2023年7月26日
研究知見を実務家に伝える講演のポイント
今回は、専門知識を伝えるセミナーのノウハウをお伝えます。研究者の方に向けて、実務家の前で講演する際に工夫すると良い点を紹介します。主に、まだ講演することに慣れていない方に向けたお話になります。
私が重点を置くのは、講演のコンテンツを作る方法ではなく、どのように話すべきか、どのように伝えれば良いのかという点です。
私のお話は大きく4つのパートに分けられます。講演前・講演中・質疑応答・講演後について、私のささやかな知識を共有します。
1.講演前
講演前の準備について取り扱います。講演を上手く進めるために、準備が鍵を握ります。
・講演日が近いときは小さな修正にとどめる
講演の日が近づくと、コンテンツを大幅に修正したくなることもあります。しかし、それはあまりおすすめできません。講演当日にコンテンツに慣れていない状態では、上手く話すことが難しいからです。修正するとしても、小さなものに留めておきましょう。
・自分がスムーズに話せるかを確認する
次に、リハーサルを一度やっておくことが大切です。リハーサルと聞くと、誰かに見てもらうことを想像するかもしれません。確かに、実際に聞き手のいる環境でリハーサルをすることは有効です。ただ、それ以上に重要なのは、自分が作ったコンテンツをスムーズに話せるかどうかをチェックすることです。
・セミナー直前に全体の流れを頭に入れる
講演の当日、直前にも注意すると良いことがあります。直前に全体の流れを確認すると、どのように話すべきかが明確になります。全体の流れを頭に通しておきます。オンラインセミナーの場合、声を出して通しのリハーサルをしても良いかもしれません。
直前に声を出すことで、講演中にスムーズに話すことができます。私の場合、普段はセミナー前にミーティングがあることが多いため、自然に声が出る状態です。そうではない場合、講演前に声を出しておきたいところです。
・スライドの調整や音声、動画の確認を行う
講演前にできることの一つに、プレゼンテーションの動作チェックがあります。例えば、講演がいざ始まったら、スライドがズレて見えたり、音声や動画に問題があったりすることがあります。それに対応するために注意を払うと、話すことに集中できません。その結果、話の精度や流暢さが損なわれる可能性があります。
・各スライドで使用する時間を決めておく
また、各スライドで話す時間を決めておくことも有用です。スライドごとに話す時間が長かったり短かったりすると、時間の調整が難しくなります。各スライドに使う時間を一定にすることで、時間配分が容易になります。
・スライドの重要度を区別しておく
スライドの中には重要なものもあれば、時間がなくなった場合には省略しても良いものもあります。それらを事前に区別しておくと、講演中に時間の調整がしやすくなります。ぜひ試してみてください。
2.講演中
続いて、講演中のノウハウについてお話します。
・入りをルーティン化することで緊張を解く
講演の始まりをできるだけ同じようにします。私の場合は、自己紹介から始め、会社や書籍の紹介、そして講演のテーマと構成について語っています。どんな規模・形式の講演を行う場合でも、講演の始まりをそろえています。同じ始め方をすれば、いつも通りのペースで入ることができ、緊張も和らぎます。
・自分自身の専門性を強調する
講演の早いタイミングで、その日のテーマと関連した実績や専門性を伝えることが重要です。専門性を明らかにすることは、聞き手にとっても重要です。専門知識を持っている人だと理解すると、聞き手は安心して話を聞けます。
・講演目的を早い段階で明らかにする
聞き手がその講演から何を学び、何を得るべきかを明確に説明しましょう。これも早い段階に行うのが重要です。この説明を通じて、聞き手は講演を聞くための姿勢を持つことができます。その結果、講演を聞きやすくなります。
・冒頭はゆっくり話すことを心がける
特に早口で話す傾向のある人は、講演の開始時にゆっくり話し始めましょう。講演の開始時に速く話してしまうと、緊張が解けた時にさらに速くなる可能性があります。そのため、開始時にはできるだけゆっくり入ることが大切です。
・資料共有を予告することで集中を促す
また、特に講演時に聞き手の手元にスライドがない場合は、「資料は後で送ります」などと伝えましょう。聞き手はメモを取ることなく、講演に集中できます。
・雑談は時間管理に注意しながら活用する
