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コラム

変化する人事の役割:パラドックス対応と職業倫理

コラム

人事の役割は変化しています。例えば、「戦略人事」という考え方のもと、戦略的な役割を担うことが求められています。しかし、人事が戦略的パートナーとして機能するためには、様々な課題があることも事実です。

本コラムでは、人事の役割をめぐる近年の研究知見をいくつか紹介しつつ、人事が直面する課題と今後の方向性について考えます。

まず、戦略人事の実現可能性と、その追求がもたらす副作用について検討します。次に、人事の専門性開発におけるつながりの重要性を指摘した上で、人事に求められる特性について論じます。

それらの考察を踏まえ、人事が目指すべき方向性を提示するとともに、人事の役割変化を貫く2つの原則についても言及します。

本コラムはあり得る課題や方向性の一つのパターンであり、他にも多くの論点が存在します。人事の役割変化という難しい現象を捉える上での切り口として、参考にしていただければと思います。

戦略人事は受け入れられているのか

近年、人事の役割は大きく変化しています。例えば、単純な管理部門としてではなく、組織の戦略的パートナーとして機能することも期待されるようになっています。

そのような中、人事マネージャー、ラインマネージャー、従業員の見解の相違を浮き彫りにした研究は考えさせられます。人事の役割に関する認識は、それらの間でギャップがあることが明らかになっています[1]

人事マネージャーは、自身の役割を戦略的パートナーと機能的専門家の両方であると捉えています。戦略的パートナーとは、経営戦略の策定や実行に関与し、人材の観点から提言を行う役割を指し、機能的専門家とは、採用、育成、評価、報酬、配置などの人事の各機能における専門性を発揮する役割を意味します。

一方で、ラインマネージャーは、人事の主な目標を運用面、すなわち日常的な人事業務や労務管理であると考えています。人事の影響力についても意見が分かれており、約7割が人事は組織内のシニアマネジメント以下に影響力を持っていると考える一方、約3割が人事の影響力は乏しいと感じています。

さらに、従業員は、人事の強み、従業員への配慮、人事への信頼などについて、わずかに肯定的な印象を持っていますが、従業員満足やコミュニケーション、スキル開発などの課題を、人事ではなくラインマネジメントの問題と見なしています。

この研究は、HRの役割変化と、ステークホルダー間の認識ギャップを示しています。人事マネージャーは戦略的パートナーと機能的専門家の両方の役割を担おうとする際、ラインマネージャーや従業員の理解と協力を得ることが課題となります。

人事が戦略的な役割を担うことに対して、主に人事自身による期待は高まっていますが、その実現には課題があることが分かります。続いて、戦略人事を推進する上での問題点を見ていきましょう。

戦略を志向することの副作用

人事の戦略的役割への期待が高まる中、人事マネージャーが直面するジレンマについて指摘する研究を紹介しましょう[2]

研究では、HRマネージャーの役割をビジネスパートナーあるいは社内コンサルタントとして再定義することが、逆説と矛盾を生み出していることが指摘されています。

ここにおけるビジネスパートナーとは、組織の戦略と密接に結びつき、事業戦略に対する貢献者としての役割を担うことを意味します。社内コンサルタントとは、高いレベルの知識を持ち、組織文化の変革や従業員のエンゲージメント向上に取り組む役割を表します。

人事マネージャーを対象にインタビューを行った結果、これらの新しい役割は望ましいものと認識されている一方で、課題も認識されていました。

初めに、ビジネスパートナーや社内コンサルタントとしての役割を果たすためには、シニアマネージャーの支持を得る必要があります。しかし、人事マネージャーは、支持を得ることの難しさを感じていました。

また、HRマネージャーの教育とキャリアの背景を調べると、人事は単一の職業コミュニティではなく、様々な分裂が見られることが分かりました。人事には、多様なバックグラウンドを持つ人材が混在しているのです。

ビジネスパートナーや社内コンサルタントという役割は、人事の活動領域を拡大し、他部門との協働を促進することでしょう。ところが、そのことは同時に、人事固有の専門性や職業アイデンティティを希薄化させるリスクもはらんでいます。

例えば、ビジネスパートナーとして事業戦略に深く関与することで、人事の専門領域に関する知見や技能の深化が疎かになるかもしれません。また、社内コンサルタントとして組織変革に注力するあまり、人事の機能の効率性や質の維持が難しくなる可能性もあります。

