2023年12月14日
弱いリーダーシップの強さ:現代リーダーシップ論の新潮流(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2023年11月にセミナー「弱いリーダーシップの強さ:現代リーダーシップ論の新潮流」を開催しました。
皆さんはリーダーシップにどんなイメージを持っていますか。ビジョンを描き、人々を巻き込んでいくようなイメージでしょうか。
確かに、それもリーダーシップの一側面です。しかし近年、弱さを見せるリーダーシップが注目されています。弱いリーダーシップが実は強いチームを作り出すのです。
本セミナーでは、リーダーシップ論の新潮流として、謙虚なリーダーシップ、インクルーシブ・リーダーシップ、サーバント・リーダーシップといった弱いリーダーシップの内容と意義、そしてその実践方法を解説しました。
セミナーの講師を務めたのは、当社代表取締役の伊達洋駆です。
※本レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
1.強いリーダーシップとは
伊達:
今日の話題は「弱いリーダーシップ」です。「弱い」と「リーダーシップ」が一つの言葉を形成しているなんて、不思議な響きです。
弱いリーダーシップについて解説する前に、「強いリーダーシップ」について考えてみましょう。
リーダーシップには多様な理論が存在します。セオリージャングルとも言われるほどです。その中でも、今日は「変革型リーダーシップ」を取り上げます。
変革型リーダーシップはここ数十年のリーダーシップ研究の中では主要なトピックの一つだからです。研究もたくさん蓄積されています。
変革型リーダーシップとは、簡単に言えば、リーダーが魅力的なビジョンを示し、チームのモチベーションを高めるリーダーシップです。
しかし、少し抽象的かもしれません。変革型リーダーシップには4つの要素が含まれるので、それらを紹介しましょう。
- ビジョンの提供:リーダーが高い目標を掲げます
- 鼓舞:リーダーが仕事の意義を伝え、メンバーのやる気を引き出します
- 成長の促進:メンバーの個人的な成長を支援します
- 新たな視点の提供:メンバーが従来の考え方に疑問を持つよう促す
これまでの実証結果を総合すると、変革型リーダーシップは、チームのパフォーマンスを高める効果があります。組織に資するリーダーシップと言えます。
一方で、変革型リーダーシップにおいては、リーダーは強く、ビジョンを示し、チームを導く役割を担っています。すなわち、リーダーが中心人物となるのが、変革型リーダーシップです。
リーダーを中心とする世界観は、ある意味で、従来のリーダーシップの基本仮定になっていると言っても良いでしょう。そのことは、リーダーに対する社会的な規範ともなっており、例えば、リーダーは自律的でなければならない、自分をコントロールできなければならない、自分の感情を抑制しなければならない、自分の問題は自分で解決しなければならない、豊富な知識を持っていなければならないなどと考えられがちです。
リーダーに対する社会的規範は、リーダーが苦しい状況でも「強さ」を保つことを要求しています。これが、私が従来のリーダーシップを「強いリーダーシップ」と呼ぶ所以です。
しかし、皆さんは、リーダーはいつも強くなければならないと思いますか。言うまでもなく、強いリーダーシップだけが全てではありません。今日はそれとは別の性質を持つ、「弱いリーダーシップ」に光を当てたいと思います。
2.弱いリーダーシップとその意義
伊達:
ここまで、変革型リーダーシップを例に挙げながら、一般的なリーダーシップ論が「強いリーダーシップ」に偏りがちであったことをお話ししました。「リーダーは強くなければならない」という社会的規範が背後にあることも考察しました。
これに対して、今日取り上げる「弱いリーダーシップ」は、リーダーシップについて少し異なる視点を提供してくれます。なお、弱いリーダーシップという表現は、リーダーシップに関する近年の研究を見て、そのように総称できる動きがあると感じ、私が名付けたものです。
謙虚なリーダーシップ
では、弱いリーダーシップとは何を指すのでしょうか。弱いリーダーシップの典型例として、「謙虚なリーダーシップ」という考え方があります。謙虚なリーダーシップについて理解することで、弱いリーダーシップの意味するところが見えてきます。
