2022年11月16日
問題行動が社員と会社に与える影響
本コラムでは、ハラスメントやいじめなどの「問題行動」をテーマに、ある社員の問題行動が他の社員や職場・企業にもたらす影響について解説します。
問題行動の定義
「問題行動」を定義するために、職場ハラスメントの議論を参考にします[1]。問題行動には2つの側面があります。一つは、他の人を苦しめたり、疲れさせたり、欲求不満にさせようとすることです。もう一つは、そうした行動が反復的かつ持続的であることです。
すなわち、本コラムにおける問題行動とは「他者を苦しめる継続的な行動」のことです。問題行動をより具体的にイメージできるように、7種類の問題行動を紹介します[2]。次のような行動を指して、問題行動と呼びます。
- 仕事のハラスメント
- 集団から孤立させる行動
- プライベート領域への攻撃
- 言葉による攻撃
- 噂の拡散
- 脅迫
- 価値観への攻撃
被害者と目撃者
問題行動のうち、ハラスメントについては近年特に問題視されています。ハラスメントの中でもパワーハラスメント(パワハラ)の現場を目撃したかを尋ねた調査があります[3]。調査によると、目撃したことのある人は43.1%、自身が被害に遭った人は25.2%でした。ハラスメントは目撃者・被害者ともに一定の割合で存在する現象で、例外的な一部の人だけに関係のある話ではないことがわかります。
加えて、職場で問題行動が起きていると気付いたとしても、全員が上司に報告するとは限りません。別の調査によると[4]、55%が上司に報告するという結果が得られています。逆に言えば、上司に報告しない人もいるということです。
2つの観点から問題行動にアプローチする
本コラムにおいては、2つの観点から問題行動にアプローチしていきます。まず、問題行動の「被害者」には何が起きるのか、次に、問題行動の「目撃者」には何が起きるのかを確認します。
問題行動の被害者に起こること
問題行動の被害者に起こることを見ていきます。被害者自身が問題行動をどのように意味づけるかによって、何が起こるのかが異なってきます。問題行動の原因や責任の帰属については、加害者、被害者自身、組織に向かう3つのパターンがあります[5]。
1.意識が加害者に向かうパターン
加害者に問題行動の責任があると被害者が認識する場合を指します。このようなケースにおいては、加害者に対してネガティブな感情が出てきます。典型的には、怒りが湧いてきます。
2.意識が被害者自身に向かっていくパターン
「問題行動を受けた原因は自分にある」と被害者が自分自身を責める場合もあります。自分を責めると被害者はストレスを覚えます。結果、疲弊感を覚えたり消耗したりします。
問題行動の被害者は、幸福度が低下しやすいことも明らかになっています。さらに、問題行動の被害者になると、自分自身が無力に思えたり、地位が低いと感じたりして、自分に対する評価が下がります。実際に、被害者の自尊心が低下することを検証した研究もあります[6]。
3.意識が組織に向かうパターン
問題行動がなぜ起こったのかを考えたときに、被害者や加害者が所属する組織に対して意識が向かう場合もあります。問題行動の被害者になった際に、問題行動を許している組織に対してネガティブな反応を向けるということです。
意識は加害者と組織に向きやすい
被害者の意識の向かい方を3つ挙げました。これらの中で言うと、加害者と組織に意識が向かいやすいと言えます。なぜなら、問題行動のような不愉快な出来事に直面した際、自分ではなく周囲に原因を帰属させやすいからです。
問題行動を受けたことを自分の責任だと感じると、自分自身に悪い影響が及びます。それを避けるために、周囲に対して責任の帰属意識を向けるのです[7]。
以上のように、問題行動の被害者にはさまざまな心理的な影響が現れます。重要なのは、問題行動の被害者への影響は単純なものではない点です。さまざまな影響の現れ方があります。
問題行動の被害者に対応していく際にも、一律的な対応は難しいことが分かります。まずは、被害者がどのような影響を受けているのかを正しく理解するところから始める必要があります。
問題行動の目撃者に起こること
次に、問題行動の「目撃者」に何が起こるかを見ていきましょう。先ほどは被害者に注目しましたが、ここでは目撃者に注目します。
問題行動の加害者と被害者がいるとき、そのやりとりを目撃している人もいます。これを本コラムでは目撃者と呼びます。これまでの研究においては、その多くが被害者に焦点を当ててきました。
しかし最近は、目撃者に影響が及ぶプロセスに関心が集まり始めています[8]。目撃者の置かれた状態を「代理的な問題行動」と呼ぶ研究者もいます。代理的な問題行動を考慮すると、問題行動は加害者と被害者に閉じたものではありません。目撃者を含む多くの従業員に影響し得ます。
問題行動の目撃では、負のスパイラルが起こる可能性もあるのが怖い点です。一度問題行動を目撃すると、その後も問題行動を目撃しやすくなります。この理由としては、アクセシビリティが高まるためだと解釈されています。例えば、朝に問題行動を目撃すると、日中にも問題行動を目撃しやすくなることが指摘されています[9]。
問題行動の目撃者に及ぶ影響
問題行動の目撃者には、どのような影響が及ぶのでしょうか。本コラムでは4つの観点から、目撃者に対する心理的な影響を説明します。
1.心理的な緊張による悪影響
第1に、問題行動の目撃は、心理的な緊張を伴うストレッサーになります。長期にわたってストレッサーにさらされると、心身の健康が悪化したり、否定的な職務態度が形成されたりします。
ただし、問題行動の目撃が単発で終わった場合、長期的な影響が出るわけではありません。例えば、問題行動の目撃と2年後の抑うつとの間には有意な関連がないことが分かっています[10]。継続的な目撃による蓄積の悪影響が大きいのです。
2.目撃者の幸福感への悪影響
第2に、問題行動の目撃者には幸福感への悪影響が見られます。仕事のストレスが一定であったとしても、問題行動を目撃すると幸福感が下がるという報告も提出されています[11]。
3.仕事の態度へのマイナスの影響
第3に、問題行動の目撃によって、ネガティブな感情が喚起され、仕事の態度にマイナスの影響が出ます。例えば、目撃者は仕事の満足感が下がったり[12]。経営者に対する信頼が低下したりすることが明らかにされています[13]。
4.パフォーマンスの低下
第4に、目撃者のパフォーマンスにも良からぬインパクトがあります。問題行動の目撃はストレッサーへの暴露であり、ストレッサーに対応しようと認知資源が消費されます。これが続けば、認知資源が減ります。
結果、必要な仕事に対して認知資源を振り分けられなくなります。また、少ない認知資源を守ろうとする作用も働きます。こうした作用が起きることで、仕事のパフォーマンスが下がります。例えば、問題行動を目撃すると、仕事のパフォーマンス[14]や創造性[15]が下がることが実証されています。
以上、本コラムでは問題行動の影響を2つの観点から見てきました。一つは被害者への影響で、これは問題行動の原因を何に帰属するかによって異なるという特徴がありました。
