2024年4月2日
分析スキルを身につける方法:人事のデータ活用を進めるために(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2024年3月にセミナー「分析スキルを身につける方法:人事のデータ活用を進めるために」を開催しました。
人事領域でデータ活用に取り組む企業が増えています。一方で、データ分析の知識やスキルをどう身につければ良いか、悩む声も耳にします。
どのような知識やスキルを持てば、データ活用を進めやすくなるのでしょうか。その知識やスキルは、どのように学べば良いのでしょうか。
人事データ分析の学び方を学ぶセミナーを開催しました。実践に活かせる学び方を知れば、データ活用がより身近なものになります。
データ活用を進める人事の方々が、今後の学習方針を考える際の参考になれば幸いです。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
どんな知識をどう学ぶか
人事領域におけるデータ分析において、どのような知識をどのような順番で学んでいけばよいのでしょうか。
データ分析に関する知識として押さえておくと良いのが、推測統計の基本的な考え方です。これを初めに理解しておくと、その後の学習のモチベーションが高まります。
推測統計では、標本の情報から母集団の特性を推測します。母集団とは研究の対象となる全体を指し、標本とは、母集団から抽出された一部を指します。
一般に統計分析と呼ばれるものの多くは推測統計であり、記述統計とは異なります。記述統計は収集したデータを要約し、データの分布や特徴を理解することに重点を置いています。グラフや表などを用いて視覚的に表現することは、その手段の一つです。他方で、推測統計は標本から得られた情報を用いて、母集団の特性を推定することが特徴です。
推測統計の考え方を理解すると、なぜ統計分析が必要なのかがわかってきます。推測統計については弊社でもコラムを公開しています[1]。参考にしてみてください。
推測統計の基本的な考え方を踏まえた後は、分析の方法を具体的に学んでいくのがおすすめです。実際にどのような分析があるのかを知ることで、イメージがしやすくなるでしょう。今日は基礎的な方法をいくつか紹介します。
t検定
t検定は、二つの平均値の差が統計的に有意かどうかを検証する方法です。t検定についても弊社ではコラムを掲載しています[2]。
t検定においては、研修前と研修後の差や、二部門の差などを検証することができます。例えば、営業部と開発部のエンゲージメントを比較する際に、グラフ上では差があるように見えても、統計的に意味のある差かは分かりません。
分散分析
分散分析についても、弊社サイトに解説コラムがあります[3]。分散分析は、3つ以上のグループの平均値に違いがあるのかを検定する方法です。
例えば、コンプライアンス意識を高める研修を2種類(A研修とB研修)行い、研修なしのグループと比較する場合、分散分析を行うことができます。
相関分析
実務的に人気が高い分析手法の一つが相関分析です。相関とは、2指標が関係していることを意味します。相関分析では相関の強さと種類を出します。弊社では相関分析のコラムも出しています[4]。
相関分析では、2つの変数の間に正の相関(一方が高いと、もう一方も高い関係)や負の相関(一方が高いと、もう一方が低い関係)があるかを確認します。また、相関の強さも出すことができ、強いほど直線に近くなります。
回帰分析
(重)回帰分析は、ある指標を複数の指標で予測する方法を指します。実務的にも使い勝手が良い分析です。回帰分析についても弊社ではコラムを用意しています[5]。
回帰分析は、要因を見つけ出して、その強さを評価できます。例えば、エンゲージメントに対して、様々な要因の中で、どれが有意な関係があるのか、関係はどれほど強いのかを導き出します。
因子分析
因子分析も押さえておくと良いでしょう。確認的因子分析については、弊社のコラムに説明を載せています[6]。
因子分析は、データ(観測変数)の背後にある(潜在変数の)構造を推定する分析です。例えば、上司との関係性を表す質問項目をいくつか準備し、それらに回答してもらったとします。因子分析では、回答の背後に「上司部下関係」という概念を想定できるかを検討します。
組織サーベイでは、一つの概念を複数の項目で測定するケースがよくあります。その測定がうまくいっているかを確認する上で、因子分析は有益な方法の一つです。
3つの段階
t検定、分散分析、相関分析、回帰分析、因子分析などの分析を実際に活用するためには、データ分析のスキルを身につける必要があります。
スキルを獲得するプロセスについては、いくつかの研究で検討されています。頭と手を使うスキルは、段階を踏んで学んでいくことが分かっています。
最初の段階は、宣言的段階です。この段階では、言葉で表現できる知識を頭の中で読み解いたり、解釈したりすることが中心となります。
次の段階は、知識変換段階です。この段階では、宣言的段階で理解した概念的な知識を、実際の場面で使ってみます。
最後の段階は、手続き的段階です。この段階では、知識変換段階で行ったことを繰り返し実践し、処理速度や適切さが向上していきます。
これらの段階を踏まえて、データ分析を学ぶプロセスを整理してみましょう。まず、コラムなどで分析手法を概念的に理解し、宣言的段階を突破します。
