2024年4月22日
シャーデンフロイデ:他者の不幸を喜ぶ感情との向き合い方
シャーデンフロイデは、他者の不幸や失敗を喜ぶ感情のことを指します。一見するとネガティブで倫理的に問題のある感情です。
しかし、シャーデンフロイデは一部の人だけが経験する特殊な感情ではありません。むしろ、ある条件下では自然に生じる感情です。
シャーデンフロイデは、私たちの日常生活の中で身近に見られる現象です。個人の興味やグループへの脅威など、様々な要因に影響を受けて生じることが分かっています。
本コラムでは、シャーデンフロイデに関する研究を紹介しながら、この感情の特徴や影響について考察します。シャーデンフロイデとうまく付き合えば、より良い意思決定や自己理解につなげることができるかもしれません。
シャーデンフロイデは、私たちの感情の一部として存在しており、それをどのように扱うかが重要になってきます。
シャーデンフロイデは身近な現象
シャーデンフロイデは、身近な場面で見られる現象です。一例として、スポーツ観戦の場面を考えてみましょう。国際的なサッカーの大会を背景に、主に他国の不幸を喜ぶ感情であるシャーデンフロイデについて、オランダ人を対象に調査が行われました[1]。
調査の結果、まず、サッカーに対する関心が高い人や、自国チームの敗北によって劣等感を感じている人ほど、ライバル国(ドイツやイタリア)の敗北に対してシャーデンフロイデを強く感じることが明らかになりました。自分の興味や価値観と結びついた対象に対して、より強い感情を抱きやすいのです。
また、ライバル国が自国より優れていると感じている場合や、ライバル国の敗北が正当なものだと感じている場合にも、シャーデンフロイデが強くなりました。相手に対する優越感や正当性の認識が、シャーデンフロイデを後押しすると考えられます。
これらの要因をさらに詳しく調べたところ、サッカーに対する関心が低い人は、状況によってシャーデンフロイデの感じ方が変わりやすいことが分かりました。例えば、正直さや率直さが重視される状況では、イタリアに対するシャーデンフロイデが減る一方で、ドイツに対するシャーデンフロイデが増えました。状況によって、シャーデンフロイデの対象や強さが変化し得ます。
この研究から、シャーデンフロイデは個人の興味やグループへの脅威など、様々な要因に影響を受ける感情であることが理解できます。シャーデンフロイデは、私たちの日常生活の中で身近に生じる感情であり、その生起にはいくつかの要因が絡んでいます。
一部の人だけの現象ではない
シャーデンフロイデは一部の人だけが感じる特別な感情ではありません。特定の条件下で起こりやすい感情であることが指摘されています。具体的には、例えば、次の3つの条件においてシャーデンフロイデが生じやすいとされています[2]。
- その不幸から利益を得る場合:例えば、競争相手のグループの失敗によって自分のグループの成績が上がる場合が挙げられます。特に自分のグループへの帰属意識が高い人にとって、シャーデンフロイデが生じやすくなります。自分にとって重要なグループの利益につながる不幸は、シャーデンフロイデを引き起こしやすいのです。
- 他者の不幸が当然の結果である場合:例えば、偽善者の不幸は当然の結果として受け止められ、シャーデンフロイデを生み出します。学術的な不正行為を減らすことを目指す組織のメンバーが、皮肉にも盗用の罪で告発された場合、人はそれを当然の結果と捉え、シャーデンフロイデを感じることが示されています。不幸の対象者の行動や性質が、不幸を招いたと認識される時、シャーデンフロイデが生じます。
- 羨ましい人に不幸がおそった場合:羨ましい人が苦しむ時、その不幸は当然のことと捉えられ、シャーデンフロイデが生じやすくなります。また、羨ましい人の不幸は、羨ましさによる嫌な感情からの解放や、自己評価の向上をもたらす可能性もあります。相手への羨望が強いほど、その人の不幸に対するシャーデンフロイデも強くなり得ます。
シャーデンフロイデは、私たちの感情の一部として存在しており、特定の条件下で顕在化します。シャーデンフロイデは、誰にでも多かれ少なかれ起こり得る感情です。組織においても、例えば、競争が起こる状況、不当な扱いを受けた同僚への共感、優秀な同僚への嫉妬など、様々な状況でシャーデンフロイデが生じ得ることを想定する必要があります。
意思決定の質に影響を与える
シャーデンフロイデが意思決定に与える影響について複数の実験が行われています[3]。それらの実験では、シャーデンフロイデという感情について少し考えさせられる結果が得られています。
具体的には、シャーデンフロイデを感じると、保守的で妥協した選択をする傾向が高まることが明らかになりました。シャーデンフロイデによって、安全な選択肢を志向する傾向が生まれています。
