2024年5月23日
他人の不幸を喜ぶ心理の裏側:その意外な社会的機能とは
他人の不幸や失敗を見て喜びを感じる「シャーデンフロイデ」という感情は、一見すると否定的で好ましくないものと思われがちです。しかし、近年の研究によると、シャーデンフロイデには一定の社会的機能があることが明らかになってきました。
私たちは日常生活の中で、時として他人の不幸を喜ぶ自分に気づくことがあるでしょう。このようなシャーデンフロイデは、一体どのような状況で生じ、どのような役割を果たしているのでしょうか。
本コラムでは、シャーデンフロイデに関する研究を紹介し、この感情がどのように生じ、どのような社会的機能を持つのかを探ります。さらに、シャーデンフロイデが職場のマネジメントに与える影響についても考察していきます。
シャーデンフロイデは、私たちの組織における生活に深く関わっています。他人の不幸を喜ぶ心理を理解することは、職場の人間関係のダイナミクスを読み解く上で重要な視点となるでしょう。
劣等感がシャーデンフロイデを引き起こす
シャーデンフロイデが生じる背景には、自分自身の劣等感が関わっていることがあります。2008年の研究では、自分の所属するグループ(内集団)の劣等感と、それ以外のグループ(外集団)の成功との間の関連性に焦点を当てました[1]。
1つ目の研究で、オランダの大学の2つのグループが架空の競争を行い、内集団の劣等感と外集団の成功が操作されました。その結果、内集団が感じる劣等感がシャーデンフロイデの強い原因である一方で、嫉妬や不満、怒りなど他の感情はそれほど影響しないことが示されました。
自分たちのグループが劣っていると感じるほど、他のグループの失敗に対して喜びを感じる傾向が強いということです。また、特定の分野で自分たちが劣っていると感じた場合、その分野での他のグループの失敗を喜ぶ要因となりますが、その逆は成立しないこともわかりました。
2つ目の研究では、1つ目の研究をさらに深掘りし、より多くの参加者を対象に、不公平感や劣等感、対立的な環境がシャーデンフロイデにどう影響するかを検証しました。
ここでは、特定の分野での劣等感がシャーデンフロイデを引き起こす要因であることが再確認され、他のグループの成功を不公平と感じた場合の怒りも、シャーデンフロイデを増大させることが分かりました。
さらに、その分野での劣等感が全体的な劣等感につながり、それが他のグループに対する怒りを通じてシャーデンフロイデに影響するというパターンが認められました。
これらの結果から、私たちは自分の劣等感を和らげるために、優れた他者の不幸や失敗を喜ぶ傾向にあることが分かります。特に、他のグループの成功が自分たちの劣等感を際立たせるため、そのグループの不幸に対してシャーデンフロイデを感じやすくなるのです。シャーデンフロイデは自己評価の低下を防ぐ一つの方法と言えるかもしれません。
不幸を受けて当然と思うと不幸を喜ぶ
他者の不幸に対するシャーデンフロイデは、その不幸が当然の報いだと感じるほど強まることがあります。人々が他者の不幸に対して感じるシャーデンフロイデを共有したいと思う気持ちと、不幸の当然性および不幸な人の地位がどのように影響するかを調査した論文があります[2]。
1つ目の研究では、ある人の不幸が「自業自得だ」と感じられるほど、人々はその不幸を喜び、他人と喜びを共有したくなることが見えてきました。不幸を当然の報いだと感じるほど、シャーデンフロイデの感情が強くなり、他の人とその感情を共有したくなるのです。
2つ目の研究では、不幸な人の地位も考慮に入れました。そこにおいてわかったのは、不幸が当然とは感じられない場合、地位の高い人の不幸に対してシャーデンフロイデを共有したいと思う気持ちが増すことです。
地位が高い人が不運に見舞われたとき、その不幸を当然の報いだとは感じられず、その結果、他人と不幸を喜ぶ感情を共有しやすくなります。一方、不幸が当然の報いだと感じる場合は、不幸な人の地位にかかわらず、シャーデンフロイデを共有する気持ちが強まりました。
これらの研究から、他者の不幸を当然の報いだと感じるほど、そしてその人の地位が高いほど、私たちはシャーデンフロイデを感じ、他人とその感情を共有したくなることがわかります。これは、社会的な公正や公平性に対する私たちの感覚と関係しているのかもしれません。
同僚にシャーデンフロイデを感じるとき
シャーデンフロイデは、職場の同僚に対しても感じることがあります。2021年に発表された論文では、職場で不公平な扱いを受けている同僚を見た人(傍観者)がどのように感じ、行動するかを調査しました[3]。傍観者と被害者が目標を競合しているかどうかが重要なポイントでした。
傍観者と被害者の目標が競合している場合、傍観者はその同僚の不幸を自分の利益と見なすことがあり、シャーデンフロイデを感じ、また、同僚を助ける行動が減少しました。同僚の不幸を喜ぶあまり、助けを提供しなくなるのです。しかし、目標が競合していない場合は、傍観者はより共感を示し、被害者を助ける行動が増えました。
職場におけるシャーデンフロイデは特に競争的な関係があるときに生じやすく、同僚の不幸に対して助ける行動を控えることがあります。組織としては、協力的な文化を育てることが求められるでしょう。
この研究は、シャーデンフロイデが同僚関係にも影響を与えることを示しています。特に、目標が競合する状況はリスキーです。職場でのシャーデンフロイデを防ぐためには、協力的な雰囲気を作ることが重要です。
どんな人が対象になりやすいか
シャーデンフロイデを感じやすい対象の特徴について、ステレオタイプ・コンテンツ・モデルに基づいて行われた研究があります。地位が高く競争力のあるグループ(羨ましがられるグループ)が不運に遭遇した際の他人の感情反応を調査しました[4]。
1つ目の研究では、参加者の顔の筋肉の動きを測定する方法を用いて表情を分析しました。すると、地位が高く競争力を持つグループがトラブルに見舞われたとき、人々がそのグループに羨望の感情を持っていることが分かりました。これは、優れた能力や地位を持つグループの不幸に対して、人々が喜びを感じやすいことを意味します。
