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コラム

言いたいことが言える職場か:『60分でわかる!心理的安全性 超入門』の紹介

コラム

昨年の5月に、私は『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)という書籍を上梓しました。近年、ビジネスの世界で注目を集めている「心理的安全性」について、その基本的な考え方から、職場における実践的な応用に至るまで、体系的に解説することを目指した一冊です。

おかげさまで、多くの方々に手に取っていただき、職場改善のヒントとして活用していただいています。「職場のコミュニケーションが活性化した」「メンバーの自発的な行動が増えた」といった感想もいただきました。この場を借りて、読者の皆さまに御礼申し上げます。

出版から約1年が経過したこの機会に、本コラムでは、拙著の概要をかいつまんで紹介したいと思います。すでに本書を読まれた方にとっては復習に、まだ読まれていない方にとっては予備知識になるはずです。

心理的安全性とは何か

本書の中核をなすキーワードが、タイトルにもなっている「心理的安全性」です。ざっくりいうと、心理的安全性とは、あるチームのメンバーが「この場では自分の意見を言っても大丈夫だ」と感じられる状態を指します。

より厳密には、心理的安全性とは「対人関係のリスクをとっても大丈夫だと思うこと」を意味します。例えば、自分の意見を言って批判されるかもしれない、質問をして無知だと思われるかもしれないといった不安を抱えずに済むのが、心理的安全性の高いチームだといえます。

なぜ、心理的安全性が重視されるのでしょうか。一つは、イノベーションを生み出すカギだからです。心理的安全性が担保されていれば、メンバーは遠慮することなくアイデアを提案でき、失敗を恐れずにチャレンジできます。多様な視点からの議論が交わされ、チームの創造性が存分に引き出されます。

と同時に、心理的安全性は個々人の成長を後押しする土壌にもなります。安心して自分の考えを口にできる環境では、一人ひとりの声に耳を澄まし、互いの違いを尊重し合えます。それぞれの強みを活かしながら、弱みを補完し合える。そんな文化が根付くことで、メンバー同士が高め合えます。

しかし、ここで強調しておきたいのは、心理的安全性はあくまで土台であって、それ自体が目的ではないということです。重要なのは、心理的安全性を基盤としてチームのパフォーマンスを最大化し、ひいては組織の競争力につなげていくことです。本書では、そのためにはどのような工夫が必要なのか、様々な角度から論じています。

心理的安全性が切り拓く可能性

心理的安全性に注目が集まる以前、企業がチームのパフォーマンスを高めるために力を注いできたのは、主にチーム編成や報酬制度、仕事の進め方、オフィス環境の整備など、いわゆる「ハード面」の改善でした。

もちろん、そうした環境を整えることは大切です。適切な人員配置、公正な評価、効率的な業務フロー、快適な職場空間。どれも仕事の生産性を左右する要素であることは間違いありません。

しかし、ここに一石を投じたのがエイミー・エドモンドソンという研究者です。エドモンドソンは、もう一つ見落とされがちな要因、すなわちチームメンバー同士の「ソフト面」、言い換えれば対人関係のあり方に着目すべきだと述べました。

心理的安全性という概念をチームの文脈に位置づけ、その重要性を説いたのです。エドモンドソンの研究に触発され、世界中の研究者が心理的安全性に興味を示すようになりました。

そんな中、グーグル社が行った大規模調査が、一気に心理的安全性への関心を高めることになります。「プロジェクト・アリストテレス」と名付けられたこの調査においては、成果を上げているチームの特徴を探るべく、180以上のチームを対象に分析が行われました。

その結果、プロジェクトの成否を分ける要因の一つとして浮上したのが、他ならぬ「心理的安全性」だったのです。メンバーが対人関係のリスクを恐れることなく、自由に発言できる環境が、チームのパフォーマンスに影響することが明らかになりました。

実際、心理的安全性は、パフォーマンスの向上だけでなく、エンゲージメントの向上、創造性の発揮、学習の促進など、実に多岐にわたる効果をもたらすことが、数多くの研究で確認されています。本書では、そうした効果について、それぞれ一つの項目を設けて詳しく解説しています。

例えば、パフォーマンスという点では、周囲からの評価を気にすることなく、本来の力を存分に発揮できるようになります。また、エンゲージメントの面では、互いを認め合い、支え合える環境ができることで、一人ひとりが仕事に対してポジティブな態度を抱けるようになります。

加えて、創造性に関しては、アイデアを躊躇なく出し合えることで、イノベーションの芽が育まれます。さらに、学習という観点からは、失敗から学ぶことを恐れず、むしろ失敗を共有し、議論できる風土が生まれます。

心理的安全性を高めるためのヒント

とはいえ、職場の心理的安全性を高めるのは、そう簡単なことではありません。チームを率いるリーダーの振る舞いひとつをとっても、メンバーへの細やかな配慮と、全体を見渡すバランス感覚が求められます。

本書では、組織行動論の知見と、様々な実践事例を織り交ぜつつ、現場で活用できるヒントを紹介しています。

例えば、リーダーシップのあり方としては、「インクルーシブ・リーダーシップ」の重要性を説いています。インクルーシブとは「包括的な」という意味です。メンバー一人ひとりの声に耳を傾け、その意見を可能な限り意思決定に活かそうとする姿勢のことを指します。