謙虚なリーダーシップにおいて、リーダーは自分とメンバーを対等な存在と見なします。その上で、自身の持つ欠点を認め、ときにはメンバーに助言を求めます。自分が分からないことがあれば素直に教えを請うのも、特徴の一つです。
謙虚なリーダーシップは、まさに自分の「弱さ」と向き合うリーダーシップです。こうした弱いリーダーシップを発揮するリーダーのいる職場では、パフォーマンスが高まることが分かっています。
弱いリーダーシップが機能する理由
弱いリーダーシップが成果に結びつくと言われても、ピンとこない人もいるかもしれません。ここには、いくつかの理由があります。
まず、リーダーが自らの弱さを認めると、メンバーはリーダーを身近な存在と感じます。リーダーとメンバーの間に信頼関係が育まれます。関係の質は成果を生み出す源泉です。
リーダーが自分は完ぺきでないことを認めることの良い影響もあります。リーダーが完ぺきでないとすれば、自分も完ぺきでなくても構わないとメンバーは感じます。そうして、自分の意見やアイデアを気軽に表現しやすくなります。
さらに、リーダーが自分の弱さを放置することなく、修正していこうとすれば、一層効果が高まります。リーダーはメンバーのロールモデルとなり、メンバーも自己改善の意欲を高めることでしょう。
弱いリーダーシップが関心を集める背景
弱いリーダーシップに対する関心が近年増していると感じています。それはなぜでしょうか。ビジネスや組織をめぐる背景があります。
よく言われることですが、市場の不確実性が増しています。さらに、技術の進歩も著しく、環境の変化も継続的にあります。
同時に、そうした環境に適応すべく、組織も複雑化しています。分かりやすい一つの答えに向かって進めば良いわけではなくなっています。さらに、メンバーの多様化も進んでいます。様々なバックグラウンドを持つ人が一緒に働くようになっています。
こうした中で、一人のリーダーが環境や組織のすべてを把握することが事実上、不可能になっています。リーダーがメンバーを引っ張っていく強いリーダーシップが全く不要になったわけでは決してありませんが、それが合わない状況も出てきているのです。
むしろ、リーダーが主役としてメンバーを主導するのではなく、リーダーが弱さと向き合いながらも、あるいはそのことによってメンバーの知識や能力を活かし、そして貢献を引き出して、成果を上げることが求められています。これが、弱いリーダーシップに興味が注がれるようになった背景です。
弱いリーダーシップは本当に効果があるのか
皆さんは弱いリーダーシップの話を聞いて、すぐに納得できましたか。「リーダーが弱さを見せて本当に大丈夫なのか」と不安に思う人もいるかもしれません。そうした不安が出るのも自然なことです。
しかし、研究によればリーダーが弱さを示したとしても、権威を失わないことが示されています。リーダーが強くあらねばならないという社会的規範がある一方で、実際に弱さを見せるリーダーに対して、メンバーが即座に失望することはないのです。
また、弱いリーダーシップの典型例として挙げた謙虚なリーダーシップは、これまで多くの研究が行われてきました。それらの研究を統合的に分析した論文によれば、謙虚なリーダーシップは、メンバーの会社への愛着や創造性、エンゲージメントを高め、上司との関係や仕事のパフォーマンスを向上させます。弱いリーダーシップは多くのポジティブな効果をもたらすことが実証されているのです。
インクルーシブ・リーダーシップとサーバント・リーダーシップ
なお、弱いリーダーシップは、謙虚なリーダーシップだけではありません。他にも種類があります。例えば、インクルーシブ・リーダーシップです。
インクルーシブ・リーダーシップは、メンバーの意見やニーズを受け入れるリーダーシップです。メンバーが相談しやすいリーダーは、インクルーシブ・リーダーシップを発揮していると言えます。
インクルーシブ・リーダーシップを発揮するリーダーのもとで、メンバーは自分の意見を表現しやすくなります。自ら考え行動しようと、チーム全体の自律性が促され、環境に適応しやすくなります。
もう一つ、サーバント・リーダーシップというものもあります。これは比較的有名ではないでしょうか。サーバントは奉仕者を意味します。
サーバント・リーダーシップは、リーダーがフォロワーを優先し、寄り添うスタイルです。「リーダーは自身のことより、私のことを優先して考えてくれている」とメンバーが感じると、メンバーはリーダーを信頼します。
