2024年6月6日
ワーケーションの多様性:問いかけられる働く意味
ワーケーション、すなわち仕事(ワーク)と休暇(バケーション)を組み合わせた過ごし方が注目を集めています。
情報通信技術の発達により、リゾート地など普段の職場から離れた場所でも、仕事を継続することが可能になりました。働き方の選択肢が広がる中、ワーケーションへの関心も高まっています。
本コラムでは、国内外の研究を手がかりに、ワーケーションの特徴や課題、可能性などについて考察していきます。
4種類のワーケーション
まずは、ワーケーション参加者の実態に迫った調査結果を見てみましょう。ワーケーションと一口に言っても過ごし方は人それぞれです。調査を通じて浮かび上がってきた4つのワーケーション像を紹介します[1]。
研究では、休暇中の労働習慣とストレス状況を探るため、340人を対象にオンライン調査を実施しました。その結果をもとに、ワーケーション参加者を以下の4タイプに分類しています。
第1のタイプは、「ストレスに敏感なワーケーション旅行者」です。全体の約2割を占めるこのグループは、世代的にはX世代とY世代が中心で、職業のバリエーションは広く、共通点は見つかりません。
特徴は、休暇中のストレスに敏感だということです。たとえ上司から仕事を頼まれなくても、つい仕事のことを考えてしまう。通信環境の悪さにもイライラしてしまう。
こうした人たちにとって、ワーケーションは必ずしも良い経験にはならないようです。休みのはずなのに疲れ切って職場に戻ることになるからです。
第2のタイプは、「テクノロジー依存のワーケーションツーリスト」。回答者の約2割が該当し、比較的若い世代に多く見られるのが特徴です。
最大の関心事は、旅先で利用できる通信環境の質と速度で、常にオンラインでいることにこだわり、スマートフォンを手放せません。
こうしたテクノロジー依存は、ワーケーションの阻害要因となりかねません。通信環境さえ整っていれば問題はないものの、だからといって感動的な体験を期待することもできません。
第3のタイプは「ワーカホリックなワーケーションツーリスト」。全体の28%を占め、とりわけY世代に顕著に見られます。ワーカホリック自体は昔から存在しましたが、広範に移動しながら働くというのは新しい傾向と言えます。
このタイプは、質の高い宿泊施設やサービスに対するニーズが強い一方、必ずしも最新技術は求めていません。どこにいても快適に働ける環境さえ整っていれば、ある程度は満足するということです。
第4のタイプは「ストレスフリーなワーケーションツアー」です。この類型には全体の32%が該当します。世代としてはX世代とベビーブーマーが中心です。
理想的なワーケーション参加者と言えるこのグループは、トラブルに動じず仕事とレジャーのバランスを上手に取ることができます。臨機応変に状況に合わせて働けるため、気負いなくワーケーションを満喫していると考えられます。
中でも興味深いサブグループとして、「クリエイター」と「デジタルノマド」の存在が指摘されています。
クリエイターとは、自然豊かな美しい環境でインスピレーションを得ながら、制作に没頭するタイプ。作家やアーティストなどが該当します。PCやモバイル端末に依存せず、アナログな創作活動を好む傾向にあります。クリエイターにとってのワーケーションとは、喧騒を離れ、自分だけの時間をクリエイティブに過ごすことに他なりません。
一方、デジタルノマドとは、移動を繰り返しながら働くフリーランス的なワーカーを指します。ITスキルを駆使して仕事の依頼を獲得し、リゾート地のコワーキングスペースを転々とします。
デジタルノマドのワーケーションは、必ずしもレジャーが主目的というわけではありません。むしろ、現地の生活を通して、仕事と余暇の垣根がなくなっていくのです。移動を繰り返すというライフスタイルが、自由を求める価値観とマッチしているのでしょう。
このように、ワーケーション参加者の特性は多様です。求める体験も一様ではありません。ワーケーションのあり方を考える上で、ターゲットとなる層を適切に見極めることの重要性がうかがえます。
ポップアップ・コミュニティの形成
ワーケーション参加者の行動特性が明らかになると同時に、ワーケーションの「場」で起きている社会現象も観察されています。「ポップアップ・コミュニティ」の形成です。日本の飛騨市、インドネシアのバリ島、スペインのタリファ、アメリカのニューヨークのコワーキングスペースでフィールドワークを行い、その実態に迫った研究があります[2]。
一般的なコワーキングスペースには、長期の常連利用者が一定数存在します。しかし、ワーケーションに使われるコワーキングスペースの利用者は、ほとんどが短期滞在者か、デジタルノマドのように次の目的地に移動する人たちです。
言い換えれば、特定のコミュニティに強く根差した関係性は生まれにくいということです。利用者同士のつながりは、一時的かつ流動的にならざるを得ません。
しかし、だからと言って全くコミュニティが不在というわけではありません。例えば、飛騨市のFabCafe Hidaでは、利用者間のさりげない会話から、思わぬ化学反応が生まれていました。
ものづくりに従事する利用者同士が、お互いの制作物への興味を通じて自然に交流を深めていきます。設備の使い方がわからないことをきっかけに、協力し合う姿も見られました。
また、タリファでは複数のコワーキングスペースにまたがるオンラインコミュニティの存在が確認されました。Facebookグループ「Tarifa Digital Nomads」では、地元のおすすめ情報からイベントの告知、メンバー同士のスキルシェアに至るまで、活発なやりとりが行われています。
オンラインとオフラインのコミュニケーションが連動することで、メンバー同士の結束は一層高まっていきます。その際、両者を「つなぐ人」の存在が重要な意味を持つことも明らかになりました。