2つ目の研究では、経済不況のような厳しい状況下で、羨まれるグループに対する認識がどのように変わるかを調べました。この研究からは、グループの地位や競争力がシャーデンフロイデを引き起こす要因であること、そして協力的な環境ではこのような感情が抑えられることが明らかになりました。
地位が高く競争力を持つグループは、他人から羨望や嫉妬を受けやすく、不運に遭遇するとシャーデンフロイデを向けられることが多いようです。人々は、自分より優れた存在が困難に直面すると、自分の相対的な地位が向上したように感じ、そのことを喜びます。
この研究は、シャーデンフロイデの対象となりやすい人の特徴を示しています。地位が高く、競争力を持つグループは、他者から羨ましがられることが多いため、不幸に遭った際にシャーデンフロイデを向けられやすいのです。
シャーデンフロイデは権力の調整に関わる
シャーデンフロイデは、社会的地位の変化に関わる機能を持っています。支配的地位の調整におけるシャーデンフロイデの役割が調べられています[5]。
研究では、他人が成功した後に傲慢になることが、その人が後に失敗した時に周囲のシャーデンフロイデを増加させることが示されました。言うならば、成功して調子に乗っている人が失敗すると、周りの人はその失敗を喜びやすいということです。
さらに、他人の失敗に対して公にシャーデンフロイデを表すことが、元々支配的だった人の支配力を低下させることがわかりました。自慢していた人が失敗した際に、周囲がその失敗を公に喜ぶと、その人の権力が失われ、もはや他人を従えることが難しくなるのです。
そのような状況で失敗した人物に対する不正行為が増えることも見えてきました。支配的だった人が失敗し、周囲からシャーデンフロイデを受けると、その人に対する不正行為が増えます。
シャーデンフロイデは個人の感情というだけでなく、社会的な権力関係の調整に関わる重要な機能を持っていることが透けて見えます。支配的な立場にある人が失敗すると、周囲がその不幸を喜ぶことで、その人の権力は低下し、リーダーシップを失うことにつながります。
支配的な立場にある人が失敗した際に、周囲がその不幸を公に喜ぶことで、その人の権力が低下するというのは、興味深い現象です。シャーデンフロイデが社会的な権力関係の調整に関わることを示唆しています。
職場マネジメントに対する含意
ここまでの議論をもとにすれば、シャーデンフロイデには組織的規範を示す機能があると考えることができます。
他人の失敗を見て喜ぶことで、どのような行動が許されないかを社内に伝えることができます。例えば、不正をして失敗した人に対して周りがシャーデンフロイデを示すことで、そのような行為が望ましくないというメッセージを発信します。
また、シャーデンフロイデは、劣等感を和らげることもあります。他の人が不幸になることを喜ぶことで、自分が相対的に優位に立っていると感じることができ、これが自尊心を支えることにもつながるかもしれません。
シャーデンフロイデは、職場のマネジメントにおいても看過できない感情です。特にマネージャーは部下間の目標が競合していないかを注意深く確認する必要があります。目標が競合すると、シャーデンフロイデが生じやすくなります。
また、シャーデンフロイデは権力関係の調整にも影響を与えます。マネージャーとしては、自分の態度が部下にどう影響するかを理解し、傲慢な振る舞いが部下のシャーデンフロイデを引き起こすかもしれないと自覚する必要があるでしょう。
以上のように、シャーデンフロイデは、ネガティブな感情としての側面のみが切り取られがちですが、様々な社会的機能を持っています。他者の失敗を喜ぶことで規範を示したり、権力関係を調整したりすることもできます。
脚注
[1] Leach, C. W., and Spears, R. (2008). “A vengefulness of the impotent”: The pain of in-group inferiority and schadenfreude toward successful out-groups. Journal of Personality and Social Psychology, 95(6), 1383-1396.
[2] Dasborough, M., and Harvey, P. (2017). Schadenfreude: The (not so) secret joy of another’s misfortune. Journal of business ethics, 141, 693-707.
[3] Chen, C., Qin, X., Yam, K. C., and Wang, H. (2021). Empathy or schadenfreude? Exploring observers’ differential responses to abusive supervision. Journal of Business and Psychology, 36, 1077-1094.
[4] Cikara, M., and Fiske, S. T. (2012). Stereotypes and schadenfreude: Affective and physiological markers of pleasure at outgroup misfortunes. Social psychological and personality science, 3(1), 63-71.
[5] Lange, J., and Boecker, L. (2019). Schadenfreude as social-functional dominance regulator. Emotion, 19(3), 489-502.
執筆者
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『60分でわかる!心理的安全性 超入門』(技術評論社)や『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)、『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。2022年に「日本の人事部 HRアワード2022」書籍部門 最優秀賞を受賞。