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コラム

人的資本開示を改善につなげるために:女性管理職比率を例に検討する

コラム

近年、人的資本とその開示に対する社会的な注目が集まっています。特に人事領域においては、注目度は一層高まっていると言えます。

企業は人的資本の開示を通じて、その状況を改善していく必要があります。本コラムでは、人的資本の一つである「女性管理職比率」に焦点を当て、その改善方法について考察します。

人的資本を開示する際に収集されるデータを、せっかくなら利用して改善策を検討することが望ましいでしょう。いわゆるデータドリブンな人事にもつながります。

本コラムでは、データに基づいて女性管理職比率を高めるための考え方や進め方を解説します。ダイバーシティを推進する方はもちろん、人的資本の開示業務を行う方にも読んでいただきたい内容です。

女性管理職比率の開示

人的資本は、個人のレベルで言えば、社員が持つ知識、スキル、能力を意味します。これが組織全体に適用されると、組織の人材が持つ知識、スキル、能力の総和を表します[1]

人的資本の社内外への開示は、世界の各国で進んでいます。日本でも、「人材版伊藤レポート」などの文書が人事領域を席巻し、人的資本の開示に対する関心が高まっています。

本コラムで取り上げる女性管理職比率は、人的資本の開示の一例です。欧州の一部の国では、トップマネジメントにおける一定の女性比率を確保することを義務付けています。

日本における女性管理職の動きは、決して先進的とは言えません。1980年代に男女雇用機会均等法が施行され、採用や労働における男女平等の機会と待遇を目指す流れが本格化しましたが、これは例えば米国の数十年後のことです。

それでも、近年は特に女性活躍推進法に象徴されるように、女性の社会進出を支援する議論が進展しています。女性活躍推進法では、企業に対して女性の活躍を促すための行動計画の策定や公表、さらに女性の活躍に関わる情報の開示を求めています。

この動向の中で、企業は有価証券報告書や統合報告書、自社のウェブサイト、ソーシャルメディアなどの様々な方法で、自社の女性管理職比率の現状および目標を社外に公表するようになりました。

改善は自然に進むものではない

企業が開示した女性管理職比率の現状と目標を見ると、先進的な諸外国と比較して、日本の数値が非常に低いと感じる人もいるでしょう。ただ、この状況を嘆いてばかりいても前には進めません。少しでも良い状態を目指して、改善を進めることが重要です。

しかし、人はデフォルトで改善を見込む傾向にあることが研究によって示されています[2]。物事に対して、時間が経過すると改善するだろう、と楽観的に信じる傾向があります。このような希望と期待の混同は、私たちが思うよりも楽観的であることを表しています。

さらに、実際のところ、男女平等などの状況は非線形に変化することが多いにもかかわらず、人は線形に変化すると認識していることが明らかになっています[3]

女性管理職比率を例に挙げると、一定の期間に意図的に高めるという発想は持たず、徐々に増えていくという考え方をとるということです。これは、私たちを改善に向けた努力から遠ざける考え方であるため、注意が必要です。

何もせずに状況が改善することはないでしょう。女性管理職比率の開示はゴールではなく、その改善に向けて具体的な行動を起こさなければなりません。

トップマネジメントに関する研究ではありますが、ジェンダーの多様性が高まると、情報開示に積極的になることを示唆するものがあります[4]。女性管理職比率を高めることが、将来的にさらなる人的資本の開示につながり得るのです。その意味で、女性管理職比率を増やすことは、人的資本の開示における最初の一歩としての重要性が高いでしょう。

目標、指標、対策を区別する

女性管理職の比率を開示し、改善につなげるためには、「目標」「指標」「対策」を区別して考えることが推奨されます。

目標とは、最終的に到達したい状態を指します。一方、指標はその目標達成に向けた進捗を示す中間的な数値を意味します。目標と指標は、いわゆるKGIKey Goal Indicator)とKPIKey Performance Indicator)の関係に似ており、一つの目標に対して複数の指標が紐づけられます。