これらの事例から見えてくるのは、ワーケーションの場で生まれるコミュニティの特殊性です。それは、「ポップアップ・コミュニティ」と名付けられています。ポップアップ・コミュニティとは、特定の場所に緩やかに結びつきながらも、そこでの出会いを通じて生まれる一時的な共同性を指します。
メンバーの入れ替わりがあるため、長期的な関係性には発展しにくいものの、その儚さゆえの一体感がメンバー同士を強く引きつけ合います。ソーシャルメディア時代の新しいコミュニティの形と言えるかもしれません。
ただし、ポップアップ・コミュニティの形成は、単純に人の交流だけで成立するわけではありません。むしろ、コワーキングスペースの設えや什器、ルールといった、モノの配置がコミュニケーションに与える影響は小さくありません。
利用方法の「不親切さ」が、かえって人と人を結びつける接着剤になっているのは興味深いところです。コワーキングスペースの在り方次第で、ポップアップ・コミュニティの形成は左右されると考えられます。
日本におけるワーケーションの特徴
日本で広まりつつあるワーケーションは、海外とは異なる特徴を持っています。日本におけるワーケーションの独自の展開について考えてみましょう[3]。
ワーケーションは欧米発の概念です。元々は、比較的自由な働き方が許されるフリーランスなどが、リゾート地で休暇を楽しみながら仕事をするスタイルを指していました。
ところが、日本で広まるワーケーションには、「会社員が上司の指示で行う」といった特徴が見られます。その背景には、日本企業の労働慣行や、行政の思惑が反映されていると指摘する研究があります。
例えば、ワーケーションの先進地と呼ばれる和歌山県白浜町の取り組みは、行政主導で進められてきました。IT企業のサテライトオフィス誘致が目的でしたが、うまくいかなかったため、「交流人口の拡大」にシフトしたそうです。
また、首都圏の企業で広がりつつあるのが「研修型ワーケーション」です。研修会社が手掛けるプログラムは、地域の企業や住民との交流を通じて、社会課題の解決力を高めることを狙いとしています。都心では得られない学びの機会として、企業側にもメリットがあるようです。
こうしてみると、日本で展開されるワーケーションには「企業と地域を結ぶ学びの場」という側面が強いことがわかります。欧米の文脈とは異なる特徴と言えます。
マルチハビテーションよりマルチオフィス
現状では、自治体の「移住者を増やしたい」という熱意が空回りしていると考えることもできます。ワーケーションの目的が「仕事」から「地域との交流」に代わってしまうと本末転倒です。
むしろ肝心なのは、働く「場所」をいかに柔軟に選択できるかという点です。この論点について、興味深い指摘がなされています[4]。
ワーケーションは「場所にとらわれない柔軟な働き方」の選択肢のひとつです。複数の拠点を行き来しながら働くスタイルは「マルチハビテーション(複数拠点居住)」とも呼ばれ、脚光を浴びました。
しかし、大切なのは「複数の場所に住む」ことではなく、「複数のオフィスを使い分ける」ことだという指摘があります。
というのも、1990年代に様々な企業が取り組んだ「マルチハビテーション」の多くが、必ずしも成功しなかったからです。その理由のひとつが、「生活の場」と「働く場」の分離でした。
確かに、東京のオフィスと、リゾート地のセカンドハウスを行き来する生活は、一見魅力的に映ります。しかし、肝心の仕事は、それぞれの拠点から切り離された場所で行われることが少なくありません。つまり、働く「場所」の選択肢が増えないのです。
一方、地方に新たな拠点を設けて、「マルチオフィス」化を進めた企業もありました。その先駆けとなったのが、ソフトウェア開発の子会社を仙台に設立した大手家電メーカーの事例です。
首都圏で人材確保が難しくなる中、地方の優秀な人材を活用するため、あえて東京から離れた場所に新たな開発拠点を置いたのです。東京本社とのコミュニケーションを取りつつ、地方ならではの強みを生かすという戦略です。
ワーケーションを単なる「ライフスタイルの選択」として考えるだけでは不十分だと言えます。大切なのは、いかにマルチオフィス化を進めるかという視点です。
しかし、働く場所が分散すれば、生活の拠点もまた自然に分散するのでしょうか。それほど単純な話ではないようです。たとえ仕事で地方を訪れる機会が増えたとしても、文化的な魅力の点では、大都市に軍配が上がるという見方があります。
生活の質に関わる面では、東京など大都市に優位性があります。拙速に「仕事」と「生活」の拠点を同じにしようとする必要はないのかもしれません。
脚注
[1] Pecsek, B. (2018). Working on holiday: The theory and practice of workcation. Balkans Journal of Emerging Trends in Social Sciences, 1(1), 1-13.
[2] Matsushita, K. (2021). Workation and the Doubling of Time and Place. In H. Tomita (Ed.), The Second Offline: Doubling of Time and Place. Springer.
[3] Yoshida, T. (2021). How has workcation evolved in Japan? Annals of Business Administrative Science, 20(1), 19-32.
[4] Takahashi, N. (2021). Telework and multi-office Lessons learned from the bubble economy. Annals of Business Administrative Science, 20(4), 107-119.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。