブな感情として扱われ、時には病気とされてきました。ノスタルジアの歴史的な変遷を簡単に見ていきましょう[1]

17世紀から19世紀にかけて、ノスタルジアは病気と見なされていました。スイス人傭兵の観察に基づき、ノスタルジアはスイス人に特有の病気だと考えられていました。

涙の発作や不整脈、拒食などがノスタルジアの症状とされ、大気圧の変化や牛の鈴の音が脳に影響を与えるとまで信じられていました。当時、ノスタルジアはホームシックと同義と見なされていました。

20世紀に入ると、ノスタルジアは精神疾患の一種として扱われるようになりました。不安や悲しみ、不眠症などがノスタルジアの症状とされました。精神分析では、ノスタルジアは過去に戻りたいという無意識の欲求の表れであり、強迫性障害の一種と解釈されました。

しかし、20世紀後半になると、ノスタルジアとホームシックは異なる感情として区別されるようになりました。ノスタルジアは特定の社会集団や年齢層に限らず、さまざまな対象に向けられる感情だということも示されました。一方、ホームシックは主に故郷や家族に対する感情と考えられるようになりました。

ノスタルジアに関する内容分析によれば、ノスタルジックな物語では、家族や友人、恋人などの親しい人々、誕生日や休暇などの特別な出来事、夕焼けや湖などの美しい風景が登場することが分かりました。

ノスタルジックな感情には幸福感と悲しみが混在しますが、全体としてはポジティブな感情が優勢だということも明らかになりました。喪失感や悲哀も物語に含まれることがありますが、多くの場合、ネガティブな感情はポジティブな展開によって癒やされる傾向にあります。

ノスタルジアの感情は自己と密接に関連していることも示されました。ノスタルジックな物語の中で、自己は主人公として描かれ、大切な他者に囲まれていることが多いのです。ノスタルジアは自伝的記憶に根ざした社会的な感情だと言えます。

近年の研究は、ノスタルジアが私たちの心理的健康に良い影響を与えることを明らかにしてきました。次章では、ノスタルジアがウェルビーイングを向上させる仕組みについて見ていきましょう。

ウェルビーイングを向上させる

ノスタルジアは単なる感傷ではなく、適応的な心理機能を持っています。例えば、ノスタルジアは人生の意味や目的感を高め、ウェルビーイングに寄与します[2]

研究によれば、ノスタルジアは自己の連続性や一貫性を促進する機能を持っています。過去の大切な思い出を思い返すことで、自分が一貫した存在であるという感覚が強化されるのです。

またノスタルジアは、過去の社会的経験を想起することで、現在の社会的つながりを確かなものにする効果もあります。家族や友人、恋人との楽しい思い出を振り返ることは、自分が愛され、支えられているという感覚を呼び起こします。そのような感覚は、孤独感を和らげ、ウェルビーイングを高めるのです。

ノスタルジアは、人生の意味や目的を見出すためのきっかけにもなります。過去の意味深い経験を思い出すことによって、自分の人生の意義や価値を再確認できるのです。人生の意味を感じることは、精神的健康や幸福感にとって重要です。

実際、ノスタルジア傾向の高い人ほど、自分の人生を意味あるものだと感じやすいことが見出されています。日頃からノスタルジックな感情を味わうことで、人生の意味を感じる機会が増えるのです。

実験的にノスタルジアを喚起することで、人生の意味感が高まることも確認されています。ノスタルジアには人生の意味を発見するための動機づけ機能があると言えます。

そして、ノスタルジアが高める人生の意味感は、重要な目標の追求を後押しすることも明らかになっています。ノスタルジックな感情に浸ることで、自分にとって本当に大切なことが明確になり、それに向けて頑張ろうという気持ちが強まります。

ノスタルジアは過去を懐かしむだけでなく、未来に向けた原動力にもなります。続く章では、ノスタルジアが前向きな行動変容を促す効果について説明します。

ノスタルジアは未来の糧になる

ノスタルジアは過去を懐かしむ感情ですが、後ろ向きなだけでなく、前向きな効果も持っています。ノスタルジアが未来に向けた原動力になることを実証した研究を取り上げます[3]

実験参加者にノスタルジックな経験を思い出してもらい、その後の心理や行動を分析しました。ノスタルジアを感じた参加者は、目標達成へのモチベーションや新しいことへの興味・関心が高まりました。ノスタルジアには未来志向の側面があり、前向きな行動変容を促す効果があると言えます。

ノスタルジアが未来に向けた原動力になる、一つの理由は、ノスタルジアが自尊心と社会的つながりを高めることにあります。自尊心や所属感が満たされることで、人は自信を持って新しいチャレンジに挑戦できるようになります。自己を超えるインスピレーションを得て、より高次の目標を目指す意欲が湧いてくるのです。

ノスタルジアはまた、創造性を高める効果も持っています。ノスタルジックな感情を味わった実験参加者は、よりクリエイティブな物語を作りました。ノスタルジアが開放的で柔軟な心を育むことで、既存の枠組みにとらわれない発想が生まれやすくなるのだと考えられます。

ノスタルジアには向社会的行動を促す効果もあることが分かっています。ノスタルジックな経験を思い出すと、他者への共感が高まり、助けを必要としている人を支援しようという気持ちが強まります。

例えば、ノスタルジアを感じた実験参加者は、隣人との物理的距離を縮め、落とした鉛筆を拾う行動を多く取り、慈善団体への寄付額も増加しました。ノスタルジアが他者とのつながりを想起させることで、利他的な行動が促されるのでしょう。

