2024年1月11日
企業との協働をうまく進めるために:成果と学びが得られるあり方とは
ビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆と、テクニカルフェローの正木郁太郎が対談を行いました。企業との協働に関する対談です。
ここにおける「協働」は広い意味で捉えたものです。具体的には、企業と一緒にプロジェクトを進めること全般を指します。共同研究もクライアントワークも含まれます。
協働を進める上で何が大事になるかを、3つのテーマに分けてディスカッションしました。以下、対談の様子をお届けします。
どのような企業と協働すると進めやすいか?
伊達:
本日は企業との協働について、正木さんとお話します。まず、ディスカッションできればと思うのが、「どのような企業と協働すると、その協働が成功しやすいのか」という点です。
もちろん、いざ協働を行うことになれば、きちんと成果が得られるように全力を尽くすというのは大前提です。しかし、その一方で、成果が得られやすい協働もあれば、なかなか苦労するものもあります。
両者の間では一体何が違うのでしょう。この点について、正木さんの考えを教えてください。
正木:
自分たちのやりたいことや、問題意識が明確になっている企業と協働すると、スムーズに進むことが多いと感じます。例えば、「自社のCSV活動が人材育成にも有効なのか知りたい」といった場合や、「会社の活気をさらに高めたい」などの意図がある場合が挙げられます。
具体的な問題意識や目標がないと、それだけで協働が頓挫するわけではありませんが、協働は迷走しやすくなってしまい、成果を上げにくいということでもあります。問題意識や目標は定まっているに越したことはないですね。
もう一つ大切な点があります。それは、協働の実施内容について私たちに「お任せ」にしようという姿勢の企業とは、協働による成果が出しにくい点です。
信頼があるからこそ任せていただいている、ということには感謝もあるものの、そのように完全に専門家に任せるのではなく、一緒に取り組む意欲があるかどうかが鍵をにぎります。一緒に考えようとする企業と協働すると、うまくいきやすいと感じます。お互いに協働の成果に貢献しようとする姿勢ですね。
伊達:
正木さんの意見に賛同します。確かに問題意識がはっきりしている企業は、具体的な目標や方向性を定めやすく、協働する上でもうまくいきやすいですね。
また、私たちと相手の両方が協働に対してしっかりコミットするということも大事です。任せっぱなしでは協働の良さが失われてしまいます。
正木さんの意見に何か加えることがあるとすれば、協働の体制でしょうか。こちらも先方も体制が整備されている方がうまくいきます。
例えば、意思決定者がチームの一員になっているかどうか。実際に作業を担うことができる人材を確保できているかどうか。
物事を決めることができ、また稼働もできる体制が整っていなければ、目標達成に向けた道のりが不安定になります。思ったように進まず、停滞するなどの事態に陥りかねません。
さらに言うなら、担当者のパーソナリティも部分的に関連しているかもしれません。協働は決まった手続きを遂行し、想定された通りの成果を過不足なく得るような実践ではありません。
まだ分からない成果を求めたり、途中で答えが分からない状況に直面したりします。そうしたときに、開放性や知的好奇心などの特性が高い人が担当していると、プロジェクトを前向きに進めていくことができます。
協働が始まるまでに意識すべきことは?