もう一つは目撃者への影響で、様々な観点からネガティブな事態が引き起こされることが分かりました。問題行動は加害者と被害者の二者関係はもちろん、目撃者にも悪影響を与えます。言い換えれば、問題行動は、組織全体に影響が波及するかもしれないということです。
参考文献
[1] Brodsky, C. M. (1976). The harassed worker. D. C. Heath & Co.
[2] Zapf, D., Knorz, C., & Kulla, M. (1996). On the relationship between mobbing factors, and job content, social work environment, and health outcomes. European Journal of Work and Organizational Psychology, 5(2), 215-237.
[3] 日本アンガーマネジメント協会(2019)「怒りとパワハラに関するアンケート」
[4] Ethical Resource Centre (2005) National Business Ethics Survey.
[5] Bowling, N. A. and Beehr, T. A. (2006). Workplace harassment from the victim’s perspective: a theoretical model and meta-analysis. Journal of Applied Psychology, 91(5), 998-1012.
[6] Parker, S. K. and Griffin, M. A. (2002). What is so bad about a little name-calling? Negative consequences of gender harassment for overperformance demands and distress. Journal of Occupational Health Psychology, 7(3), 195-210.
[7] Shaw, J. C., Wild, E., and Colquitt, J. A. (2003). To justify or excuse?: A meta-analytic review of the effects of explanations. Journal of Applied Psychology, 88(3), 444-458.
[8] Dhanani, L. Y. and LaPalme, M. L. (2019). It’s not personal: A review and theoretical integration of research on vicarious workplace mistreatment. Journal of Management, 45, 2322-2351.
[9] Woolum, A., Foulk, T., Lanaj, K., and Erez, A. (2017). Rude color glasses: The contaminating effects of witnessed morning rudeness on perceptions and behaviors throughout the workday. Journal of Applied Psychology, 102(12), 1658-1672.
[10] Gullander M., Hogh A., Hansen A. M., Persson R., Rugulies R., Kolstad H. A., Thomsen J. F., Willert M. V., Grynderup M., Mors O., and Bonde J. P. (2014). Exposure to workplace bullying and risk of depression. Journal of Occupational and Environmental Medicine, 56, 1258-1265.
[11] Miner-Rubino, K. and Cortina, L. M. (2004). Working in a context of hostility toward women: Implications for employees’ well-being. Journal of Occupational Health Psychology, 9(2), 107-122.
[12] Richman-Hirsch, W. L. and Glomb, T. M. (2002). Are men affected by the sexual harassment of women? Effects of ambient sexual harassment on men. In J. M. Brett & F. Drasgow (Eds.), The Psychology of Work: Theoretically based Empirical Research. Lawrence Erlbaum Associates Publishers.
[13] Duffy, M. K., Ganster, D. C., Shaw, J. D., Johnson, J. L., and Pagon, M. (2006). The social context of undermining behavior at work. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 101, 105-126.
[14] Porath C. L. and Erez A. (2009). Overlooked but not untouched: How rudeness reduces onlookers’ performance on routine and creative tasks. Organizational Behavior and Human Decision Processes, 109, 29-44.
[15] Cooper-Thomas, H., Gardner, D., O’Driscoll, M., Catley, B., Bentley, T., and Trenberth, L. (2013). Neutralising workplace bullying: The buffering effects of contextual factors. Journal of Managerial Psychology, 28(4), 384-407.
執筆者
伊達洋駆
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。