2024年4月11日
新入社員の積極性を引き出す:スムーズな適応を促す取り組み
新入社員が組織に加わると、その組織特有の文化や価値観、仕事に必要な知識やスキルなどを学び、組織のメンバーとして溶け込んでいく必要があります。この適応プロセスを専門用語では「組織社会化」と呼びます。
実務の世界ではオンボーディングとも称される組織社会化。新入社員がスムーズに組織に受け入れられ、自分の役割を効果的に果たせるようになるには、組織社会化が不可欠です。
近年の研究では、組織社会化における個人と組織の相互作用に注目が集まっています。特に、組織が新入社員の適応を助けるために行う「社会化戦術」と、新入社員自身が自発的に行う「プロアクティブ行動」の役割が鍵を握っていると考えられています。
本コラムでは、社会化戦術とプロアクティブ行動の関係性について、いくつかの研究成果を紹介しながら探っていきます。また、企業が実践できる社会化戦術についても提案し、新入社員の適応プロセスをどのように支援できるかを検討します。
社会化戦術とプロアクティブ行動とは
改めて定義を確認しておきましょう。組織社会化とは、新入社員が組織の一員として求められる役割を果たすために必要な知識やスキルを身につけ、職場の文化になじんでいくプロセスを指します[1]。
このプロセスにおいて、新入社員は組織の価値観や目標、特有の言葉づかい、歴史などを学び、仕事の進め方、人間関係や権力構造などを理解していきます[2]。組織社会化は、企業文化を引き継ぎ、新入社員が「その会社の人らしく」考えて振る舞えるようになるメカニズムだと言えます。
社会化戦術とは、企業が新入社員の適応を助けるために行う方法や取り組みのことです。これには、制度的な戦術と個別的な戦術の2種類があります。
制度的な戦術は、新入社員向けの体系的な教育、適応のスケジュールを明確に設定したり、手本となる先輩社員を付けたりすること、さらには、前向きなフィードバックを与えるなど、組織主導で社会化を進めます。
対して、個別的な戦術は、新入社員とその場その場で関わりながら社会化を進めるやり方です。これまでの研究によれば、制度的な戦術の方が個別的な戦術よりも、新入社員の適応に有効であることが示されています[3]。
プロアクティブ行動とは、新入社員が自分の適応プロセスを積極的に進めようとする行動のことです。自ら進んで情報を集めたり、フィードバックを求めたり、上司や同僚と良い関係を築こうとしたりするなど、未来志向で変化を生み出そうとするさまざまな取り組みが含まれます[4]。
社会化戦術とプロアクティブ行動は、実際にどのように組織社会化、すなわち新入社員の適応に影響するのでしょうか。以降、主な研究知見を取り上げていきます。
社会化戦術の「制度化」が鍵
韓国の7つの企業を対象に、新入社員の組織適合度と社会化戦術の関係を調べた研究があります[5]。ここにおける組織適合度とは、個人と組織の主観的なマッチング度合いであり、専門的にはP-Oフィットと言われます。
調査の結果、制度化された社会化戦術を用いるほど、新入社員の組織適合度が高くなることがわかりました。組織が計画的で体系的な方法で社会化を進めるほど、新入社員は組織とうまくマッチすると感じるようになるのです。
さらに、研究では新入社員のプロアクティブ行動が組織適合度に与える影響も検討しています。物事の良い面に目を向ける傾向が強い新入社員ほど、制度化された社会化戦術による組織適合度の向上効果がより顕著でした。ポジティブな枠組みで解釈する新入社員ほど、組織の社会化戦術に良い反応を示し、適応がスムーズに進むと言えます。
また、上司や同僚との関係構築について、興味深い結果が得られています。上司と親密な関係を築くほど、制度化された社会化戦術と組織適合度の関係は弱まる一方で、同僚との交流に関しては関係が強まりました。
上司との密接な関係は制度的な社会化戦術の必要性を下げます。しかし、同僚との交流は組織文化の理解を深め、制度的な社会化戦術の効果を補完するのかもしれません。
研究からは、制度化された社会化戦術が新入社員の組織適合度を高める上で重要であることがわかります。制度化された社会化戦術が新入社員のプロアクティブ行動に与える影響をさらに掘り下げたいと思います。
社会化戦術がプロアクティブ行動を後押し
先ほどより少し複雑ですが、新入社員の自己効力感(「自分にはできる」という感覚)と社会化戦術が、プロアクティブ行動と組織社会化にどのように影響するかを調べた研究を紹介します[6]。
カナダの大学の産学連携プログラムに参加した140人の学生を対象に、4ヶ月間のインターンシップ期間中に2回、質問紙調査を実施しています。
この研究では、自己効力感と社会化戦術が、新入社員のプロアクティブ行動を促し、それが仕事の習得度、役割の明確さ、組織適合度、満足度、コミットメントなどの組織社会化の成果につながることがわかりました。