伊達:
次のディスカッションテーマに移りましょう。企業との協働は、すぐに着手できるわけではありません。相応の準備期間があって、開始することができます。準備の段階において特に意識しておくべきポイントについてお話しできればと思います。
こちらは正木さんに話を伺う前に、私から意見を示しておきましょう。まず、企業との協働を始める前に求められるのは、「協働後にどうなっていたいか」を明確にすることです。
例えば、組織サーベイを実施するケースを考えてみましょう。協働後の姿をイメージせずに開始すると、現状を理解すること自体が目的になってしまうことがあります。
しかし、現状把握だけでは不十分で、その後の具体的な行動や変化こそが大事です。行動や変化までつなげるためにも、協働後の理想像を練っておくべきです。
これと関連する観点として、協働で得られた成果を何にどのように活用するかを事前に考えることも重要です。
例えば、組織サーベイの分析結果を、マネージャーが自身のチームを改善するために用いるとします。ここまで考えておけば、成果の活用にあたってどのような制約があるのかも見通せ、先に必要な手を打つことも可能です。協働がより有益なものになりますね。
正木:
そうですね。伊達さんの意見に似ていますが、事前に協働の目標をすり合わせることが必要だと思います。
例えば、私が取り組んだある共同研究では[1]「本業を通じて社会貢献も図る」というCSV活動に参加することが、企業経営の面だけでなく、人材育成の面でどのような変化をもたらすか、それを評価することを目標に定めていました。これは、活動の効果や意義を理解しようという目標です。
目標を定める際には、時間感覚も考慮に入れると良いでしょう。プロジェクトが1ヶ月で終わるものか、それとも長期にわたるものかを検討しておくと、どの時点でどこまで内容を詰める必要があるかもわかります。
とはいえ、注意が求められるのは、すべての協働において目標や計画などの詳細が事前に明確になっている必要はないという点です。
例えば、私が関わったあるアプリ開発のプロジェクトでは、当初からゴールやサービスの完成形が明確に決まっていたわけではありませんでした。むしろ、漠然と「こんな世界を実現したい」くらいの共感をもとに走り出し、手探りで進めました。それにもかかわらず、協働を進める中で次第に目標や価値が明確になり、結果的に長続きしています。
伊達:
なるほど。当社が支援させていただいた株式会社デンソー様とのプロジェクト[2]においても、同じようなことが起きましたね。
このプロジェクトにおいても、初めのうちは必ずしも具体的な目標が定まっているわけではありませんでした。しかし、プロジェクトを進めながらコミュニケーションを交わす中で、方向性が見えてきて、最終的にとても興味深い成果を得ることができました。
これは、協働に対するポジティブなエネルギー、すなわち、何かを一緒に生み出そうという姿勢と、先ほど述べたような適切な体制があれば、目標が当初は明瞭ではなくても、探索的なアプローチが有効に機能する良い例だと思います。
企業との協働でお互いに何を学べるか?
伊達:
最後に、企業との協働を通じて、一体何が学べるかということを話しましょう。学ぶ主体としては、私たち、そして企業側という双方があり得ます。
正木:
前提として強調したいのは、協働で取り組むという姿勢を、初めから終わりまで忘れないことが大事になるということです。一方が教え、もう一方が教わるという関係になれば、あまり長続きしません。
感謝をテーマにある企業とプロジェクトを行ったのですが、この話は元々、企業側から進めたいという打診をいただいて始まりました。当初、私自身の研究テーマとはあまり関係ないと思っていたのですが、実際に取り組んでみると面白く、今では自分の研究の柱の一つになった、という経験があります。
このように協働を通じて、新しい発見を得ることができます。何かを教える専門家としてだけではなく、同時に、フィールドワークに参加するような気持ちで臨むことが、新しい発見や役立つアイデアにつながると思います。このバランスを保つのは難しくもありますが。
また、協働を通じて、新しい研究テーマや、今まであまり腑に落ちていなかった用語、例えば、私自身の研究で言うと「ダイバーシティ」のような概念が、具体的な問題を介してより鮮明に理解できるようにもなります。
おそらく、企業側も同様の学びがあるのではないでしょうか。例えば、多くの企業で重視される「エンゲージメント」について、協働を経て、それが自社にとってどのような意味を持つのか、本当に解決しなければいけない問題が何なのか、いわゆる「流行りの言葉」を超えて解像度高く理解できるようになるかもしれません。お互いに問題意識を持って進めることで、新しい発見ができます。
