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顧客エンゲージメント:HR事業者が人事と良い関係を築くために

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本コラムは、「顧客エンゲージメント」に関する理解を深めることを目的としています。これまで筆者は「従業員エンゲージメント」について様々な場で講演、執筆、実践を行ってきましたが、今回のコラムでは顧客エンゲージメントに焦点を当てます。

特に、BtoB領域における顧客エンゲージメントに注目します。本コラムの主要な読者層はHR事業者という想定であり、ところどころでHR事業を例に用います。

詳しくは後述しますが、顧客エンゲージメントは従業員エンゲージメントと同様に、企業の長期的な成功につながる可能性があるという点で、多くの関心を集める概念です。

本コラムでは、顧客エンゲージメントの定義と効果、そしてそれを促進するためのアプローチを取り上げます。すぐに実践できるノウハウを提供するというよりは、顧客エンゲージメントの全体像を概観することを目指します。

取引を超えた自発的な行動

顧客エンゲージメントとは何かを検討することから始めましょう。しかし、このことは簡単ではありません。なぜなら、顧客エンゲージメントには多くの定義が存在するからです。

権威ある学術雑誌において引用数が多い論文を抽出しても、15個の異なる定義が存在すると指摘されている研究もあります[1]。この傾向は従業員エンゲージメントともいくらか似ており、エンゲージメント自体が様々な角度から検討できる概念であると言えるでしょう。

厳密に考え始めると、定義だけでも本格的な議論が必要になります。しかし、それは本コラムの範囲や筆者の専門性を明らかに越えるため、ここでは総じてどのようなことが言われているのか、大まかに理解しておきたいと思います。

顧客エンゲージメントを捉える視点として主流と言えるのは、行動科学的な視点です[2]。これは顧客エンゲージメントを顧客の行動として定義するものです。

それでは、顧客エンゲージメントとはどのような行動なのでしょう。端的に言えば、取引を超えた自発的な行動です[3]。取引とは購買を意味します。購買を超えた行動を自ら取る人は、顧客エンゲージメントが高いと言えます。

具体的に意味するところの例

顧客エンゲージメントが購買を超えた自発的な行動であると言われても、その意味はわかりにくいかもしれません。BtoB領域、特にHR事業の具体例で考えてみましょう。

例えば、顧客エンゲージメントの高い人事担当者は、HR事業者のサービスに満足して[4]積極的にフィードバックを提供します。ある人事管理システムを使用する人事担当者が、自分の利用経験をもとに、ユーザーインターフェイスの改善やより役立つ機能の追加を提案することがあります。

このフィードバックはサービス改善にとって価値がありますが、当然ながら通常の取引そのものではありません。

また、顧客エンゲージメントの高い人事担当者は、そのHR事業者やサービスを広める役割を引き受ける可能性があります。頼まれたわけではなく、サービスを推薦し、自分のネットワーク内で新しいビジネス機会を作ることで貢献します。

例えば、ある人事コンサルティングサービスに満足した人事担当者が、自分の知り合いの人事にサービスを紹介したり、ソーシャルメディアでその有益性を共有したりすることが考えられます。顧客エンゲージメントが口コミを増やすことは、これまでの研究で確かめられています[5]

顧客エンゲージメントの高い人事は、情報提供を行うこともあります。例えば、人事領域で現在何が流行っているか、どのようなニーズが高まっているかをHR事業者に説明することです。このような情報提供も、顧客エンゲージメントの高い人事の典型的な行動の一つです[6]

人事領域で新たに現れつつある課題感を早期にHR事業者に伝えることで、サービスの最適化を迅速に進めることができます。これらの行動は購買ではなく、それを超えて企業に貢献しようとする行動であり、顧客エンゲージメントの典型的な例と言えます。

顧客エンゲージメントの意義

顧客エンゲージメントが高いと、どのような良いことがあるのでしょうか。顧客エンゲージメントに関する研究によると、次に挙げる4つの点が特に重要であると指摘されています[7]

