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コラム

研究知見から学ぶ効果的な褒め方

コラム

皆さんの職場では、お互いを褒め合う雰囲気がありますか。褒めることは、日常業務におけるさまざまな場面で用いられる行動です。望ましい行動を引き出し、やる気を高め、良好な人間関係を築くために有効なコミュニケーションの手段です。

しかし、褒め方を誤ると、時として意図しない悪影響をもたらすこともあります。本コラムでは、研究知見を踏まえながら、褒めることの効果と注意点について詳しく見ていきます。

褒めることには効果がある

口頭で褒めることが迷路の課題に取り組むことにどのような影響を与えるかを検討した研究があります[1]

18歳から55歳までの40名を対象に、複雑な迷路を5分以内に完了させる実験を行いました。参加者の一方は褒められるグループ、もう一方は褒められないグループに分けられました。

褒められるグループでは、30秒、1分、1.5分、2分、3分、4分の時点で、参加者に対して「上手くやっていますね」「素晴らしい」といった言葉が伝えられました。途中で、リラックスを促し、誤りを減らすことを意識させる声がけもあわせて行われました。

褒められないグループでは、30秒、1分、2分、3分、4分、5分の時点で、参加者に対して「時間がかかりすぎですよ」「急いでください」といった声をかけていました。この言葉は、参加者に焦りと挫折感を感じさせるために設計されたものです。

実験の結果、褒められたグループは褒められないグループよりも、迷路の完了時間が有意に短いことが明らかになりました。また、褒められないグループの参加者20人のうち、11人(55%)が5分以内に迷路の完了を諦めたのに対し、褒められるグループの参加者20人は全員が迷路を完了しました。

褒められないグループで迷路を最後まで完了したのは9人だけです。ただし、興味深いことに、迷路を最後まで完了した参加者だけを比べると、褒められるグループ(20人)と褒められないグループ(9人)の完了時間に有意差はありませんでした。

この研究は、具体的で即時的に口頭で褒めることが、課題達成のスピードを上げ、諦めずに完了する可能性を高めることを示しました。褒めることは参加者の意欲を高める効果があったと考えられます。

失敗を恐れる人への褒め方

失敗への恐れが強い人に対して、どのような褒め方をすれば良いのでしょうか。失敗への恐れが強い人は、成功を目指すよりも失敗を避けようとし、失敗後に物事を諦める可能性が高いことが知られています。

失敗への恐れが強い人に対して、2種類の褒め方が与える影響を2つの実験で調べた研究を紹介します[2]。努力を褒める方法と能力を褒める方法です。

1つ目の実験では、180人を対象に、遠隔連想課題を用いて、努力を褒めるグループ、能力を褒めるグループ、褒めないグループで比較しました。遠隔連想課題は洞察問題の一種で、ステップ・バイ・ステップではなく、自発的に解決策が見つかる問題です。

洞察問題では解決策がいつ現れるかわからないため、追加的な努力が常に必要とされます。参加者は問題が解けそうになっても気づかず、努力を調査するのに理想的なのです。

しかし、1つ目の実験では遠隔連想課題のパフォーマンスは全体的に低く、褒め方の種類による効果の差は認められませんでした。

そこで2つ目の実験では、より易しい単語の断片を解決する課題を用い、185人を対象に調査を行いました。その結果、失敗への恐れが高い場合、努力を褒めることがパフォーマンスの向上に効果的であることが分かりました。一方、失敗への恐れが平均的または低い場合、褒め方による効果の差は見られませんでした。

1つ目の実験で(想定に反して)有意な効果が見られなかったのは、問題の難易度が高すぎたためだと考察しています。適度に挑戦的な課題においては、失敗への恐れが高い人に対して努力を褒めることが有効であることが示されました。

新しいスキルを学ぶなど、難易度の高い課題に初めて取り組む人に対して、努力を褒めることが良いと思われます。また、課題の難易度を適切に設定しなければ、褒めることも効果をもたらさないので、注意が必要です。

褒めると逆効果なケースも

一方で、褒めることが逆効果になるケースもあります。褒めることが「熟練したパフォーマンス」に与える影響を調べ、興味深い知見を提出した研究があります[3]

この研究における熟練したパフォーマンスとは、十分に練習され、自動化されたスキルを用いるタスクにおけるパフォーマンスを指します。意識的な努力よりも、学習によって得た自動的な反応に依存しています。

一般的に、褒めることはパフォーマンスの改善につながると考えられていますが、熟練したタスクにおいては、努力や持続性がパフォーマンスの質を決定する主な要因ではない可能性があります。

4つの実験を通して、褒めることは熟練したパフォーマンスを損なうこと、パフォーマンスの低下は努力の減少に起因するものではないことがわかりました。加えて、褒めることは努力タスクではプラス、スキルタスクではマイナスという逆の効果を示しました。

ここで言うスキルタスクとは、意識的なコントロールが少なく、学習によって向上するタスクを指します。一方、努力タスクは、パフォーマンスが努力によって意識的にモニタニングされるタスクであり、努力の程度によって結果が変わりやすい性質を持ちます。

スキルタスクを実践することで熟練したパフォーマンスが発揮できるようになりますが、努力タスクは熟練したパフォーマンスとは異なる性質のタスクという関係性があります。

それにしても、褒めることがスキルタスクや熟練したパフォーマンスに悪影響をもたらすのは、なぜでしょうか。研究では、自己意識の役割に焦点を当てて説明しています。

まず、褒めることは自己意識を高めます。褒めることは、個人が特定の基準を超えたことを公に認めるものであり、自分自身と基準を比較する状態、つまり自己意識が高まるということです。