特に、シャーデンフロイデを感じさせる状況に置かれた人は、感情の原因が明確でない場合に、妥協した選択をする一方で、原因が明確な場合にはその傾向が弱まりました。
シャーデンフロイデが意思決定に影響を与えるメカニズムも調べられましたが、シャーデンフロイデを感じると、自分に不利な結果が起こることへの予測が高まり、安全な選択をするようになることが示されました。シャーデンフロイデにより、自分にとってのリスクに敏感になり、慎重な判断を下すのでしょう。
これらの結果から、例えば、組織変革の途上など、従業員の感情が不安定になりやすい状況では、シャーデンフロイデが意思決定に与える影響が大きくなると考えられます。そのため、従業員の感情面に寄り添い、適切なサポートを提供することが重要になりそうです。シャーデンフロイデが意思決定に与える影響を理解し、適切に対処することが求められます。
シャーデンフロイデの厄介な効果
良いのか悪いのか判断が難しく、また厄介な効果とも言えますが、シャーデンフロイデには、私たちの自己イメージを高める作用があります。シャーデンフロイデが自己イメージの向上にどのように影響するかを探った研究を紹介します[4]。
この研究では、4つの実験を通して、シャーデンフロイデが自尊心、コントロール感、所属感、人生の意味など、自己イメージを形作る基本的な心理的欲求の満足度にどう影響するかを調べています。他者の不幸を喜ぶことが、自分自身の価値や存在意義にどのような影響を与えるのかを探ったのです。
実験の結果、競争状況ではシャーデンフロイデがより強く感じられ、自尊心、コントロール感、所属感、人生の意味の満足度が高まることが示されました。また、シャーデンフロイデがこれらの変数の関係を媒介することも明らかになりました。
他者の不幸を喜ぶことで、自分の価値や存在意義を確認できるようです。競争相手の不幸を喜ぶことが、自分を意味のある存在で、重要で、力を持ち、社会とつながっていると感じさせます。
組織としては、これらの欲求を理解した上で、他者の不幸に頼ることなく、より建設的な方法でそれらを満たせる職場環境を整備することが求められるでしょう。シャーデンフロイデに頼らずに、自己イメージを高められる環境づくりが重要になります。
ロボット相手でも不幸を喜ぶ
ここで一つ、シャーデンフロイデをめぐる興味深い研究に触れておきましょう[5]。人間とロボットがチームを組んで協力や競争をする際に、シャーデンフロイデは発生するのかを調べた研究です。
研究では、人間同士のチームと、人間とロボットのチームを対象に、複数の実験が行われました。そうしたところ、初めに、人間同士のチームでは、自分のチームメンバーに対する共感が強く、他チームのメンバーの不幸に対してシャーデンフロイデを感じる傾向があることが示されました。
ここまでの議論からすれば、違和感のない結果でしょう。人は、自分のグループに対して強い感情的つながりを感じ、他のグループの不幸を喜ぶということです。
関心を引くのはここからです。人間とロボットのチームでも、同様の集団間バイアスが見られました。すなわち、チームメンバーであるロボットに対する共感が強く、他チームのロボットの不幸に対してシャーデンフロイデを感じるのです。人間は、ロボットに対しても、自分のチームに所属しているかどうかで感情的な反応が変わるということです。
また、ロボットの外見の人間らしさは、集団間バイアスの強さに影響しませんでした。ロボットが人間らしい外見を持っているかどうかよりも、そのロボットが自分のチームに所属しているかどうかが、共感やシャーデンフロイデに影響を与えたと考えられます。ロボットとの関係性が重要だと言えます。
この研究は、人間とロボットの協力や競争において、人間同士の場合と類似した社会的なダイナミクスが生じることを示しており、ロボットをはじめとした高度なテクノロジーを組織に導入する際の重要な知見となり得ます。人間とロボットの関係性を考える上で、シャーデンフロイデのような感情的な反応にも目を向ける必要があります。
例えば、採用AIを提供する組織の業績悪化は、候補者のシャーデンフロイデを引き起こす可能性があります。AIによって不合格の判定を受けた候補者は、そのAIを提供する組織の業績悪化を知ることで、「あのような会社のAIに評価されて不合格になるのは当然だ」と考え、シャーデンフロイデを感じるかもしれません。
これは架空の一例にすぎませんが、今後、人間とテクノロジーのインタラクションにおけるシャーデンフロイデの影響を、様々な場面で考慮する必要があるでしょう。人間とテクノロジーの関係性が深まるにつれ、シャーデンフロイデのような感情的な反応にも注目することが必要になってくると思われます。