しかし、それだけでは概念的な理解にとどまってしまうので、次に重要になるのが、実際に分析してみる知識変換段階です。
知識変換段階では、RやSPSS、HADなどの統計ソフトを用いて、手を動かしながら分析を行ってみます。例えば、HADで相関分析を行うと、コラムを読むだけでは得られない知識が得られます。
統計ソフトを使って分析する際には、実際のデータではない、分析練習用のダミーデータを入手しておきましょう。ダミーデータは、統計学の書籍に付属していたり、ネットに公開されていたりします。最近では、ChatGPTなどの生成AIを活用してダミーデータを作成することもできます。
順番を逆に
データ分析を学ぶ際には、人がスキルを獲得する段階に合わせて進めていくのが有効です。その意味で、宣言的段階から知識変換段階へと進むのが自然ですが、時には順番を入れ替えてみるのも一つだと考えています。
具体的には、知識変換段階から再び宣言的段階に戻ってみるという流れです。先に問題を解いてから学ぶという方法に似ています。
例えば、統計ツールの取り扱い説明書やウェブサイトを参考にしながら、まず分析を行ってみます。そうすると結果が排出されますが、そこにおける値や用語の意味を調べていきます。
回帰分析を例に考えてみましょう。回帰分析について概念的に理解してから実践するのが理想的ですが、一度読んだだけで全てを理解するのは難しいですし、応用的な内容はテキストやウェブサイトに書かれていないこともあります。
しかし、実際に分析を行ってみると、例えば重回帰分析の結果表が出てきます。そこに表示された「残差分散」や「df」といった用語の意味を調べることで、深い理解につながります。
手元データを活用
人事領域では、手元に組織サーベイの回答など様々なデータがあるものです。そうしたデータを統計ツールにセットして分析することもできます。
実際のデータを使うことで、より実践的なスキルを身につけられます。ただし、分析に慣れていない段階では、分析結果を意思決定に使わないようにしましょう。
というのも、従業員に不利益が及ぶ可能性があるからです。データ分析の練習をしている段階では、あくまでも学習目的であることを念頭に置き、結果を実務に活用するのは控えます。
パターンを見る
データ分析のプロジェクトを進める際には、目的やデータの種類に応じて適切な分析手法を選択しなければなりません。しかし、そうした知識を身につけるのは困難です。
そこで重要になるのが、様々な事例を見ることです。「こういう目的やデータの場合にはこのような分析を行う」というパターンを数多く観察することで、適切な分析手法を選択する力が養われます。
社内で過去に行われたデータ分析の資料を確認するのは、パターンを学ぶ上で効果的です。どのようなデータに対してどのような分析が行われているのかを知ることができるからです。
社内でデータ分析の実践があまり行われていない場合は、実証研究の論文を読むのがおすすめです。論文では、データ、分析手法、結果の組み合わせを数多く見ることができます。
その分析を行う理由や、分析の意味についても解説されていることが多いので、学習に役立ちます。新しい分析手法については、特に丁寧に解説されています。
一見遠回りに見えるかもしれませんが、多くのパターンを見ておくことはデータ分析の実践的なスキルを高めます。
さらに、データ分析の専門家が近くにいると学習の効率が高まります。専門家に質問できることで、データ分析の知識が伸びやすいからです。分からないことがあれば、躊躇せずに質問しましょう。専門家の知見を借りることで、学習のスピードを上げることができます。
学びの効果を高めるには
続いて、学習の効果を高めるための工夫を紹介します。統計分析の学び方について検討した論文を参考にしながら紹介していきましょう。
第1に、ケーススタディがおすすめです。データ分析を学ぶ際、概念的に学ぶだけでは理解が難しいものです。事例やシナリオを用いて分析してみます。
これは、先ほどの知識変換段階に近い話です。分析に取り組んでみることで、理論では十分に理解できていなかった部分が見えます。自分の認識を改善していくことができるのです。
例えば、Rという統計ツールを用いて、離職/在籍を従属変数、その他のデータを独立変数としてロジスティック回帰分析を実行するケースに取り組むと、分析方法が具体的に分かります。
第2に、ビデオデモがおすすめです。実際に統計ツールを使っている様子を動画で見ることができれば、イメージが湧きます。後から使い方を再現しようとしたときに見返せるのも便利です。文章の説明だけでは、操作の細かい手順を忘れてしまいますが、動画であれば、そういった問題を防ぐことができます。
例えば、組織サーベイのデータを基にHADを用いて、データの測定性能に問題がないかを因子分析やα係数を算出して検証する方法をデモンストレーションしてもらいます。実際の操作を元に分析に取り組めば、概念的な理解だけでなく、実践的なスキルも身につけられます。
第3に、ミニプロジェクトも学習効果を高めます。小さなプロジェクトを作って共同で取り組むのです。
今まで学んだ知識を総動員して問題を解決していく過程で、概念的に学んだことを消化する機会になります。他の人と一緒に取り組むことで、新しい視点や気づきを得ることもできます。