  • 顧客エンゲージメントは、顧客との間に長期的な関係を築くことに貢献します。高い顧客エンゲージメントを持つと、その企業に対してポジティブな感情を維持し、同じ企業のサービスを再購入する傾向があります。
  • 顧客エンゲージメントが高いということは、一貫性のある良質な顧客体験を提供できていることを意味します。これにより市場における企業の差別化が促され、さらにシェアの拡大も可能になります。
  • ある企業に対するエンゲージメントが高い顧客は、そうでない顧客と比べて多くの費用を投じることがあります。企業にとってみれば、顧客エンゲージメントは収益の増加につながります。
  • エンゲージメントが高い顧客は、企業に対して積極的に関与し、多くの情報をもたらしてくれることがあります。この情報は企業が新たな戦略を考える上で非常に有効です。

これらの点は、顧客エンゲージメントの高さが企業にとって特にマーケティングの面で大きな価値を持つことを示しています。企業は顧客エンゲージメントを高めるための努力を行うべきでしょう。

BtoB領域にも適用できる

これまで顧客エンゲージメントを説明する際、BtoB領域に焦点を合わせてきましたが、そもそも顧客エンゲージメントはBtoB領域で有効なのでしょうか。

BtoB領域の特徴としては、関係が長期的になりやすい点が挙げられます。新規顧客を増やすことは大事ですが、既存顧客の維持も欠かせません。なぜなら、前者は後者よりもコストがかかることが多いからです。

これは言い換えれば、再購入をいかに促すかがBtoB領域の鍵を握っているということです。そして、再購入の意欲を高め維持することに貢献するのが、顧客エンゲージメントです[8]。実際に、BtoB領域で顧客の満足度が高まれば顧客エンゲージメントも高まり、再購入の意向に影響を与えることが検証されています[9]

顧客エンゲージメントは、言ってみれば個人の行動ですが、購買を担う社員も、一般の消費者と同じように、購買を超えた自発的な行動をとることが示されています[10]

このことを考慮すれば、単に個人の行動であると言って無視することはできず、BtoB領域でも顧客エンゲージメントは企業の意思決定に影響を及ぼす要因の一つと理解できます。

BtoB領域において顧客エンゲージメントに気を配るべき他の理由もあります。BtoB領域では、市場が飽和している場合もあり、差別化が難しくなっていることもあります。そうした中で、顧客エンゲージメントは他社との差別化を図る有効な手段となり得ます。

インターネット、特にソーシャルメディアの台頭によって、企業と顧客間のコミュニケーションが増え、顧客同士が気軽に情報を共有できるようになりました。顧客エンゲージメントは新たなコミュニケーション機会をもたらすため、その重要性が増していると考えられます。

デジタル化が進み、顧客に関連するデータが大量に得られるようになる中で、顧客の特徴やニーズに応じた対応を検討できるようになりました。このことにより、効果的な顧客エンゲージメント戦略を立案できるようになった点も、顧客エンゲージメントの必要性を示しています。

さらに、高いエンゲージメントによって顧客との関係が強化されると、既存顧客に追加のサービスを提供する機会が増えます。いわゆるクロスセルやアップセルの可能性が高まり、受注の範囲と価値を拡大させることができます。

ソーシャルメディアの活用は重要

近年、顧客エンゲージメントの動向を語る上で欠かせないのが、ソーシャルメディアの普及です。

BtoC領域に限らず、BtoB領域でも、オンラインでサービスを検討することが増えています。オンラインにおける顧客エンゲージメントを「デジタル顧客エンゲージメント」と呼ぶ研究もあります[11]

購買を超えた行動をオンライン上で自発的にとることを「デジタル顧客エンゲージメント」と捉えてもよいでしょう。ソーシャルメディアは、デジタル顧客エンゲージメントを促す上で計り知れない重要性があります。

ソーシャルメディアは情報を素早く顧客と共有する経路となります。企業は、サービスに関連する情報を顧客に発信することで、認知度を高め、潜在的な顧客にリーチできます。

ソーシャルメディアは双方向のコミュニケーションも可能にします。企業は、顧客からのフィードバックをリアルタイムで受けることができ、それに返事することもできます。このようなやりとりを通じて、企業と顧客の関係は深まります。

