2024年4月9日
協力が循環する組織:利他行動の研究知見から
見返りを求めずに見知らぬ他者を助ける行動は、研究領域では利他行動や向社会的行動といったテーマで扱われています。人間を特徴づける行動として注目されており、それを支える要因を明らかにする研究が行われてきました。近年では、さまざまな学問領域に渡る学際的な研究も進められています。
本コラムでは、利他行動に関する研究成果を紹介し、ビジネスの文脈での応用可能性について考察します。利他行動は社会生活の中で頻繁に見られる現象であり、これを理解することはビジネスシーンでの洞察を深めることにつながります。
利他行動の定義について
利他行動は、見返りを期待せずに他者を支援する行為として理解され、その範囲はボランティア活動や募金など多岐にわたります。職場でも見られるもので、例えば「自分の部下ではない若手社員に対して、業務や会社の文化を教える」といった行動は、その若手社員のためを思っての振る舞いであれば利他行動と言えそうです。
こうした行動は、研究分野によって異なる側面から定義されています。例えば、心理学では利他行動を「他者のためになることを目的として自発的に行われる、内発的に動機づけられた行為」と捉え、動機の種類やそれに影響を与える要因を探求することに焦点を当てます[1]。
一方、進化理論では、行動の結果のみに注目し、その行動が行動主体にはコストをもたらしながらも他者に利益をもたらすことを強調します[2]。これらの定義は、利他行動が持つ多面性を示しています。
このコラムでは、利他行動を「自己のコストを払ってでも他者の利益を増やす行為」と捉え、その意義とビジネスや日常生活への応用可能性について探ります。
利他行動の動機は区別が難しい
利他行動の背後にある動機を理解することは、単に学術的な興味を超えて、ビジネスシーンにおいても重要な意味を持ちます。
例えば、他者を助ける行為は組織内の効果的な協力やチームワークの基盤であり、「なぜ同僚が他者のサポートに積極的なのか」を理解することができれば、彼らの動機や価値観に合わせた効果的なチーム構築ができ、サポートの循環を生み出すことにも繋げられるでしょう。
ただし、実際には、人々が行う利他行動の真の理由を明らかにすることは難しく、時には本人でさえその動機を完全には理解していないかもしれません。他者の行動について何かしらの動機が想像された場合でも、それはあくまで可能性の一つとして考えておくのが良いと思います。
例えば、誰かが他人を助ける行動を見せた時、その行為が純粋に他者を思いやる気持ちに由来するものなのか、それとも良い人だと思われたい、良い社会的評価を得たいという欲求に由来するものなのかを区別するのは容易ではありません。
利他行動の基になる動機はいくつかの要素の組み合わせや、さらに複雑な心理的プロセスの結果として生じる可能性があります。
このような理解は、私たちが他人の行動を評価する際に、より慎重になることを促します。利他的な行動を見せる人に対して単純に「彼らはただの善人だ」とか「彼らは自分の利益のためにそれをしている」といったラベルを貼るのではなく、人間の行動が持つ多様性と複雑性を認識することが大切です。
また、他人の行動に対する我々の解釈や評価が、その人との今後の関係や相互作用にどのように影響を及ぼすかを理解することも、人間関係を築いていく上で重要になります。
利他行動の動機を深く理解することは、人々がなぜ特定の状況で特定の行動を取るのか、またその行動が他人や社会にどのような影響を与えるのかについての洞察を深めることにも繋がります。
これは、個人的な関係だけでなく、職場やコミュニティー内での相互作用を理解し、改善するためにも有用な視点です。
利他行動の動機:共感性・評判
仮想の人物を例に挙げて考えてみましょう。
Aさんは職場の同僚から優しい人として知られています。同僚と共に出張中、営業所を歩いている時に体調が悪そうな人を見かけます。この状況では、Aさんが「思いやりの強い人」であるか、「同僚から良い人と思ってもらいたい人」かにかかわらず、手を差し伸べる可能性が高いでしょう。前者は自明ですが、後者も同僚から優しい人だという評価を得られる期待があるためです。
次に、Aさんが一人で出張中に同じ状況に遭遇した場合を想像します。「思いやりの強い人」であれば、Aさんはこの場合にも助けを提供するでしょう。しかし、「同僚に良く思われたい人」であれば行動が異なるかもしれません。同僚が見ていないので、良い評価を得ることが期待できないということで手助けをしない可能性があります。
このように、利他行動の背景にある動機を考えることは、その行動がどのような状況で起こり得るかを予測するのに役立ちます。
また、人に対する誤解を避けるためにも重要です。善意で行動する人を誤って疑うことは、双方にとって不利益です。反対に、利己的な目的で自分を良く見せようと振る舞う人を過大評価することは、潜在的なリスクを高めるかもしれません。
利他行動の動機を明確に判断するのは難しいことが多く、人々の行動は内面的な動機と外部環境の両方の影響を受けます。同じ人でも、異なる状況では異なる行動を取ることがあります。
