2023年4月17日
育成を促す多面評価:効果を最大化するための方法
ビジネスリサーチラボでは、HR事業者から依頼を受けてアセスメントを開発することがあります。アセスメントは個人差を可視化するのが特徴です。アセスメントの一つに、多面評価があります。本コラムでは、多面評価について解説します。
育成を目的に実施されることが多い
通常、評価は上司から部下に行われるものですが、多面評価はその枠を超えています。多面評価では、上司だけでなく、日頃やりとりをしている様々な人からも評価を得ることができます。例えば、部下や同僚、顧客などからも評価を受けます。多面評価の実践に、評価者あるいは被評価者として関わったことがある人も多いでしょう。
多面評価の流れとしては、まず被評価者(評価の対象者)を特定し、評価基準を検討します。その後、評価者を選んだ後、評価を行うためのアンケートを作成して配布します。評価者からの回答を集計してから、結果を被評価者に共有します。
しかし、多面評価には注意すべき点がいくつかあります。多面評価には「評価」という言葉が付いているものの、実際に評価を目的として実施されるケースは意外と少ないのです。むしろ、能力開発やスキル向上を目的に、多面評価が実施されることが多いとされています[1]
多面評価は、被評価者の育成に焦点を当てる方が上手くいくことがわかっています。評価ではなく育成を狙うべき理由が、2つ考えられます。一つ目は、評価としての多面評価には課題が存在することです。もう一つの理由は、多面評価が人材育成の効果をもたらすことが実証されているからです。
評価の際にバイアスが働く
評価としての課題については、評価の要素が区別しにくいことが挙げられます[2]。これは、異なる要素を評価する際に、それらの要素が連動してしまい、適切な評価ができない状況を指しています。例えば、坊主憎けりゃ袈裟まで憎い、または、アバタもエクボといったことわざが当てはまる状態であり、専門的にはハロー効果とも言われます。
この問題が生じるのは、多面評価の評価者にバイアスが働いているからです。多くの情報源から評価しているため、一見正確な評価ができそうに思えますが、実のところ、多面評価を評価方法として利用することはリスクが伴うと言えます。
多面評価には育成の効果がある
多面評価は、個人の成長やスキル向上を目的に実施されるべきです。その理由として既述の通り、育成の効果が挙げられます。例えば、多面評価を実施した結果、2年後にマネジメントスキルが向上したという報告があることからも、この効果が確認できます[3]。多面評価を通じて、自分のマネジメントのあり方を見つめ直すことで、新たなアプローチを試みたり、改善策を実行したりすることが、スキル向上につながるのです。
また、ある研究によると、多面評価では初めに評価が高くなかった人ほど、後に評価が高まることが明らかになっています[4]。もちろん、評価が低い人は伸びしろが大きく、評価が高まるのは当然という考え方もできます。
しかし、多面評価ではなく上司による評価だけで、同じように評価の低い人が意欲を喚起されるでしょうか。評価が低い人がその後のパフォーマンスが低調なまま、ローパフォーマーとして固定化される問題は様々な企業で生じています。
では、多面評価がどのようにして育成効果を生むのでしょうか。多面評価を通じて、上司や同僚から自分の働きぶりに関するフィードバックを得ることができるため、自己認識が向上し、視野が広がると言われています[5]。日常業務の忙しさの中で、自分の仕事を振り返る機会はなかなか得られません。多面評価が提供する他者の視点からのフィードバックは、自己改善やスキルアップに対する洞察を得る上で非常に有益です。
多面評価に関する研究では、複数の情報源からの評価が、一つの情報源よりも役立つ可能性があることが示されています[6]。具体的に言うと、部下からの評価だけでなく、上司と部下の両方から評価を受けることで、被評価者は評価結果をより有用だと感じることが分かっています。これは、複数の視点からのフィードバックを見ると、その結果から自分の強みや改善すべき点をより的確に把握しやすくなるからでしょう。
要するに、多面評価は、自分の働きぶりに関する様々な視点からのフィードバックを提供することで、スキルアップに寄与します。評価が低かった人でも、後に評価が向上し、パフォーマンスが改善される可能性が高まります。また、多面評価は、上司だけでなく、部下や同僚からも評価を受けることができるため、より包括的な自己改善の指針を得ることができます。これが、多面評価が育成効果をもたらす理由です。
多面評価は自己評価を適切なものにする
多面評価は、被評価者が周囲の人々からフィードバックを受け取ることで、自分の行動や能力をより正確に理解することができる評価方法です。多面評価のプロセスでは、自分自身が自分に対して持つ評価と、他人が自分に対して持つ評価を比較し、調整することが可能になります[7]。
