2023年9月28日
データを活用した従業員エンゲージメント向上の方法(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2023年8月にセミナー「データを活用した従業員エンゲージメント向上の方法」を開催しました。
人的資本経営の文脈で、改めて注目を集める従業員エンゲージメント。本セミナーでは、当社代表取締役の伊達洋駆が、従業員エンゲージメントを高めるために有効な研究知見や、組織サーベイを用いた測定方法、行動計画の策定について解説しました。
※レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
エンゲージメントの定義と経緯
エンゲージメントが興隆した背景
本日は、データドリブンで従業員エンゲージメントを高める方法について考えていきます。最初に、エンゲージメントが注目されるようになった背景を紹介し、エンゲージメントの定義を解説していきます。
近年、「人材版伊藤レポート」や人的資本に関する情報開示の義務化など、人的資本経営に関する動きが注目を集めています。HR関連のカンファレンスでは、人的資本に関するセッションが増えています。
人的資本の開示項目の一つにエンゲージメントが含まれています。人的資本経営を進める際の一つの視点として、従業員エンゲージメントが取り上げられています。
もともとエンゲージメントという概念は、何年も前から日本でも一定の認知を得ていました。それが、人的資本経営の議論にも組み込まれることで、重要性がさらに確立されてきたのです。
産業界における議論
従業員エンゲージメントとは何でしょうか。産業界と学術界における議論を簡単に紹介していきます。
まず、産業界ですが、従業員エンゲージメントを初めて本格的に用いるようになったのは、ギャラップ社と言われています。現在も、エンゲージメントの国際比較を出しています。その後、多数のコンサルティングファームが、人事領域でエンゲージメントという概念を扱い始めました。
しかし、課題も存在しています。エンゲージメントの定義が、企業間で一致していないのです。例えば、多くのコンサルティングファームのWebサイトに、エンゲージメントの定義が掲載されていますが、その内容は異なります。
このような状況から、従業員エンゲージメントは「新しいボトルに入った古いワイン」と言われることもあります。「エンゲージメント」という新しい言葉を使っていても、中身を見てみると、従来からの概念が多く含まれているのです。
定義の多様性を取り上げるときりがないので、本日は、共通性に焦点を当てます。確かに様々な企業がそれぞれの観点でエンゲージメントを定義していますが、それらには共通した部分もみられます。
具体的には、「会社への愛着」や「一体感」を強調しているということです。これは学術的には「組織コミットメント」と呼ばれるものです。産業界におけるエンゲージメントは、組織コミットメントを指しているのです。
学術界における議論
学術界ではどうでしょうか。学術界においてエンゲージメントという考え方を、主に人事領域で初めに本格的に定式化した論文があります。カーンという研究者が1990年に出した論文です。カーンの論文は、ギャラップ社にも影響を与えたとも言われています。
エンゲージメントという概念が学術界で注目を集めたのと同じくして、「ワークエンゲージメント」という概念も登場しています。この概念は、仕事に対して活力をもって取り組んでいる状態を指し、バーンアウトの対概念として導入されました。
ワークエンゲージメントの人気は、「ポジティブ心理学」の台頭によって後押しされました。ポジティブ心理学は、人間の健康な心理的側面に焦点を当てた新しいアプローチです。ワークエンゲージメントは、仕事における「ウェルビーイング」と考えられており、まさにポジティブ心理学と相性が良い概念です。
注目すべき2つの側面
エンゲージメントという概念には、少なくとも二つの側面が存在します。一つ目は「組織コミットメント」です。これは、会社に対する愛着や一体感を表し、個人と組織との良好な関係を意味します。二つ目は「ワークエンゲージメント」です。これは、仕事に対して生き生きと取り組んでいる状態を示し、個人と仕事との良好な関係性を意味します。
2つの側面はともに、例えば業績向上や離職率の抑制など、組織における有効性が確認されています。
ただし、エンゲージメントは時間と共に低下する傾向があります。企業に長く在籍するほど、従業員のエンゲージメントは低下していきます。したがって、低下を防ぐ、もっとポジティブには向上させる施策が求められます。
とはいえ、「組織コミットメント」と「ワークエンゲージメント」の高め方は異なっています。以降では、それぞれのアプローチについて説明していきます。
エンゲージメントを高める方法
互恵性と公正感をもとに組織コミットメントを高める
まず、組織コミットメントの高め方です。組織コミットメントは、会社に対して愛着や一体感を覚えている、会社との結びつきが強いといった状態です。