例えば、いつもは同僚や部下をサポートする人が、自分にはサポートしてくれなかったと感じる出来事があったとしましょう。この人は自分に意地悪をしているのでしょうか?そのように考えるのは早計に思われます。
思い込みでその人を悪く思い始めると、実際に関係がぎくしゃくしてしまうことにもなります。それよりも、サポートをする余裕がないくらい忙しいのかもしれない、と気にかけるのが良さそうです。
お互いを気にかけ合うことは、サポートが循環していく職場を形成していくことに繋がるでしょう。人の行動を考える際には、単純な憶測を避け、より広い視野で物事を見ることが大切です。
利他行動の進化的な説明:間接互恵性
利他行動は、私たちの社会生活において頻繁に目にするものです。復興ボランティアや慈善団体への寄付から、荷物を運ぶのを手伝うといったより身近なことまで、様々な形で現れます。
職場においても、自分には義務がないところで、雑務を手伝う、機械の操作を教える、有益な最新情報を共有する、こうした行動を見ることができるでしょう。
これらの行動は、自分が時間や労力を費やしながらも他者に利得をもたらそうという、進化的に見ても興味深い現象です。
私たちの先祖が直面していた生活環境を考えると、他者への支援は自己の生存リスクを高める行為であった可能性があり、例えば食料を分け与えたり、危険を冒して他者を救助することは、自身の生存確率を減少させる行動と見なされ得るものです。にもかかわらず、こうした利他的な行動傾向が現代まで人間に残ってきたのはなぜでしょうか。
この疑問に答える一つの理論が間接互恵性です。「情けは人の為ならず」という諺の通り、利他行動が第三者に目撃されると、目撃した人やその噂を聞いた人が、利他行動を行った人に対して何らかの恩恵をもたらすという考え方です[3]。
利他行動が社会全体で肯定されていれば、利他行動を行った本人にも恩恵が返ってくるのです。このように社会的な評価や、間接的な恩恵が進化の過程で利他行動を支えてきたと考えることができます。
利他行動についての理解は、人事担当者にとっても重要なものだと思います。ビジネスの文脈では、組織市民行動というテーマの研究が行われています。
組織市民行動とは、従業員が自分の仕事だけでなく組織の利益を考え主体的に行動することを指しており、利他行動とも重なる部分が多くあります。組織市民行動は関係者からの信頼を得ることや、本人の成長や満足度の向上、またそれを通じた組織の生産性向上にも繋がるものです。
社員の利他的な行動が、個人だけでなく組織全体にも良い影響を与えることを認識し、そうした行動を促進し、評価する文化を築くことが大切だと考えられます。
利他行動は、単に個人の善意によるものというだけではなく、組織の成長・発展に寄与する重要な要素として捉えると良さそうです。
社員が他者を助けることで、チームワークが向上し、社内の協力関係が強化され、結果的に組織全体の生産性が高まる可能性があります。この観点から、利他的な行動を奨励する仕組みを構築することが、組織の利益に寄与するかもしれません。
そこで次は、こうした利他行動を促進する要因についての研究知見を紹介したいと思います。
利他行動の要因:他者の「監視」
利他行動を促す要因は多岐にわたり、特に心理学の分野では、他者の存在がこの種の行動にどのように影響を及ぼすかに関して豊富な研究が行われています[4]。
例えば、他者が近くにいるだけで、利他行動が促進されたり、自分勝手な振る舞いが抑制される、といったことが研究によって示されています。
興味深いことに、実際に他者が物理的に存在していなくても、人の写真や目を模した絵など、「監視されているかのような」印象を与える刺激があるだけで、同様の効果が観察されるとの研究結果もあります[5]。
こうした知見は、人々が「見られている」と感じるだけで、より社会的に望ましい行動を取る傾向があることを示唆しています。
この「監視効果」の概念は、職場環境や組織文化の設計において重要な示唆を提供します。具体的には、社員が互いに支援し合うような環境を促進するために、この効果を活用する戦略を考えることができます。
例えば、オープンスペースのオフィスデザインは、社員同士がお互いの活動を自然に観察できるようにすることで、利他的な行動を促すかもしれません。
ただし、この効果を活用する際には、社員が過度の監視圧力を感じることなく、自然な動機から利他的な行動を取るようなバランスを見極めることが重要です。
過度な監視感がストレスや不信感を生む可能性があるため、社員がお互いを支え合う文化を育むための環境設計には慎重な配慮が求められます。
子どもの利他行動の研究知見
利他行動は、5歳前後の子どもたちにも見られる行為であり、大人と同じく、他者の目があるときにはその行動が促進されることが実証されています[6]。
ただし、この現象の背後にあるメカニズムは完全には解明されていません。特に、小さな子どもたちが大人と同様に社会的評判を意識して行動しているのかどうかが問題とされてきました。
