2024年4月3日
職場のゴシップ学:人間関係に与える影響
組織における噂話(ゴシップ)は、悪いイメージで語られがちです。しかし、実は組織にとって重要な役割も果たしているのをご存知でしょうか。最新の研究では、ゴシップが組織の問題察知や人間関係の構築に寄与し得ることが明らかになっています。
ただ、ゴシップにはメリットとデメリットがあり、諸刃の剣でもあります。否定的なゴシップは従業員の士気を下げ、発信者の評判を損ねる可能性があります。一方で、肯定的なゴシップは、組織の潜在的な問題を浮き彫りにし、信頼関係の構築につながります。
本コラムでは、組織におけるゴシップについて、研究知見を踏まえて多角的に考察します。ゴシップの功罪を見極め、うまく活用するためのヒントが見えてくるはずです。ゴシップとどう向き合えばよいのか、一緒に考えていきましょう。
組織ゴシップの定義と構成要素
組織ゴシップとは何でしょうか。学術的には「組織のメンバーが、不在の他のメンバーについて、非公式で評価的な話をする行動」と定義されています[1]。ここにおける評価的というのは、肯定的あるいは否定的な判断を伴うということです。
文献レビューと専門家の意見をもとに組織ゴシップの構成要素を抽出し、従業員を対象に調査を実施して尺度の構造を検討して、さらに別の従業員を対象に尺度の信頼性と妥当性を確認した研究があります。
この研究によれば、組織ゴシップは「肯定的なゴシップ」と「否定的なゴシップ」の2種類に分かれることが明らかになりました。私たちの直感に反しない構成であると言えるでしょう。
ただし、これでは組織ゴシップの内容がイメージしにくいかもしれません。そこで、ホスピタリティ業界の従業員を対象に、組織ゴシップに対する認識を探った研究を取り上げます[2]。
研究の背景として、組織内でのコミュニケーションが成功の鍵であり、公式・非公式の両方の手段が情報伝達に重要であることが指摘されています。特に非公式なコミュニケーションであるゴシップは、組織の変化や構造に加え、人間関係や行動にも影響を及ぼします。
研究としては、まず文献レビューを行い、組織ゴシップに関する項目を抽出した後、ホスピタリティ業界で働く従業員を対象に調査を実施し、項目を精査しました。組織ゴシップに関する項目が絞り込まれ、以下の6つのカテゴリーに分類されました。
- 他者の情報の誇張伝達、トピックの歪曲など
- 他者やその生活に関する楽しい話
- 他者の外見、ソーシャルイベント後のコメント、男女関係についての噂
- 他者の仕事の問題や業績についての話などの興味深い情報の提供
- マネージャーの特異な行動や意思決定に関する評価
- セレブの伝記や他者の生活についての詳細
「そういう話を職場で聞いたことがある」というものもあるでしょう。組織ゴシップは多様な要素から構成されています。
ゴシップの種類で効果は異なる
職場におけるゴシップが従業員の冷笑的な態度に与える影響を調べた研究があります[3]。研究では、ゴシップを職務に関連するもの(職務関連ゴシップ)と職務に関連しないもの(非職務関連ゴシップ)に分類し、それぞれとの関連を検討しています。
台湾の大手製造業の従業員にアンケート調査を行ったところ、職務関連ゴシップはシニシズムと正の関連を示しました。同僚の仕事ぶりや能力に関するゴシップが多いほど、従業員は組織に対して冷笑的な態度を抱く傾向があったのです。一方、非職務関連ゴシップとの間には、有意な関連は見られませんでした。
職務関連ゴシップは、同僚の能力や仕事ぶりに疑問を抱かせ、冷笑的な態度を形成しているのではないでしょうか。対して、非職務関連ゴシップは、仕事の評価とは関連しないため、冷笑的な態度にはつながりにくいと考えられます。
この研究は、ゴシップの種類によって従業員の態度に対する影響が異なることを示しています。特に、職務に関連する否定的なゴシップは、あまり好ましくない結果をもたらす可能性があります。
ゴシップは悪影響をもたらす
なんとも恐ろしい話ですが、組織ゴシップの悪影響について、職場はおろかプライベートまで持ち込まれることが報告されています[4]。
研究の対象となったのは、中国の従業員です。アンケート調査を行った結果、まず、職場における否定的なゴシップは、仕事と家庭の葛藤を高め、家庭生活の満足度を低下させていることが分かりました。
加えて、否定的なゴシップおよび仕事と家庭の葛藤との関連性は、従業員のEQ(感情知性)によって調整されていました。EQが高い従業員の場合、否定的なゴシップの悪影響を受けにくかったのです。
