2024年3月1日
現場が変わるサーベイ活用術:改善に役立つフィードバックとは(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2024年2月にセミナー「現場が変わるサーベイ活用術:改善に役立つフィードバックとは」を開催しました。
組織サーベイを実施する企業が増えています。サーベイ結果を現場の改善につなげられていますか。現場で役立つサーベイフィードバックの方法を解説しました。
- サーベイ結果をどうまとめれば良いか
- マネージャーにどうフィードバックすれば良いか
- どのように対策を検討してもらえば良いか
- サーベイフィードバックの成功事例・失敗事例
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
現場フィードバックの意義
今回は、現場フィードバックの意義と実施する上でのポイントに焦点を当てて話を進めていきます。初めに、組織サーベイの結果を現場社員にフィードバックすることの意義について考えましょう。
現場社員は、組織サーベイを通じて浮かび上がった問題の解決策を実行する主体です。解決策の実行者である現場社員としっかりとコミュニケーションを取るのが、現場フィードバックの場です。
現場フィードバックを通じて、問題解決のヒントを得ることができるだけでなく、フィードバック自体が解決策を進める準備段階として機能します。現場フィードバックは解決策を進めるための基盤を築くことになるのです。
しかし、実際には組織サーベイの結果を現場にフィードバックしている企業は必ずしも多くありません。フィードバックが行われない場合、現場社員は「組織サーベイの結果はどうなったのか」「また来年も答えなければならないのか」といった疑問を持ちます。これでは、組織サーベイに対する意欲が失せてしまいます。
私たちが2022年に行った組織サーベイの実態調査では、「アンケートに回答しても何も変わらないと思う」と回答した人が40%を超えるという衝撃的な結果が得られています。多くの社員がアンケートへの回答に無力感を覚えていることが伺えます。
現場フィードバックが有効であることは理解していても、それをどのように実施すればよいのか、多くの人事担当者が悩んでいます。本日は、その点についてお話ししていきます。
フィードバックがうまくいかない原因を6つ挙げ、それぞれにどのように対応すればよいかを考えます。具体的には、「興味を持てない」「既知の情報である」「自分に関係ないと思う」「対策が思い浮かばない」「改善意欲が湧かない」といった原因です。これらに適切に対応することで、より良い現場フィードバックの方法を見出すことができます。
サーベイ結果への興味を高める
現場フィードバックがうまくいかない原因の一つは、現場社員がフィードバックに興味を持ってくれないという点です。社員は忙しい時にフィードバックを受けることや、フィードバックがどのような変化をもたらすのか疑問に思うことがあります。
このような状況では、フィードバック中に注意が散漫になったり、質問がほとんど出なかったり、ディスカッションが盛り上がらないことがあります。また、フィードバックの場に遅刻する人が多かったり、途中で退席する人が目立ったりすることもあります。これらの振る舞いは、興味の欠如が背後にある可能性あります。
興味を引くことの重要性は、精緻化見込みモデルなどの学術的な議論からも裏付けられています。人は自分が興味を持てない話題に対しては、聞き流してしまう傾向があります。
このことは現場フィードバックの文脈においても、深刻な問題となります。もし現場社員がフィードバックに興味を持たなければ、その内容が有意義であっても、きちんと受け取ってもらえないのです。
では、どうすればフィードバックに興味を持ってもらえるでしょうか。ここで重要なのは、好奇心を引き出す方法を見つけることです。好奇心が湧くと、人は新しいことを学びたくなります。しかし、組織サーベイの結果に好奇心を持ってもらうのは、容易ではありません。
一つの解決策は、クイズのように問題を出し、それに対するヒントを提供することです。この方法は、「知りたい」という欲求を高めることが実証されています。たとえ関心のない話題であっても、問題とヒントを提供することで、答えが何なのかを知りたくなるのです。
これは、人が目標に近づくにつれてモチベーションが高まるという「目標勾配仮説」に基づいています。問題に対する答えに近づくにつれて、好奇心が増すということです。ヒントを提供することで、社員は正解に一歩近づき、それによってさらに知りたいと感じます。
