2024年5月8日
NPO法人クロスフィールズ|ソーシャルセクターにおけるデータ活用
(左から)株式会社ビジネスリサーチラボ 藤井貴之、伊達洋駆、NPO法人クロスフィールズ 小沼大地様、西川理菜様
「社会課題が解決され続ける世界」の実現を目指し、社会課題を自分事化する人を増やすことと、課題の現場に必要な資源を届けることをミッションとしているNPO法人クロスフィールズ。
企業の人材を新興国の社会課題の現場に送り込む「留職プログラム」など、既存の枠を超えた越境体験を提供し、国内外の社会課題の解決と、リーダー育成に取り組んでいます。
ビジネスリサーチラボでは、社会課題の自分事化に関するモデルを構築し、クロスフィールズの取り組みの効果を測定する支援を行いました。同団体の小沼様と西川様にお話を伺いました。
我田引水にならずに効果を可視化する
伊達:
まず、ビジネスリサーチラボにご相談いただく前に、どんな課題を感じていたかをお伺いできればと思います。
西川:
クロスフィールズでは、この十数年、ビジネスパーソンと社会課題の現場をつなぐ活動を続けてきました。留職やフィールドスタディの参加者が変化した手応えを感じてはいるのですが、個人の変化だけではなく、それがどれくらい社会の変化に繋がっているのか見えづらい、という課題感がありました。
ビジョンである「社会課題が解決され続ける世界」の実現に立ち返ったときに、私たちのプログラムを通じてどのようなインパクトを社会に還元できているかの計測にチャレンジすることは、事業開始から10年経ったタイミングで、まさにやるべきことなのではと考え始めていました。一方で、特にコロナ禍以降は何から始めていいのかという暗中模索の感覚が高まっていました。
伊達:
コロナの影響が大きかったのでしょうか。
小沼:
コロナももちろんですが、2015年あたりからSDGsが推進され、世の中の社会課題に対する関心が高まっていきました。SDGsの認知度を問う簡単なアンケートは世の中にありますが、社会課題に配慮する行動を起こしているかというデータは誰も持っていない状態だと思います。
ある意味、これを実施すること自体がエポックメイキングだと思いましたし、自団体だけで行うと我田引水になりかねないので、第三者とどのように実施すればもう一段深いアセスメント実施ができるか?と考えていました。
伊達:
業界の中で我田引水と受け止められる恐れがあるのでしょうか。それとも、皆さんが客観的な結果を出したいという気持ちが強いのでしょうか。
小沼:
一般的なプログラムの効果測定では、ビフォー・アフターで変化を問うアンケートによって「『とても変わった』と80%が回答した」といったものが多く、寄付を促すための恣意的なアンケートだと見られることもあるかもしれません。価値が出ているというバイアスが作用しやすいので、客観的な視点を取り入れられたら素晴らしいとは思っていました。
また、私たちは効果検証だけではなく、それを踏まえたプログラム改善にもつなげていきたかったのです。そのため、アンケートの目的がポジティブな結果を出すことだけではなかった点も、振り返ると良かったと感じます。
伊達:
民間企業の研修においても、効果測定はあまり積極的に行われておらず、不況になるとその必要性が叫ばれます。研修後に満足度アンケートを取っていれば良い方だと言えるかもしれません。その意味で、今回の取り組みは民間企業と比較して先進的だと思います。
なお、先ほど、個人の変化ではなく、社会へのインパクトが出ているかを捉えたいというお話がありました。そこにおける個人の変化とは何でしょうか。
西川:
自分の中でのパーパスが育まれるような原体験を私たちは提供しているのですが、そのパーパスがどのように意識変容や行動変容につながっていくのかを捉えたいという意図が団体としては強かったように思います。
事業の多角化で測定のニーズが高まる
伊達:
クロスフィールズさんが提供している越境体験自体は参加者本人に大きなインパクトがあると思います。特に、留職では参加者の中で何も変化しないほうが逆に難しいですよね。
小沼:
コロナ禍に入って事業が多角化したことも、効果検証を実施する意思が高まった要因だと感じています。個人にとって非常に濃い越境体験である留職を実施している際は、私たちの中で「絶対に参加者は変わっている」と、測らずとも一定の実感を得ることができていました。
しかし、例えばフィールドスタディという数日間の短期プログラムや、共感VRという1,000名規模の視聴者が1時間で学びを深めるようなプログラムでは、参加者に与える影響の度合いにはプログラムごとに違いがあるはずだと思うようになりました。