統制理論に基づくと、他人からの評価が自分の評価よりも低いと感じた場合、自分の行動や習慣を改善しようとする意欲が高まるとされています[8]。これが多面評価を通じた改善のモチベーションの源泉となります。
自己評価と他人からの評価は、必ずしも一致しないことが多いことが分かっています。実際に、同僚や上司からの評価と自己評価の間の相関係数は、同僚や上司同士の評価間の相関係数よりも低いことが報告されています[9]。
自己評価は、他人からの評価よりも高いことが一般的です。これは、自己評価を高めるような心理的メカニズムが働いているためだと考えられています[10]。しかし、多面評価の観点から見ると、自己評価が高いことが必ずしも悪いわけではありません。
実際に、自己評価が他人からの評価よりも高い場合には、多面評価による効果が大きくなることが示されています[11]。一方で、自己評価が他人からの評価よりも低く、自信に欠ける人は、多面評価後のパフォーマンスが低下する可能性があるため、注意が必要です。
このように、多面評価は、他人からの評価を自己評価と比較することで、被評価者の自己認識を向上させ、より適切な行動に向かわせる効果があります[12]。要するに、多面評価は自分と他人の視点を組み合わせることで、自分の強みや弱みをより正確に把握し、成長や改善に役立てることができるのです。
多面評価の効果をさらに高めるために
これまでの解説では、多面評価が育成に適した手法であることや、自己評価を適切なものにすることで、効果をもたらすことが分かりました。ただし、誰でも簡単に変われるわけではないことを私たちは経験上よく知っています。そこで、多面評価の効果を高める方法について考えていきましょう。
①多面評価後にワークショップを行う
多面評価の結果を被評価者にフィードバックする際、ワークショップを実施することが効果的であると分かっています。事実、ワークショップに参加した被評価者は、行動の変化が認められる一方、参加していない人にはそのような変化が見られませんでした[13]。
また、フィードバックの際に結果を資料で受け取るだけではなく、ファシリテーターがいるワークショップで結果を受け取った方が、被評価者は評価を肯定的に感じることが明らかになっています[14]。ファシリテーターの存在により、被評価者は自分の行動をどのように修正すべきか考えることができ、修正に向けた計画も立てやすくなります。
多面評価の結果には、様々な人からの評価が含まれており、それらにはばらつきがある可能性が高いため、結果の複雑性が高く、理解するのが難しいことがあります。しかし、ワークショップがあれば、結果を読み解く機会を得られることが期待できます。
これらの知見をもとに、多面評価後に実施するワークショップにおいて求められることが見えてきます。例えば、次の4つの要素を含むワークショップを行うと良いでしょう。
- 評価結果の理解促進:ワークショップでは、被評価者が自分に対する評価結果を理解できるようにサポートし、その意味を把握することが重要です
- 複数の評価の整理:ワークショップで異なる評価者からの結果を比較し、共通点や相違点を明らかにすることで、被評価者が自身の強みや改善点に気づくよう促します。これにより、被評価者は自分の成長につながる情報を得ることができます
- 被評価者の目標設定:評価結果を受けて、被評価者が達成可能で明確な目標を立てるように促します。これにより、自分の成長に向けた具体的な方向性が明確になり、行動の改善がしやすくなります
- 行動計画の作成:目標に向けてどのような行動をとるかを計画するようにします。ワークショップでは、被評価者が行動計画を立てる際にサポートを提供し、計画の実行が容易になるようにヒントを提供しましょう
多面評価後のワークショップは、被評価者が評価結果を理解し、それをもとに自己改善や目標設定に取り組む上で重要です。効果的なワークショップには、評価結果の理解を深める要素、複数の評価を整理する要素、目標設定、および行動計画の作成といった要素が含まれます。これらの要素を取り入れることで、被評価者は改善のための具体的な行動を取ることが容易になり、結果として多面評価の効果が最大化されるでしょう。
②多面評価とコーチングを組み合わせる
コーチングを受けることは、多面評価の効果を高める可能性があると、いくつかの研究で示されています。例えば、多面評価の結果を受け取った後にコーチングを受けると、目標の具体性が増し、自分の行動を改めるための意見に耳を傾ける上に、パフォーマンスが高まることが報告されています[15]。
多面評価とコーチングを組み合わせることで、効果が高まることを実証した別の研究も存在します。なお、コーチングに対して被評価者は、多面評価の結果をより適切に解釈し、行動変化につなげるヒントが得られることを望んでいます[16]。
これらの研究から、多面評価を受けた被評価者にコーチングの機会を提供することが有効であることが分かります。企業は、多面評価を活用した育成の効果を促進するための投資として、コーチングの実施を検討してみる価値があります。