加えて、ビジネスパートナーや社内コンサルタントの役割を追求することで、人事プロフェッショナルとしてのアイデンティティが曖昧になり、独自の職業的地位を確立しにくくなることもあり得ます。人事の専門性が薄れ、他の職種との境界が不明瞭になって、人事の専門職化が阻害されます。

この研究は、人事の戦略的役割を追求することの複雑さと、そこに潜むジレンマを浮上させています。人事が戦略的パートナーとなるためには、人事固有の専門性を深化させつつ、他部門との協働を進めるバランス感覚が求められます。多様な背景を持つ人材の強みを活かしつつ、職業アイデンティティを確立していくことも課題だと言えます。

人事の戦略的役割の追求に当たっては、専門性の深化とのバランスを取ることが重要ですが、人事はどのように専門性を高めていけばよいのでしょうか。

専門性開発にはつながりが有効

人事がその専門性を高めるためには、社会的資本の活用が有効であることが報告されています[3]。英国の人事プロフェッショナルを対象に調査を行い、キャリアの成果や専門性の開発に社会的資本がどのような影響を与えるかを探りました。

調査の結果、組織内外の高い地位の人とのネットワークを構築し、それらを活用することが、人事プロフェッショナルのキャリア成功につながることが明らかになりました。

具体的には、人事プロフェッショナルの連絡先全体に対する、上位レベルや他の組織に属する連絡先の割合が高いほど、他者のキャリアに影響を与える力の活用度が高まることが示されました。

仕事に関連する情報、資源、支援を得られる程度は、キャリア満足、給与、地位と正の関連があることも分かりました。また、影響力のある人物からのキャリア支援へのアクセスは、キャリア満足と能力開発への参加と正の関連があり、役割関連情報や資源、支援の入手にもつながっていました。

一方で、他部門との連携については課題が認められています。人事プロフェッショナルが、人事以外の部門の人とのつながりが十分に構築できていない可能性や、他部門に対して一方的との情報や資源の交換が行われていない可能性も指摘されています。

人的ネットワークを構築し活用することが、人事プロフェッショナルの専門性向上とキャリア開発につながります。では、人事プロフェッショナルに求められる特性には、他にどのようなものがあるのでしょうか。

従業員への影響を考慮する

人事プロフェッショナルに必要とされる特性について示唆に富む指摘があります[4]。人事プロフェッショナルが成功するために備えるべきは、有能さ(Competent)、好奇心(Curious)、勇気(Courageous)、思いやり(Caring about people)という4つの特性であるという指摘です。

これらの特性は、高業績組織における人事の特徴、人事プロフェッショナルへのアンケートや文献レビューを通じて特定されました。

1に、人事プロフェッショナルには、次のような5つの能力が求められます。これらの能力を高いレベルで発揮できることが、「有能さ」を持つ人事プロフェッショナルの条件です。

  • 戦略的貢献:問題を特定し、戦略を確立して、方法を提案する。変化を予測し、適応するための仕組みを導入する
  • ビジネス知識:事業の言語を理解し、戦略的な議論に貢献する。収益の原動力を理解し、人事の意思決定が事業にどう影響するかを示す
  • 人事サービスの提供:採用、報酬、福利厚生などの人事サービスを円滑に提供し、企業を成功に導く人材を確保する
  • 個人としての信頼:結果を出して、対人スキルを持ち、効果的にコミュニケーションを取る。従業員と顧客の満足度を高める
  • HRテクノロジー:テクノロジーに精通し、戦略的な活動に集中できるように活用する

2に、人事プロフェッショナルは、社内の出来事、業界の動向、世界の潮流に対して「好奇心」を持つべきです。経営者の関心事、同僚の課題、他社の人事の取り組みなどを積極的に知ろうとすることが求められます。

3に、人事プロフェッショナルには、圧力がかかる状況でも正しいことをする「勇気」が不可欠です。例えば、同僚が戦略を無視したり、不適切な行動をとったりした際に、異議を唱えなければなりません。

4に、人事プロフェッショナルは、人が組織の最も重要な資産であることを認識し、「思いやり」を持つ必要があります。従業員のために有益なことをし、逆に、悪影響を最小限に抑えるよう努めるべきです。