つまり、プログラムによって参加者が社会課題にふれる「深さ」が異なるので、各プログラムの違いや特色を改めて把握したいと感じたんです。
対象が幅広くなり、目的に応じてプログラムが多様化する中で、自分たちの価値を見つめ直したいとも感じました[1]。
重要な発信を一緒に行いたい
伊達:
ビジネスリサーチラボからの支援を受けていただけることを決めた理由があれば教えてください。
小沼:
もともと(法政大学大学院の)石山(恒貴)先生と接点があったのがきっかけです。石山先生が『時間と場所を選ばない パラレルキャリアを始めよう!「2枚目の名刺」があなたの可能性を広げる』(ダイヤモンド社)という本を出されるときに、特に注目する越境学習の取り組みとして、クロスフィールズの活動について詳しく取り上げていただきました。
石山先生が行おうとしている社会に対する越境学習の価値を発信していくことと、私たちがその事例の一つであることが、よい形で相乗効果を生み、一緒に社会を変えていっている感覚を共有していました。
伊達さんとの最初のプロジェクトは経済産業省の案件(令和元年度「大企業人材等新規事業創造支援事業費補助金(中小企業新事業創出促進対策事業)指標開発等業務に関する研究会」)でしたが、石山先生とタッグを組んで、冷静にデータを見ながら越境学習の価値をつぶさに見ていただいたことが印象的でした。
なお、このプロジェクトの成果は『越境学習入門:組織を強くする「冒険人材」の育て方』(日本能率協会マネジメントセンター)という本にまとめられるわけですが、この本が企業の人事・人材育成の世界に与えた影響は非常に大きかったです。こうした意義ある仕事をさせていただく同志という印象があったんです。
それもあって、今回も単に業務として依頼するというより、社会に対して重要なことを一緒に発信する仲間として価値観を共有している石山先生と伊達さんのお二人にお願いしたいと思いました。
西川:
実は経済産業省の案件をきっかけに、留職への問い合わせも増えたんです。クロスフィールズのプログラムを一度でも導入いただいた企業の方にはプログラムの迫力は当然伝わりやすいのですが、初対面の人にその価値がなかなか伝わりにくいのも事実。ですが、今回のように理論を基に体系的に分析した結果を発信することで、プログラムへの信頼にも繋がったのだと思っています。
伊達:
皆さんとご一緒する以前は、私自身が社会課題に十分な関心を持っていたかというと、正直、そんなに高くなかったのではないかと思います。しかし経産省さんの案件を通じて、越境経験者や皆さんとの対話を通じて、その重要性を認識するとともに、知的好奇心も湧きました。そうしたなかで、自身の創業時の想いに立ち戻るきっかけにもなりました。
共感VRプログラムの効果測定に進む
伊達:
ところで経済産業省のプロジェクトは2020年度に実施し、ルーブリックなどの形に取りまとめて終了しました。その前後ぐらいで、私自身も共感VRプログラムの体験をさせていただきました。そもそも、共感VRプログラムとはどのような背景で開始されたのでしょうか?
小沼:
共感VRプログラムはVRや360度映像などを活用し、社会課題の現場を疑似体験することを通じて社会課題への当事者意識を育むプログラムです。コロナをきっかけに立ち上げた事業で、当初は中高生向けの教材として2020年ごろからスタートしました。
既存事業の留職やフィールドスタディではすでに参加者の変化を実感していました。しかし共感VRは社会課題の現場を数時間で「疑似体験」するという、これまでのプログラムに比べるとライトな内容です。このようなプログラムでも、既存事業と同じように参加者に変化を生み出せているのか?測っていきたいと思いました。そのためにまず伊達さんにVRを体験していただきました。
結果から自分たちの強みに気づく
伊達:
それでは、実際に行ったプロジェクトについて振り返っていきましょう。大きくは「社会課題の自分事化のモデル構築」と「各プログラムの効果測定」の2点に絞ってお伺いしたいと思います。
前者は社会課題に対する行動を発揮するまでのプロセスを理論的に整理し、その後、データで検証しようという取り組みです。後者では、そのモデルを用いながら、VRやフィールドスタディを初めとしたプログラムの評価をしました。これらを進める中で、印象に残っていることがあれば教えてください。
西川:
印象に残っているのは、プログラムの特徴に応じて明確な結果の差が出たことです。数時間で行う共感VRプログラムに関しては、プログラム受講前後での受講者の変化は明確には現れませんでした。
一方で、留職やフィールドスタディ、高校生向けに行っている数カ月間の越境プログラム(クロスブリッジ)など、私たちが人的リソースを割きながら場づくりやコーチングも含めて提供しているプロジェクトでは、ビフォー・アフターではっきりとした変化が参加者に現れました。