それでは、どのようなコーチングを実施すると良いのでしょうか。コーチング研究によると、コーチングには3つの要素が含まれています[17]。ガイダンス、ファシリテーション、インスピレーションです。
- ガイダンス:コーチが成果に関するフィードバックを行い、改善方法を伝えるプロセスです。改善すべき点を指摘したり、パフォーマンス向上のための提案をしたり、パフォーマンスに対する期待を伝えたりすることがあります。
- ファシリテーション:コーチが相手の問題解決に向けた検討を支援するプロセスです。例えば、アイデアを発展させる支援をしたり、問題解決のために創造的な思考を促したり、新しい選択肢を探って試すように促したりすることです。
- インスピレーション:相手が自分の可能性に気づき、伸ばすように働きかけるプロセスです。成長できるという自信を与えたり、継続的な改善を促したり、新しいことに挑戦するのを促したりすることを指します。
これらの要素を含むコーチングを、多面評価の被評価者に提供することによって、多面評価の効果を引き上げることができるでしょう。
コーチングによって多面評価の効果をさらに引き上げるためには、被評価者の「自己効力感」を高めることが求められます[18]。自己効力感とは、ある行動をうまく取り組むことができる自信を指し、「それはできそうだ」と思えることを意味します。
コーチングを通じて行動計画を定める際には、自己効力感を醸成しなければなりません。自己効力感が低ければ、せっかくの計画が絵に描いた餅になってしまうからです。
例えば、目標を細かいステップに分解することが有用です。また、すでにその行動を実行できている身近な人を紹介し、コミュニケーションを交わすことで、被評価者の自己効力感を向上させることができます。
③時間がかかることを理解する
多面評価において忘れてはならないことがあります。それは、被評価者が自分に対するネガティブな結果を目にすることです。人は基本的に自己評価が周囲からの評価より高いため、多面評価の結果は多くの人にとって悪い知らせとなります。
残念ながら、人はネガティブなフィードバックを簡単に受け入れるようにはできていません。被評価者が評価者に偏りがあると感じたり、不十分な情報をもとに評価していると感じたりすると、ネガティブなフィードバックは話半分に受け止められるかもしれません[19]。
ネガティブなフィードバックをスルーしようとする反応は、自分を守るための自然なことであり、多面評価を受ける多くの被評価者に起こると考えられます。しかし、朗報もあります。多面評価で良くない結果を受け取った被評価者は、確かにネガティブな感情を示すものの、半年ほど経過すると改善目標を立てることに成功するという報告もあります[20]。
同様の結果を示す研究もあり、多面評価でネガティブな結果を見た被評価者はショックを受け、例えば、困惑や怒り、悲しさなどの感情が噴出しますが、時間が経過すると緩和されます[21]。興味深いことに、感情的な反応の大きさは効果と関連がないことも明らかになっています。
これらの研究からわかるのは、多面評価の効果は即効性のあるものではないという点です。被評価者は効果が得られるまで大きな感情の波を経験します。企業としては、成果を急かすことではなく、時間をかけてフォローすることが求められます。
ただ、待つことは非常に大変です。そこで、目標を長期・中期・短期に分けて設定するという工夫がおすすめです。目標を一つひとつ達成していくことで、少しずつ前に進んでいる実感が得られます。
小さな成功体験を積み重ねることも大事です。まずは実行できそうなことから始めて、うまくいけばそれが自信につながります。自信が蓄積されると、好循環が生まれ、被評価者の成長につながります。
以上、本コラムでは、多面評価をテーマに、その意義や効果を高める方法について解説してきました。最後に、一つ追加しておきたい点があります。
これまでの説明では、多面評価を通じて、自己評価が他人からの評価よりも高いことを認識することで、育成の効果が得られることを強調しました。確かに、それは学術的な実証に基づく事実ですが、本人の不足点や課題を指摘することに焦点が合わせられています。
しかし、私が主張したいのは、多面評価を実践する際に、被評価者の強みや魅力を発見することにも力を注いでいただきたいという点です。例えば、多面評価のアンケートにおいて、自由記述欄で被評価者の強みや魅力を直接尋ねる方法があります。
このようなアプローチによって、被評価者自身が気づいていなかった良い点を把握する機会を提供し、自己成長や自己肯定感の向上につなげることができます。多面評価を通じて、不足点だけでなく強みや魅力も発掘し、バランスの取れた実践にすることを目指しましょう。
参考文献
[1] Tornow, W. W. (1993). Editor’s note: Introduction to special issue on 360-degree feedback. Human Resource Management, 32(2), 211-219.