注目すべきは、制度化された社会化戦術が、もともとプロアクティブ行動が少ない新入社員により強く影響するという結果です。自発的に情報を集めたり人間関係を築いたりするのが苦手な新入社員ほど、組織からの計画的なサポートに頼る傾向が強いことを示唆しています(一方、もともとプロアクティブな新入社員は、制度的な社会化にあまり頼らないため、その影響力は比較的弱くなります)。
この研究は、新入社員の適応において、本人の特性と組織の社会化戦術の両方が重要だということを教えてくれます。特に、プロアクティブ行動が少ない新入社員の社会化を進めるには、制度化された戦術が効果的です。
制度化された社会化戦術がプロアクティブ行動に与える影響について、新入社員の情報収集行動に注目し、詳しく見ていきましょう。
社会化戦術が情報を得る行動を支える
イギリスの軍事組織の新人を対象に、組織の社会化戦術と新入社員の情報収集行動が、新入社員の態度形成にどのように関連するかを調べた研究があります[7]。入隊時と8週間後の2回、質問紙調査を行い、組織社会化の詳細を実証しています。
研究では、制度化された戦術が新入社員の情報収集を促し、それが仕事満足度や組織コミットメントにつながることがわかりました。具体的には、役割、社会的側面、組織の知識、人間関係など、様々な情報収集の分野で、制度的な社会化戦術が新入社員の学びを後押ししたのです。
制度化された社会化戦術が新入社員の情報収集を高めるのは、なぜでしょうか。例えば、公式の研修プログラムや先輩社員との面談など、情報源へのアクセスを提供することで、新入社員の情報探索行動を促せます。
制度化された戦術がなされていると、新入社員の役割や業務に関連する実践的な情報が提供されるため、新入社員はその価値を認識しやすく、情報収集の意欲が高まります。
先輩社員からの直接指導によって、効率的に情報を吸収し、理解も深められます。明確な学習目標や段階的なプロセスは、新入社員の成長実感を高め、情報収集への意欲を高めるのでしょう。
また、組織が公式的な社会化プロセスを用意していることで、新入社員は情報を求めることが期待され、許容されていると感じ、積極的に情報収集を行うようになります。
他にも、新入社員の情報収集行動が、社会化戦術と新入社員の態度をつなぐ、架け橋のような役割を果たすことも明らかになりました。制度的な社会化戦術が新入社員の情報収集を促し、その情報収集が仕事満足度や組織コミットメントの向上につながるという流れが示唆されたのです。
ここまで取り上げてきた3つの研究から、どのような示唆が得られるでしょうか。まとめてみましょう。
社会化戦術とプロアクティブ行動の関係
これまでに見てきた研究は、社会化戦術、特に制度化された戦術が新入社員の適応に重要であることを示しています。
「組織が適応の手助けをしすぎると、新人の積極的な行動が制限される」という懸念は、エビデンスからは支持されなかったと言えます。むしろ、うまく設計された社会化プロセスは、新入社員が組織内の役割を理解し、積極的に適応することを後押しします。
例えば、1つ目の研究では、制度化された戦術が組織適合度を高め、新入社員のポジティブな捉え方や人間関係構築がその関係を調整することが明らかになっています。これは、組織の行動(制度的な社会化戦術)と新入社員の反応(プロアクティブ行動)が、組織とのマッチングに影響することを示しています。
2つ目の研究は、新入社員の自己効力感と組織の社会化戦術が、プロアクティブ行動と組織社会化を促進することを示しました。特に、プロアクティブ行動の少ない新入社員に対する制度的な社会化戦術の影響力の大きさは、個々の特性に合わせた社会化戦術の必要性を示唆しています。
3つ目の研究では、新入社員の情報収集が社会化戦術と態度をつなぐ架け橋のような役割を果たすことが分かりました。新入社員が組織に適応するためには、役割や文化に関する情報を積極的に集めることが求められます。制度化された戦術は、そのような情報収集を促し、新入社員の満足度やコミットメントを高める効果があります。
これらの研究結果は、新入社員の適応における組織の役割の重要性を浮き彫りにしています。特に、制度化された戦術を適切に実施することで、新入社員が組織の価値観や期待に適応し、積極的に貢献するための土台を作ることができます。
これは、新入社員が組織内でうまく振る舞うためのサポートを提供することが、かえって制約や自由の喪失につながるわけではないことを意味します。むしろ、組織と個人の両方にとって望ましい結果を生み出すための効果的な方法です。
制度化された戦術を実施するために
研究知見を踏まえると、組織が新入社員の適応を効果的に支援するには、制度化された戦術を積極的に取り入れることが重要だと言えます。では、具体的にどのような方法が考えられるでしょうか。いくつかの施策を紹介します。