例えば、社内でエンゲージメントを高める対策を考えるプロジェクトを3人1組のグループで行ってみます。データ収集から分析まで3人で実践します。
さらに、教え方に関する様々な研究を統合的に分析した論文を参考にすると、データ分析を学ぶ上で有効な工夫点がいくつか見えてきます。
一つは、実践テストです。正解のある形式で出題することで、正解と違っていた場合に知識を修正することができます。自分の理解度を確認し、足りない部分を補強することにつながります。
データ分析の書籍には練習問題がついているものがあります。問題を解くと学習が深まるのでおすすめです。
また、先に学んでいる人が問題を作り、後から学んでいる人がそれを解く形式にすると、問題を作ることで先に学んだ人の学習が定着し、後から学んだ人は問題を解くことで学習が深まるという一石二鳥の効果があります。
学習を行う際、もう一つ言われているのが、分散的実践の効果です。短時間に大量に実践するよりも、時間をかけて間隔を空けて実践した方が学習の効果が高いのです。一度に多くのことを学ぼうとすると、消化不良を起こします。
例えば、3日間で多くの知識を詰め込むより、1年かけてじっくりと着実にスキルを高めていくのが良いでしょう。毎日少しずつ時間をとって勉強していきます。初めは大変かもしれませんが、諦めずに継続することで、着実に力がつきます。
見るだけでなく手を動かす
最後に、データ分析を学ぶ際の注意点に触れます。先ほど、ビデオデモが学習効果を引き出すと述べました。確かに、デモンストレーションを見ると、手順を理解しやすくなります。
ところが、ビデオデモには注意が必要だということが明らかになっています。興味深い実験があります。他者のパフォーマンスを見ると、自分は実践していなくてもそれができるような錯覚を抱いてしまうのです。単に見ているだけで、自分の能力を過大評価するということです。
例えば、研究の中で被験者は、テーブルクロスを引っ張る様子を見せられました。テーブルにクロスがかかっていて、食器を倒さずにそれを引っ張り切れるかというパフォーマンスです。
パフォーマンスをうまくやっている様子を見ると、「自分にもできるんじゃないか」と錯覚します。テーブルクロスだけではありません。ダーツ、ジャグリング、ムーンウォーク、オンラインゲームなど、他者のパフォーマンスを見ると、自分もできるような気がしてしまいます。
しかし、実際に自分でやってみると、そう簡単にはいきません。それでも、そういう錯覚を抱いてしまうのです。
この錯覚を抑えるにはどうすればいいのでしょうか。研究では、シンプルな方法が示されています。実際に取り組んでみると、錯覚が抑えられるのです。
例えば、ジャグリングの動画を見ると、できそうな気がしてきます。しかし、実際にジャグリングで使うピンを持たせてみると、できそうにないと思えてきます。自分の能力を客観的に評価できるようになります。
これは、データ分析に対して一つの含意をもたらします。誰かが分析している様子を見ているだけだと、自分にもできそうな気がしてきます。しかし、自分の理解度を過信して、必要な学習を怠ってしまうとすれば問題です。
データ分析を学ぶ際は、ビデオデモを見るだけでなく、必ず自分で実践してみましょう。手を動かすことで、自分の理解度を正しく把握し、足りない部分を補強することができます。
Q&A
Q:人事部門でデータ分析を行う際、実際に手を動かさない立場でも統計ソフトを使った方がいいですか。
実際に手を動かさない立場の方でも、基礎的な分析については統計ソフトを使ってみることをおすすめします。手を動かすことで分析方法への理解が深まります。また、実践することで疑問点が出てきて、それを調べていくことでさらに理解が深まります。
Q:生成AIの進化によって、求められるデータ分析の知識は変わってくるのでしょうか。
生成AIの進歩はデータ分析に影響を与えると思います。現在は、まだ粗い部分がありますが、将来的には精度がさらに上がってくると予想されます。
そうなった際に、特に重要になるのは、概念的な知識とパターン認識ではないでしょうか。前者がないと適切なプロンプトが作れません。後者を持っていると、分析結果に違和感を覚えた際に、やり直しを指示することができます。
Q:人事の若手にデータ分析について学んでほしいのですが、なかなか学んでくれません。どうすればいいでしょうか。
いくつかの方法があります。まず、簡単なものでもいいので、分析が必要な仕事をアサインします。データ分析を実践する場面を与えることで、仕事を進めながら自然と学べます。
マネージャー自身がデータ分析について学び、手を動かしてみるのも大事です。マネージャーが率先して学ぶ姿勢を見せることで、若手も学習することが普通だと理解し、学習を始めるようになります。
脚注
[1] 人事のためのデータ分析入門:「統計的に有意」とは何か(セミナーレポート)
[2] 人事のためのデータ分析講座 t検定:平均差の検証方法を学ぶ(セミナーレポート)
[3] 一要因分散分析とは何か
[4] 人事のためのデータ分析入門:「相関」とは何か(セミナーレポート)
[5] 人事のためのデータ分析入門:「回帰分析~要因を見出すための分析~」(セミナーレポート)
[6] 確認的因子分析とは何か
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。