さらに、ノスタルジアは異なる集団に対する偏見を減らします。ノスタルジアを感じることで、他者への信頼が高まり、集団間の交流に対する意欲も増すことが示されています。ノスタルジアには自他の垣根を超えた包括的なつながりを想起させる力があるのだと解釈できます。

この研究は、ノスタルジアを未来に向けたポジティブな力として捉える新しい視点を提供しています。過去を大切にすることは、よりよい未来を築くための礎になります。

自己概念を強化する

ノスタルジアは自己概念を強化し、自尊心の脅威から自己を守る働きがあることが分かってきました。ある研究では、ノスタルジアが自分に対する肯定的な見方を促進することを実証しています[4]

研究者たちは、実験参加者にノスタルジックな経験を思い出してもらい、その後、自己に関連する形容詞への反応速度を測定しました。すると、ノスタルジアを感じた参加者は、ポジティブな自己記述語への反応が速くなりました。ノスタルジアによって肯定的な自己イメージが活性化され、アクセスしやすくなったと考えられます。

ノスタルジアは自尊心への脅威を緩和する効果も持つことも示されました。実験では、参加者にパフォーマンス課題に関する否定的なフィードバックを与え、自尊心を脅かしました。その後、ノスタルジックな経験を思い出すように求めたところ、フィードバックによるネガティブな影響が和らぎました。ノスタルジアが自尊心の低下を防ぎ、自己をサポートする資源として機能したのです。

このようにノスタルジアは自己概念を強化し、ストレスに対する回復力を高める心理的資源となり得ます。

ノスタルジアの効用は、私生活だけでなく、職場においても発揮されます。次章では、レジャーに関するノスタルジアが仕事のパフォーマンスや幸福感に与える影響について述べます。

職場でも効果を発揮する

ノスタルジアの効用は、職場においても発揮されることが分かっています。レジャーに関するノスタルジアが仕事のパフォーマンスや幸福感に与える影響が検討されています[5]

研究では、韓国の小中高の教師430名を対象に調査を行いました。その結果、レジャーでのノスタルジックな経験を思い出すことが、仕事へのエンゲージメントを高めることが明らかになりました。余暇での楽しい思い出が、仕事のポジティブな態度を促すのです。

またレジャーのノスタルジアは、実際の仕事の成果も向上させることが示されました。ノスタルジックな経験を思い返すことは、課題の効率的な遂行を助けます。レジャーの思い出が仕事へのモチベーションを高め、集中力を高めるのでしょう。

レジャーのノスタルジアは主観的幸福感も高めることが分かりました。ポジティブ感情を喚起し、人生全般に対する満足度を向上させるのです。仕事と私生活のバランスを取ることの重要性を示唆する結果だと言えます。

様々な効果が実証されている

ノスタルジアは、仕事のパフォーマンスや幸福感だけでなく、他にも様々な適応的な機能を持っています。ノスタルジアのポジティブな効果に関する知見を総括したレビュー論文があります。それをもとに、他の効果を確認しましょう[6]

例えば、ノスタルジアは自己の若さを取り戻し、活力を吹き込みます。過去の輝かしい経験を思い出すことで、人は心身ともに若返るのです。

ノスタルジアはリスクテイキングも促進することが分かっています。特に、家族からのサポートを思い出すことが、金銭的なリスクを取る行動を後押しします。人の支えがあるという感覚が、チャレンジする勇気を与えるのでしょう。

ノスタルジアはまた、自己の成長を促す働きもあります。過去の経験を思い返すことで、自分らしさや内発的な動機づけが強化されます。自分の本質に根ざした動機づけを高めることが自己成長につながるのかもしれません。

興味深いことに、ノスタルジアは問題行動の改善にも役立つ可能性が示唆されています。過去と現在の自己の差異に直面することで生じる適度な自己不連続感が、行動変容への動機づけを高めます。

ノスタルジアは身体的健康の改善にもつながります。ノスタルジックな感情は楽観主義を育み、それが運動への動機づけを高めます。心身の健康を促進することで、ノスタルジアは包括的なウェルビーイングに貢献し得ます。

以上のように、ノスタルジアに関する研究は、その適応的な機能を明らかにしてきました。かつては否定的に捉えられていたノスタルジアですが、今では自己や人生を支える重要なものとして再評価されています。

過去の思い出を大切にすることで、現在と未来をより豊かなものにできます。ノスタルジアを肯定的に受け止め、その適応的な力を活用することが効果的です。

脚注

[1] Sedikides, C., Wildschut, T., Arndt, J., and Routledge, C. (2008). Nostalgia: Past, present, and future. Current Directions in Psychological Science, 17(5), 304-307.

[2] Sedikides, C., and Wildschut, T. (2018). Finding meaning in nostalgia. Review of General Psychology, 22(1), 48-61.

[3] Sedikides, C., and Wildschut, T. (2016). Past forward: Nostalgia as a motivational force. Trends in Cognitive Sciences, 20(5), 319-321.

[4] Vess, M., Arndt, J., Routledge, C., Sedikides, C., and Wildschut, T. (2012). Nostalgia as a resource for the self. Self and Identity, 11(3), 273-284.

[5] Cho, H. (2021). Power of good old days: How leisure nostalgia influences work engagement, task performance, and subjective well-being. Leisure Studies, 40(6), 793-809.

[6] Sedikides, C., and Wildschut, T. (2020). The motivational potency of nostalgia: The future is called yesterday. In Advances in Motivation Science (Vol. 7, pp. 75-111). Elsevier.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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