例えば、エンゲージメントサーベイの結果をフィードバックする際に、直接結果を伝えるのではなく、まずは問題を出します。「社員のエンゲージメントを促進する要因は何だと思いますか」と尋ねるのです。そして、「『仕事の性質』がヒントです」とヒントを提供します。これにより、社員は自分たちの仕事環境について考え、どの要素がエンゲージメントに影響を与えるのかを予測しようとします。
問題を出す際は、複雑になり過ぎないよう注意します。複雑な問題は、解決に興味を持っている人以外を遠ざけてしまいます。また、リアルタイムで回答を集める方法も有効です。社員同士のコミュニケーションが促進され、フィードバックセッションがより活発になります。
ヒントは段階的に提供し、社員の経験や既知の情報に関連付けることで、正解に対する好奇心を高めると良いでしょう。たとえ最初はエンゲージメントに関心がなかったとしても、問題とヒントを通じて、社員は自然と関心を持ち始めます。
結果を通じた学びを促す
続いて、「既知の情報として受け取られること」を取り上げます。これはフィードバックが現場に響かない原因の一つで、フィードバックの内容が新鮮味を欠いていると捉えられてしまうのです。
例えば、「そんなことは既に知っている」「今さら基本的なことを教えられても」といった反応が出てきたり、話を半分にしか聞かない態度が見られたりする場合、フィードバックで新たな発見が得られていない可能性があります。
思いもよらなかったことを知ることができなければ、聞き手は積極的に情報を受け入れません。しかし、問題は人々が「自分はそのことを既に知っていた」と錯覚してしまうケースがあることです。これは「後知恵バイアス」と呼ばれる現象です。後知恵バイアスは現場フィードバックにおいて厄介です。
「知っている」と思われてしまうと、提供された情報には価値がないと見なされかねません。この問題に対処する一つの方法は、結果を報告する前に、まず現場社員に「自分なりの仮説」を立ててもらうことです。
例えば、エンゲージメントを高める要因について、「皆さんは何だと思いますか?」と問いかけ、現場社員に考えてもらうのです。ここで言う「仮説」とは、社員が暫定的に考える答えを指します。
この仮説が正解だった場合、人は喜びを感じ、間違っていた場合でも、どこが違ったのか、なぜそれが正解なのかを知りたくなるのです。
仮説を立てることは、好奇心を刺激する方法です。これは「情報ギャップ理論」という理論に基づいています。自分の持っている情報と、提供される情報の間にギャップがあると、人はそのギャップを埋めたくなります。
例えば、異なる背景を持つ人の話が興味深いのは、その人が持っている情報が自分にはないからです。フィードバックを提供する側が、聞き手が持っていない情報を持っていることを認識させることができれば、情報のギャップが生まれ、好奇心が刺激されます。
仮説を立ててからフィードバックを受けることには、聞き手をより謙虚にするという副次的な効果もあります。人は自分の仮説が正しいと信じがちです。しかし、仮説が間違っていたことを認識すると、他の視点にも耳を傾けやすくなります。
これは、自分の仮説に合った情報を選択的に認識する「確証バイアス」に対する一種の牽制となり、自分の仮説に合わない情報にも注意を払うようになるというメリットがあります。
ただし、仮説を立てるよう求める際には、その目的を明確に説明しましょう。いきなり仮説を考えるよう指示されても、社員は何を期待されているのか不安に感じるかもしれません。仮説の正誤を評価するわけではないことを伝え、心理的安全性を高めます。また、全員が仮説を立てるように促すことも大事です。
社員の自分ごと化を醸成する
フィードバックがうまくいかない3つ目の原因です。組織サーベイの結果を現場社員にフィードバックしても、「これは自分には関係ない」と感じてしまうことがあります。「人事がまた理想論を語っている」とか「実際の仕事には役立たない」などといった反応が出ることもあります。
このような状況では、フィードバックが行動変容や成果に結びつかず、環境のせいにしたり、提案された内容に批判的であっても代替案を提出しない、または積極的に対策に取り組まないという事態になりがちです。
こうした反応の背景にある「自分はサーベイ結果と無関係だ」と感じる心理をどうやって和らげ、当事者意識を高めていくと良いのでしょうか。
重要なのは、結果に対するリアリティを高めることです。リアリティがなければ、自分の状況と結びつけて考えるのが難しくなります。そのためには、エピソードを取り上げる方法が有効です。
組織サーベイの結果は主に定量的なデータで提供されますが、具体的なエピソードを加えることで、結果がより心に響くようになります。エピソード、つまり実際の出来事を取り上げることで、「自分には関係ない」という感覚を軽減でき、リアリティを感じさせることができます。