対策は、指標を高めるために行う具体的な行動です。適切な対策が講じられると、指標は向上し、それによって目標の達成に結びつきます。この三者の関係を明確にすることは、目標達成に向けた取り組みを効率的に進める上で有用です。

目標、指標、対策を区別することが大事なのは、目標に対して直接対策を考えると、しばしばうまくいかないためです。目標は最終的な結果を示し、対策との距離が遠いものです。それぞれの対策の意義を考えたり、進捗を測定したり、プロセスを管理したりすることが困難になりがちです。

特に、女性管理職比率を目標とする場合、指標を設定せずに進めると、社内に存在する可能性のある女性に対するステレオタイプを固定化する問題が生じます。

管理職になった女性は、女性に対するステレオタイプがある中でも昇進を果たしてきた人材であり、これらの人の特有の性質や環境を明らかにすることは、場合によっては、ステレオタイプを肯定することになりかねません。

この点は、既に管理職を務める女性が他の女性を代表するとは限らないということにも関連します。特別な人の特別な方法が分かったとしても、それが他の人に適用できないという結論に終わります。

管理職へのレディネスが指標になる

女性管理職比率を目標に置いた上で、ステレオタイプの固定化や現状肯定を完全に避けることは難しいものの、その影響をいくらか緩和できる指標として何があるでしょうか。

一つの提案として、管理職候補としての女性のレディネス、つまり準備が整っている状態を指標にすることが挙げられます。

レディネスは、現在管理職ではないものの、管理職になるための準備ができている女性社員の割合を示します。レディネスが高まれば、次の管理職候補者のプールを広げることができ、女性管理職比率を高めることも可能です。

管理職へのレディネスは、主に三つの要素から構成されます。それはリーダーシップ能力、リーダーシップ経験、そしてリーダーシップ意欲です。

リーダーシップ能力

リーダーシップ能力とは、人が集団を導くために求められる能力を指します。組織によって、リーダーシップ能力の内容は異なるでしょう。

ここでは、一例として変革型リーダーシップを紹介します。変革型リーダーシップとは、単なる交換関係を超えて人を動かすリーダーシップです。変革型リーダーシップは次の4つの特徴を含みます[5]

  • フォロワーの模範となって尊敬を得て鼓舞する
  • フォロワーにビジョンを示し、それに向けて進む熱意を高める
  • フォロワーに従来の方法ではなく、新しい方法を模索するよう刺激する
  • フォロワー一人ひとりのニーズ、価値観、能力に合った支援を行う

リーダーシップ能力に関するデータの集め方には、様々な方法があります。一つの方法は自己評価で、アンケートを本人に回答してもらい、リーダーシップに関連する自分の能力を自分で評価してもらいます。

しかし、客観性が欠けるという懸念がある場合は、他者評価を用いることができます。例えば、360度評価の結果は、リーダーシップ能力に対する同僚、部下、上司、顧客からの評価を含んでいます。

また、間接的な測定方法として、研修などの機会にどれだけ参加しているかをもって、リーダーシップ能力を推測することも可能です。

リーダーシップ経験

リーダーシップ経験とは、リーダーとして役割を担い、集団を導いた実績を指します。リーダーシップの定義は多岐にわたりますが、共通する点として、他者に対して影響力を行使することが挙げられます[6]。このような経験を積んでいる場合、リーダーシップの準備が整っていると言えます。

リーダーシップ経験には、例えば、変革を主導した経験が含まれます。事業開発や組織改革など、市場や組織の変化や課題に対応するために変革を実施したチームを導いた経験です。社内の生産性を向上させるために新しい業務プロセスを導入することも、リーダーシップ経験と言えます。

また、経済的に困難な状況や事業上の問題に対処するためにチームを率いる経験も、リーダーシップ経験の一部です。問題が発生した際に迅速に現状を把握し、対策を策定して実行に移すことは、リーダーとしての能力を身につける機会となります。

