2023年5月17日
データ分析の結果をもとに対策案を導出するためのコツ
ビジネスリサーチラボでは、組織サーベイや社内データ分析といったサービスを提供しています。これらのサービスはデータ分析を含んでいますが、分析そのものが最終ゴールであることはありません。分析結果を基に、対策を立案し、人や組織を改善することが求められます。
このことを考慮に入れ、本コラムでは「対策」を主題に、対策をどのように立案するか、どのような視点から対策を考えるか、対策を立案する際に注意すべき点は何か、多くの対策を提案するにはどうすれば良いか、高品質な対策を考えるにはどうすれば良いかについて、情報を共有します。
1.対策検討の流れ
対策を考えるために、まず重視すべきは「成果指標」と「影響指標」です。「成果指標」は人や組織が目指す状態を指し、「影響指標」は成果指標に影響を与える要因を意味します。これらの指標は、組織サーベイでも社内データ分析でも明確に定義する必要があります。
成果指標と影響指標を定義した後、それらの関連を検証します。例えば重回帰分析などの分析手法を用いて、どの成果指標とどの影響指標がどの程度関連しているかを分析します。
次に、成果指標に関連する影響指標のスコアを比較します。ここで注目すると良いのは、スコアが低い影響指標です。それらはまだ改善の余地があるからです。
対策を講じる影響指標を選ぶ際には、成果指標との関連と伸びしろの観点を両方考慮します。成果指標と強く関連し、かつ伸びしろが大きい影響指標の優先度は高いと言えます。
成果指標と影響指標を定義し、両者の関連を検証し、伸びしろを確認するというステップを踏むことで、より有効な対策を導き出しやすくなります。
2.対策を考える切り口
次に、対策を考える際の観点を挙げましょう。次の9点を意識して対策を考えるのがおすすめです。
- 内容:対策の内容を考える。内容を明確にすることで、対策を具体化することができる
- 例示:例を挙げることで、対策について理解しやすくなる
- 主体:対策の実行者を特定する。実行者を示せば、対策の実施がスムーズになる
- 対象:誰に向けた対策かを整理する。対象が明確な対策は、効果が分散しにくい
- 効果:期待される効果を考えることで、対策の評価が容易になる
- 時間:対策の実施時期を考慮する。現実的な提案を行うために、期間の設定が必要である
- 資源:対策に必要な資源、特に費用について考える。費用対効果が高い対策を選択しやすくなる
- 連携:対策の実施には、関係者との連携が求められる。対策の実現可能性が見える
上記の観点を意識しながら、対策の例を挙げてみましょう。道具的支援を高める対策の例を3つ挙げます。道具的支援とは、上司が部下に対し仕事面で指導や助言を行うことを指します。
例1)リーダーシップ研修の実施
上司が部下に対する支援力を高める研修を実施することで、道具的支援を強化します。具体的には、外部講師を招き、座学とワークの組み合わせた研修を行うことが考えられます。
この研修を企画・実施するのは人事部門の育成担当者で、対象者は管理職やその候補者とします。期待される効果は、部下への支援力が高まり、道具的支援が高まることです。この研修は半年に1回、1日程度実施すると良いでしょう。
ただし、実施に当たっては研修費用や場所が必要となります。さらに、研修を行うためには育成部門と連携し、各部門の責任者にも協力を仰がなければなりません。研修に参加することで通常業務の時間が削られる可能性もあります。
例2)上司と部下による定期面談
上司と部下が一定の間隔で面談を設け、仕事の進捗や目標を話し合うことで、より道具的支援が実施できます。具体的には、上司と部下が月に一度、30分程度の面談を行う方法が考えられます。面談はオフラインでもオンラインでも構いません。
定期面談の主体は上司と部下ですが、上司が責任者になると良いでしょう。営業部門から始めるなど、伸びしろの大きい部門から実施すると上手くいきやすいと考えられます。
定期面談を実施することで、仕事に関する相談機会が生まれ、道具的支援が行いやすくなります。例えば、毎月第3火曜日の10時など、確実に実施できる仕組みを作ることが重要となります。
面談を行うためには時間と場所が必要です。特に場所は会議室が満室にならないように調整しなければなりません。定期面談を実践するためには、部門の責任者と連携する必要があります。面談の時間は通常業務ができないため、業務量が低下することが懸念です。
例3)上司に対する評価に道具的支援を組み込む
対策として、上司の人事評価の中に、部下への助言や指導を含めることが考えられます。上司が行った助言や指導の量や質を評価の要素として取り入れるのです。
この対策を実施するのは、評価制度を企画する部門で、対象は管理職となります。評価要素に道具的支援を組み込むことで、会社から「部下への支援が必要」というメッセージとなります。
年に1回の人事評価のシートに「部下への道具的支援」の項目を追加します。この評価要素については、上司だけでなく、部下からのフィードバック(いわゆる360度評価)を取り入れるのも一策です。
