2023年11月13日
株式会社デンソー|人事データを活用した上司と部下面談の質向上
(左から)株式会社デンソー 人事企画部 制度企画室 東京支社 担当係長 藤澤優様、同 担当課長 井手孝幸様、株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役 伊達洋駆、同 フェロー 能渡真澄
株式会社デンソー様では、データを活用した人事を推進しています。HR系のアワードを受賞するなど、同社の活動は社会的にも評価されています。
ビジネスリサーチラボでは、2022年12月から2023年3月までの期間を通じて、先進的な活動を続けるデンソー様と一緒に、組織の類似度を可視化し、面談の質を高めるためのデータ分析に取り組みました。
本記事では、デンソーの人事部門でデータ活用を推進する井手様と藤澤様にお話を伺いました。当社と行ったプロジェクトについて、その前夜から内容、今後の展望まで幅広くお話しいただきました。
外部のパートナーとより高度な挑戦を
伊達:
一緒に取り組んだプロジェクトについて振り返りながら、お二人の感想やご意見をいただきたいと思っています。まず、ビジネスリサーチラボにご相談いただく前に、貴社でどのような課題をお持ちでしたか。
井手:
デンソーでは、2022年から人事部門で、データをより効果的に使う活動を進めてきました。それと同時に、新しい会社のビジョンを展開し、人事制度を大きく改革していました。そうした中、人事の意思決定の質を高めるために、人事データ分析が重要であることが分かりました。我々のチームはまだ規模が小さく、他部門のメンバーと連携しながら多くのプロジェクトを進めていましたが、いくつかの高度な分析はまだできていなかったので、外部のパートナーと一緒に活動することが必要だと考えました。
伊達:
昨年からということは、急ピッチで様々な活動を進めてこられたのですね。人事データ分析自体は、当社にご依頼いただく前から進めていましたか。
井手:
一時期はテーマとしてはあったのですが、組織全体での位置づけや具体的な活動が明確では無く、小さく試行している程度でした。しかし、新しい会社のビジョンを明確にしたとき、人事データ分析は推進要因になると判断し、活動を強化することになりました。
伊達:
本業の片手間にデータ分析に取り組んだものの、なかなかうまくいかないというケースもよく聞きます。貴社においては、データ分析を行う体制が作られており、素晴らしいことですね。
データ分析と人事の知見の両方が必要だった
今回、なぜ当社を選んでいただけたのでしょうか。その背景や経緯について教えていただければと思います。
井手:
社外のパートナー企業様と共に高度なデータ分析を人事領域で進める必要があったのですが、実際にはそういったパートナー企業様を見つけるのが困難でした。データ分析を提供する企業は多いのですが、人事の課題を深く理解した上で分析できる企業は限られていました。特に、科学的な知見を持っているパートナー企業様を探していましたが、なかなか見つかりませんでした。
当社内にもデータサイエンティストはいましたが、人事領域での分析は特殊で、望む結果が得られるまでに時間がかかる、という経験もありました。
こうした背景のもと、社外のパートナー企業様として、人事の専門知識を持ち、なおかつ、データ分析の技術も持つ、ビジネスリサーチラボさんであれば、良いマッチングになるのではないかと考えてお声がけしました。
今回のプロジェクトは組織の類似度に焦点を当てて分析するという抽象的なテーマであったため、ご相談するまで、どう進めるかは明確ではありませんでした。しかし、ビジネスリサーチラボさんと一緒に進めることで、スムーズに実行できたと感じています。
伊達:
ありがとうございます。人事領域で高度な分析をオーダーメイドで提供できる企業は、確かに限られていますよね。今回のテーマは先進的で興味深いものであり、初めての打ち合わせでもその可能性を感じました。
特にデータ処理・分析を担当した当社フェローの能渡にとっても、このプロジェクトは新しい挑戦だったと思います。
能渡:
さまざまなプロジェクトを手がけてきた経験がありますが、今回のテーマは新しい発想であり、困難な挑戦も含んでいました。本プロジェクトは類似度に焦点を当てるというもので、普段のデータ分析の枠組みでは扱うことの少ない側面に着目するご要望があったのです。そのため、どのようにデータ分析でその点にアプローチするか、斬新なアイデアが要求され、とても刺激的な経験でした。
伊達:
ご相談をいただいた時点で、明確な落とし所が見えないのは稀有なケースです。もちろん、そのことをご了承いただいた上での開始だったわけですが。それだけ新しい観点だったということです。