聞き手がリラックスできれば、講演のメッセージが伝わりやすくなります。そのため、雑談を取り入れることも効果的です。ただし、雑談を多く取り入れると、時間管理に支障をきたすこともあります。講演の前半は雑談を控え、時間的な余裕が出てきたら、雑談を取り入れるというのが進めやすいです。
・完璧さを追求する必要はない
講演は完璧なパッケージである必要はありません。聞き手に新たな視点や、考えるきっかけを提供できれば、それで十分です。それよりも、話す側が講演を楽しむことが重要です。楽しむという感情は、聞き手に伝わるものです。
・聴衆は味方で、過度の注目集めは不要
研究者が報告を行うときには、聞き手からの厳しい批判を心配することもあるかもしれません。しかし、ビジネスにおけるセミナーでは、そのような心配はあまり必要ありません。
セミナーの聞き手は時間を割いて皆さんの話を聞きに来ます。聞き手は自分の味方だと考えたほうが生産的です。そのため、過度に目立つ表現や奇抜な手法を使う必要はありません。
・落ち着いて話すことで自然な笑いを生む
聞き手を楽しませるために、必要以上に笑いを取ろうと焦る必要もありません。むしろ落ち着いて話しましょう。その方が自然にユーモアが生まれ、場が和むに違いありません。
・自信を持って話すことが重要
そして、講演を行うときの最も重要なことは、自信を持って話すことです。自信のない人が話していると、聞き手は落ち着かず、集中して話を聞くことができなくなります。たとえ良い内容であっても、それが伝わらないことになりかねません。
・講演中の言い訳は理解を妨げる
必要以上に恐縮したり、謝罪したり、言い訳したりしないようにしましょう。聞き手が専門家として皆さんのお話を聞きたいと思っています。
・長文と小声は聴衆の理解を妨げる
細かいテクニックになりますが、一文が長くなりすぎないように話すのも大事です。また、語尾が小さくなると話が伝わりにくくなるため、注意しましょう。
・焦りを見せず、落ち着いて話す
どれだけ準備をしても、講演中には予期せぬ出来事が起きることがあります。それに対して焦らず、落ち着いて対応することが求められます。
・エピソードで共感を引き出す
話すときには自分の経験やエピソードを話すと、聞き手が共感しやすくなります。ただし、時間管理には気を配りましょう。講演の前半にエピソードを入れると、時間がオーバーする可能性があります。
・静寂を恐れずに活用する
例えば、ある話題を強調したいときや、話題が切り替わるときには、少しの間を持ちます。静寂は少し怖く感じられるかもしれません。しかし、静寂を利用することで、聞き手は「ここは重要なのか」「話題が変わった」などと理解できます。
・重要な箇所はゆっくりと話す
強調したいポイントがあるときは、ゆっくり話しましょう。そうすることで、聞き手は、その部分が重要だと分かります。
・講演は一部でも響けば十分
講演を行うとき、それが一つの完全な作品でなければならないと思い込むと、プレッシャーを感じます。しかし、講演におけるアイデアや視点の一つでも聞き手にとって有益であれば十分です。完璧さを求めるよりも、リラックスして話しましょう。
・細かいミスを気にしない
聞き手は皆さんの言葉すべてを詳細に聞いているわけではありません。皆さんも他の人の講演を聞くとき、すべての言葉を詳細に処理していないはずです。小さなミスを恐れる必要はありません。前向きに話を続けることが重要です。
・聞き手に話しかけ、関与を促す
さらに、講演中には聞き手に問いかけることが有効です。これにより、聞き手は講演の内容を自分の中で考える時間が生まれ、理解が深まります。
直接的な参加を求める方法もあります。例えば、質問に対して手を挙げてもらう、またはチャットで回答してもらうなどです。聞き手の参加が増えれば増えるほど、理解も深まる余地が生まれます。
・アイコンタクトやボディランゲージも重要
対面の講演では、会場を見渡し、視線を交わすことが大切です。それにより、聞き手は自分が話の対象であると感じやすくなります。また、ボディランゲージ、特に手の動きにも注意しましょう。
・話しすぎず、目安時間を立てる
話に熱中してくると、時間の経過を忘れてしまうことがあります。各スライドでどれくらいの時間を使うべきか事前に計画し、それに従って時間を調整しましょう。
・最後に伝えたいポイントを再度述べる
講演の最後にはもう一度、伝えたいメッセージを繰り返します。人は最後に聞いたことを記憶しやすいので、これにより皆さんのメッセージが聞き手にとどまるでしょう。
3.質疑応答
