2024年3月21日
睡眠の質と仕事への影響:健康とパフォーマンスの向上を求めて
皆さんは夜、ぐっすり眠れていますか。睡眠時間は十分に確保できていますか。本コラムでは、「睡眠」に焦点を当てます。とはいえ、私は睡眠という現象そのものの専門家ではありません。
本コラムでは、睡眠と仕事の関係に注目し、私たちが職場を作る際のヒントを得ることを目指します。世界的に見て、日本人の睡眠時間は十分ではないという指摘もあります。その中で、睡眠という観点から仕事について見つめ直すことには、一定の意義があるはずです。
睡眠の問題は珍しくはない
初めに確認しておきたいのは、睡眠の問題を抱える人が決して稀ではないということです。新しい研究によれば、睡眠の問題を抱える人の割合は米国で5割を超え、日本では2割強と、米国よりは少ないものの、それでも無視できない割合であることがわかっています[1]。
多くの人が知っているように、睡眠は健康に大きな影響を与えます。睡眠時間が不足すると、高血圧、心血管疾患、糖尿病などの疾患と関連すると報告されています。私たちの心身の健康にとって、十分で良質な睡眠は欠かせません。
仕事に対する影響についてはどうでしょうか。日本の従業員を対象にした研究において、ピッツバーグ睡眠品質指数を用いて睡眠の質を測定し、事故や負傷との関連を検証したところ、睡眠に問題のある人ほど事故や負傷を報告する傾向があることが明らかになりました[2]。働く上でも睡眠の重要性は確認されています。
同じ研究の中で労働時間についても検討が加えられていますが、睡眠と同様に労働時間が長い人は、やはり事故や負傷のリスクが高いことが示されています。働き過ぎが睡眠にも悪影響を及ぼし、労働時間と睡眠問題が相互作用していることが考えられます。
その他にも悪影響が指摘されています。例えば、睡眠不足は自分や他者の感情を認識し処理する能力を低下させ、これは仕事に対する満足や組織に対する愛着などにも負の影響をもたらします[3]。また、注意力、記憶力、思考スピードなど、いわゆる認知的な機能の効率を下げてしまいます。
発言の仕方によって睡眠の質が変わる
睡眠の問題が実際の仕事にどのような影響を与えるのか、あるいは逆に仕事が睡眠にどのような影響を与えるのかを見ていきましょう。職場における発言(専門的には「ボイス」と呼ばれます)と睡眠の関係について調査した研究を紹介します[4]。
睡眠は心身の回復にとって非常に重要です。十分な睡眠をとらない場合、回復プロセスが妨げられ、心理的資源が不足し、仕事中の消耗が激しくなります。これによって、重要なタスクに集中することが難しくなるなどの弊害が生じ得ます。
不十分な睡眠によって心理的資源が減少すると、従業員は自分の役割を超えた行動である、発言を控える可能性があります。
この仮説に基づいて、データをもとに検証した結果、睡眠と発言の間には興味深い関係があることが明らかになりました。発言は促進的なものと抑制的なものに大別できます。促進的な発言はポジティブな提案を行うことを指し、抑制的な発言は懸念を表明したり問題を指摘したりすることを指します。
促進的な発言を行うことで前向きな感情が高まり、仕事後にも仕事からうまく離れられるようになり、睡眠の問題が生じにくくなります。それに対して、抑制的な発言を行うと後ろ向きな感情が増幅され、仕事後も仕事のことを考えがちになり、睡眠をうまくとれなくなります。
さらに、睡眠が良質でなければ、翌日の促進的な発言が減少することが分かりました。この影響は心理的資源が減ったことに起因すると捉えられます。良い睡眠は良いコミュニケーションを職場にもたらし、良いコミュニケーションは良い睡眠をもたらすという好循環が存在していることが示唆されます。
促進的な発言を促し、抑制的な発言を支える
発言と睡眠の関係についての研究から、いくつかの重要な含意を得ることができます。
まず、改めて、睡眠が従業員の心身の健康にとって、そして職場のパフォーマンスにとって重要であることが分かりました。直感的には理解できる結果ではありますが、睡眠の有効性を今一度社内で共有し、従業員が十分な睡眠を取ることができる環境を作り出す必要があります。
職場における促進的な発言が仕事後の睡眠にも影響を及ぼす点は考えさせられます。促進的な発言が良好な職場環境を直接的に形成するだけでなく、同時に睡眠問題のリスクを軽減することで従業員のウェルビーイングにも貢献することができます。職場において開放的でポジティブなコミュニケーションを奨励したいところです。
一方で、抑制的な発言が職場で不要かと言えば、そうとも限りません。懸念や問題を指摘することは、職場の学習を促したり改善に結びつけたりする意味では有益です。