チームに対しても前向きな気持ちになります。その結果、サーバント・リーダーシップはメンバーの積極的な貢献を促すことができ、やはり成果につながるのです。
今日は謙虚なリーダーシップ、インクルーシブ・リーダーシップ、サーバント・リーダーシップという3種の弱いリーダーシップを紹介しました。いずれも、リーダーが自身の弱さと何らかの形で向き合い、そして、フォロワーを主役にします。そのことによって、従来の強いリーダーシップと異なるメカニズムではありますが、効果を発揮します。
3.弱いリーダーシップが難しい理由
伊達:
弱いリーダーシップの考え方とその意義について触れましたが、これを実践するのは簡単なことではありません。「弱いリーダーシップを発揮しましょう」と言葉で表現するのは容易いものの、実際問題、自分の弱さと向き合うのはなかなか骨が折れます。
なぜ、弱いリーダーシップの実践が難しいのでしょうか。「権力」という考え方を取り入れて、このことを考えてみましょう。
権力と言うと何やら難しい響きがありますが、価値あるものをコントロールする力のことです。組織の中には重要な資源がたくさんありますが、それらを扱えるほど権力が強いと言えます。権力は、リーダーが弱いリーダーシップを実践する上での障害となることがあります。
当然ながら、リーダーが持つ権力は、しばしばメンバーが持つ権力よりも強い傾向があります。リーダーは組織の実に様々な資源(ヒト・モノ・カネ・情報など)にアクセスできます。また、それらを用いる権限もあります。対してメンバーは、必要な資源を得るために、リーダーの許諾を得るなど、自分より強い権力を持つ人を頼りにしなければなりません。
権力を持つ人は、目標を達成しようとする意識が高いことが分かっています。結果として権力が強い人ほど良いパフォーマンスを発揮しやすい状況になります。その意味で、権力は決して悪いものではありません。
しかし、権力を持つリーダーは、自分の行動がメンバーに与える影響を意識しなくなることが知られています。つまり、メンバーに対して鈍感になってしまうのです。これは権力の副作用であり、権力はメンバーへの配慮を低下させるのです。
また、権力は自信を連れてきます。強い権力を持っているリーダーは自信にあふれているように見えるでしょう。ただし、自信が過剰なレベルになると、リーダーはメンバーの意見に耳を傾けなくなります。そうする必要がないと感じるからです。
さらに、強い権力を持つリーダーにとって、必ずしも権力を持たないメンバーを頼ることは、既存の権力関係を脅かすものと感じられてしまいます。
すなわち、権力を持つリーダーは、自分の弱さと向き合う必要性を感じにくく、弱さを向き合うことが自分のよって立つ基盤を崩すことになると思ってしまいます。そのようにして、リーダーは権力の作用によって、弱さを向き合いにくくなっているのです。
4.弱いリーダーシップを発揮するために
伊達:
弱いリーダーシップを実践することの難しさについてお話しました。しかし、これで立ち止まっては、弱いリーダーシップを実現するチャンスを逃してしまいます。
せっかく有効性の高い弱いリーダーシップです。何とか発揮するための方法を探りたいところです。今日は、弱いリーダーシップを実践するための8つの方法を紹介します。
①自己理解
何より先に、リーダーが自己理解を深めることが大事です。自分の強さと弱さを理解するために、リフレクションを定期的に行いましょう。自分の弱さを認識し、それを受け入れることから、弱いリーダーシップは始まります。自分の弱さを知らない状態で、弱さと向き合うことはできません。
②小さな一歩
大きな弱さや、自分にとって深刻な弱さと向き合い、ましてそれをメンバーに開示することは心理的に難しいでしょう。そこで、まずは小さなことから始めてみるのは、いかがでしょうか。例えば、「分からないことがあれば、後でこっそりメンバーに聞いてみる」といった程度であれば、着手できるかもしれません。小さく始めてみると、弱さと向き合うことに慣れてきます。
③過去の弱さ
リアルタイムでうまくいかないことや悩んでいることと向き合うのは、容易ではありません。しかし、過去の失敗や悩みであれば、いくらか気持ちが楽です。過去の失敗談を話してみましょう。失敗から学んだ教訓をあわせて共有すると、どうしようもない状態をさらけ出すことに終わらないため、心理的な障壁が和らぎます。