この結果を見た時に、やはり短時間で行うプログラムと、一定期間を費やしながら実施するプログラムの間では、健全に違いがあるんだな、と改めて認識しました。このような差が見えたことによって、既存事業における私たちの強みは伴走や適切な問いの設定、内省を促す場づくり、ファシリテーションにあるのだと確信に変わりました。逆に共感VRプログラムに関しては、既存事業とは異なるところにプログラム効果や目的を置くべきなんだな、と事業を捉え直すきっかけになったと思っています。
プログラム参加者に深いレベルの変化が起きている
伊達:
当社チーフフェローの藤井も分析で入ったので、藤井からもプロジェクトで印象に残った点を挙げてもらえればと思います。
藤井:
調査で結果がはっきりと見えたのは興味深かったところです。特に、フィールドスタディの経験が、容易には変化しにくいと思われる価値観や規範といった個人の中の深い部分に影響を与えていたことに驚きました。加えて、他律的な動機については、あまり変化が見られなかったことも印象的でした。人任せにするような意識の変化はなく、自律的な動機が上昇していたことにプログラムを通じたクロスフィールズさんによる働きかけの力強さを感じました。
西川:
今回の一連の調査で、問題への位置付け、価値観への脅威、自律的な動機の3つが、社会課題の自分事化につながるというメカニズムが見えてきました。このような関連性が見えたことは、私たちにとって大きな発見でした。
伊達:
皆さんがもともと考えていたことに、学術的な理論がうまくフィットしたのだと、ディスカッションを通じて感じました。実際のデータでも、そのことを裏付ける結果が出てきましたね。理論と実践がここまで接合した形で進められるケースは多くありません。皆さんの分析との向き合い方も印象的でした。抽象的な議論でも、皆さんのご自身の経験と関連付けながらすぐにフォローしていただけるのが有り難かったです。
データに謙虚になり、改善を狙う
伊達:
他に印象に残っている点はありますか。
小沼:
私が印象に残っているのは、最初に分析結果を見たときのことです。学校で共感VRを活用した授業を行い、体験した生徒に効果測定を行いましたが、分析結果では想定していたほど大きな変化は出てきませんでした。思うような結果が得られなかったとき、石山先生が「そんなにきれいに結果が出ていたら、うそっぽいじゃないですか。きちんと効果測定ができている証拠だと思います。そのことを伝えていきましょう」と仰ったことがとても印象に残っています。私たち自身が結果に向き合うマインドセットを、石山先生に示していただきました。
伊達:
データを活用するときに重要なスタンスの一つとして、データに謙虚になることが挙げられます。言うまでもなく、データは神様ではないので、全ての真実がデータにだけあるというわけではありません。
しかし、データに謙虚になることで、自分たちを改善することができるメリットがあります。自分たちの活動を振り返ることができるのです。これがデータの持つ魅力ではないでしょうか。
自分たちを改善するためには、疑いを持つ必要があります。自分たちが正しいという前提でデータを見てしまうと、自分が信じている答えしか浮かんできません。自分たちの実践を変えることも辞さないという準備を整えた状態で、分析結果を見ていきます。そうすることで、改善の余地があるところが見えてきます。
企業の研修効果測定においても、「効果が出ていない」という結果が出るケースはあります。しかし、これはあくまで全体傾向であり、全員に効果が出ていないわけではありません。効果が出ている人もいます。
そこで、効果が出ている人と出ていない人の違いを見ていくことで、今後、効果を高めるためのヒントが得られます。これにより、データ分析が実践を前に進めることができます。
より細分化して分析していきたい
伊達:
今後、取り組んでいきたいことについてお聞かせください。既に取り組み始めていることでも構いません。
西川:
最初にアンケートの短縮版を作ることです。データをとることは意味があるものとして捉えていますが、取られる側には負担になります。回答者が気持ちよく協力したいと思えるようなアンケートにしたいと考えています。
伊達:
回答する方にとっても、それを設定する方にとっても、特に調査を継続的に行うとすれば、アンケートの短縮化は必要ですよね。
西川:
加えて、今回の結果は現時点では「変化があった」で終わっていますが、今後はプログラム改善に繋げていく必要があります。例えばフィールドスタディのなかにも、実施形態や訪問先、参加者層の役職の違いなど様々な組み合わせがあります。こうした要素を考慮しながらより細かく分析することで、ターゲットに応じてさらに変化を生み出しやすいプログラムを提案できると考えています。また「実際にどのような行動に繋がっているか」という定性的な部分も今後は取っていきたいですね。
