2022年12月22日
職場におけるフィードバックの科学:改善につなげる伝え方と環境とは
職場では日頃から、上司と部下、あるいは同僚間で、大小さまざまなフィードバックが行われています。ただ、「的確なフィードバックをもらえた」と感じられないケースもあることが、実は学術研究の中でも報告されています。
本コラムでは、職場におけるフィードバックをより有効なものにするために、フィードバックに関する研究知見を紹介します。また、それぞれの知見を活用する方法についても考察します。
研究を通して解釈する職場のフィードバック
フィードバックとはどのような行為か
まず、「フィードバック」とはどのような行為を指すのか、学術的な定義を確認します。多くの研究に影響を与えた論文の中で、フィードバックは「外的なエージェントが、誰かの課題のパフォーマンスのいくつかの側面に関する情報を提供するために行う活動」とされています[1]。
ここでいう「エージェント」とは、課題を行った当人以外で、情報提供を行う人・モノを指します。たとえば、上司や同僚から口頭で伝えられる行為だけでなく、月・年・プロジェクト単位の職務評価など、文字や数値による情報もフィードバックの一部です。
学術的な定義に基づけば、フィードバックには、実に多くの種類があることが分かります。皆さんは日頃から様々なフィードバックに触れているといえます。
フィードバックするだけでは効果が望めない
ところが、フィードバックの効果に関する研究を見ると、「とにかくフィードバックすれば良い」とは言えません。フィードバックを受けた人にとって望ましい効果がある場合だけではなく、効果がない場合や、さらには、悪い効果をもたらす可能性も報告されているのです[2]。
フィードバックによる望ましい効果については、「ポジティブ・フィードバック」の方が、その後の活動を促進することが確認されています。成果が肯定的であったと伝え、同様の活動を今後も促進することを目的に行うのが、ポジティブ・フィードバックです[3]。また、コンスタントに、かつ高頻繁にフィードバックをしてもらえる方が、パフォーマンスが向上することも報告されています。
次に、フィードバックに効果が見られないケースです。フィードバックは「それ単独」で十分に効果が得られるわけではないことが指摘されています[4]。フィードバックを受ける部下の特徴やその場の環境要因などの「組み合わせ」によって効果が変わるということです。誰に対しても、どのような内容を伝えるときでも使える、万能薬のようなフィードバックはないのです。
最後に、フィードバックで悪い効果が生じるケースです。過去の3000件に及ぶ研究結果を確認した結果、約3割のフィードバックがパフォーマンスに有害な効果があったと分かっています。例えば、既に方法をよく知ったタスクについてフィードバックを受けることで、自然と使えていた方法が使えなくなります[5]。
フィードバックは回避される可能性がある
フィードバックが行われた場合の効果以前に、そもそも誰もがフィードバックを積極的に求めているわけではありません。フィードバックが「回避」される可能性もあります[6]。例えば、仕事の進捗や質が芳しくないときに、「怒られるかもしれない」と、上司への現状報告をためらうことは、誰しも経験があるでしょう。フィードバックを受けなくて済むように、部下が行うのが「フィードバック回避行動」です。
フィードバック回避行動の内容は様々です。例えば、上司と目が合うのを避けるといったものから、仕事の進捗報告をわざと先延ばしにするといったものまであります。
フィードバック回避行動に関する研究のポイントは2つあります。第一に、「積極的に避けている」という点です。単にフィードバックを求めていないというわけではなく、フィードバックを受けないことを目指した行動なのです。フィードバックなしに進めば、重大事案に発展する可能性もあります[7]。
第二に、フィードバック回避行動は本人だけが原因ではない点です。例えば、上司と部下の関係が悪いと、部下はフィードバックを回避します。部下だけの問題だけではなく、環境要因によってもフィードバック回避行動は起きます。
「良い」フィードバックを実施するには
さて、「具体的にどのようなフィードバックを行うのが良いのか」という本題に入りましょう。研究知見をもとに、フィードバックを実施する際のポイントを確認します。
フィードバックの「受け手」の視点を忘れない
忘れてはいけないのが、フィードバックには「送り手」と「受け手」がいるという点です。フィードバックにおいては、送り手の情報の伝え方次第で、受け手のその後の行動が変わります。
特に、フィードバックの受け手の特徴に合わせようとすることが重要です[8]。研究によって効果が確認されているフィードバック方法でも、受け手のパフォーマンス向上に寄与しないことが想定されます。その理由の一つとして、受け手に適した形式ではない可能性が考えられます。
目の前にいるフィードバックの受け手が、その後のパフォーマンスを高められるのが「適切」なフィードバックと言えます。受け手の視点を意識することが、有効なフィードバックを実施する上で、何より重要です。
進め方・やり方に注目できる内容にする
ここからは、具体的な研究知見を参考に、職場におけるフィードバックをより良いものにする方法を紹介します。
最初に紹介したいポイントは、受け手が進め方・やり方に注目できるフィードバック内容にすることです。この点について重要な示唆を与えるのが「フィードバック介入理論」です[9]。フィードバックを考える際の基礎を提供し、現在まで多くの研究に影響を与えている理論です[10]。
フィードバック介入理論では、受け手はフィードバックを通じて3つの観点に注意が向くと考えます。課題に取り組む「自分」への注意、「課題の全体像」への注意、「課題の進め方」への注意という3種類です。
- 「自分」への注意:フィードバックの受け手が「自分自身が評価されている」と感じることです。例えば、資料の出来をみた上司が、「あなたには素質がある」あるいは「あなたは、この仕事に向いてない」と伝えるようなケースが該当します。
- 「課題の全体像」への注意:指摘する内容とより広い業務とのつながりや、タスクを進める際のモチベーションを意識することです。