少し大げさな例を挙げすぎたかもしれません。もちろん成功に終わるものだけがリーダーシップ経験ではありませんし、ここまで分かりやすいものでなくても、次のような機能を何らかの形で伴う経験をリーダーシップ経験と呼ぶことができます。

  • 集団が目指すべき目標を設定する
  • メンバーを選び、役割を与えて関係を構築する
  • 計画を立て、実行に移して進捗を管理する
  • 予期せぬ問題に対して意思決定を行う
  • 他の関係者と、たとえ意見が違っても交渉する
  • 社内外の環境変化に柔軟に対応する

リーダーシップ経験の豊かさをデータとして把握するためには、担当した仕事の質や規模に関する情報が必要です。公式的な役職に就いていた場合、その情報は貴重なデータとなります。

できれば、それらの経験がどのような成果をもたらしたか、メンバーの満足度なども含めて捉えられると良いでしょう。分かりやすいアウトカムに限らず、大事な情報となります。

リーダーシップ意欲

リーダーシップ意欲とは、リーダーとしての役割を果たしたいと考える気持ちを指します。他者に影響力を行使したいと全く思っていない人は、管理職へのレディネスが備わっているとは言えません。

一般に、「管理職になりたくない」という人が増えているとよく耳にしますし、報道されていることもあります。ここにおける昇進意欲はリーダーシップ意欲の一形態です。

リーダーシップ意欲を測定するためには、本人に直接尋ねるのが最も効率的な方法です。組織サーベイなどの機会を通じて、意欲を問うことが考えられます。

間接的な方法として、本人のキャリア目標を参考にすることも有効です。その中にリーダーの役割が含まれている場合、リーダーシップ意欲が高いと言えるでしょう。

指標の要因を強化するのが対策

目標に対して複数の指標を設定した後、次に行うべきは対策の検討です。対策を検討する際には、それぞれの指標を向上させる要因を特定し、その要因を強化することが求められます。

具体的には、各指標に影響を与える要因について考察します。例えば、リーダーシップ能力、リーダーシップ経験、リーダーシップ意欲に影響を与える要因を特定するのです。

ただし、この作業は容易ではありません。無計画に要因を挙げても意味が薄れますし、そもそも通常、次々と要因を挙げることは難しいでしょう。要因を特定するためには、一定の知識が必要となるからです。例えば、ダイバーシティ推進に関する実務的な知識や、ジェンダーとリーダーシップに関わる学術研究の知識が有用です。

仮に、それらの知識を持つ人が要因を列挙できたとしても、それらが実際に指標を向上させるかどうかは分からないままです。データを収集し、分析するまでは、それらをほんとうの意味で要因と呼ぶことはできません。

リーダーシップ能力、リーダーシップ経験、リーダーシップ意欲に関するデータを収集する方法は説明しましたが、それに加えて、要因に関するデータも収集する必要があります。

その後、指標と要因の関連を統計的に分析し、分析結果に基づいて、どの要因が重要かを判断します。このプロセスを経て、初めて要因を特定することができます。

要因を特定できれば、それぞれを強化する対策を考えることができます。このプロセスから分かるように、質の高い要因の候補を挙げ、それをしっかりとエビデンスに基づいて検証することが重要です。

要因の候補としてのステレオタイプ

女性管理職比率という目標に向けて、リーダーシップ能力、リーダーシップ経験、リーダーシップ意欲という指標を設定した場合、これらの指標に影響を与える可能性のある要因は何でしょうか。主な要因を、学術研究の知見に基づいて例示します。

まず、学術研究が明らかにしている一つの重要な事実として、女性に対するステレオタイプが女性のリーダーシップ開発に否定的な影響を与えていることが挙げられます。

ステレオタイプとは、特定の集団に対する一般化された固定観念であり、しばしば誤解や偏見を含んでいます。これらのステレオタイプは差別を助長し、異なる背景を持つ人との間に誤解を生じさせます。