これら4Cを実践することは、人事プロフェッショナルが組織と従業員双方に貢献するための基盤となります。これまでの考察を踏まえ、人事が目指すべき方向性を展望します。

人事の役割について検討する

ここまでの研究から、人事の役割について重要な示唆が得られます。それらを踏まえ、人事が目指すべき方向性を探ります。

  • 戦略的役割の強化:人事は戦略の策定・実行に関与し、人材の観点から提言を行うことが求められます。そのために、経営層との関係構築、事業環境の理解、人材データの活用などが大事です。例えば、定期的に経営会議に参加し、人材の現状や将来の需要について報告・提案を行いましょう。
  • 専門性の深化と職業アイデンティティの確立:人事固有の専門知識・スキルを深化させ、職業アイデンティティを確立することも課題です。人事に関する最新の知見を学び、実践に活かしていく継続的な学習が必要です。例えば、人事関連の資格を取得したり、社外の人事コミュニティにおける活動を通じて、専門性を高めていくことが考えられます。
  • 社会的資本の活用:組織内外の人的ネットワークを構築・活用することが、人事プロフェッショナルのキャリア開発と専門性向上につながります。特に、組織内の上位者や他部門との関係構築が鍵を握ります。例えば、他部門との定期的な情報交換や、部門横断的なプロジェクトへの参加を通じて、相互理解と信頼関係を深めていきましょう。
  • 4Cの体現:有能さ、好奇心、勇気、思いやりという4つの特性を体現することで、人事プロフェッショナルは組織と従業員の双方に価値をもたらすことができます。例えば、人事とビジネスの知見を深めるために、社内外の研修に参加したり、他部門への異動を行ったりすることが考えられます。また、従業員の声に耳を傾け、施策に反映させることで、従業員の信頼と支持を得られます。
  • 従業員への影響の考慮:人事の意思決定が従業員に与える影響を吟味し、従業員のウェルビーイングと組織パフォーマンスの両立を目指します。例えば、人事施策の立案・実行に際しては、従業員からの多様な意見を収集します。また、施策の効果をモニタリングし、従業員の反応を踏まえて柔軟に改善します。

2つの原則:パラドックスと職業倫理

ここまでの議論にもとづけば、人事の役割変化を考える上で重要な原則を、「パラドックスに対応すること」と「職業倫理を持って仕事をすること」の2点に集約できるのではないでしょうか。

人事には、戦略と実践、専門性とビジネス、従業員への共感と組織の意思決定など、一見相反する要素のバランスを取ることが求められます。パラドックスに直面したとき、両者の価値を認めつつ、一方に偏らない判断が求められます。

例えば、多様な価値観を持つ従業員が増えています。ダイバーシティ推進と、組織の一体感の醸成は、ともすれば相反する課題となり得ます。多様性を尊重しつつ、共通の目的や価値観で従業員をまとめていくことは容易ではありません。違いを認め合い、互いに学び合う文化を育むことが、人事の役割となります。

パラドックスに向き合う際、人事に求められるのが「職業倫理」です。従業員と組織の利益が対立する場面では、公平性と誠実性を持って判断を下さなければなりません。

また、人事プロフェッショナルとして、自らの専門性に基づいて発言し、行動することも職業倫理の一環です。人事の専門知識やスキルをもとに経営層に提案する姿勢が欠かせません。

自己研鑽を怠らず、常に高い倫理観を持ち続けることも重要な職業倫理です。人事に関する最新の知見を学び、実践に活かす姿勢を持つこと、倫理的なジレンマに直面した際に、専門家コミュニティと議論することが求められます。

脚注

[1] Gollan, P. J. (2012). HR on the line: Human resource managers’ contribution to organizational value and workplace performance. Asia Pacific Journal of Human Resources, 50(3), 288-307.

[2] Wright, C. (2008). Reinventing human resource management: Business partners, internal consultants and the limits to professionalization. Human relations, 61(8), 1063-1086.

[3] Gubbins, C., and Garavan, T. (2016). Social capital effects on the career and development outcomes of HR professionals. Human Resource Management, 55(2), 241-260.

[4] Meisinger, S. R. (2005). The four Cs of the HR profession: Being competent, curious, courageous, and caring about people. Human Resource Management: Published in Cooperation with the School of Business Administration, The University of Michigan and in alliance with the Society of Human Resources Management, 44(2), 189-194.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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