シャーデンフロイデとの向き合い方を考える
シャーデンフロイデに関する研究を紹介しながら、この現象の特徴や影響について検討してきました。私たちは、シャーデンフロイデとどのように向き合えば良いのでしょうか。
良い面に目を向ければ、シャーデンフロイデは組織の結束力を高める役割を果たすかもしれません。競合他社の失敗を喜ぶ気持ちを社内で共有することで、一体感や連帯感が高まる可能性があります。共通の感情を分かち合うことで、組織のメンバー同士の絆が深まるのです。
しかし、すぐに想像できる通り、これは諸刃の剣です。部門間の対立を生むなど、組織の分断につながる恐れもあります。例えば、営業部門が他社との契約に失敗した時、開発部門がシャーデンフロイデを感じるとすれば問題です。他部門の不幸を喜ぶことで、部門間の溝が深まってしまうかもしれません。
とはいえ、シャーデンフロイデが自尊心やコントロール感、所属感、存在意義を高めていたことを考えると、一概に悪いと切り捨てることもできません。あるいは、そもそもシャーデンフロイデを完全になくすことなどできないとも言えます。人間の感情の一部として、シャーデンフロイデは存在し続けるでしょう。
むしろ、シャーデンフロイデを適度に経験することで、自己に対するポジティブな評価を維持できるのかもしれません。やや危うい方法ではあると感じますが、適度なシャーデンフロイデが、自己イメージを支える役割を果たす可能性があります。
シャーデンフロイデを資源と捉える方向性もあり得ます。シャーデンフロイデは自己認識を深めるきっかけになります。シャーデンフロイデを感じた時、なぜそのような感情が生じたのかを内省することで、自分自身への理解を深められるかもしれません。
例えば、同僚が昇進試験に失敗した時、その不幸を喜ぶ自分の感情に気づいたとします。「なぜ、そのような感情が生じたのか」を内省することで、同僚に対する嫉妬や競争心など、自分の中にある感情に気づくことができるかもしれません。
また、自分が昇進に対して持つ価値観に気づくかもしれません。シャーデンフロイデを自己理解のきっかけとして活用できる可能性があります。
シャーデンフロイデは、私たちの感情の一部であり、それ自体を頭ごなしに否定するアプローチはあまり現実的ではないと考えられます。シャーデンフロイデとうまく向き合い、ポジティブな方向に活用していきたいところです。
脚注
[1] Leach, C. W., Spears, R., Branscombe, N. R., and Doosje, B. (2003). Malicious pleasure: Schadenfreude at the suffering of another group. Journal of Personality and Social Psychology, 84(5), 932-943.
[2] Smith, R. H., Powell, C. A., Combs, D. J., and Schurtz, D. R. (2009). Exploring the when and why of schadenfreude. Social and Personality Psychology Compass, 3(4), 530-546.
[3] Kramer, T., Yucel-Aybat, O., and Lau-Gesk, L. (2011). The effect of schadenfreude on choice of conventional versus unconventional options. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 116(1), 140-147.
[4] Brambilla, M., and Riva, P. (2017). Self‐image and schadenfreude: Pleasure at others’ misfortune enhances satisfaction of basic human needs. European Journal of Social Psychology, 47(4), 399-411.
[5] De Jong, D., Hortensius, R., Hsieh, T. Y., and Cross, E. S. (2021). Empathy and schadenfreude in human-robot teams. Journal of Cognition, 4(1), 1-19.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。