- 新入社員向けのオリエンテーションを整備し、企業のビジョン、文化、期待される行動規範などを伝えます。プレゼンや冊子の配布などを活用し、先輩社員をオリエンテーションの講師に起用するのも良いでしょう。
- 新入社員一人ひとりに、経験豊富な社員をメンターとして付けましょう。メンターは新入社員の適応をサポートし、必要なスキルや知識の習得を助けます。メンタリングを社員の成長とキャリア開発の機会と位置づけ、日常業務の一部に組み込みます。
- 新入社員同士をつなげ、経験や学びを共有し合う場を設けます。新入社員は組織の社会的側面により早く適応し、情報収集やフィードバックを積極的に行うようになります。オンラインミーティングを活用すれば、場所に縛られずに実施できます。
- 業務で起こりうるシナリオをもとにした、ロールプレイやケーススタディを取り入れるのも一策です。新入社員が対処法を学び、組織の期待に沿った行動を身につけられます。先輩社員や管理職がケースを作成し、進行役を務めることができます。
- 新入社員が定期的にフィードバックを受け取れる機会を設けます。1対1のミーティングをうまく活用しましょう。スケジュールにこれらの時間を組み込むと確実に実施できます。
これらの施策は、新入社員が早く組織の一員として機能し始め、文化に溶け込むためのサポートを提供します。新入社員が積極的に情報を収集するための行動を取れるように奨励しましょう。
組織社会化は、新入社員と組織の双方にとって重要なプロセスです。新入社員の適応を支援することは、組織のパフォーマンスにも関連することです。本コラムで紹介した研究知見と実践例が、皆さんの組織における新入社員の社会化戦術を考えるヒントになれば幸いです。
脚注
[1] Van Maanen, J. and Schein, E. H. (1979). Toward of theory of organizational socialization. Research in Organizational Behavior, 1, 209-264.
[2] Chao, G. T., O’Leary-Kelly, A. M., Wolf, S., Klein, H. J., and Gardner, P. D. (1994). Organizational socialization: Its content and consequences. Journal of Applied Psychology, 79, 730-743.
[3] Jones, G. R. (1986). Socialization tactics, self-efficacy, and newcomers’ adjustments to organizations. Academy of Management Journal, 29(2), 262-279.
[4] Ashford, S. J. and Black, J. S. (1996). Proactivity during organizational entry: The role of desire for control. Journal of Applied Psychology, 81(2), 199-214.
[5] Kim, T. Y., Cable, D. M., and Kim, S. P. (2005). Socialization tactics, employee proactivity, and person-organization fit. Journal of Applied Psychology, 90(2), 232-241.
[6] Gruman, J. A., Saks, A. M., and Zweig, D. I. (2006). Organizational socialization tactics and newcomer proactive behaviors: An integrative study. Journal of vocational behavior, 69(1), 90-104.
[7] Cooper-Thomas, H., and Anderson, N. (2002). Newcomer adjustment: The relationship between organizational socialization tactics, information acquisition and attitudes. Journal of occupational and organizational psychology, 75(4), 423-437.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。