この対策は大掛かりなものであり、多くの関係者の調整が求められるでしょう。実現すれば強力ですが、それまでが大変な対策です。
3.幅広く対策案を挙げる
対策を考える際に重要になるのは、対策案を広く挙げることです。多様な案があれば、多様な問題に対応できるかもしれません。また、状況が変わったときに、様々な案から選択できます。
とはいえ、多角的な案を挙げるのは難しいものです。どのように挙げれば良いのでしょうか。次のような方法があります。
- 各影響指標に対して複数の対策を考えることで、合計すると多くの対策案を挙げられる
- 対策についてブレインストーミングの機会を設ければ、多数のアイデアを得られる
- 分析結果を社員にフィードバックし、現場の視点からの対策案を得るのも有効である
- 他社の事例を参考にすることで、自社の対策案のアイデアを得ることができる
しかし、分析結果から対策案を即座に思いつくのは簡単ではありません。そこで日々、企業の事例を収集し、それらをストックしておきましょう。そうすることで、対策の「引き出し」を増やすことができます。
例えば、次のような方法で企業の事例を収集することができます。
- 仕事で関わった企業の活動をネットで調べる
- ビジネスニュースや新聞、動画などを定期的に確認する
- ソーシャルメディアで、専門家や企業をフォローする
- ビジネス書や業界誌を読むことで、新たな事例を見つける
- 人事に関するオンラインコミュニティに参加する
- HR関連のセミナーやカンファレンスに参加する
- 官公庁や業界団体の資料にデータや事例が紹介されている場合がある
- 人事に関するアワードを確認し、受賞した事例の内容を調べる
- オンライン学習を利用したり、専門家から直接知識を得たりする
情報収集を行う際には、良質なものとそうでないものが混在していることを意識し、注意深く進めましょう。情報の信憑性を確認することが大切です。
また、企業の事例を調査するときには、業界や規模をメモしておきます。事例の関係者のインタビューなども参照すると、立体的に見えてきます。
成功事例だけでなく、公開されている失敗事例からも多くの教訓を得られます。そして、取り組みの実施前から実施後までの流れを時系列で確認することも有用です。さらに、収集した事例を社内で共有し、感想を交換しましょう。
4.質の高い対策案を挙げる
多数の対策案を提案することは重要ですが、質の低いものばかりでは問題です。幅広い案の中にも、質の高いものが含まれているようにするために、以下の視点を参考にすると良いでしょう。
- 関連性:提案された対策が問題に対応しているか。例えば、本当に道具的支援を高めるための対策になっているかを見る
- 具体性:対策の内容が明確に定義されているか。例えば、「個人面談を実施します」ではなく、「上司と部下が毎月1回30分の面談を行います」などと具体化する
- 測定可能性:対策の効果を定量的に把握できるか。例えば、個人面談を行った社員とそうでない社員の道具的支援のスコアを比較することが考えられる
- 時間的制約:現実的なスケジュールを想定しているか。実行可能な計画であることが求められる
- 整合性:提案された対策が組織のビジョンやミッションに適合しているか。適合していなければ、どれほど優れたアイデアでも実行や継続が難しくなる
- 柔軟性:必要に応じて対策の内容を変更できるか。例えば、個人面談の時期や内容を適宜変更できる余地を残すことが有効である
- 十分な資源:適切なリソース(時間、予算、人員)が割り当てられているか。資源がなければ、対策が動き出さない
- 育成の提供:対策を実行するために必要な育成があるか。例えば、個人面談を実施するために、上司に方法や進め方を教える機会があることが望ましい
- トップの関与:経営層が提案された対策をサポートしているかどうか。サポートは社内で明言される必要がある
- 役割と責任:対策の責任者が明らかになっているか。例えば、「上司が個人面談の責任者となり、その進捗状況を人事部門に報告する」など、役割を決める
- 持続可能性:対策が一時的なものではなく、長期的に続けられるか。例えば、固定した曜日に実施すれば持続しやすい
- 意欲の喚起:対策が社員の意欲を維持するか。例えば、部下の満足する個人面談を実施している上司を表彰する機会を同時に設けるといった方法が挙げられる
これらの観点を全て満たすのは困難かもしれません。しかし、どれかを満たすものはあるはずですし、もしなければ、満たせるようなアイデアを挙げるようにしましょう。
以上、対策の考え方について述べてきました。様々な点に言及しましたが、特に重要なのはストックでしょう。普段から企業事例を調べ、対策の種類に触れておくことで、実際に対策を挙げようとするときに出てきやすくなります。多くの対策案を見るようにしましょう。
執筆者
伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。