組織コミットメントを高める際の基本的な原則は「互恵性」を促進することです。互恵性とは、交換関係を意味します。企業からサポートの提供があったら、従業員も企業に対する愛着を深めるという関係です。
では、どうすれば従業員に「会社から支援を受けている」と感じてもらえるのでしょうか。例えば、以下のような施策が考えられます。
- 従業員の柔軟な働き方を許容する(働く場所や時間などを選択できるようにする)
- カフェテリアプランなど、多様な福利厚生を提供する
- 従業員の意見を収集し、その反映を通じて環境を整える
このような施策によって、従業員は「企業が自分を大切にしている」と感じ、その結果、組織コミットメントが高まります。
また、公正感も大事です。公正感とは、従業員が自身の努力が適切に評価されたと感じることを指します。努力を評価してくれた会社に対するお返しとして、組織コミットメントが高まるのです。
公正感を高める方法としては、例えば、次のものが挙げられます。
- 評価プロセスで従業員が自分の意見を述べる機会を設ける
- 適切な情報に基づいた評価を行う
- 評価の基準を明確に示す
- 評価に不満がある場合に相談できる窓口を作る
とはいえ、制度の変更が容易でない場合、評価者と被評価者の関係性を良好に保つという方法もあります。例えば、評価者が評価の基準を説明し、被評価者も自らの意見を伝える場を設けることや、定期的に上司と部下の間で個人面談を行うことなどが有効です。
組織コミットメントを高めるもう一つの方法は、エンゲージメントを測定する組織サーベイです。組織サーベイの結果を踏まえて対策を講じることで、従業員は自分たちの意見が考慮されたと実感できます。組織サーベイのコツは、後半で紹介します。
JD-Rモデルに基づいてワークエンゲージメントを高める
続いて、ワークエンゲージメントを高める方法です。ワークエンゲージメントは、仕事に対して活力を得て、熱意を持ってのめり込んでいるという状況です。これについては、「JD-Rモデル」という理論に基づいて考えていきます。
JD-Rモデルとは、「仕事(job)」における「要求(demand)」と「資源モデル(resource)」の影響を表した理論です。JD-Rモデルによれば、仕事の資源がエンゲージメントを高めます。
仕事の資源の一例として、周囲からのサポートがあります。周囲から支援を受けている従業員は、ワークエンゲージメントが高いことが実証されています。しかし、サポートが重要であるとは理解できても、助け合う職場をどう構築するかは難しい問題です。
従業員同士で助け合う職場を作る方法として、「状況」の可視化が有効です。例えば、現在の業務内容を共有し、同僚が現在どんな仕事に取り組んでいるのか共有します。また、「感情」の可視化も良いでしょう。困っている、悩んでいる、楽しいといった感情を共有することで、「ありがた迷惑」にならず、タイムリーな支援が可能になります。
自ら支援を求める行動、すなわち、ヘルプシーキングも重要です。自ら支援を求めることで、サポートを得られる可能性が高まります。ヘルプシーキングを気軽に行える職場を構築することが望ましいと言えます。
JD-Rモデルにおける仕事の資源として、仕事の「自律性」も挙げられます。仕事の進め方や方法、スケジュールなどを自分で決定できることです。仕事の自律性が高い従業員は、ワークエンゲージメントも高いことが確認されています。
仕事の自律性を高めるために、仕事を任せていきましょう。エンパワーメントを推進するのです。任せることを不安に思うときもあるかもしれませんが、口出しを避けることが肝心です。
仕事の任せ方として、例えば、プロジェクトの一部を任せるケース、致命的な問題が発生しない仕事全体を任せるケース、あるいは意思決定が多い上流の仕事を任せるケースなどが考えられます。また、組織としては実行したいがなかなかできていない事項があれば、それを任せる方法も有益です。
組織サーベイを通じた介入のポイント
最後に、組織サーベイでエンゲージメントを向上させる方法を説明します。エンゲージメントは、一朝一夕に高まるものではないため、継続的に高めていく必要があります。そのときに助けになるのが組織サーベイです。
組織サーベイは、社員を対象にしたアンケート調査を通じて、人や組織をより良くする取り組みです。ただ、組織サーベイは適切に実施することで初めて、有効な手段になりえます。どんな点を工夫すればよいのでしょうか。
エンゲージメントを端的に定義する
初めに、エンゲージメントを明確に定義します。エンゲージメントには多様な側面が存在し、それぞれ高め方が異なる点も確認してきました。自社で向上させたいエンゲージメントを明確にしないと、適切なアプローチを選択できません。
できる限り端的に定義しましょう。例えば、「仕事に対して満足をしていて、定着しており、仕事に没頭していて、組織に対して愛着を持っていること」というような定義だと、エンゲージメントとはいったい何なのかが良く分からなくなります。1文で本質を表現することを目指してください。
