2024年5月28日
組織を支える二つのパフォーマンス:コンテキスト・パフォーマンスの重要性
仕事の成果を評価する際には、与えられた業務をこなすことだけでなく、会社全体に貢献することが大事です。前者は「タスク・パフォーマンス」、後者は「コンテキスト・パフォーマンス」と呼ばれています。
一般的には、例えば、営業担当者なら販売目標の達成度などのように、与えられた業務をどれだけこなしたかに注目されます。しかし、上司の指示を待たずに、自ら率先して周りをサポートしたり、会社の目標達成に尽力したりする姿勢は、数字には表れにくいかもしれませんが、会社全体のパフォーマンスを底上げします。
本コラムでは、コンテキスト・パフォーマンスに関する研究知見を紹介し、その重要性と背景にある心理的メカニズムを探ります。一人ひとりの可能性を最大限に引き出し、自発的な貢献を促すヒントになると幸いです。
コンテキストとタスクは別物
タスク・パフォーマンスとは、期待されている仕事上の役割を遂行することを指します。一方、コンテキスト・パフォーマンスは役割外ではあるものの、組織の機能を支援する行動を自発的に取ることを指します[1]。
例えば、熱心に仕事に取り組む、余分な責任を進んで引き受ける、他者を助けたり協力したりする、組織のルールや手順に従う、組織の目標を支持し擁護する、などがコンテキスト・パフォーマンスには含まれます。
仕事の成果と言うと、主に与えられた業務の遂行、つまりタスク・パフォーマンスが思い浮かびます。しかし、コンテキスト・パフォーマンスの重要性が指摘されるようになりました。
整備士421人を対象に、上司による評価を用いて、タスク・パフォーマンスとコンテキスト・パフォーマンスの違いを調べた研究があります[2]。タスク・パフォーマンスは装備の点検や修理など、仕事に直接関わる行動を14項目で評価し、コンテキスト・パフォーマンスは同僚の手助けや上司への協力など、仕事の進め方を支援する行動を16項目で評価しました。
統計分析の結果、タスク・パフォーマンスとコンテキスト・パフォーマンスはどちらも全体的な評価に独自の影響力を持つことがわかりました。また、仕事の経験や性格との関連を見ると、タスク・パフォーマンスよりもコンテキスト・パフォーマンスの方が強い結びつきを示しました。
コンテキスト・パフォーマンスはタスク・パフォーマンスとは別の概念であり、仕事を重ねるほど、協調性などの性格を持つほど、コンテキスト・パフォーマンスが上がる傾向がありました。
この研究は、仕事ぶりを総合的に評価するためには、タスク・パフォーマンスとコンテキスト・パフォーマンスの両面を見る必要があることを示しています。タスク・パフォーマンスとコンテキスト・パフォーマンスは会社の発展を支える両輪です。
実は給与やキャリアにも影響
数字に表れない貢献は評価されないのではないか。そう思う人もいるかもしれません。確かに、コンテキスト・パフォーマンスの成果は目に見えにくいものです。しかし、コンテキスト・パフォーマンスの高さが給与やキャリアアップにもつながることがわかっています。
整備士を対象に、複数年にわたって調査を行った研究を見てみましょう[3]。ある年は422人、別の年は991人の整備士について、上司がタスク・パフォーマンス、コンテキスト・パフォーマンス、報酬を評価しました。
タスク・パフォーマンスは装備の扱いに関する項目で、コンテキスト・パフォーマンスはリーダーシップやチームワークなどの項目で測定されました。アウトカムとしては、勲章の有無、昇進の可能性、階級などが評価されました。
その結果、タスク・パフォーマンスとコンテキスト・パフォーマンスはどちらも、勲章、昇進の可能性、報酬、階級と有意な正の関係がありました。タスク・パフォーマンスとの相関が0.13~0.47、コンテキスト・パフォーマンスは0.05~0.41の範囲でした。別の年の調査でも一貫した結果が得られ、関連の確からしさが裏付けられています。
装備の点検・修理といった業務だけでなく、同僚への支援や会社への貢献といった側面での活躍が、表彰や昇進の可能性を高めることが実証されたと言えます。これにより、会社にとって価値ある行動は、所定の範囲に限らないことがわかります。
エンパワーメントが鍵になる
コンテキスト・パフォーマンスを引き出すには、特に社員の「心理的エンパワーメント」が重要だと指摘されています。企業幹部80人を対象に、仕事への熱意、心理的エンパワーメント、仕事の充実感とコンテキスト・パフォーマンスの関係を調べた研究を取り上げます[4]。
仕事への熱意は仕事にのめり込む程度、心理的エンパワーメントは仕事で自分の力を発揮できると感じる度合い、仕事の充実感は仕事にやりがいを感じる程度を測定しています。結果的に、どの要因もコンテキスト・パフォーマンスと強い正の関係がありました。
さらに、分析を行ったところ、心理的エンパワーメントがコンテキスト・パフォーマンスを最も強く予測する要因であることがわかりました。自分の仕事に自信と誇り、影響力を感じている従業員ほど、進んで会社のために動く傾向が高いのです。
エンパワーメントを高める方法
コンテキスト・パフォーマンスを高めるためには、社員に仕事の価値を実感してもらい、自主性を発揮できる環境を整えることが大切だと教えてくれる結果です。それでは、具体的にどうすれば良いのでしょうか。
まず、仕事への理解と価値を高めましょう。例えば、業務内容や会社の目標、そしてその達成が会社全体に及ぼす影響について社員に説明する機会を設けます。社員は自分の仕事がどれだけ重要であるかを実感し、仕事に対する熱意が高まります。
社員の自主性を尊重し、意思決定プロセスに参加するように促すことも大事です。上司は、業務の進め方や目標設定において社員の意見を取り入れ、自らの仕事に責任を持てるようにします。
部下から話を聞くだけではなく、上司からも日々の業務において部下の努力を認め、フィードバックを行います。優れた行動をとった場合には賞賛の言葉をかけ、問題点がある場合には建設的なアドバイスをします。