また、ソーシャルメディアは、ある関心を持つ人にアクセスすることができます。つまり、特定のセグメントの顧客に狙いを定め、顧客エンゲージメントを高められます。

企業が定期的に情報を発信すれば、ソーシャルメディアはコンテンツマーケティングの媒体として活用できます。教育的なコンテンツを発信することで、顧客は企業に対する信頼を高めるでしょう。

そして、ソーシャルメディアは顧客同士がやりとりできる舞台でもあります。BtoB領域は高額かつ長期的な利用を前提とするサービスが多いのですが、その中で口コミの力は大きいです。ソーシャルメディアは顧客間での口コミを伝播させます。

これらのことは、大企業に限らず中小企業にも当てはまります。BtoB領域で中小企業を対象とした研究では、ソーシャルメディアが顧客エンゲージメントを高める有効な手段であることが実証されています[12]

顧客エンゲージメントを高める方法

顧客エンゲージメントを高める方法について考えましょう。ソーシャルメディアの議論で言及した点と重なる部分もありますが、まずは情報発信の有効性を指摘しておきたいところです。

トレンドをまとめた報告書や事例、ホワイトペーパーなど、様々な形式が考えられますが、顧客にとって学びになるコンテンツを提供します。

人事領域でも、多くのコンテンツが出されるようになっています。コンテンツの質に気を配ることが求められます。顧客にとって有益な情報かどうか、今一度チェックする必要があります。

情報発信の方法として、セミナーも有効です。オンラインでも対面でも構いません。セミナーは顧客にとって知識を獲得する場であり、同時に企業と対話する機会ともなります。

コロナ禍以降、オンラインセミナーが可能になり、会場の貸与や設営、撤収などが不要になりました。そのことで、セミナーを活用する企業が大幅に増えました。

他にも、顧客に応じた接し方を心がけることは、顧客エンゲージメントに好影響を与えます。皆が同じ状況に置かれているわけでもなく、同じニーズを持っているわけでもありません。

人事領域であっても、同じ課題をすべての企業が持ってはいません。自社のターゲットを理解し、適切なコミュニケーションを行うことが、高い顧客エンゲージメントをもたらすでしょう。

顧客ごとにカスタマイズした対応は、深い関係を作ることに結びつきます。ただし、本当に一人ひとりの接し方を変えていくのは現実的ではありません。企業規模、意思決定者の特徴、ニーズの強さなどで大きく分類した上で、異なるメッセージを送る必要があります。

また、顧客とのやりとりを一度きりにしないことも重要です。定期的なコミュニケーションを意図し、適切なタイミングでフォローすることで、関係を維持し、信頼を育むことにもなります。

定期的に顧客の意見や感想を収集することも重要ですが、話を聞くだけで終わらせないことが求められます。顧客エンゲージメントは、顧客からのフィードバックを活かすことで十分に高まります。

具体的には、顧客の意見に基づいてサービスを改善し、そのことを顧客に伝えるなどの方法が考えられます。そうすることで、顧客は自分が尊重されていると感じ、実際に自分に合ったサービスが提供されるようになります。

最後に、当たり前の話ではありますが、サービスの品質を高めることも、顧客エンゲージメントを高める方法となります。本当に役に立ち、安定して価値を提供できるサービスを作ることを妥協しないようにしましょう。

これらの手法を組み合わせて用いることによって、BtoB領域で顧客エンゲージメントを高めることができます。

顧客エンゲージメントのリスク

あらゆる側面において顧客エンゲージメントを高めることが有効かというと、必ずしもそうではありません。顧客エンゲージメントにはリスクも伴います。

例えば、顧客エンゲージメントを高めることが行き過ぎてしまうと、ときに顧客は非現実的な期待を持つかもしれません。自社が提供できる価値を超えた期待を持っても、それに応えることはできません。仮に受注しても、その後の対応が大変になります。

顧客エンゲージメントを高めるためには、それなりの工数が必要です。すぐに手軽に高まるわけではありません。そのため、まずは一部の顧客から高めていこうという方略を取ることになるかもしれません。