また、エンゲージメントの定義は人事部内だけではなく、様々な利害関係者と共通認識を持つようにします。もし部門や役職ごとに定義が異なると、リスクになります。組織サーベイの結果を解釈する際に混乱を招くからです。さらに、エンゲージメントの定義が異なれば、その要因も変わります。
質問項目と選択肢にこだわる
質問項目にもこだわっていただきたいです。まずは、定義と質問項目の間にズレがないかを確認してください。定義に合致するかどうか、一つ一つの質問項目をチェックします。
「当社は、パッケージ型の組織サーベイを使用しているから問題ない」と考える方もいるかもしれません。しかし、パッケージ型でも、質問項目が適切に設計されていないケースがないわけではありません。
質問項目に回答するための選択肢にも配慮しましょう。例えば、選択肢の数が多すぎないかを検討します。10段階の選択肢があったとき、「7」と「8」の意味を区別するのは困難です。選択肢は5つまたは7つ程度に限定することをお勧めします。
また、選択肢の配置も重要です。選択肢の並び順だけで回答結果が変わる可能性があるのです。例えば、同じ質問でも、「当てはまる」から「当てはまらない」へと選択肢を並べた場合と、「当てはまらない」から「当てはまる」へと並べた場合、前者の方が得点が高くなります。このような事実を考慮しないと、毎年の測定や他社との比較で、不整合が生じます。
今後、エンゲージメントは人的資本経営においてさらに重視されていきます。他方で、人間心理をアンケートで測定することは繊細な作業です。質問項目や選択肢を作成する際には、細心の注意を払っていきたいところです。
自社のエンゲージメントを高めることに注力する
エンゲージメントの組織サーベイを行う際、「エンゲージメントのスコアを他社と比較したい」という企業は多いです。確かに、他社比較は改善に向けたエネルギーになることもあります。
ただし、それより重要なのは、自社の従業員のエンゲージメントを高めることです。そのため、エンゲージメントの水準だけではなく、背後にある要因を一緒に測定するようにしましょう。エンゲージメントと要因を区別して両方とも測定することは非常に重要です。
エンゲージメントに影響する要因が測定できていないと、「現状のエンゲージメントが低い」という事実が浮き彫りになるだけで、改善策のヒントが得られません。
エンゲージメントを高める方法を考えるときには、要因が何かを知る必要があります。例えば、「仕事の自律性がエンゲージメントに影響を与える」という結果が得られた場合、仕事の自律性を高める施策を考えます。
その施策の効果は、翌年に改めて組織サーベイを行うことで検証できます。エンゲージメントの要因は、いわばKPIの役割を果たします。
成果を焦らない
組織サーベイに限ったことではありませんが、成果を焦らないことも重要です。組織サーベイを通じてエンゲージメントを高めるプロセスは、多くの場合、時間がかかります。目に見える効果が即座に表れるわけではないことは、古くから指摘されています。
短期的に実施しやすく、効果も早く現れる対策と、時間はかかるものの本質的に重要な対策、その両方を並行して進めます。中長期的な対策については、即効性がない場合でも焦らず、粘り強く実行し続けましょう。
Q&A
Q: 組織サーベイで測定するエンゲージメントの要因はどう選定すればよいか
組織サーベイで測定する要因を選ぶのは容易ではありません。主に二つの種類の知識が必要だからです。第一に、学術的な知識で、研究知見から得るものです。第二に、実務的な知識で、過去の経験から考えたり、他の人の意見や経験を参照したりします。これらの知識を集めましょう。そうすれば、重要と思われる要因が見えてきます。
Q: エンゲージメントに影響を与える要因は会社ごとに異なるか
影響する要因もそうですし、影響度合いも異なります。まずはエンゲージメントの定義を明確にして、その定義に基づくエンゲージメントを高める要因の候補を、二つの知識をもとに挙げましょう。
Q: 定義をステークホルダーと調整すると時間がかかるが、時間を短縮する方法はあるか
エンゲージメントを定義するプロセスにはむしろ十分な時間をかけるべきです。エンゲージメントの定義づけは、人と組織の目指すべき状態を明確にする行為です。また、定義を急いで決めて、後から修正する必要が出てきた場合、それに伴って要因も変わってきます。
Q: 誰が自分を支援してくれていると感じるかによって、エンゲージメントが高まる対象も変わるのではないか
「会社」からの支援であると従業員が認識する必要があります。組織が準備した制度を従業員が利用しているにもかかわらず、それを支援だと感じないと、互恵性は生まれにくいものです。「この制度は従業員のためにある」「○○の効果を狙っている」など、繰り返し示しましょう。
登壇者
伊達洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。