社員の成長を支援するための教育機会を提供することも有効です。社員が自分のスキルを向上させ、新たな挑戦に対して自信を持てるようになることで、心理的エンパワーメントが促進されます。
文脈の理解が求められる
コンテキスト・パフォーマンスの直接の決め手は「手続き的知識」、つまり業務の流れに潜む人間関係やコミュニケーションの特徴を理解することではないか。そのようなモデルをもとに検討がなされています[5]。
1つ目の研究では、金融・保険商品の販売サポート担当者196人を対象に、人柄、経験、手続き的知識(顧客との関係の理解)、知的能力と、仕事の成果の関連を調べました。
分析の結果、知的能力、人柄、経験が顧客との関係の理解力を高め、その理解力が顧客サービスの満足度(コンテキスト・パフォーマンス)を通して販売実績(タスク・パフォーマンス)につながることが示されました。
2つ目の研究では、181人の管理職を対象に、部下に仕事の裁量を任せる「エンパワリング型リーダーシップ」の知識と実践を調査しました。
そうしたところ、知的能力がリーダーシップに関する知識と関連し、その関係がリーダーシップの発揮度合い(コンテキスト・パフォーマンス)に部分的に結びつくことがわかりました。
文脈を理解するための働きかけ
先ほどの研究は、コンテキスト・パフォーマンスにおいては、業務の背景にある人間関係や暗黙のルールを読み解くことが重要だということを物語っています。
マニュアルには書かれていない顧客の心理をつかむコツや、部下の個性に合わせた動機づけの工夫など、その場その場の状況に臨機応変に対応するための知識が、コンテキスト・パフォーマンスの鍵を握ります。
そこで、文脈の理解に焦点を当て、コンテキスト・パフォーマンスを促す実践を考えてみましょう。ここにおける文脈の理解とは、仕事を支える人間関係、組織文化、コミュニケーションのパターン、そして暗黙のルールを把握することです。
例えば、コミュニケーションの透明性を高めるべく、上司と部下、同僚間での対話の機会を増やすと良いでしょう。定期的なミーティングを設け、業務の進捗状況や問題点、成功/失敗事例を共有します。
会社の歴史や価値観、理念について学ぶ機会を提供するのも一つです。組織の文化やその背景にある考え方、特有のコミュニケーション・スタイルも詳しく説明します。組織内で期待される行動や意思決定の基準を把握できれば、コンテキスト・パフォーマンスも発揮しやすくなります。
逆効果になることもあり得る
コンテキスト・パフォーマンスは組織の繁栄を支える行動であり、それがない組織は長続きしないでしょう。その一方で、気をつけるべき点があるのも確かです。
仮に、社員がタスク・パフォーマンスとコンテキスト・パフォーマンスの両方を高い水準で求められる場合、二重の負担を感じることがあります。限られた時間内で全てをこなすことが難しく、結果としてどちらも中途半端になるリスクがあります。
あるいは、コンテキスト・パフォーマンスのための活動が長引き、労働時間が増加して、ワークライフバランスが崩れるかもしれません。プライベートが圧迫されると、ストレスや疲労が蓄積されます。長期的には、社員の健康やモチベーションに悪影響を及ぼす可能性があります。
コンテキスト・パフォーマンスが強要される環境にも、注意が必要です。社員が過剰な協力やサポートを求められると、自分自身の仕事に集中する時間が減り、タスク・パフォーマンスが低下し得ます。
また、コンテキスト・パフォーマンスが行き過ぎると、社員が他者の業務に過剰に関与することになり、業務の進行に混乱を招くことがあります。例えば、複数の社員が一つの問題に対して異なるアプローチを提案すると、かえって意思決定が遅れたり、対立が生じたりすることがあります。
脚注
[1] Motowidlo, S. J., and Van Scotter, J. R. (1994). Evidence that task performance should be distinguished from contextual performance. Journal of Applied Psychology, 79(4), 475-480.
[2] Motowidlo, S. J., and Van Scotter, J. R. (1994). Evidence that task performance should be distinguished from contextual performance. Journal of Applied Psychology, 79(4), 475-480.
[3] Van Scotter, J., Motowidlo, S. J., and Cross, T. C. (2000). Effects of task performance and contextual performance on systemic rewards. Journal of Applied Psychology, 85(4), 526-535.
[4] Sen, C., and Kaul, A. (2015). Psychological correlates of contextual performance at work: An empirical view. The International Journal of Indian Psychology, 2(3), B00302V2I32015.
[5] Bergman, M. E., Donovan, M. A., Drasgow, F., Overton, R. C., and Henning, J. B. (2008). Test of Motowidlo et al.’s (1997) theory of individual differences in task and contextual performance. Human Performance, 21(3), 227-253.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。