- 「課題の詳細」への注意:タスクの進め方に意識を向けることです。例えば、確認した資料の誤字脱字を指摘する際、「資料提出前の再確認のやり方を見直すべきですね」などとフィードバックする場合です。
「課題」との向き合い方や進め方に注意を向けるフィードバックが、「自分」に注意を向けるものよりもパフォーマンス向上に有効です。「自分」への注意を促すフィードバックは、パフォーマンスが良いことを伝える場合も含めて、その後の課題への取り組み方を改善することに意識が向きにくいからです。
加えて、フィードバック介入理論の内容を踏まえると、フィードバックとパフォーマンスの関係を考えるうえで重要な点が2つ指摘されています[11]。1つ目は、フィードバックの内容が、以降の行動改善に向けたヒントになっているかどうかです。フィードバックを受けたとしても、次はどのように進めたらいいのか見当がつかないようでは、パフォーマンスは向上しません。
この点に関連して、フィードバックの際に言及するべき3つの要素が指摘されています[12]。まずは、タスクの到達点である「目標」です。次に、目標に対してどのように進めてきたのかという「現状」です。最後に、目標と現状の間にある「ギャップを埋める方法」です。「このアウトプットに向けて(目標)、今は6割程度できているから(現状)、細部を詰めていこう(ギャップを埋める方法)」という具合に、3つの要素を含めるのが良いのです。
2つ目は、短期と長期の効果を分けて考えることです。確かに、タスクの進め方やタスクとの向き合い方に関するフィードバックをもらうことで、似ているタスクにその後取り組む際にパフォーマンスは高まります。ただし、これは「正解」を教えてもらい、それを応用する方法です。正解以外の試行錯誤をする体験が少なくなるため、長期的にみると、成長が緩やかになる可能性もあります。
努力を促す声かけにする
職場で良いフィードバックを行うための第二のポイントは、受け手の努力を促す伝え方にすることです。「ネガティブ・フィードバック」の研究が参考になります[13]。
ネガティブ・フィードバックとは、受け手の不足点を指摘することで、その改善を求めるフィードバックです。研究の中では、ネガティブ・フィードバックの受け手が、どのような反応を示すのかが検討されています。
ネガティブ・フィードバックに対する受け手の反応は、①「改善しなければ」と努力したり、やり方を修正するか、②「失敗してしまった」と残念に感じ、それ以降、課題に積極的に努力することをやめてしまうか、という2つに大別できます。この2つを踏まえた上で、ネガティブ・フィードバックがパフォーマンス向上を促す要因として、次の3つが挙げられいます。
- 自己効力感:特定の有益な行動を自分が実行できると思えている度合いであり、いわば自信ともいえます。ネガティブ・フィードバックを受けたとしても、受け手が「改善できるだろう」と思えるなら、努力につながるということです。
- 原因帰属:「自分のせいで質が低かった」と思った場合は、改善を目指す行動につながります。しかし、「自分のせいではない」「仕方がなかった」と他責で考えると改善が起きません。
- 目標志向性:個人が物事に取り組む際の特徴を指すのですが、「能力を高めていきたい」という習熟的な志向を仕事に持っている場合は、ネガティブ・フィードバックを成長のヒントとみなすことができます。その結果、改善に向けた努力が起きます。
これらのポイントをまとめると、受け手の自信を失わせることなく、自分自身の能力に関わる原因に目を向けてもらうよう、情報を選んでフィードバックを行うのが良いといえます。そのためにも、受け手に「これから能力を高めていけばよい」という、学習するマインドセットを持ってもらうよう声がけすることや、「やり方が良くなかった」という方法に注目させる内容でフィードバックを行うことが有用です。
自らフィードバックを求めてもらうためには
最後に、職場におけるフィードバック回避行動を防ぐために、どのような対応ができるのかを考えていきます。「フィードバック探求行動」について検討した研究が示唆を与えてくれます。
フィードバック探求行動とは、フィードバック回避と対照をなす行動です。タスクの最終的な状態に向けて、現在の自分の行動が正しいか、あるいは的外れではないかを積極的に確認する行動を指します。フィードバック探究行動の要因が分かれば、フィードバック回避行動を防ぐヒントが得られます。
過去の研究結果を、統計的な手続きによって統合する手続きとして「メタ分析」があります。フィードバック探求行動に関してメタ分析を行った結果、次の3つの要因が明らかになりました[14]。
- フィードバックの頻度:日頃からフィードバックを受けている人は、フィードバックを積極的に求める傾向があります。修正点などネガティブ・フィードバックに偏ることを避けるため、「確認をしてくれてありがとう」など、タスクの直接的な内容に限らず、肯定的な内容を織り交ぜてフィードバックしましょう。
- 変革型リーダーシップ:上司が、部下の利益や価値観に配慮しつつ、チームとしての活動に動機づける行動です。具体的には4つの方針があり、部下のロールモデルになるよう努めること、適切な目標設定を行うこと、部下に新しい視点を授けようとすること、部下への個別対応を行うことです。
- 上司と部下の関係性の質(Leader-member exchange):部下から見て、「上司は私のことを理解して助けてくれる」と感じている程度を指します。関係性の質を高めるために、上述の変革型リーダーシップを発揮するようにしたり、部下に対して仕事で成果を上げると期待をかけたりすることが有効です。部下との関係性を良好に保てば、部下はフィードバックを求めます。
これらの要因に共通するのは、上司と部下のコミュニケーションが関わっている点です。特別な制度に頼るのではなく、日頃から交流しやすい関係を構築することで、良質なフィードバック環境を作ることができます。
脚注
[1] Kluger, A. N., & DeNisi, A. (1996). The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory. Psychological Bulletin, 119(2), 254-284;本文では「フィードバック介入(preliminary feedback intervention)」の定義として紹介されていますが、実務の現場で起きる、フィードバックを行う側(送り手)と受ける側(受け手)の関係は介入の状況にあたると判断し、この定義を紹介しています。