ただし、このような発言をする従業員には心理的なダメージが及ぶ可能性があります。職場全体でこの点を理解し、抑制的な発言を行う人には情緒的なケアを提供したり、抑制的な発言から解決策につながるようなポジティブな結果を追求したりするなどの工夫を凝らしましょう。
とはいうものの、常に抑制的な発言をしていると、心身が疲弊する事態に陥ります。発言の有用性を踏まえつつも、時には意図的に沈黙を選択すべきでしょう。意図的な沈黙も、長期的に見れば従業員と職場にとってプラスになる可能性があります。自分たちの心理的資源が有限であることを前提に、資源を保全し、重要なときにのみ使用することも、戦略的で賢明な判断と言えます。
睡眠の問題は協調を妨げる
前述の研究は、睡眠が従業員個人の行動とどのように関連しているかを検討するものでした。続いては、睡眠の問題が人々の協調行動にどのような影響を与えるのかを考えます[5]。要するに、個人間の相互作用に対する影響を探ります。
人と人との協調には思考力が必要であることは理解されていますが、睡眠時間を減らすことが協調にどのような影響をもたらすかは、これまで分かっていませんでした。そこで研究では、夜に8-9時間睡眠を取る場合(通常睡眠)と、5-6時間睡眠を取る場合(睡眠制限)に振り分け、協調ゲームを行いました。
協調ゲームは、お互いに協力することによって共通の目標を達成しようとする取り組みです。基本的に協力し合うことで良い結果が得られ、個々の利益を求めるよりもグループの利益を考慮する行動が必要になります。
実験の結果、睡眠制限を受けた人は協調が難しくなることが明らかになりました。睡眠制限下では、他者を信頼する度合いが低下することが観察されました。
特に示唆深いのは、睡眠制限を受けた人がグループに含まれている場合、協調の成果が下がり、不協和によるコストが増すことが分かった点です。一人でも睡眠問題を抱える人がいると、グループのパフォーマンスに負の影響が及ぼされるということです。
この研究は、睡眠制限が協調能力を下げること、特にグループ内の協調が必要な状況において、調整がうまくいきにくいことを示しています。睡眠の質は個人だけではなく、グループ全体にも波及することを示唆しています。
特に注意が必要な職場と対策
睡眠の問題が協調に悪影響を及ぼす研究を参考にすれば、特に、チームワークが重要視される職場では、睡眠不足が協調の能力と成果を抑制することが考えられます。チームでプロジェクトを進めたり、タスクを遂行したりする職場において、睡眠不足の影響が顕著に現れるかもしれません。
仕事の相互依存性が高い職場では、この問題がより深刻なダメージを与えるでしょう。職場内の特定のメンバーの仕事が他のメンバーに影響を及ぼす場合、つまり、仕事が重なり合っている場合、相互依存性が高いと言えます。こうした職場では協調が求められ、結果として、睡眠の問題が成果に敏感に反映されるでしょう。
職務が明確に規定されていないことも多い日本の職場は、相互依存性が高い傾向にあります。したがって、睡眠の質がパフォーマンスに与える影響は看過できないものです。企業としては、従業員の睡眠に対して様々な支援を提供していきたいところです。
例えば、睡眠教育の推進が考えられます。従業員に対して、質の高い睡眠をとるための方法を情報提供しましょう。また、睡眠の質が共同作業に支障をきたす可能性があることを従業員に周知し、眠れない夜が誰にでもあることを前提とした、お互いに助け合う文化を醸成することも重要です。これによって、協調性への悪影響を緩和させることが可能となります。
さらに、適切な睡眠時間やリズムは個人によって異なります。夜型の人もいれば朝型の人もいます。夜型の人にとっては、通常の始業時間が早すぎることも考えられます。各自の生活リズムに合わせて働けるような、柔軟な勤務時間制度の導入と普及が、一つの解決策となり得ます。
一時期、昼寝を取ることへの関心が高まっていました(現在もそうでしょうか)。仮眠を取ることができる場所を設置することも、睡眠不足による注意力や集中力の低下を一時的に回復させる対策の一つとなります。
睡眠のために職場にできること
世の中には睡眠に関する情報があふれていますが、寝る前後が話題になりがちです。確かに、そのタイミングでの環境整備や準備体制の構築は大切です。しかし、これまでの多くの研究によって、日常の職場環境も睡眠に関わっていることが明らかになっています。
良質な睡眠を促すために職場でできることは何でしょうか。仕事と睡眠の関係について広範な分析を行った研究を紹介します[6]。簡潔に述べると、仕事に関連する様々なストレスや要求が従業員の睡眠の質と量に関連していることが示されています。
具体的には、以下のような要因が睡眠にネガティブな影響を与えるとされています。