トップダウン型の指示命令ではなく、メンバーの主体性を引き出すことが肝要だということです。そのためには、普段からコミュニケーションの機会を多く設け、気兼ねなく意見を言える環境を整備することが大切です。

もう一つ欠かせないのが、「サーバント・リーダーシップ」の発揮です。サーバントとは「奉仕者」のこと。部下の成長を後押しし、その可能性を信じて導いていく。優しく寄り添いながら、メンバーに心理的安全性を感じてもらう。そんなリーダーの存在が、チームの力を最大限に引き出します。

リーダー自身のあり方としては、自らの非を認める「謙虚なリーダーシップ」も有効だと本書では述べています。リーダーも完璧ではありません。むしろ、自分の弱みをさらけ出す勇気が、メンバーに「自分も弱みを見せてもいいのか」と感じてもらえます。

一方で、あまりに自己卑下が過ぎてもメンバーは困惑してしまいます。謙虚さと自信のバランスが問われるところです。失敗を恐れず、学び続ける姿勢を垣間見せること。それ自体が、メンバーにとってお手本になるはずです。

職場のマネジメントという点では、メンバーの自律性を引き出すための方策について詳述しています。例えば、仕事の進め方について、できるだけメンバーに裁量を与えること。失敗を許容し、失敗から学ぶことを奨励するような文化を根付かせること。

トップの号令で一糸乱れぬ行動を求めるのではなく、現場の創意工夫を促すボトムアップ型のマネジメントへの転換が求められています。

ただし、ここで注意すべきは、自由な雰囲気づくりと同時に、チームとしての規律を保つ工夫も忘れてはならないということです。心理的安全性が高いからといって、やりたい放題になっては本末転倒です。

例えば、メンバーの役割分担をできるだけ明確にしておくこと。チーム全体の目標とその進捗状況を可視化しておくこと。こうしたコントロールとのバランスを取ることが重要です。

また、日々の仕事の中で、互いに助け合い、認め合える文化をつくることも有効です。同じ組織とはいえ、普段はセクションが違えば疎遠になりがちです。そんな中、縦割りの壁を越えて、さりげなく「ありがとう」の言葉を交わし合う習慣をつくる。

ミーティングの場などで、お互いの仕事ぶりを称え合う。そんな何気ない感謝の言葉の積み重ねが、自分の考えを臆することなく表現できる風土を育んでいきます。

心理的安全性を高めるかどうかは、リーダーとメンバー一人ひとりの意識と、その行動が鍵を握っています。日々のミーティングでの一言、隣の席との立ち話、ランチを共にする時間。そうした実践の積み重ねに、心理的安全性を高める力が宿っているのです。

心理的安全性の光と影

一方で、心理的安全性の高まりを無批判に礼賛するのは危険でもあります。本書のユニークさの一つは、心理的安全性がはらむ「負の側面」にも正面から向き合っている点にあります。

確かに、心理的安全性を高めることには様々な効果があります。しかし、それを絶対視するのは禁物です。心理的安全性を追求すればするほど、難しいジレンマに直面することも少なくないのです。

例えば、心理的安全性はメンバーのモチベーションを下げてしまう可能性があります。職場の雰囲気が良すぎて、緊張感が失われ、いつの間にか「快適にさぼる」状態に陥ってしまう。そうした負の連鎖が起こり得ることは、実証研究でも明らかになっています。

さらには、心理的安全性が非倫理的行動を助長してしまうリスクも指摘されています。「この職場では何をしても許される」といった意識が蔓延すれば、ルールを逸脱した行動を招きかねません。

特に「結果のためには手段を選ばない」という功利主義的な価値観が優先されるチームでは要注意です。心理的安全性の高まりが不正やコンプライアンス違反を見逃したり、むしろ助長したりしてしまうかもしれません。

「この場では何を言っても大丈夫」という感覚が行き過ぎれば、建設的な議論から逸脱し、単なる好き勝手な主張の応酬に堕してしまうこともあります。利己的な意見が飛び交えば、生産性を下げることになりかねません。

加えて、組織内の特定のチームだけが際立って心理的安全性が高い状態も、実は望ましくない可能性があります。なぜなら、そのチームは周囲から疎外されたり、妬まれたりするリスクをはらんでいるからです。

「あそこのチームは内輪で盛り上がっていていいよね」といった陰口が広まれば、組織内の足並みが乱れ、連携がうまくいかなくなります。

こうしたデメリットに目を向けずに、心理的安全性を過度に美化することは、組織にとって禍根を残すことになりかねません。心理的安全性は諸刃の剣だということを、私たちは肝に銘じておく必要があります。

心理的安全性だけですべての問題が解決するわけではない。むしろ、新たな課題が浮上することを覚悟しなければならないのです。

大切なのは、心理的安全性のもたらす「光」の部分と、「影」の部分の両面を直視することです。過度に理想化することなく、その弊害も十分に認識した上で、冷静に向き合っていきましょう。

本書『心理的安全性 超入門』においては、職場に心理的安全性を根付かせるためのエッセンスを凝縮しました。組織開発に際した一つの羅針盤として、ぜひ活用していただければと思います。

本書が皆さんの職場を見つめ直すきっかけとなり、活力ある組織づくりに少しでも寄与できれば幸いです。


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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