自己意識が高まることによって、自動化されたプロセスが妨げられます。熟練したパフォーマンスは、自動的で学習済みの手続きに依存しています。自己意識が高まると、通常は自動的に行われている内部プロセスに注意が向けられ、自動的に行われるべき反応が妨げられ、パフォーマンスが低下するのです。

自動化されたスキルが必要なタスクにおいては、褒めることは良い結果をもたらしません。熟練したタスクに取り組む人には、自己意識を高めないようにしなければなりません。

褒めることが誤解を生む

褒めることの難解で複雑な性質は、他の研究でも述べられています[4]。褒めることと叱ることは、受け手の能力に関する評価者の推定を伝えるメッセージとして機能する可能性があります。

例えば、非常に簡単な問題が解けたことを褒められると、皆さんはどのような気持ちになりますか。「私の能力が低いと思っているから、こんな簡単な問題が解けたことを褒めるのか」と受け取られるかもしれません。

逆に、難しい問題が解けなかったことを叱られると、「私ならこの難しい問題でも解けると思っているから、叱るのだろう」と受け取られることもあります。

一見良いと思える褒めるという行動も、状況によっては低い能力というメッセージ性を持ち得ます。褒める側からのこうした間接的なメッセージは、受け手自身の能力の自己認知にも影響を与えかねません。

職場においてよかれと思って褒めたことが、意図せずに低い能力のメッセージを伝えている可能性があります。褒めることと叱ることが持つ複雑な効果に気を配るべきでしょう。

研究知見に基づく褒め方のポイント

ここまでの研究知見を踏まえて、褒め方のポイントをまとめておきます。

まず、タスクを完了できるように導くような褒め方が重要です。「上手くやっている」「素晴らしい」など、具体的で即時的に口頭で褒めることで、スピードアップと完了率を上げることができます。リラックスを促し、誤りを減らすアドバイスを組み合わせると、さらなる効果が期待できます。

次に、失敗を恐れる人には、努力に対して褒めます。ただし、課題の難易度が高すぎると、褒めることの効果は薄れます。達成可能な目標を設定し、努力を評価する言葉をかけと良いでしょう。

一方で、熟練したタスクでは、褒めすぎないことが有効です。自動化されたスキルが必要なタスクでは、褒めることで自己意識が高まり、逆効果になります。褒めるタイミングや頻度に注意し、自己意識を高めないよう配慮します。

簡単な問題の解決を褒めすぎないことも肝要です。簡単な成果を褒めると、「能力が低い」というメッセージを送ることになりかねません。ほどほどに難易度の高い問題に挑戦してもらい、努力を褒めましょう。

自律性を損なわないように注意

最後に、褒められる側の自律性を損なわないように注意を払う必要があることを追記しておきたいと思います。

ここでは、自分の行動を自分で決定し、コントロールする能力や感覚のことを自律性と呼んでいます。自己決定理論によれば、自律性は人間の基本的な欲求の一つであり、内発的動機づけを支える要素です。

褒められることに慣れてしまうと、自分の行動の判断基準が、内側ではなく外側に移ってしまうかもしれません。自分で自分の行動を評価するのではなく、他者から褒められることを意識し、求めるようになってしまいます。

「これをやったら、褒められるだろうか」「どうすれば褒めてもらえるだろうか」と、褒められることを目的に行動を選ぶようになります。これでは問題です。

褒められるためには、褒める側の期待に沿う行動をとる必要があります。褒める側の基準に合わせようと、本当の自分の欲求とは異なる行動を選ぶことになるかもしれません。

また、褒められるためなら頑張れるという状態は、一見ポジティブに見えますが、実は褒める側への依存を強める結果をもたらしかねません。自分で自分を導く力を失い、褒める人がいないと行動できなくなる恐れがあります。

もちろん、これは少し慎重すぎる視点かもしれません。褒めることすべてが自律性を損なうわけではありません。褒められる人の自律性を支援するような褒め方も可能でしょう。

大切なのは、褒められる側の自律性を尊重することです。褒められる側が自分で考え、選択し、行動する力を育てられるような関わり方が求められます。時には、褒めずに見守ることも必要かもしれません。

本コラムでは、褒めることの効果と注意点について、研究知見をもとに解説してきました。褒めることの持つ力を再認識すると同時に、その影響力の大きさゆえに慎重さも求められることがご理解いただけたのではないでしょうか。

本コラムが、褒めることについての理解を深め、職場における褒め方を見直すきっかけとなれば幸いです。

脚注

[1] Gambino, T. (2016). The effect of verbal praise on maze completion. Psi Chi Journal of Psychological Research, 21(1), 54-58.

[2] Vaughn, K. E., Srivatsa, N., and Graf, A. S. (2023). Effort praise improves resilience for college students with high fear of failure. Journal of College Student Retention: Research, Theory & Practice, 25(2), 378-397.

[3] Baumeister, R. F., Hutton, D. G., and Cairns, K. J. (1990). Negative effects of praise on skilled performance. Basic and Applied Social Psychology, 11(2), 131-148.

[4] Meyer, W. U. (1992). Paradoxical effects of praise and criticism on perceived ability. European Review of Social Psychology, 3(1), 259-283.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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