2024年4月15日
東京海上日動システムズ株式会社|採用と育成を連動させるデータ活用
(左から)東京海上日動システムズ株式会社 人事部 北野順嗣様、滝本絵理様、竹内真里子様、株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役 伊達洋駆
東京海上グループのIT戦略の中核を担う東京海上日動システムズ株式会社。同社は採用と育成を連動させ、入社後の定着や活躍を考慮した採用プロセスを構築するなど、先進的な取り組みを進めています。
ビジネスリサーチラボは同社に対して2016年から内定者調査、2020年から若手社員調査を提供しています。同社 人事部の北野様、竹内様、滝本様に、これまでの調査とその活用についてお話を伺いました。
社員へのインタビューから始まった
伊達:
貴社では内定者調査と若手社員調査を支援しています。内定者調査は貴社の内定を受諾した方と辞退した方を対象にしたサーベイ、若手社員調査は入社後数年の社員の方々を対象にしたサーベイです。
貴社との取引が始まったのは2016年からで、もう8年ほどが経過しています。竹内さんは当初から関わっていらっしゃいましたよね。どのようなきっかけで弊社にご相談いただいたか、改めて教えていただけますか。
竹内:
はい、最初は「採用学」(現 神戸大学大学院の服部泰宏先生とビジネスリサーチラボが共同で立ち上げたプロジェクト)がきっかけでした。弊社の人事担当者の一人が服部先生の講演を聞きに行った後、貴社のメルマガを読ませていただくようになりました。
実は、内定者調査を貴社にお願いする前に、貴社と一緒に「何ができるか」を模索するため、弊社の社員に対するインタビュー調査から依頼しましたよね。
伊達:
そうですね。入社後の活躍に影響を与える要因を考えようということで、社内の状況を理解するために、どのような人がいて、どのように働いているかをヒアリングしました。
竹内:
インタビュー調査の中で、発見の一つとして、学生時代にITに対して自分なりに理解をしていて、興味・関心を持っていた社員ほど、その後も活躍しているという傾向が見えてきたのを覚えています。
伊達:
ITに対する理解が自分なりに出来ているのは重要で、その後の業務内容に適応しやすいのですよね。入社後1年目の適応が長期的なキャリアに影響を与えるという研究もあります。最初に依頼をいただいたのが採用そのものではなく、入社後の視点が含められた調査だったのは、今から振り返ると興味深いところです。
若手が定着する理由を模索する
伊達:
貴社からは若手社員調査もご相談いただいています。こちらについては、どのような背景がありましたか。
滝本:
弊社は比較的高い定着率にありましたが、2020年から本格的に若手社員調査を実施しようということになりました。定着している理由や要因を理解しようという狙いがあったからです。
伊達:
確かに、貴社は他の会社と比べると、離職率が決して高くはなく、むしろ非常に低い部類に入るのではないかと思います。
北野:
全社員で見ると確かに離職率は低いのですが、一時、若手社員の離職率が多少気になることもありました。
滝本:
はい、気になる傾向があったのも事実です。
北野:
そこで、若手社員が直面している課題やニーズを、若手社員調査によって明らかにしたいと考えたわけです。
伊達:
特に近年、大企業からの若手社員の離職・定着に関するご相談が増えています。
北野:
そうなのですね。
伊達:
この背景にはいくつかの理由があります。例えば、以前ほど会社に長く勤めることが社会的な規範ではなくなっています。また、インターネットを通じて転職の選択肢が可視化されています。
さらには、身近な人が転職する様子を見て、「自分も転職できそうだ」と感じるようになっていることも挙げられます。こうした要因が組み合わさり、若手社員の離職が問題視されるようになっています。一方で、社員が単に残れば良いわけではなく、いきいきと働けるような環境を提供することが大切ですね。
ところで、2020年に調査を始めたというのは、その前後で何か変化があったのでしょうか。
滝本:
2017年以降、内定者調査を開始してからしばらく経っていて、様々なデータが蓄積されてきました。それらのデータを用いて、定着に関する分析もできるのではないかという話になったのです。
