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コラム

越境学習の新視点:内集団・外集団の知見から考える

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現代の企業においては、新しい価値創造のために、社内外のさまざまな人と関わることが求められています。そのような中で注目されているのが「越境学習」です。

越境学習とは、慣れ親しんだ場所(ホーム)と不慣れな場所(アウェイ)を行き来することで生まれる学びのことです。筆者は法政大学大学院の石山先生と一緒に『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(日本能率協会マネジメントセンター)という本を書き、このテーマについて探求してきました。

本コラムでは、越境学習を内集団・外集団の研究成果という新しい角度で捉え直すことで、実践に役立つヒントを見つけることを目指しています。理論の構築を狙うのではなく、実際に使えるアイデアを見つけることに重点を置きます。

越境学習とは何か

越境学習の基本的な考え方を見ていきましょう。越境学習においては、ホームとアウェイを行き来する中で学びが生まれると考えます[1]

ホームとは、自分がよく知っている場のことです。そこでは、自分の役割や振る舞い方がわかっているので、安心して活動できます。一方、アウェイとは、自分にとって不慣れな場を指します。そこでは、どう振る舞えばいいのかわからず、戸惑うことが多いでしょう。

例えば、普段働いている会社がホームだとすると、仕事が終わった後にボランティアでNPO活動をする場はアウェイになります。会社では自分の役割や仕事の進め方がはっきりしていますが、NPOでは異なる文化や価値観に基づいて活動しなければなりません。最初は戸惑うかもしれませんが、会社とNPOを行き来するうちに、新しい気づきや学びが生まれてきます。

もちろん、アウェイはNPOだけではありません。地域のコミュニティ、新しい会社、PTANGOなど、いろいろな場が考えられます。普段は接することのない人と交流し、違う価値観に触れることで、新しい視点やアイデアを得ることができます。

越境学習のプロセスとその課題

越境学習のプロセスを説明すると、次のようになります。

越境中

  • ホームからアウェイに足を踏み入れると、不慣れな環境に困惑します。どう行動すればいいのかわからず、なかなかうまくいきません。しかし、そこで立ち止まるのではなく、どうにかしてその場に貢献しようともがき続けます。いろいろなことを試して周りの反応を探りながら、試行錯誤を繰り返します。
  • そうしているうちに、アウェイとホームを客観的に見られるようになってきます。アウェイでは何が求められているのか、自分にどのような役割が期待されているのかが見えてきます。すると、アウェイのやり方に合わせて行動できるようになり、周りの人からの協力も得られやすくなります。

越境後

  • 越境学習における重要な局面の一つが、アウェイでの経験を終えてホームに戻ってきた後です。アウェイで新しい価値観や行動様式を学んだ人は、かつて慣れ親しんでいたはずのホームに違和感を覚えることがあります。
  • 「アウェイではこんなやり方で成果を上げていたのに、なぜホームでは旧態依然としたやり方にこだわるのだろう」「もっと効率的なアプローチがあるはずだ」と、ホームの現状に疑問を感じ、改善を提案したくなります。
  • しかし、その提案が周囲に受け入れられるとは限りません。「今までのやり方で十分うまくいっている」と、現状維持を望む声は根強いものです。新しいアイデアは、ホームの人には「余計なお世話」と映ります。
  • しかし、こうした提案と反発の中で、一定の距離を置いてホームを見つめられるようになり、ホームの文化や価値観を相対化できるようになります。
  • ホームの人の心情に配慮して言い分にも耳を傾けたり、変化を急がず信頼関係を築いていったり、ホームの進め方に合った形で新しいアイデアを提案したり、ホームの文脈に翻訳して伝えたりすることができるようになります。その結果、徐々に周囲の理解と協力を得られるようになります。

このように効果のある越境学習ではありますが、課題もあります。一つは、そもそもアウェイに行く勇気が出ないということです。知らない環境に飛び込むことへの不安や恐れから、ホームにとどまり続ける人も少なくありません。

もう一つは、(前述の通り)アウェイから戻ってきたときに、改善の提案をしても、周りの反発を受けることです。新しい発想や価値観を伝えても、「今までのやり方でうまくいっている」と受け入れてもらえないことも珍しくありません。そのうちに風化してしまうことになります。