これは、自己の行動が直接的な目撃者からさらに広い範囲の人々に伝わり得るという認識、つまり現在だけでなく将来的な影響も考慮する能力にも関わるでしょう。
認知発達の研究によると、評判に関する理解や高次の認知能力は、児童期を通じて発達すると考えられています。このことから、5歳前後の子どもたちが大人と同じ方法で評判を意識して利他行動を行っているとは考え難いのです。
筆者らが行った研究では、成人に見られる「見られている」意識を喚起する目の絵による利他行動の促進効果は、5歳前後の子どもたちには現れないことが明らかになりました[7]。
さらに、評判に関する認識を形成するために必要と考えられる認知機能が、この年齢ではまだ発達していないことも確認されました。
これらの発見から、幼い子どもたちは評判を意識するよりも、目の前に実在する他者からの直接的な反応を気にして行動していると解釈できます。
内集団に対する利他行動
利他行動を含む社会的な行動の多くにおいて、人々は自身が所属するグループのメンバーに対して好意的な態度を取る傾向があります。
学術的には、自身が所属意識を感じる集団やカテゴリーを「内集団(Ingroup)」、自身が所属していない集団やカテゴリーについては「外集団(Outgroup)」と表現することがあります。
内集団のメンバーに対して好意的・優先的に振る舞うことは「内集団びいき(Ingroup Bias)」と呼ばれ、例えば、家族や友人などの親しみのある人々に対してより優しく振る舞う自然な行動として理解されます。
研究によると、この行動は6歳前後の子どもたちにも見られ、内集団のメンバーに対してより利他的に振る舞う傾向があり、年齢が上がるにつれてこの傾向は強くなるとされています[8]。
この現象もまた、認知的な発達と深く関連しています。子どもたちが成長するにつれ、他者との関係性や集団内での自分の立場についての理解が深まります。
これにより、所属するグループ内での自身の行動に対する評価への意識が高まり、結果として内集団びいきの傾向が強まると考えられます。
この内集団びいきのメカニズムに関して、オキシトシンというホルモンと関係しているという研究知見があります。
オキシトシンは「幸せホルモン」とも呼ばれ、人と人との信頼関係の形成に関与していることで知られています。身体的接触や霊長類の毛づくろいの際に分泌されるこのホルモンは、内集団のメンバーに対する利他行動を促す効果があると考えられています[9]。
子どもの内集団びいきとオキシトシンの実験
筆者らは上記の監視効果とは別に、幼児期の子どもたちの利他行動における内集団びいきとオキシトシンレベルの関係に焦点を当てた研究を実施しました。結果として、幼児期の利他行動とオキシトシンの関連には明らかな性差が存在することが示されました[10]。
少し研究について紹介します。
子どもたち一人ずつを対象として、複数のお菓子を自身と相手の子どもとの間で自由に分配してもらいました。
一人当たり2回行ってもらったのですが、そのうち一回は彼らのクラスメイト(内集団)が相手の条件、もう一回は見知らぬ他園の子ども(外集団)が相手の条件です。それぞれの条件でどのようにお菓子を分けるかを観察しました。
相手へ分配したお菓子の個数が利他行動の指標となります。また、実験前には子どもたちの唾液サンプルを採取し、オキシトシンの濃度を測定して利他行動との関連を分析しました。
この研究の結果から、女児ではオキシトシンの濃度が高いほど内集団に対してより多くのお菓子を分配する傾向が見られました。
外集団に対する分配にはその関連が見られず、この結果はオキシトシンが内集団に対する利他行動を促進するという既存の研究知見と一致するものでした。
一方、男児では、分配の相手が内集団であるか外集団であるかにかかわらず、オキシトシンの濃度が高いほどお菓子の提供個数が少ないという結果が示されました。
この結果に関しては、オキシトシンが男性の競争性に関する知覚に影響することを示唆する知見があることから、男児においてはオキシトシンが競争性の知覚を高めることにより、利他的な行動が抑制された可能性が示唆されます。
おわりに
最後に改めて、利他行動に関する知見のビジネスへの適用について振り返りたいと思います。利他行動が促進されるメカニズムを参考にすると、
- 組織として協力的な行動を歓迎し、肯定的な態度を示す
- 協力的な振る舞いを表彰するなどして、他の社員がこれらの行動を認識し、評価する機会を提供する
こうした取り組みは、評判を通じたポジティブなフィードバックを通じて、組織の中に利他行動の循環を作り出すことにつながると考えられそうです。
社員は自身の行動が他者によって認識され、評価される環境の中で、さらに利他的な行動を取りやすくなるでしょう。
一方で、利他行動には適切なバランスが必要です。他者への支援に過度に時間や労力を割くことが、自身の業務に悪影響を及ぼす可能性もあるため、これらの活動の状況を把握し、調整することが求められます。
その際には、社員の行動を過度に監視することは、圧力を感じさせ、消極的にさせるリスクがあることにも注意してください。