特にネガティブなステレオタイプは、対象集団に対する脅威となり、パフォーマンスの低下につながることもあります。ステレオタイプによって、適切な機会を得られなかったり、自己認識が歪められたりします。

女性に関連するステレオタイプは特に、その多くが妥当ではないにもかかわらず、家庭やコミュニティにおける伝統的な性別役割分業の基盤となっており、今もなお意識的、あるいは無意識的に作用し続けています[7]

以下では、リーダーシップ能力、リーダーシップ経験、リーダーシップ意欲にマイナスの影響を与えるステレオタイプを紹介します。これらは、指標に影響を与える要因として考慮すべきものです。

Think manager-think male

女性に関するステレオタイプの中で、特に問題となるのが「管理職=男性」という考え方です。これは、「Think manager-think male」とも表現され、管理職の役割は男性に適しているという偏見を示しています[8]

これには、逆に女性は管理職に向いていないという考えも含まれています。歴史的に男性が管理職を多く務めてきたことが、このステレオタイプを支えている可能性があります。

また、女性らしいとされる特性、例えば共感性があり、協力的で情緒豊かであることよりも、男性らしいとされる特性、例えば決断力があり、競争的で自信に満ちていることが管理職には適していると考えられていることも、このステレオタイプに影響を与えているでしょう。

このステレオタイプは女性にとって二重にマイナスの影響を与えます。一つは、女性が管理職に向いていないとされ、その可能性が閉ざされるという点です。もう一つは、男性がリーダーとして振る舞うと高評価を得やすいのに対し、女性がリーダーとして振る舞うと、このステレオタイプに合わないため、むしろ低評価を受けることがあるのです。

Think manager-think male」というステレオタイプは、女性の管理職への適応に悪影響を与えます。

  • リーダーシップ経験への影響:女性に対してリーダーシップ経験を付与する機会が減少することが考えられます。男性と同等の能力があっても、女性が選ばれず、男性に経験の機会が偏る可能性があります。
  • リーダーシップ能力への影響:リーダーシップの文脈において、女性の能力が男性よりも厳しく評価され、女性に不利な扱いを受ける可能性が示唆されます。その結果、女性自身もリーダーシップ能力に対する自信を失うかもしれません。
  • リーダーシップ意欲への影響:管理職は男性に適していると思われている環境では、女性が管理職になろうという意欲が湧きにくいと言えます。女性は自分のキャリア計画にリーダーの役割を含めないようにするかもしれません。

この種のステレオタイプに関するデータを収集する最も直接的な方法の一つは、組織のサーベイを行うことです。ただし、デリケートな話題であるため、匿名で実施するなどの配慮が求められます。そうでなければ、「社会的に望ましい」回答を行う可能性があります。

個々人のステレオタイプを測定する以外にも、職場の風土を見ていく方法があります。職場において、このステレオタイプに該当する行動が取られていないかを尋ねるのです。

Think crisis-think female

もう一つ、女性に対するステレオタイプとして、周囲が持つ「Think crisis-think female」(危機と言えば女性)という偏見が、管理職へのレディネスに否定的な影響を及ぼすことがあります[9]

このステレオタイプは、組織が危機に瀕した時や困難な時期に、女性がリーダーの役割を引き受けることが適切だという考え方に基づいています。これは「ガラスの崖」と呼ばれる概念と関連しており、女性のようなマイノリティがリーダーの役割を許される際、そのポジションに失敗のリスクが伴うことを指します。

危機や困難の中でリーダーを引き継ぐことは、成功へのプレッシャーが大きくかかる上、失敗した場合には個人のキャリアにとって不利な状態になることが容易に想像できます。女性がリーダーシップ経験をしている場合でも、その経験の内容に注意を払う必要があります。