ビジネスリサーチラボとの出会い
伊達:
当社との初めてのコンタクトは、ピープルアナリティクス&HRテクノロジー協会のイベントで藤澤さんとご一緒したときでしょうか。
藤澤:
そうですね。あのイベントでの出会いがきっかけで、伊達さんの講演や、ビジネスリサーチラボさんのデータ分析についてのコラムを拝読するようになりました。
井手:
私もかつて伊達さんのキャリア自律に関する記事を読んで、当社のビジョンと照らして共感を覚えたことを覚えています。また、伊達さんの書かれた『人と組織の行動科学』という本も読んでおり、私たちも学ぶべき点が多いと思っていました。
伊達:
非常にありがたいことです。
先行研究をもとにツールに落とし込む
伊達:
それでは、実際にプロジェクトが開始した後に話を移していきたいと思います。まずは、プロジェクトの内容を振り返っておきましょう。能渡から説明しますね。
能渡:
プロジェクトの大きな目標は、管理職の方が従業員との面談で効果的なコミュニケーションをどのように実現するかを探ることでした。それに向けて、組織間の類似性に注目してはどうかというご提案をいただきました。
これらの目標とご提案を踏まえて、プロジェクトは大きく4つのステップで進めました。
- 類似性をどうやって数値化するかを決める
- どの指標を使って類似性を計算するか決める
- 面談に関連するデータを分析する
- 分析結果をもとに面談で有効な声がけの仕方を探る
伊達:
プロジェクト全体を通して、印象や記憶に残っている点はありますか。
藤澤:
私からは2点あります。まず、初期の段階で、先行研究を参考にしながら議論を進めたことが印象的でした。社内であまり経験がなかったので、学ぶことが多かったです。
次に、分析結果をもとにExcelのツールを実際に作成していただいたことも印象に残っています。ツールを使えば、どのような結果が得られるのかを見ることができ、社内での検討に役立ちました。ツールが期待以上のものであり、非常に満足しています。
目的のために柔軟に方向転換をする
井手:
私からも付け加えさせていただきます。当初は組織の類似性に焦点を当てていましたが、プロジェクトを進める中で、タイプ分けのようなアプローチが面談の質を向上させることがわかりました。この柔軟な方向転換によって、実際の施策に役立ち、価値のあるアウトプットにつながったと思います。
伊達:
組織の類似度と言うと、デモグラフィックな属性で導き出すアプローチもありますが、あまり功を奏さないのではと考え、別の方法に取り組んでみました。これがうまくいきましたね。
能渡:
この方向転換がうまくいったのは、今回のプロジェクトはご相談いただいた段階で、入念に検討や準備がされていたからでしょう。当社のクライアントからの依頼は抽象的な話題や関心から始まるものが多く、それを一定の方向性に固めることが最初のタスクになります。
一方、貴社においては、こういうことがやりたい、今までこういうことをやってきたとお話が非常に具体的でした。加えて、データ解析による検証と考察も自力である程度行われた上で、ご相談いただきました。
前もって準備や検証、考察を行っていただいたおかげで、プロジェクトの目的や方向性が明確になり、計算方法や分析方法についてもスムーズに検討できました。それと同時に、目標達成に向けた調整や方針転換も柔軟に行えました。
伊達:
プロジェクトが進むと、問題や困難に直面することはありますが、事前の準備があれば、方向性を誤らずに考え抜くことができます。
また、プロジェクトの中で多くの議論を行いました。そのことも、良い結果を導き出すために有効に機能したと感じます。すなわち、初めの準備と丁寧なコミュニケーションですね。
分析結果を実際に活かすことができた
伊達:
では、今回のプロジェクトが終わった後に取られたアクションや、これから取り組む予定のことについて教えてください。
藤澤:
分析結果を基に管理職の方にフィードバックを行いました。これにより、より効果的な面談を実施するための参考情報が提供できたと思います。特に、評価のフィードバックなど難しいコミュニケーションが必要な場面でのデータ提供が有効だったと考えています。
今後は、今回作成したツールをさらに改善し、管理職の方がより効果的な面談を実施できるようにサポートしていきたいです。特に、部下の特性や状況に応じたコミュニケーションの方法については、まだ改善の余地があり、議論している状況です。
井手:
当社では、期初の面談で、年間の目標設定と前年度の評価フィードバックを行います。
今年はこれらの面談の満足度が向上し、部下の意欲も高まっています。