- 仕事上の役割が不明確であること
- 複数の役割を求められ、それらの間で対立があること
- 求められる役割の負荷が大きいこと
- 職場において人間関係のトラブルがあること
- 自分が仕事をコントロールしにくいこと
- 周囲からのサポートが得られないこと
この研究結果を踏まえ、職場でできる対策を挙げてみましょう。
- 上司やプロジェクトリーダーが各従業員に期待される役割と成果を明確にし、それを一人ひとりに伝える
- 各自の仕事上の目標が孤立しないよう、お互いの目標を共有し、進捗を確認する時間を確保する
- 複数の役割をこなしている従業員を放置せず、気を配り、フォローをする。オープンにやりとりする機会を作って葛藤を明らかにし、解消に努める
- 従業員が過度な負荷を抱えている場合は、仕事の優先順位づけを手伝う。必要なら仕事の再分配を行い、休憩やリフレッシュの時間を設けるよう推奨する
- 職場のメンバーが仕事に関する会話だけでなく、他のことも含めて気軽にやりとりできるよう、チームビルディングを丁寧に行う
- お互いに配慮することは大事だが、構いすぎも良くない。任せるところは任せ、同時にセルフマネジメント能力を高めることを支援する
- メンター制度を取り入れるなど、公式的に相談する相手を定め、職場においてサポートの仕組みを作って、必要なサポートがすぐに得られるようにする
すべてを実行するのは難しいかもしれませんが、一つでも実行できそうなものから着手しましょう。睡眠の質を間接的に高めていくことで、職場にとっても持続可能な形で成果を出していくことができるようになります。個人のウェルビーイングと職場のパフォーマンスを両立させるためにも、良質な睡眠は欠かせません。
脚注
[1] Amiri, S. (2023). Sleep quality and sleep-related issues in industrial workers: A global meta-analysis. International Journal of Occupational Safety and Ergonomics, 29(1), 154-167.
[2] Yamauchi, T., Sasaki, T., Takahashi, K., Umezaki, S., Takahashi, M., Yoshikawa, T., Suka, M., and Yanagisawa, H. (2019). Long working hours, sleep-related problems, and near-misses/injuries in industrial settings using a nationally representative sample of workers in Japan. PLoS One, 14(7), e0219657.
[3] Litwiller, B., Snyder, L. A., Taylor, W. D., and Steele, L. M. (2017). The relationship between sleep and work: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 102(4), 682-699.
[4] Heydarifard, Z., and Krasikova, D. V. (2023). Losing sleep over speaking up at work: A daily study of voice and insomnia. Journal of Applied Psychology. Advance online publication. https://doi.org/10.1037/apl0001068
[5] Castillo, M., and Dickinson, D. L. (2022). Sleep restriction increases coordination failure. Journal of Economic Behavior & Organization, 200, 358-370.
[6] Litwiller, B., Snyder, L. A., Taylor, W. D., and Steele, L. M. (2017). The relationship between sleep and work: A meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 102(4), 682-699.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。