このステレオタイプは管理職へのレディネスを妨げる可能性があります。

  • リーダーシップ能力への影響:能力獲得のためには、失敗から学ぶことが大切です。しかし、自分がコントロールできないレベルの環境では、学習のための余地がなくなります。過酷なアサインメントが能力開発の妨げになることがあります。
  • リーダーシップ経験への影響:女性がリーダーの役割を担う機会が限定されることにつながります。具体的には、危機や困難以外の安定期や成長期などの機会が得られなくなり、経験の偏りが生じて、レディネスが不十分なものになります。
  • リーダーシップ意欲への影響:危機や困難の中でリーダーを担うのが女性というステレオタイプは、女性にとって管理職の役割を過酷なものとして捉えることにつながります。多くの人は大変な状況に身を投じたいとは思いません。キャリアのリスクを冒すことにもなり、リーダーシップへの意欲が損なわれます。

Think crisis-think female」というステレオタイプをどの程度持っているかをデータとして得る方法には、組織サーベイが有効です。シナリオを示して回答を求める方法も考えられます。

他にも、無意識のステレオタイプを測定するための方法として、開発が大変で、その意義も議論の最中ではありますが、IATImplicit Association Test)という方法も挙げられます。

内面化されたステレオタイプ

ここまで、女性に対するステレオタイプが、女性の管理職へのレディネスに与える悪影響を解説してきました。一方で、女性が自らに対して持つステレオタイプが、レディネスを妨げる可能性があります。

女性自身が「女性は管理職に不適切である」という考えを持っている場合、自分自身が管理職の役割を果たせないと思い込んだり、管理職への昇進に消極的になったりするのです[10]

この現象は、女性に対するステレオタイプが女性自身に内面化された状態と言えます。女性は自分の言動に対して、ステレオタイプを適用してしまうのです。

内面化されたステレオタイプは、女性が選択を行う際や能力を発揮する際に、自己制限をかける原因となります。例えば、「Think manager-think male」というステレオタイプを女性が内面化すると、管理職になろうとする意欲が低下し、自身が管理職に適しているという自信を持ちにくくなります。これは、管理職へのレディネスに悪影響を及ぼします。

  • リーダーシップ経験への影響:女性がステレオタイプを内面化することで、社内でリーダーの役割を担う機会があっても、自分には無関係だと感じ、積極的にならない可能性があります。貴重な経験機会を逃すことになります。
  • リーダーシップ能力への影響:自らのステレオタイプが、自信の低下を招き、自身の能力に疑問を持つようになります。今後のリーダーシップ能力の向上に対する努力を減少させ、他者からの評価も低くなる可能性があります。
  • リーダーシップ意欲への影響:自分のステレオタイプが脅威となり、リーダーを目指す際に不当な評価を受けるかもしれないという恐れが、リーダーとしての役割を追求する意欲を低下させます。こうした不安や懸念は、意欲を減少させる十分な理由となり得ます。

女性自身が持つステレオタイプの程度は、これまで紹介した方法で測定し、データ化することができます。

女王蟻症候群の発生

ステレオタイプは予期せぬ形で現れることがあります。例えば、「女王蟻症候群」と呼ばれる現象で、マイノリティである女性が管理職になると、男性の管理職よりも女性の部下に対して厳しい態度を取ることがあります。

このような現象が生じる理由としては、様々な説明がなされています。女性のリーダーシップの機会が希少であるため、自分の貴重な地位を守る目的で、他の女性より自分が優れていることを示そうとして、女性に対して競合的に振る舞うといった説明があり得ます。

また、既存のステレオタイプの中で昇進してきた女性は、男性よりも強く男性的なステレオタイプを言動に反映させようとすることがあり、その結果、過度に強い態度を取ることにつながるという説明もあります。

女王蟻症候群は女性の昇進にマイナスの影響を与えることが実証されています。例えば、管理職も部下も女性の場合、管理職が部下のメンタリングを行うほど、部下の昇進確率が下がるという報告があります[11]