[2] Mount, M. K., Judge, T. A., Scullen, S. E., Sytsma, M. R., and Hezlett, S. A. (1998). Trait, rater and level effects in 360-degree performance ratings. Personnel Psychology, 51, 557-576.
[3] Hazucha, J. F, Hezlett, S. A., and Schneider, R. J. (1993). The impact of 360-degree feedback on management skills development. Human Resource Management, 32, 325-351.
[4] Smither, J. W., London, M., Vasilopoulos, N. L., Reilly, R. R., Millsap, R. E., and Salvemini, N. (1995). An examination of the effects of an upward feedback program over time. Personnel Psychology, 48(1), 1-34.
[5] Yammarino, F., and Atwater, L. (1993). Understanding self perception accuracy: Implications for human resource management. Human Resources Management, 32, 231-247.
[6] Bernardin, H. J., Dahmus, S. A., and Redmon, G. (1993). Attitudes of first-line supervisors toward subordinate appraisals. Human Resource Management, 32, 315-324.
[7] Yukl, G., and Lepsinger, R. (1995). How to get the most out of 360 feedback. Training, 32(12), 45-49.
[8] Carver, C. S., and Scheier, M. F. (1981). Attention and Self-regulation: A Control Theory Approach to Human Behavior. Springer-Verlag.
[9] Harris, M. M., and Schaubroeck, J. (1988). A meta-analysis of self-supervisor, self-peer, and peer-supervisor ratings. Personnel Psychology, 41, 43-62.
[10] Tesser, A. (1988). Toward a self-evaluation maintenance model of social behavior. In L. Berkowitz (Ed.), Advances in Experimental Social Psychology, Vol. 21. Social Psychological Studies of the Self: Perspectives and Programs.
[11] Johnson, J. W., and Ferstl, K. L. (1999). The effects of interrater and self-other agreement on performance improvement following upward feedback. Personnel Psychology, 52, 272-303.
[12] Yukl, G., and Lepsinger, R. (1995). How to get the most out of 360 feedback. Training, 32(12), 45-49.
[13] Seifert, C. F., Yukl, G., and McDonald, R. A. (2003). Effects of multisource feedback and a feedback facilitator on the influence behavior of managers toward subordinates. Journal of Applied Psychology, 88(3), 561-569.
[14] Bracken, D. W. (1994). Straight talk about multirater feedback. Training and Development, 48, 44-50.
[15] Smither, J. W., London, M., Flautt, R., Vargas, Y., and Kucine, I. (2003). Can working with an executive coach improve multisource feedback ratings over time? A quasi-experimental field study. Personnel Psychology, 56(1), 23-44.
[16] Thach, E. C. (2002). The impact of executive coaching and 360 feedback on leadership effectiveness. Leadership & Organization Development Journal, 23(4), 205-214.
[17] Heslin, P. A., Vandewalle, D. O. N., and Latham, G. P. (2006). Keen to help?: Managers’ implicit person theories and their subsequent employee coaching. Personnel Psychology, 59, 871-902.
[18] de Haan, E., Duckworth, A., Birch, D., and Jones, C. (2013). Executive coaching outcome research: The contribution of common factors such as relationship, personality match, and self-efficacy. Consulting Psychology Journal: Practice and Research, 65(1), 40-57.
[19] Waldman, D. A., and Atwater, L. E. (1998). The power of 360-degree feedback: How to leverage performance evaluations for top productivity. Houston, Texas: Gulf Publishing Company.
[20] Smither, J. W., London, M., Flautt, R., Vargas, Y., & Kucine, I. (2003). Can working with an executive coach improve multisource feedback ratings over time? A quasi-experimental field study. Personnel Psychology, 56(1), 23-44.
[21] Brett, J. F., and Atwater, L. E. (2001). 360 feedback: Accuracy, reactions, and perceptions of usefulness. Journal of Applied Psychology, 86(5), 930-942.
執筆者
伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。