アウェイへの不安を和らげる

ここからは、「内集団」「外集団」の研究知見を参考にして、越境学習の課題への対策を考えていきます。

内集団とは、自分のアイデンティティの一部とみなし、「仲間」だと思う集団です。内集団の人とは、親しみを感じやすく、助け合おうという気持ちも強くなります。一方、外集団とは、自分のアイデンティティと関連付けない集団です。内集団ほど親しみを感じません。外集団に対しては、時に否定的な見方をすることが分かっています。

越境学習では、ホームを内集団、アウェイを外集団のように感じることが多いと思われます。しかし、越境して戻ってきた人を、周囲は内集団と捉える場合もあれば、外集団と捉える場合もありそうで、なかなか興味深いところです。内集団と外集団に関する研究知見をもとに、越境学習に新たな光を当ててみましょう。

まず、アウェイに行くことへの不安をどう和らげるかについて示唆を提供する研究が参考にあります[2]。研究では、人は外集団の人との交流について、偏見や先入観に基づいて悪いイメージを持ちがちだと指摘しています。「自分と異なる背景の人とうまくやっていけるか」と不安になるのは自然です。

ところが、実際に交流してみると、予想よりもポジティブな結果になることが多いことが分かりました。相手のことを知るにつれ、最初に抱いていた不安や心配が杞憂だったことに気づきます。アウェイでの経験を厳しく見積もらず、思い切って一歩を踏み出すことが大切だと教えてくれます。

また、外集団の人と関わるとき、共通点に注目すると不安が和らぐこともわかりました。相手との似ているところを見つけると、親近感が湧き、うまくやっていける感覚が得られるのでしょう。この結果から、アウェイの人と関わる際には、共通の価値観、目標、興味など類似点を積極的に見つることが効果的だと考えられます。

アウェイの人を「人間らしく」捉える

外集団の人を「人間らしく」捉えることの重要性を説く研究があります[3]。人間らしく捉えることを「人間化」と呼び、相手を自分と同じように、複雑な感情や考えを持つ人間として理解することを指します。

研究では、違うグループ間の関係改善における「人間化」の効果を、二つの状況で検証しています。一つは、スイスにおける移民との関係です。移民について人間らしさを感じる情報を示すと、スイス市民、特に移民とマイナスの接触経験が多い人の態度が改善されました。

もう一つは、コソボにおけるロマ人との関係です。ロマ人は少数民族ですが、ここでも人間化の方法が役に立ちました。ロマ人に関する人間らしさを感じる情報は、コソボ市民のロマ人への共感を高め、不安を減らしました。

これらの知見から、アウェイの人、特に異なる文化や背景を持つ人について、その人間らしさを強調する情報を社内で共有することが、アウェイに対する不安の軽減につながると考えられます。

例えば、社内報や社内SNSで、アウェイの人のパーソナルな物語、成功体験、挑戦、希望、夢などを紹介する方法があり得ます。抽象的なイメージとしてアウェイを認識するのではなく、生身の人間として捉えられるようになれば、アウェイに対する心理的障壁も下がるはずです。

自分の考え方に注目し、受容を促す

アウェイから戻ってきたときの周りの反発をどう和らげるかを考えます。ホームに戻った越境学習者は、新しい視点を示し、改善策を提案するという意味で、ホームにとどまりつづけている人から見ると、外集団(自分たちとは異なる人)として認識される可能性もあります。

特に少数派の外集団に対する態度を改善するには、多数者の内集団による外集団に対する考えと、それらの考えに対する自身の考えを検討してもらうことが有効だと述べています[4]

具体的には、実験において、参加者に少数派の外集団に関する質問に答えてもらいました。まず、外集団について直接的に何を思うかを聞き、次にその考え方自体をどう捉えているか(メタ認知)を尋ねました。

実験の結果、メタ認知の質問を受けた参加者は、少数派の外集団により肯定的な態度を示しました。自分の考え方を見つめ直すことで、偏見に気づき、それを修正するきっかけになったのかもしれません。