伊達:
なるほど。データがたまってくると、様々な活用の可能性を模索できますよね。そのまま利用するだけではなく、そこまでの知見を通じて仮説を立てることもできます。
採用と育成の連携を強化する
伊達:
貴社の取り組みは、他の企業と比べると独特な部分があると感じています。一般的には、職場の問題を、例えばマネージャーの責任や育成の不足など、職場の中で完結させるのですが、それに対して貴社では、どのような層の人材を採用すれば長く活躍してくれるのか、リアリティ・ショックが関わっているのではないかなど、採用段階にも要因を求めています。この点は非常に珍しいと思います。貴社がこのような取り組みをできる理由をお聞かせいただけますか。
北野:
確かに難しい取り組みかもしれません。人事部としては、採用した人材がその後も会社に貢献し、成長していくことが重要だと考えています。
もちろん、弊社でも求めるレベルの人材を採用するだけの目線で活動している時期もありました。
しかし、優秀な人材を確保することは重要ですが、その先の入社後のリテンションや活躍などに目を向けることも採用の一環として捉え、採用と育成が従来以上に連携することで、入社した社員が抱いていたイメージに近い形で成長・活躍できるようになれば、結果として採用力も更に高まると考え、踏み込んで行きました。
伊達:
つまり、採用側から入社後へと関与を深めていったということでしょうか。
北野:
そういった側面ももちろんありますが、幸いにも育成側も同じような意識を持っていたことも大きいです。取り組みの理解を得やすかったですし、採用と育成双方で連携しながら効率的且つ自発的に進めることが可能になりました。
伊達:
採用の責任を、人材を獲得するところだけでなく、その人材が活躍するまでと捉える視点が、貴社の特徴なのかもしれません。そのことが、採用から育成までの一連の流れを大切にする姿勢につながっているのではないかと思います。
新たな発見と実践への落とし込み
伊達:
2016年から採用プロセスについて考え始め、2020年からは若手社員に焦点を当てた調査を行ってきました。この期間を振り返って、特に印象に残っている出来事や発見があれば教えてください。選ぶのが難しいかもしれませんが、どんなことでも構いません。
竹内:
直近の数年を振り返ると、私にとっては面接の中で見極め難い特徴的な傾向のお話が印象深いです。これまで全く考えたことがなかった観点で、内定者調査を通じて初めて気づくことができました。新しい考え方を知ることができたのは大きな発見でした。
伊達:
採用面接は特殊な場面であり、全ての人がその場で最大限の能力を発揮できるわけではありません。面接では目立たないものの入社後に能力を発揮する人もいます。
そのため、面接でのパフォーマンスだけで判断しないことが重要です。実際、社会的に評価される能力と本来の能力の間にギャップがある人もいます。こうした傾向にも注目しましたね。
滝本:
昨年の若手社員調査の結果は役に立ちました。貴社の分析をもとに、弊社の魅力を再発見し、入社後のミスマッチを減らすための策を考えることができました。分析結果を通じて人事部内での情報共有が進み、採用フェーズにおける施策を再考するきっかけになりました。
伊達:
データをただ受け取るだけではなく、それを基に対話を進め、実践的な示唆を引き出すことが大事です。各社のアプローチにはカラーがありますが、貴社はデータ分析から具体的な行動指針を導き出すことがうまいと感じます。これはデータを活用する多くの企業が挑戦していることですが、実践するのは容易ではありません。
なかには、データ分析の結果に過度に依存し、新たな視点での問題解決に進めないことがあります。例えば、「一次面接の満足度が低い」という事実をそのまま受け止めるだけでなく、その背後にある原因を探求し、改善策を検討する。こうした洞察と対策の検討が、データを有効に活用する鍵となります。
現状を知り、変化に対応する
伊達:
他に印象に残っていることはありますか。
北野:
内定者調査を通じて、内定者のモチベーションがどのタイミングで上がったり下がったりするかを見える化できたことは、私たちの採用活動にとって有益な示唆を与えてくれました。