④成長志向
リーダーは自分の弱さを単なる問題点ではなく、学習の機会と見なしましょう。伸びしろという言葉もあります。自分の弱さを改善することで、リーダーとして成長することができます。弱さを成長の糧にしていくという考え方に経てば、弱さと向き合うことは成長につながることであり、ポジティブになります。
⑤非公式性
リーダーは、仕事の話だけではなく、プライベートな話や趣味の話なども行いましょう。そうした話題は、公式的な仕事の場面で生じる権力関係を和らげます。そのことによって、リーダーが弱さと向き合いやすくなります。
⑥権限委譲
リーダーがメンバーに対して仕事を積極的に任せていきましょう。メンバーを信じて権限委譲することで、リーダーはその仕事に関する弱さを表現しても不自然ではなくなります。他の人に任せた仕事について「分からない」と言っても自然です。権限委譲は、リーダーが自身の弱さと向き合う一歩となります。
⑦コミュニティ
リーダー同士がお互いにつながり、相談し合えるコミュニティを作ります。リーダーの行動や結果はしばしばブラックボックス化します。そのため、リーダーは孤立しやすいものです。コミュニティはリーダーにとって居場所となり、居場所があることで、心理的なゆとりが生まれて、弱さと向き合えます。
⑧外的サポート
リーダーがコーチングやカウンセリングを受けることも一つの手でしょう。リーダーは自分自身に向き合う機会を持つことができます。こうした外的サポートも、弱いリーダーシップを発揮するために有効です。
Q&A
Q:強さと弱さのバランスは必要ですか。弱さの重要性はわかりますが、ずっと弱さを見せ続けると逆効果ではないでしょうか。
伊達:
おっしゃるとおりです。リーダーが常に弱さだけを見せていると、「この人のもとで働いていて大丈夫だろうか」とメンバーも不安になります。リーダーは自分の弱さと自分の中で向き合うのが大事ですが、それをいつもメンバーに開示する必要はありません。タイミングを見て、ときどき開示すると良いでしょう。
Q:オーセンティック・リーダーシップは弱いリーダーシップでしょうか。
厳密に弱いリーダーシップとの関係を整理できているわけではありません。その前提での回答になりますが、オーセンティック・リーダーシップには、弱いリーダーシップに近い側面も含まれていると考えています。自分の個性と向き合うことを伴うからです。ただし、オーセンティック・リーダーシップには他の要素もあるため、部分的に重なっているという印象です。いずれ、この辺りも整理してみたいと思います。
Q:弱いリーダーシップを実践する経営者はいますか。
重要なことに、リーダーシップはメンバーが評価するものです。リーダーが「自分は弱いリーダーシップを発揮している」と言っても、メンバーがそう思わなければ、発揮していないことになります。その意味で、私が直接、経営者のもとで働いたことがないため、お答えが難しいです。しかし、注意すべき点は挙げられます。経営者がメディアに登場する際には、強いリーダーシップの側面が強調されがちだという点です。公開情報だけで理解するのは難しそうです。例えば、社内外の知り合いに、「これまで最もうまく弱いリーダーシップを発揮していた人は誰ですか」と尋ねてみても良いかもしれません。実態が知れるはずです。
Q:組織内で感情を共有することについて、どう思いますか。弱いリーダーシップと関係しているでしょうか。
これは重要な観点です。感情を共有することは、弱いリーダーシップを受け入れる素地を作ると思います。リーダーとメンバーがそれぞれの感情に共感できれば、弱さについて考えることに寛容な環境が生まれます。また、リーダーが自分の感情を知ることは、弱さと向き合うことにつながるでしょう。
Q:弱いリーダーシップを発揮してもらうため、メンバーからリーダーにできることはありますか。
リーダーシップの話はどうしてもリーダーの負荷を増やす方向性に進みがちです。そうした中で、目の覚める質問です。もちろん、弱いリーダーシップをサポートするためにメンバーができることはありますし、実践していただきたいとも思います。例えば、リーダーが弱さを見せたときに温かく、理解ある反応を示すと良いでしょう。メンバーからこうした反応が得られれば、リーダーにとっては弱さと向き合いやすくなります。
登壇者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。