この知見を越境学習に応用すると、アウェイから戻った人を受け入れるホームの人に、自分自身の思考プロセスをリフレクションしてもらうことが有効だと考えられます。「なぜ自分は、この提案に違和感を覚えるのか」「自分の考えには十分な根拠があるのか」などと自問自答することで、視野の拡大が期待できます。

とはいえ、いきなりリフレクションを求めるのも難しいものです。そこで例えば、次のような方法をとってみるのは、いかがでしょうか。

  • 越境学習者が戻ってくるホームの人を小グループに分け、越境学習者の提案に対する自分の反応について話し合います。他の人の意見を聞き、自分の意見を述べる中で、自分では気づかなかった思い込みに気づくことができるかもしれません。
  • 一人で静かに考える時間を提供し、越境学習者に対する自分の態度の根拠を探ります。なぜそのように感じるのか、その考えは本当に正しいのかを問います。
  • 一定の期間、越境学習者との関わりの中で感じたことを日誌に書き留めます。後から振り返ることで、自分の考えの変化や、そこに潜む偏見に気づくことができます。

能力や行動について肯定的な指摘をする

他方で、アウェイから戻った越境学習者を内集団とみなすこともあるでしょう。しかし、ここで注意すべきは、内集団からの否定的なフィードバックは特に大きな脅威と感じられてしまう可能性があることです。

人は内集団からのマイナスな評価に対して、特に防衛的で感情的な反応を示しがちだと指摘する研究があります[5]

研究では、内集団の人から道徳性に関する否定的なフィードバックを受けると、外集団の人からの同様のフィードバックよりも強い情緒的な反応や注意が生じることが示されました。例えば、以下のような反応が見られました。

  • 怒り、悲しみ、失望、屈辱感などのネガティブな感情が強く起こった
  • 否定的なフィードバックの内容により注意が向けられ、記憶に残りやすくなった
  • フィードバックの正当性を否定したり、相手を非難したりするなど、防衛的な反応が見られた

このような反応を示すのは、内集団からの評価が自分のアイデンティティにより大きな影響を与えるためです。内集団は自分にとって心理的に重要であり、そこから否定されることは自尊心への脅威となります。

越境学習者を内集団として認識している場合、そうした仲間から現状を否定する提案を受けることは、ホームで働く人にとって強い衝撃を受けるでしょう。このことから、越境学習者が組織を変えるような提案は、注意深く進める必要があることが分かります。

まず、ホームの人の道徳性を問うような言動は避けた方が良いでしょう。例えば、「もっときちんと行動すべきだ」などと述べるのは得策ではありません。道徳的な非難は相手の自尊心を傷つけ、建設的な議論を妨げます。

その代わりに、能力や行動に焦点を当てることが重要です。「この方法なら、もっと楽しく仕事ができる」など、前向きな提案をするように心がけましょう。また、「今までのやり方が間違っていた」と否定するのではなく、「さらに良くなる」と良い面を強調したいところです。

脚注

[1] 石山恒貴・伊達洋駆(2022)『越境学習入門:組織を強くする「冒険人材」の育て方』日本能率協会マネジメントセンター。

[2] Mallett, R. K., Wilson, T. D., and Gilbert, D. T. (2008). Expect the unexpected: Failure to anticipate similarities leads to an intergroup forecasting error. Journal of Personality and Social Psychology, 94(2), 265-277.

[3] Borinca, I., McAuliffe, A., & Nightingale, A. (2024). Improving intergroup relation through humanization: The moderating role of negative direct contact and the mediating role of intergroup affect. Asian Journal of Social Psychology, 27(1), 16-26.

[4] Santos, D., Martinez, R., Brinol, P., and Petty, R. E. (2023). Improving attitudes towards minority groups by thinking about the thoughts and meta‐cognitions of their members. European Journal of Social Psychology, 53(3), 552-566.

[5] Rosler, I. K., van Nunspeet, F., and Ellemers, N. (2023). Falling on deaf ears: The effects of sender identity and feedback dimension on how people process and respond to negative feedback? An ERP study. Journal of Experimental Social Psychology, 104, 104419.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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