ただし、ここで注意が必要なのは、女王蟻症候群が発生しているとしても、女性管理職だけの責任に帰するのは問題だということです。その背後には女性に対するステレオタイプがやはり存在している可能性があります。問題は環境の方にあるかもしれません。

いずれにせよ、女王蟻症候群はまた、女性の管理職へのレディネスに良くない影響を与えます。

  • リーダーシップ能力への影響:女王蟻症候群によって、女性管理職のもとで女性部下に対するサポートが不足し、有益な助言や指導の数が減ります。このことは、能力開発にマイナスの影響を及ぼします。また、女性部下が自分の能力への自信を失うことが想定されます。
  • リーダーシップ経験への悪影響:女性部下が女性管理職からリーダーの役割を担う機会を十分に提供されず、その結果、リーダーシップ経験を積むことが難しくなります。
  • リーダーシップ意欲への影響:女性管理職が自分に対して強い接し方をしたことを目の当たりにした女性社員は、「自分はこうなりたくない」と考え、管理職に対する意欲を減少させるかもしれません。また、自分への支援が減ることで、キャリアに対するある種の野心が薄れることもあります。

女王蟻症候群がどの程度生じているかを確認するためには、上司と部下の関係に関するデータを収集する必要があります。ステレオタイプの場合と同様に、組織サーベイが有効な手段になります。このサーベイにはデリケートな話題が含まれるため、匿名性を担保するなどの工夫が欠かせません。

以上、本コラムでは、人的資本の開示とその改善をめぐる、一つの側面として女性管理職比率に焦点を合わせて、どうすれば女性管理職比率の開示が、比率の向上につながるのかを検討してきました。女性管理職比率を高めるヒントになれば幸甚です。

脚注

[1] Zhang, L., Van Iddekinge, C. H., Ployhart, R. E., Arnold, J. D., and Jordan, S. L. (2023). The definition and measurement of human capital resources: A content and meta-analytic review. Journal of Applied Psychology, 108(9), 1486-1514.

[2] Hillman, J. G., Antoun, J. P., and Hauser, D. J. (2023). The improvement default: People presume improvement when lacking information. Personality and Social Psychology Bulletin, 49(8), 1-13.

[3] Hur, J. D., and Ruttan, R. L. (2023). Beliefs about linear social progress. Personality & Social Psychology Bulletin, 1461672231158843.

[4] Abad Diaz, D., Lucas-Perez, M. E., Minguez-Vera, A., and Yague Guirao, J. (2017). Does gender diversity on corporate boards reduce information asymmetry in equity markets? BRQ Business Research Quarterly, 20(3), 192-205.

[5] Bass, B. M., and Avolio, B. J. (1990). Developing transformational leadership: 1992 and beyond. Journal of European Industrial Training. 14, 21-27.

[6] Bass, B. M. (1990). Bass and Stogdill’s Handbook of Leadership (3rd ed.). New York: Free Press.

[7] Glick, P., and Fiske, S. T. (2001). An ambivalent alliance: Hostile and benevolent sexism as complementary justifications for gender inequality. American Psychologist, 56(2), 109-118.

[8] Ryan, M. K., Haslam, S. A., Hersby, M. D., and Bongiorno, R. (2011). Think crisis-think female: The glass cliff and contextual variation in the think manager-think male stereotype. Journal of Applied Psychology, 96(3), 470-484.

[9] Gartzia, L., Ryan, M. K., Balluerka, N., and Aritzeta, A. (2012). Think crisis-think female: Further evidence. European Journal of Work and Organizational Psychology, 21(4), 603-628.

[10] Hentschel, T., Heilman, M. E., and Peus, C. V. (2019). The multiple dimensions of gender stereotypes: A current look at men’s and women’s characterizations of others and themselves. Frontiers in Psychology, 10:11.

[11] Kim, H., and Kang, T. H. (2020). Effects of supervisor gender on promotability of female managers. Asia Pacific Journal of Human Resources, 58(1), 85-106.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

#伊達洋駆

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