歴史を振り返ると、人類は古来より神話や寓話などの物語を通じて知識や規範を伝えてきました。エピソードをはじめとしたストーリーテリングは人の記憶に残りやすく、共感を呼びやすい手法です。
組織サーベイの結果を事前に一部の現場社員に共有し、それに関連する具体的な体験があるかを尋ねることで、エピソードを集めることができます。このヒアリングの様子を録音した上でテープ起こしして共有する方法も効果的です。
エピソードを伝える際のコツとしては、人物を登場させ、その人物の感情や直面している課題を描写することが挙げられます。聞き手はより強く共感し、リアリティを感じやすくなります。
具体的な話を聞くと、聞き手はそれが自分や他の人にも起こりうることだと理解し、サーベイ結果への関心や対策への取り組み意欲を高めることが期待できます。
重要性を認識してもらう
現場フィードバックを成功から遠ざける4つ目の原因、「重要だと感じない」という点を取り上げます。組織サーベイの結果を現場社員にフィードバックしても、その結果を重要なものと捉えてもらえないのです。
例えば、フィードバック中にあくびをされたり、話題を振ると目をそらされたり、フィードバックセッションの予定を早めに告知しても他の予定を優先されたりすることがあるかもしれません。
組織サーベイの重要性をどう伝えれば良いのでしょうか。ここで効果的なのは、危機感を煽るより、明るい未来を示すことです。組織変革の研究によると、変化に向けた動機づけとして、ポジティブなビジョンを提示する方が効果的だとされています。脅威を感じさせる方法は、不安やストレスを引き起こし、変化への抵抗感を増大させます。
すなわち、「組織サーベイの結果を無視すると、深刻な事態に陥ります」といったアプローチではなく、「結果を踏まえて改善を行うことで、より良い未来が待っています」というメッセージを伝えることが大事です。
人には嫌なことから離れたい「回避動機づけ」と、良いことに近づきたい「接近動機づけ」という二つの動機があり、現場フィードバックでは特に「接近動機づけ」を刺激します。
例えば、「エンゲージメントが高まると、このような職場環境が実現します」といった具合に、組織サーベイの改善策を実施することで到達できる、望ましい未来の状態を示し、そこに向かって歩みを進めたいと思ってもらいましょう。
できる限り日常業務に結びつけて未来を描いたり、他社の実際の成功事例を引き合いに出したりすることで、改善策への理解と関心を深めることができます。
こうしたアプローチによって、現場社員は組織サーベイのフィードバックをただの義務や形式的なものと捉えるのではなく、将来のビジョンにつながる重要な一歩と認識するようになるでしょう。
対策を考える支援をする
現場フィードバックがうまくいかない5つ目の原因は、「対策が思いつかない」という問題です。組織サーベイの結果を現場社員にフィードバックしても、「何から手を付ければ良いのか」「どのような対応をすれば効果的か」といった疑問が生じ、改善策が浮かびません。
例えば、フィードバックの場で対策について話し合っても、新しいアイデアが出ず、提案されるものがあまりにも一般的であったり、あいまいだったりすることがあります。また、対策について考える段階で無言になってしまうこともあり得ます。
これらの状況は、現場社員が対策を思いつかないことに根ざしているのですが、この問題に対処するために、意外とシンプルな方法があります。
それは、フィードバックを行う側、例えば人事部が、事前に可能な対策案をいくつか準備しておくことです。現場社員に考えてもらうことは重要ですが、人事部もまた事前に検討しておき、フィードバックの場で対策案を提示します。
対策案を示すことで、結果に対する理解が深まり、さらには、それらの案をもとに新たなアイデアが生まれるきっかけとなります。
ただし、対策案を出す際には、実現不可能なアイデアを避けましょう。時間や予算の制約など、実行可能な範囲内での提案とします。また、すぐにでも実行できるような対策案を含めることで、現場社員が行動を起こしやすくなります。
また、一つの対策案だけでなく、複数の対策案を提案することが有効です。現場社員は様々な案からインスピレーションを得ることができ、自分たちにとって最適な対策を見つけ出すことができます。
こうした方法によって、対策が思いつかないという問題を克服し、組織サーベイのフィードバックが改善行動につながる可能性が高まります。
改善に向けた意欲を刺激する