質疑応答のセッションは、セミナーの重要な部分です。対面のセミナーでもオンラインのセミナーでも、質問が寄せられます。ここでは、質疑応答の際に有効なテクニックをいくつか紹介します。
・質問を随時受け付け、横目で見ておく
オンラインのセミナーでは、講演中から質問を受け付けます。どんな質問が来ているかをざっと確認しておくと安心です。答えやすい質問があれば、「優先的に回答しよう」と考えることができます。
・質問者に対して感謝を表現する
質問者には感謝の意を示しましょう。質疑応答は質問があって初めて成立します。質問を出してくれたことに感謝し、それを言葉として伝えることが重要です。
・質問内容を読み上げてから回答する
質問が寄せられたら、オンラインのセミナーの場合、そのまま読み上げるのが良いでしょう。ただし、質問がわかりにくいこともあります。そのときは、自分の言葉で質問を言い換えてから、答えるのがおすすめです。
・質問にまずは答えてから補足をする
回答する際は、まず質問に直接、端的に答えるようにします。その後で、必要なら補足的な説明を加える。この順序を守ることが効果的です。
・難問であることを認め、可能な範囲で回答する
なかには、答えるのが難しい質問もあるでしょう。焦る必要はありません。「それは難しい質問ですが、私の理解では・・・」と回答します。
・ポジティブに対応し、自身の見解を述べる
批判的な意見に直面することもあります。感情的に反応せずに、まずはその意見を受け入れて、意見の良いところを見つけてから、自分の見解を述べると良いでしょう。そのようにすることで、会場の空気を守りつつ、建設的なディスカッションを進められます。
・前向きな言葉を使って回答する
質疑応答の際には、ポジティブな言葉遣いを保ちます。審査ではないので、防御的な態度を取る必要はありません。質問者が前向きな気持ちになれるような言葉を選びましょう。
・講演中に触れられなかった論点を活用する
講演の準備をする際、時間や内容の都合で取り上げられなかった点をメモに残しておきます。そうすると、質疑応答の際に役立ちます。そのメモの中には、回答の際に言及できるものがあるはずです。
・長い回答は結論を再度要約する
意図せず回答が長くなってしまい、聞き手が混乱することもあります。そういった場合、最後に簡潔に結論をまとめて伝えます。そうすることで、聞き手にとっては理解の助けになります。
・抽象的な話題になったら、具体例を提示する
抽象的な話が続くと、聞き手の理解が妨げられることがあります。適当なタイミングで、具体的な例を挙げます。
・頻繁なアウトプットが結局は大事
質疑応答が上手な人は、頭の回転が速いだけではありません。普段から多くのアウトプットをしていることも特徴です。アウトプットを増やすことで、頭の中の情報を引き出すことが容易になります。
4.講演後
最後に講演後にできることについてお伝えします。講演後に工夫をこらすことで、次の講演に向けてスキルを向上させられます。
・自分の講演動画を見返す
講演が終わったあと、自分の講演の動画が残ることがあります。その動画を見直すと良いでしょう。学習の機会になります。自分の発表や声を聞くのは恥ずかしいかもしれません。しかし、自分の話し方の特徴や癖など、様々な学びが含まれています。
・講演を文字起こししたものを見る
講演の内容を機械的に文字起こしするのも有益です。私たちは、間違った言葉や聞き取りにくい部分を補正して理解する能力があります。一方、機械による文字起こしは、そのような補正がまだ効きにくいため、自分の話し方に厳しい目を向けることができます。
・登壇経験を積むことが最良の方法
話し方を改善するには、何よりも実践の機会を増やしましょう。講演をする回数が多ければ、上手く話すためのコツを学んでいけます。話し方を上達させたいのであれば、積極的に講演の機会を見つけるのが吉です。
・他者の講演を聞くことも重要
他の人の講演を聴くことも良い学習方法です。例えば、人事関連のカンファレンスを覗いてみましょう。他の人の話し方の良さや改善点を学ぶことができます。自分の講演について見つめ直すきっかけになります。
以上、今回は講演を行うときに気をつけると良いポイントを、講演前、講演中、質疑応答、講演後という4つのパートに分けて述べました。研究者の方が実務家向けにより有益な講演を実施するための一助となると幸甚です。
執筆者
伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。