伊達:
正木さんが挙げた以外の観点で言えば、新しいトレンドや問題に対して、立ち止まって考えることができるようになります。ある意味で流行に振り回されずに済むということです。
人事の領域では毎年のように新しい考え方や取り組みが流行しては消えています。それらをキャッチアップすることは有用ですが、しかし、毎度振り回されていると、社内も疲弊し、信頼を失うことにもなりかねません。
その点、協働においてある種、重厚な知識を得ることによって、「本当にこれは良いのだろうか」「自社にとって意義があるのだろうか」「取り入れることの副作用はないのか」などを考えることができます。
また、学術界だけでは得られない視点を得られる点も指摘しておきたいと思います。例えば、私たちが今年の組織学会で発表したものの一つに、「問題行動の目撃者」に焦点を当てた研究があります[3]。
問題行動と言うと、加害者と被害者に注目が集まりがちで、それ自体はとても重要なことなのですが、その目撃者も重要であるという視点は、実はクライアントワークを通じて生まれました。
さらに、協働に携わることによって、自分の価値観や知識を再評価し、メンテナンスすることもできます。これは私たちも企業側も同様ですね。個人的には、非常に重視しているポイントです。
例えば、私は最近、とある企業との協働を経て、人的資本に関する考え方を改めました。例えば、私は経営学、それも組織行動論の枠組みから人的資本を捉えようとしており、その視点では見えない部分があると感じさせられる経験をしました。大いに学びになりました。
一方で、このように有効な協働ではありますが、滞りなく実践するためには、マルチタスクとうまく向き合うことが大事になります。というのも、特定の協働だけに専念できる人は少なく、多くの仕事と同時並行で進めることになるからです。
現在それぞれのプロジェクトがどこまで進んだか、何が残っているのかなど、情報と状況を適宜整理しながら処理していくことが求められます。これは生まれつき備わった能力ではなく、後天的に獲得できるスキルだと思います。協働を支える重要なスキルですね。
正木:
伊達さんのお話を聞いて、一つ思い出しました。最後に紹介したいと思います。ある案件で得た知識が、他の案件で役立つことがよくあります。
私の場合、例えば、オフィス環境、ダイバーシティ、コミュニケーションといった具合に、様々な分野で協働をしています。一見すると関係が薄いと思われる分野でも、本気で取り組むと、ある分野で得た知識が、他の分野の問題を考える際に有益になることが多々あります。
異なる協働で得た知識を活かし、新しい発見につなげることもできるのは、協働の醍醐味ですし、何より楽しいですよね。
伊達:
協働に取り組んでいくことで、徐々に、確実に、知識の基盤が形成されていく感覚があります。ここでいう知識の中には、学術的な知識はもちろん、実務的な知識も含まれます。例えば、人事や採用の仕事に関する研究知見だけではなく、それらを実践するためのノウハウも理解できます。
こうした知識は、増えれば増えるほど、次の知識を吸収しやすくなりますし、また、以前の知識が新しい知識と組み合わさって新鮮なアイデアをもたらすこともあります。
さて、私と正木さんの二人で、企業との広義の協働について対談を進めてきました。この対談内容が、今後、企業と協働を行おうとしている方、あるいは企業の方にとって少しでも役に立ったり、刺激となったりすることを願っています。
脚注
[1] アサヒ飲料株式会社・株式会社リバネス、CSV活動が社員に与える心理・行動的影響に関する共同研究を実施
[2] 株式会社デンソー|人事データを活用した上司と部下面談の質向上
[3] ビジネスリサーチラボ発の学術研究:組織学会を振り返る
対談者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。
正木郁太郎
東京女子大学現代教養学部心理・コミュニケーション学科心理学専攻専任講師。株式会社ビジネスリサーチラボ テクニカルフェロー。東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学:東京大学)。組織のダイバーシティに関する研究を中心に、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、企業や学校現場の問題関心と学術研究の橋渡しとなることを目指している。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会)がある。