現場フィードバックの受け取りにおける6つ目の問題点として、「改善意欲が湧かない」という現象が挙げられます。組織サーベイの結果から改善策を考え出すことができたとしても、それを実行に移す気になれない状態を指します。
例えば、「どうせ努力しても何も変わらない」「対策を講じても時間の無駄になるだけだろう」と感じ、改善に対して前向きではない様子が見られることがあります。このような状態では、フィードバックの有効性が損なわれます。
改善意欲を喚起するためには、社員同士の協働関係の構築が鍵となります。改善策を個人だけで進めるのではなく、同僚やチームと一緒に取り組むことで、改善活動への参加意欲を高めることができます。
フィードバックの場を、共同で課題に取り組むコミュニティを形成する機会としましょう。例えば、上司からの支援が重要であると分かった場合、支援を効果的に提供している部門とそうでない部門が互いに経験や工夫を共有すれば、学び合うことができます。
改善活動を支援するためには、定期的なミーティングを設けることも一策です。進捗状況の共有や意見交換が行え、改善活動に対するモチベーションを維持することができます。また、社内SNSやチャットツールを活用して、日常的に情報交換や相談ができるプラットフォームを提供することも、協働関係を強化し、改善意欲を促進する一助となります。
サーベイ結果の示し方
最後に、組織サーベイの結果の伝え方に焦点を当てて説明します。伝えたい内容は多岐にわたるかもしれませんが、情報量が過多になると理解が難しくなります。フィードバック時に最低限伝えるべきポイントを紹介します。
まず、成果指標のスコアを可視化しましょう。成果指標とは人や組織が目指すべき状態であり、いわばゴールを示すものです。例えば、エンゲージメントを成果指標に設定した場合、エンゲージメントの高い状態がゴールとなります。
成果指標の可視化は、現状がゴールからどの程度離れているかを示すことになります。例えば、他社との比較を行い、自社がどのような位置にあるかを分析することで、自社の強みや課題が明らかになります。
次に、成果指標とそれに影響を与える要因である「影響指標」との関連性を検証した結果を共有します。目標を達成するために何が重要であるか、改善策の方向性を考えることができます。例えば、エンゲージメントという成果指標に対して、上司支援と自律性が関連しているといったことを示します。
さらに、成果指標と関連する影響指標について属性比較を行います。どのグループが低いスコアを示しているかを出します。どこに焦点を当てて対策を実施すべきかが明確になります。例えば、上司からの支援が低いと示された開発部は、他部門の良い実践を学ぶ必要があるでしょう。
Q&A
Q:組織サーベイがパンドラの箱のように捉えられ、その結果を恐れてフィードバックを拒む現場社員がいます。どのように対応すれば良いでしょうか?
確かに、組織サーベイを行うことで多くの課題が浮かび上がることはあります。課題の指摘によって生じるネガティブな感情を恐れる心理が働いていることが推測されます。
重要なのは、組織サーベイの結果から得られる情報が全てネガティブなものではないという認識です。実際には、組織の強みや良い点も明らかになります。例えば、特定の指標で自社が優れている点や、ある部門が特に成果を出していることなどが分かるかもしれません。
フィードバックの際には、ポジティブな情報を積極的に共有しましょう。組織サーベイを通じて明らかになった課題だけでなく、良い点を強調することで、フィードバックを受ける側の心理的抵抗を軽減できます。
ポジティブなフィードバックは、現場社員に対する評価や感謝の意を示し、改善に向けたモチベーションやエネルギーを提供します。こうした方法によって、「パンドラの箱を開けたくない」という気持ちを和らげ、組織サーベイの結果を前向きに受け止めてもらえるようになります。
Q:最近「自分ごと」という言葉を上位層から発せられるのですが、あまりに言われ続けると、危機感を煽ることの限界と似たような事態になると感じました。このような場合、どうすれば良いでしょうか?
「自分ごと」という言葉を浴びせられ続けると、自分の努力が認められていないように感じてがっかりしたり、指示や強制に対する抵抗感と似た心理的反応を引き起こしたりするリスクがあります。
自分ごとが何を指すのかを考えた方が良いかもしれません。例えば、改善策に対するコミットメントの不足なのか、改善策の提案をしないことなのか、フィードバックの場に参加しないことなのか。
具体的に定義すれば、それへの対策を検討することができます。あいまいで多義的な言葉は、対策を考えにくくさせるので注意が必要です。
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。