職場での否定的なゴシップは、従業員の感情状態を悪化させます。それは、仕事から家庭へのスピルオーバーを引き起こします。スピルオーバーとは、境界理論で検討されている概念であり、ある場から別の場に効果が持ち越されることを意味します。
スピルオーバーの結果、家庭生活の満足度が低下します。ただし、EQが高い従業員は、感情をうまくコントロールすることができます。そのため、スピルオーバーを緩和させることに成功し、否定的なゴシップの影響を受けにくいと考えられます。
ゴシップの発信者の評価が下がる
職場における否定的なゴシップは、他にどのような結果をもたらすのでしょうか。ゴシップ発信者に対する判断と行動に与える影響を検討した研究を見てみましょう[5]。
ギリシャの従業員を対象に実験を行っています。例えば、架空のシナリオを用いて、否定的なゴシップの有無が発信者に対する道徳性の知覚に与える影響を見たり、否定的なゴシップの発信者に対するキャリア関連の制裁と社会的排除といった行動的反応の大きさを検討しました。
その結果、否定的なゴシップの発信者は、道徳的に低く評価されていることが明らかになりました。そして、否定的なゴシップの発信者に対しては、キャリア関連の制裁と社会的排除が行われる傾向があることも示されました。
過去の研究によれば、人は道徳的判断をくだす際、行為の善悪だけでなく、行為者の動機や意図も考慮しています。否定的なゴシップは、発信者の道徳性に疑問を抱かせる可能性があります。他方で、ゴシップの発信者に対する制裁は、集団内の規範を維持するための機能と解釈できます。
ゴシップは場合によっては発信者自身の評判を損ねます。ゴシップの発信が自らの信頼や評判に影響を及ぼす可能性を認識し、慎重な行動をとる必要があります。
正直なゴシップを広めるのが得
否定的なゴシップは発信者への評価を下げることが分かりました。それでは、逆に、どのようなゴシップは広めるに値するのでしょうか。
実験とアンケート調査を組み合わせた研究が参考になります[6]。実験では、信頼ゲームを用いて、正直なゴシップの共有が信頼および協力行動に与える影響を検討しました。アンケート調査では、職場における正直なゴシップの共有と信頼の関連を確認しました。
実験の結果、正直なゴシップの共有は、信頼と協力行動を促進していました。これを読み解く上で有益なのが間接互恵性という考え方です。人は直接の見返りがなくても、他者に恩恵を与えることがあります。恩恵を与えた人が第三者から良い評判を得て、将来的に恩恵を受けられるからです。
一方で、アンケート調査の結果、職場における正直なゴシップの共有は、同僚からの信頼と正の関連を示していました。これは、シグナリング理論によって説明できます。正直なゴシップの共有は、自らの正直さを示すシグナルとなり、信頼を獲得する手段になっていました。
この研究は、ゴシップを発信する際には、正直なものが発信者にとって組織における信頼と協力を促す点で有益であるという含意を提供しています。
問題の早期察知に役立つ
少し視点を変えてみましょう。組織ゴシップは使いようによってはマネージャーにとっての重要な情報源となるかもしれません。具体的には、職場におけるゴシップが組織の問題を察知することに役立つ可能性があるのです[7]。
ゴシップは組織内の潜在的な問題や対立、信頼関係の状態を早期に識別する手段として機能します。公式のコミュニケーション・チャネルでは表面化しにくい情報も、ゴシップを通じて共有されることがあります。
ゴシップが問題察知に役立つのは、従業員の不安や懸念を反映しているからです。従業員が感じている問題や不満は、ゴシップの形で組織を漂います。また、ゴシップは従業員の感情の状態を含んでいます。職場の人間関係や人事施策に対する従業員の受け止め方は、ゴシップに表れ得ます。
特にマネージャーは、非公式なコミュニケーションに参加し、ゴシップを積極的に収集することで、組織の問題を察知し、早めに対処することができます。ただし、その際にはゴシップそのものに振り回されず、その背後にある問題に注目することが大事です。
組織ゴシップに関する研究知見の整理
組織内のゴシップには、プラスとマイナスの両面があります。研究結果をもとに、それぞれの側面を整理してみましょう。
メリット:
- 組織内の潜在的な問題や対立、信頼関係の状態を早期に発見できる。マネージャーはゴシップから課題を察知し、対処することが可能である
- 正直なゴシップを広めることで、発信者の評判が向上し、周囲からの信頼や協力を得やすくなる
- 仕事に関連しないゴシップは、従業員の組織に対する冷笑的な態度に影響しない
デメリット:
- 否定的なゴシップは、従業員の家庭生活の満足度を下げる。ただし、従業員のEQが高ければ、その悪影響は和らげられる
- 否定的なゴシップの発信者は、聞き手から道徳性が低いと評価され、信頼を失う
- 仕事に関連するゴシップは、従業員の組織に対する冷笑的な態度を高める
ゴシップには良い面と悪い面があり、その内容が正直で肯定的なものであるかどうかを見極めることが重要です。組織に有益なゴシップを活かしつつ、有害なゴシップは適切に管理する必要があります。
マネージャーは、組織内のゴシップに耳を傾け、そこから読み取れる問題や課題に取り組むと良いでしょう。同時に、従業員には、正直で肯定的なゴシップを心がけ、否定的なゴシップは控えるよう促します。
組織におけるゴシップは一概に善悪を論じられませんが、その特性を理解し、組織の発展に役立てることが可能です。ゴシップは諸刃の剣ですが、うまく活用すれば、組織の課題発見や人間関係の構築に貢献できます。
本コラムでは、組織における噂話(ゴシップ)について、研究知見を踏まえて考察しました。ゴシップは組織におけるコミュニケーションの一形態です。その功罪を見極め、向き合っていくことが求められます。
脚注
[1] Brady, D. L., Brown, D. J., and Liang, L. H. (2017). Moving beyond assumptions of deviance: The reconceptualization and measurement of workplace gossip. Journal of Applied Psychology, 102(1), 1-25.
[2] Karamustafa, K., Ulker, P., Ulker, M., and Mehmet, U. M. U. R. (2024). Employees’ perceptions of workplace gossip in the hospitality industry. Journal of Multidisciplinary Academic Tourism, 37-50.
[3] Kuo, C. C., Chang, K., Quinton, S., Lu, C. Y., and Lee, I. (2015). Gossip in the workplace and the implications for HR management: A study of gossip and its relationship to employee cynicism. The International Journal of Human Resource Management, 26(18), 2288-2307.
[4] Liu, T., Liu, L., Cafferkey, K., and Jia, Y. (2023). Assessing the impact of negative workplace gossip on family satisfaction: Evidence from employees in China. Current Psychology, 42(24), 21201-21212.
[5] Kakarika, M., Taghavi, S., and Gonzalez-Gomez, H. V. (2023). Don’t Shoot the Messenger? A Morality-and Gender-Based Model of Reactions to Negative Workplace Gossip. Journal of Business Ethics, 1-16.
[6] Tan, H., Jiang, T., and Ma, N. (2023). Why do people gossip? Reputation promotes honest reputational information sharing. British Journal of Social Psychology, 62(2), 708-724.
[7] Grosser, T., Kidwell, V., and Labianca, G. J. (2012). Hearing it through the grapevine: Positive and negative workplace gossip. Organizational Dynamics, 41, 52-61.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。