また、利他行動を強要することや、ほかのメンバーから圧力をかけるといったことがないように気を付けることも大事です。
利他的な行動は組織内での協力と成長を促進する重要な要素と考えられます。その背景にある動機や促進のメカニズムに関する知見を、協力的で生産的な組織の実現に向けた取り組みに活かしていただければ幸いです。
脚注
[1] Eisenberg, N., & Mussen, P. H. (1991). 思いやり行動の発達心理学(菊池章夫・二宮克美,訳). 金子書房. (Eisenberg, N., & Mussen, P. H. (1989). The roots of prosocial behavior in children. Cambridge : University Press.)
[2] Ridley, M., & Dawkins, R. (1981). The natural selection of altruism. In J. P. Rushton & R. M. Sorrentino (Eds.), Altruism and helping behavior: Social personality, and developmental perspectives (pp. 19-39). Hillsdale, NJ : Erlbaum.
[3] Nowak, M. A., & Sigmund, K. (1998). Evolution of indirect reciprocity by image scoring. Nature, 393(6685), 573-577.
[4] Bereczkei, T., Birkas, B., & Kerekes, Z. (2007). Public charity offer as a proximate factor of evolved reputation-building strategy: an experimental analysis of a real-life situation. Evolution and Human Behavior, 28(4), 277-284.
[5] Nettle, D., Harper, Z., Kidson, A., Stone, R., Penton-Voak, I. S., & Bateson, M. (2013). The watching eyes effect in the Dictator Game : It’s not how much you give, it’s being seen to give something. Evolution and Human Behavior, 34(1), 35-40.
[6] 藤井貴之, & 高岸治人. (2018). 子どもの利他行動の発達: 日本から発達研究を発信する意義と展望. 発達心理学研究, 29(4), 181-188.
[7] Fujii, T., Takagishi, H., Koizumi, M., & Okada, H. (2015). The effect of direct and indirect monitoring on generosity among preschoolers. Scientific reports, 5(1), 9025.
[8] Buttelmann, D., & Böhm, R. (2014). The ontogeny of the motivation that underlies in-group bias. Psychological Science, 25(4), 921-927.
[9] De Dreu, C. K. (2012). Oxytocin modulates cooperation within and competition between groups: an integrative review and research agenda. Hormones and Behavior, 61(3), 419-428.
[10] Fujii, T., Schug, J., Nishina, K., Takahashi, T., Okada, H., & Takagishi, H. (2016). Relationship between salivary oxytocin levels and generosity in preschoolers. Scientific Reports, 6(1), 38662.
執筆者
藤井 貴之 株式会社ビジネスリサーチラボ チーフフェロー
関西福祉科学大学社会福祉学部卒業、大阪教育大学大学院教育学研究科修士課程修了、玉川大学大学院脳情報研究科博士後期課程修了。修士(教育学)、博士(学術)。社会性の発達・個人差に関心をもち、向社会的行動の心理・生理学的基盤に関して、発達心理学、社会心理学、生理・神経科学などを含む学際的な研究を実施。組織・人事の課題に対して学際的な視点によるアプローチを探求している。