モチベーションが変動する要因を分析し、具体的な対応策を検討できたので、採用の課題に対して効果的な手段を講じやすくなりました。例えば、説明会でどのような情報を提供すれば良いのか、リアリティ・ショックを防ぐための情報提供の方法など、改善策が見えてきました。
それに、内定者調査と若手社員調査の結果が相互にリンクしているのも印象深いです。採用において施策を打つ際に自信を持つことができます。
伊達:
分析結果を見ることで、採用の候補者や若手社員の人物像がより鮮明になりますよね。候補者や若手社員が何に喜び、何に心が動かされるのかを理解することによって、採用も育成も有効に進められます。深い人間理解が、分析を行う利点であり、醍醐味です。
北野:
また、私たちが取り組んでいる施策が現代の要請に合っているかどうか、その有効性を検証することもできています。時代に即した施策を実施しているか、あるいは見直すべきかを判断できるため、採用活動の効率化につながります。
伊達:
採用領域は他の人事領域と比べても変化が激しいですよね。特に過去10年間は大きな変化を経験しました。今後もテクノロジーの進化により、さらなる変化が予想されます。エントリーシートの扱いやオンライン化、ダイレクト・リクルーティングなど、採用活動は目まぐるしく変わっています。
竹内:
本当にそうですね。採用担当者として実感しています。
伊達:
変化が激しい中で、自分たちの施策が期待通りの効果を発揮しているかどうかを定期的に検証し、必要に応じて改善することが求められます。10年前の採用活動を今も続けていたら、不利な状況に陥るかもしれません。定期的に施策を見直し、変化に適応することで、時代に合った採用活動が可能になります。
北野:
それができている企業とできていない企業とでは大きな差が出てきますね。
伊達:
まさにそうです。新しい情報を取り入れ、試みを続け、その効果を検証することが、変化に対応していく上で不可欠です。これらのプロセスを習慣化できるかどうかが、中長期的に成否を分けます。
自社の強みに気づき、強化した
伊達:
人事領域のデータ活用においては、調査や分析を行うだけでなく、その結果をもとに考察し、対策を立て実行することが重要です。これまでに実行した対策の中で、「これはうまくいった」というものがあれば、教えてください。
北野:
たくさんあります。例えば、内定者調査ですが、弊社は内定を出す前後や選考プロセスで、学生の就職活動をサポートする情報を積極的に提供してきました。これが学生にとって大きな動機づけになっていることが確認できたので、さらに強化することにしました。その結果、受諾率が上がりましたね。
また、面接を通じたアプローチについても、学生に寄り添う形が非常に好評でした。これを面接官にフィードバックすることで、その強みを活かせるようになりました。
伊達:
とても興味深いですね。貴社らしいアプローチだと思います。
滝本:
私が印象に残っているのは、内定者調査において、「学生が企業選びに際して何を重視しているか」を明らかにしたことです。結果として、成長の機会を重視していることがわかりました。
これを受けて、「弊社に入れば、どのような成長が可能か」を伝える動画を作成し配信するなどの施策を実施しました。これらの施策の効果はまだ検証段階ではありますが、うまくいくのではないかと考えています。
伊達:
成長と一口に言っても大きく2つのパターンがあることも見えてきましたよね。難しいプロジェクトに挑戦することで急速に成長するパターンと、様々な制度を通じて着実にスキルアップするパターンです。
貴社は後者のタイプの成長をサポートしている点を強調すると良い、という話になったかと思います。急激な成長を望む学生もいますが、そうした機会を提供しにくいのであれば、リアリティ・ショックを回避する意味でも、成長の意味を明確に伝えるのが良いですね。
企業文化に合った採用プロセスを構築する
北野:
弊社では、現在は内定受諾の期限については、出来る限り柔軟な考えを持つようにしております。ただ、昔はそうではありませんでした。
竹内:
そうですね、最初は厳密な期限を設けていましたね。
北野:
初めは期限を設けていたのですが、その方針を変更しました。期限を厳密に管理した方が採用する上では都合が良い面もあります。一方で、内定者目線に立つと、ある程度柔軟に対応するのが好ましいと考えています。この変更が内定者にとって好評であることが、内定者調査から分かったのも大きかったです。
伊達:
分析結果があったからこそ、自信を持って方針を貫くことができていますね。
北野:
弊社と相性が合わない場合は早期に他の適した会社を探求していただく方が良いという考えも、調査の中から得られました。その方が弊社にとっても学生にとっても幸せではないかということです。これを受けて、選考プロセスの中で、本当に合う人だけが残るように工夫しています。
伊達:
採用では企業が候補者を選ぶだけではなく、候補者も企業を選んでいます。候補者が「この会社は自分に合うか」を判断するためには、適切な情報提供が必要です。しかし、この点に消極的な企業は少なくありません。
さらに、私は貴社の支援をさせていただく中で、企業文化に合った採用プロセスを構築することの重要性を感じています。例えば、柔軟で風通しの良い文化を持つ企業は、その雰囲気を採用プロセスに反映させることが効果的なのです。採用プロセスにおける体験を通じて、企業文化を理解することができます。
様々なデータを活用し、考察を掘り下げる
伊達:
ここまで様々な話を聞かせていただきました。最後に、「これからの取り組み」についてお伺いします。今後、試してみたいことがあれば教えてください。
北野:
私たちが今まで取り組んできた内定者調査や若手社員調査は継続していきたいと考えています。それに加えて、入社後の活躍を検証し、その傾向を採用プロセスに反映させて、人材の質を高める取り組みを掘り下げていきたいと思っています。時代の変化に応じて採用プロセスやスタイルをアップデートすることが重要だと思います。
伊達:
入社後のオンボーディングから活躍するまでのプロセスを見直し、どういう点が活躍への分かれ道になっているのかを明らかにすることで、採用や入社後のサポートに役立つ知見を得られると思います。まさに、2016年の目的を再訪するイメージですね。
滝本:
人事部には様々なデータがありますが、それを分析して施策に活かせるようにすることで、より良い結果を生み出せると思います。このような取り組みを積極的に行っていきたいという気持ちがあります。
伊達:
本分析においてはこれまで利用されていないデータを活用して、新たな課題に取り組むことが可能です。様々なデータを利用することで、新しい洞察を得ることができるかもしれません。
北野:
社内には貴重な情報が豊富にありますが、アクセスできる範囲が限られているなどの課題がありますが、情報共有を進めていきたいですね。
竹内:
確かに、全データにアクセスできるわけではありません。
北野:
情報がつながることで、採用から定着、活躍、育成に至るプロセスがより強く結びつき、効果的な取り組みが可能になるはずです。
データを介して人事部門の連携を深める
伊達:
職業柄、データ活用を進める人事の方とお話する機会が多いのですが、先進的な企業ほど、人事の理念を掲げています。その理念に基づいて、本当に必要な分析だけを行うのですよね。データ分析には、道徳的ジレンマをはじめとした倫理的な問題が顔を覗かせます。そのときに理念があると、ないのとでは、判断の精度が異なります。
北野:
弊社の人事部にもパーパスがありますね。それに沿わないことは行わないというのが基本です。
伊達:
パーパスがあるのはすばらしいことです。今後の分析の方針としても活用していきましょう。パーパスに基づいて進めれば、データ活用の社内調整も進めやすくなるはずです。
北野:
今後の取り組みという意味では、もう一つあります。育成をはじめとして人事部門の他のメンバーもどんどん巻き込んでいきたいです。それにより、採用、育成、活躍支援など、各人事プロセスがさらに結びついていくと思います。
滝本:
テーマを絞って、有益な知見を提供してもらえるチーム、あるいは、有益な知見を得られるチームの方に力を貸してもらいましょう。
北野:
最初は仮説を立てて、関係者を巻き込んでいくのが良さそうです。
伊達:
データを媒介にして人事部門の協力関係が深まれば、採用に限らず、様々な人事施策をより良いものにしていくことができますね。