しかし、一部の顧客に資源を投下すると、他の潜在的な顧客を見落とす可能性があります。このような機会の損失は、後々大きな打撃を与えることもあり、注意が必要です。

顧客エンゲージメントが高い一部の顧客とばかりやりとりしていると、その顧客に依存することになります。これもリスクと言えます。もし、その顧客との取引がなくなったら、ビジネスに大きなダメージをもたらすでしょう。

また、それなりの資源を投じなければ顧客エンゲージメントは高まりません。しかし、投じた資源以上のリターンが得られなければ、結局その取り組みは長続きしません。それどころか、企業経営を苦しめることになりかねません。

その施策が本当に顧客エンゲージメントを促すか、その結果としてリターンが明確に得られるかを吟味しなければなりません。

他方で、ここで言うリターンは必ずしも短期的なものに限りません。中長期的なリターンも企業を継続させるうえで大事です。顧客エンゲージメントの真骨頂は、長い時間幅での効果が現れることにあります。

これらのリスクは顧客エンゲージメントに伴うものです。頭に入れて、バランスを取りながら向上策を打っていくべきでしょう。

脚注

[1] Ng, S. C., Sweeney, J. C., and Plewa, C. (2020). Customer engagement: A systematic review and future research priorities. Australasian Marketing Journal, 28(4), 235-252.

[2] 青木哲也(2020)「顧客エンゲージメント・マーケティングに求められる視座:顧客保有資源とエンゲージメント対象」『マーケティングジャーナル』第401号、79-84頁。

[3] van Doorn, J., Lemon, K. N., Mittal, V., Nass, S., Pick, D., Pirner, P., and Verhoef, P. C. (2010). Customer engagement behavior: Theoretical foundations and research directions. Journal of Service Research, 13(3), 253-266.

[4] Fehrer, J. A., Woratschek, H., Germelmann, C. C., and Brodie, R. J. (2018). Dynamics and drivers of customer engagement: within the dyad and beyond. Journal of Service Management, 29(3), 443-467.

[5] Carvalho, A., and Fernandes, T. (2018). Understanding customer brand engagement with virtual social communities: A comprehensive model of drivers, outcomes and moderators. Journal of Marketing Theory and Practice, 26(1-2), 23-37.

[6] Kumar, V., Aksoy, L., Donkers, B., Venkatesan, R., Wiesel, T., and Tillmanns, S. (2010). Undervalued or overvalued customers: Capturing total customer engagement value. Journal of Service Research, 13(3), 297-310.

[7] Singla, J., Ahlawat, P., and Garg, P. (2021). Customer Engagement: Innovative Customer Engagement Strategies for Business Success. In J. Singla, P. Ahlawat, and P. Garg (Eds.), Customer Engagement: Changing Landscape of Marketing. Institute of Management Studies and Research, MDU, Rohtak.

[8] Monferrer, D., Moliner, M. A., and Estrada, M. (2019). Increasing customer loyalty through customer engagement in the retail banking industry. Spanish Journal of Marketing – ESIC, 23(3), 461-484.

[9] Putri, N. K., and Wardhana, A. W. (2023). Factors affecting repurchase intention with customer engagement as intervening variables in B2B context. Journal of Innovative Business and Management, 15(2), 1-20.

[10] Gimeno-Arias, F., Santos-Jaen, J. M., Valls Martinez, M. del C., and Sanchez-Perez, M. (2023). From trust and dependence commitment to B2B engagement: An empirical analysis of inter-organizational cooperation in FMCG. Electronic Research Archive, 31(12), 7511-7543.

[11] Liu, Y., Liu, X., Wang, M., and Wen, D. (2021). How to catch customers’ attention? A study on the effectiveness of brand social media strategies in digital customer engagement. Frontiers in Psychology, 12, 800766.

[12] Cortez, R. M., and Dastidar, A. G. (2022). A longitudinal study of B2B customer engagement in LinkedIn: The role of brand personality. Journal of Business Research, 145, 92-105.


執筆者

伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。

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