伊達:
1回限りのイベントとして終わってしまわずに、持続できるかどうかは大事ですね。効果を測定することが、プログラムの価値を引き上げることにもつながっていくかもしれません。
新事業のターゲット設定に活かす
小沼:
共感VRでは、分析結果を踏まえて「どのような学校でどのようにプログラムを実施するのが良いのか」という議論が活発化しました。例えば大きな変化が見られなかった結果を受け、「既に社会課題によく触れている学校では、プログラムの効果が低いのではないか」という仮説が生まれました。それよりも、まだ社会課題をあまり授業で取り扱っていない学校で実施したほうが、私たちのプログラムの価値が発揮される可能性があるわけです。
例えば高校生向けに実施しているクロスブリッジなどその後の取り組みでも、既に積極的に活動している学生にはプログラムの効果が限定的かもしれないと思うようになりました。「関心はあるけれど、まだ行動に移せていない層」が、むしろプログラムの対象ではないかということです。このように新規事業の対象を明確に定義することができたのは、分析結果から導き出された大きな成果だと思います。
分析結果を踏まえて明らかになったことに、「プログラムの効果を適切に評価すべきだ」という観点もあげられます。長期的なプログラムと比較すると、共感VRの効果は必ずしもインパクトが大きくないものでした。そのため、共感VRを単体で実施するのではなく、他の施策の中に組み込んで、複合的に実証していくことが重要だと捉えて事業を推進するようにもなりました。
現在、企業向けに共感VRプログラムを展開する際には、プログラムを単体で導入してもらうのではなく、サステナビリティ関連の取り組みの一環として活用いただき、他の施策とセットで展開していくことが大切だと考えています。分析を通じて複合的なアプローチの有効性に気づけました。
伊達:
思うような効果が出なかったところから、それだけの分析とアクションを導き出されたのですね。感銘を受けました。効果が出ていないことが持つ意味を丁寧に検討し、前向きに活かしていこうとする姿勢はすばらしいですね。
小沼:
クロスフィールズは「社会課題を自分事化する人を増やす」というミッションのために活動している非営利組織であり、いくら顧客満足度が高く事業として成功していても、ビジョン・ミッションの実現に効果がなければ意味がないという信念を明確に持っていることが大きいと思います。
ソーシャルセクターでのデータ活用の可能性と注意点
伊達:
最後の質問です。社会課題の自分事化を含めた活動に、データ分析や研究知見を活用していく可能性について、今後やってみたいことや魅力、可能性を感じているところがあれば教えていただきたいです。
西川:
これまでの活動の価値を社会に発信していくことが、ソーシャルセクターでもっと広まると良いと考えています。「自分たちだけで社会を変えている」という自認で終わらずに、客観的な目も入れながらデータを取って分析していくことは、セクター全体として大切だと思います。
伊達:
データには、客観的・定量的に示すことで結果の確からしさを感じてもらえる側面と、データを活用しながら真摯に実践に向き合っていることが伝わる側面の両方がありますね。つまり、データそのものが持つインパクトと、データと向き合いながら実践を良くしようとしていることがもたらすインパクトの両方がありそうです。
小沼:
政治の分野ではエビデンスに基づく政策立案(EBPM)の考え方が言われ始めていますが、NPOでもエビデンスに基づいて社会課題解決を行う時代が来るのではないかと感じます。私たちもそれに向けたスタート地点に立ったという感覚です。
データを使って活動をブラッシュアップし、対外的に発信することには価値があります。
一方で数値指標だけが先行すると、現場の活動がゆがむ可能性も孕んでいます。KPIの達成だけを目指すと現場は実行しやすいことのみ行い、本質的な課題解決からずれていく危険性があるのです。
このような事態を防ぐためにも、社会課題解決の担い手が主導してエビデンスに基づく事業や活動を進めることが望ましいのではないでしょうか。真摯にデータに向き合いながら、適切に活用していく必要性を感じました。
伊達:
データの活用方法によって、開ける世界は異なります。自分たちを変えるためにデータを使うことが前提として大事だと感じました。自分たちの実践や考え方を少しでも良くしていくためにデータを活用すると、本当の意味でのリターンが得られるはずです。