[2] Tagliabue, M., Sigurjonsdottir, S. S., & Sandaker, I. (2020). The effects of performance feedback on organizational citizenship behaviour: a systematic review and meta-analysis. European Journal of Work and Organizational Psychology, 29(6), 841-861.
[3] Choi, E., Johnson, D. A., Moon, K., & Oah, S. (2018). Effects of positive and negative feedback sequence on work performance and emotional responses. Journal of Organizational Behavior Management, 38(2-3), 97-115.
[4] Alvero, A. M., Bucklin, B. R., & Austin, J. (2001). An objective review of the
effectiveness and essential characteristics of performance feedback in
organizational settings (1985-1998). Journal of Organizational Behavior
Management, 21(1), 3–29.
[5] Kluger, A. N., & DeNisi, A. (1996). The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory. Psychological Bulletin, 119(2), 254-284
[6] Song, M., Gok, K., Moss, S., & Borkowski, N. (2020). The relationship between perceived dissimilarity and feedback avoidance behaviour: Testing a multiple mediation model. International Journal of Conflict Management, 32(1), 1-19.
[7] Song ら(2020)の研究では、アメリカの退役軍人を対象とした医療サービスで起きた悲惨な例が紹介されています。サービスの運営担当者が上司からの叱責を避けようと、「治療を待つ期間が長い」という運営上の不備を報告することを回避した結果、多くの退役軍人が亡くなったそうです。
[8] Panadero, E., & Lipnevich, A. A. (2022). A review of feedback models and typologies: Towards an integrative model of feedback elements. Educational Research Review, 35, 100416.
[9] Kluger, A. N., & DeNisi, A. (1996). The effects of feedback interventions on performance: A historical review, a meta-analysis, and a preliminary feedback intervention theory. Psychological Bulletin, 119(2), 254-284
[10] Lipnevich, A. A., & Panadero, E. (2021). A Review of Feedback Models and Theories: Descriptions, Definitions, and Conclusions. Frontiers in Education, 6:720195.
[11] Rettger, M. B. (2018). Finding the silver lining: how positive psychology can help you use critical feedback to flourish. Scholarly Commons. URL: https://repository.upenn.edu/mapp_capstone/134/
[12] Hattie, J., & Timperley, H. (2007). The power of feedback. Review of educational research, 77(1), 81-112.
[13] Iglen, D. R., & Davis, C. A. (2000). Bearing bad news: Reactions to negative feedback. Applied Psychology: An International Review Special Issue: Work motivation: Theory, research and practice, 49, 550-565.
[14] Anseel, F., Beatty, A. S., Shen, W., Lievens, F., & Sackett, P. R. (2015). How are we doing after 30 years? A meta-analytic review of the antecedents and outcomes of feedback-seeking behavior. Journal of management, 41(1), 318-348.
執筆者
黒住 嶺
株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。