この改善の要因の一つは、社内データを分析して具体的なアクションを提案できたことだと思います。以前は人事制度の説明をして、あとは職場でよろしくお願いします、という形に近かったのが、今回は、各職場での実践にまで踏み込んで管理職をサポートできました。この背景には、プロジェクトの分析結果がありましたが、管理職の方々も具体的なアクションを理解しやすくなり、改善の取り組みに積極的に参加してくれました。
今までにもいくつかの制度変更を経験してきましたが、今回は特に管理職の方々の理解と共感を得ることができました。人事の努力を認めてくれて、それが良い効果をもたらしていると感じています。
管理職からの好意的な反応が得られた
伊達:
私の大学院時代の指導教員が、リーダーシップ研究には「セリフ」がないと言っていたことを思い出します。管理職が部下にどのような声がけをすれば良いかを考えることができる分析結果を出せたので、研修にも展開しやすいですね。
管理職の方々から何かフィードバックはありましたか。
井手:
今回の分析結果はデンソー内のデータをもとにしたものです。自社のデータに基づいて、どう動くべきかのヒントが得られたのは、大きかったようです。それが管理職の行動変化につながったと思います。
藤澤:
データ上での反応もありました。分析結果をまとめたダッシュボードは8割の方に見ていただけていて、2回以上見ている方もいます。
伊達:
良いですね。どのようなタイミングでこの情報を活用するのかがわかると、それを使いやすくなります。「いつでも見ていいよ」というよりは、「このシーンで見てみて」と指示されると、分析結果も積極的に閲覧されるのではないかと思います。
管理職の魅力を伝えることも重要
伊達:
ところで近年は、例えばAIの進化など、新しい技術が次々と現れています。そうした動向に対しては、どのような展望をお持ちでしょうか。
藤澤:
生成AIの進歩は、今後のプロジェクトにおいて重要な要素となります。高性能なチャットボットを使用して、マネジメントの相談などができるようになるかもしれません。今は、どのようなデータを収集し、どのタイミングでどのような提案をすれば最も効果的かを検討しています。
伊達:
管理職はしばしば孤独を感じます。しかし、組織内には似たような悩みを持つ管理職がいるもので、中には、それを乗り越えた人もいます。人事データを利用して、管理職をサポートできれば、管理職になりたいという若手も増えるかもしれません。
能渡:
AIの活用を視野に入れた取り組みも展望して検討されているとのこと、このプロジェクトを支援させていただいたときからさらに関心が前進しており、素晴らしいと思います。
プロジェクトの目標に対して、その目標達成のみに邁進するのではなく、その先を見据える大きなビジョンを持ち、そこに向かう取り組みとして各プロジェクトを丁寧に位置づけ、着実に進めていることが貴社の強みです。
伊達:
そのタスクを通じて何を達成したいのかをしっかり持つことは重要ですね。
井手:
先ほどの管理職になりたい人を増やすというお話は、非常に共感しました。当社では、技術の向上を求める人と、マネージャーになりたい人との間で、バランスをどう取るかが永遠の課題となっています。
管理職になることの価値を理解し、その役割に対するポジティブな意識を持てるようになることが、組織として重要です。この会話の中で、このプロジェクトについて新しいアイデアが得られたと感じました。
伊達:
管理職は大変ではありますが、同時に、仕事を楽しんでいる人も多くいて、そのことは、様々な企業で組織サーベイをとってみると一目瞭然です。
大変な部分もあるけれども、それが仕事を面白くしている。管理職ならではの面白さを伝えることが重要で、それが若手社員にとっては、自分の価値観を揺さぶられる経験となるかもしれません。
研究知見と新しい挑戦を通じて学びを得る
最後に、今回のプロジェクトを通じてお二人が学んだことがあれば教えていただければと思います。
藤澤:
今回のプロジェクトでは、研究論文をきちんと読むことの重要性を学びました。研究知見は、日常的な問題に対して新しい洞察を提供してくれることがあります。海外の研究も参考になることが多く、研究知見を自分たちの業務に取り入れる試みは進めていきたいところです。
井手:
目の前の問題解決を超えて、人や組織について深く理解する試みは、結果として現場の管理職や人事にとって価値のあるアウトプットをもたらすことが分かりました。人事部門のリソースが限られている中で、今回のような取り組みを通じて得た知見が普段の問題解決につながることも感じました。これからも、こうした活動を広げていきたいと考えています。
伊達:
新しいことにチャレンジすると、様々な知識が得られ、思いがけない発見やアイデアに巡り会えるものです。この記事を読んだ方が、自分たちの会社でも新しいことを試していただければ幸いです。