2022年10月7日
適材適所の処方箋:その人に合った仕事を提供するには(セミナーレポート)
ビジネスリサーチラボは、2022年7月にセミナー「適材適所の処方箋:その人に合った仕事を提供するには」を開催しました。
能力、性格、経験などにより、得意な仕事は人それぞれ異なります。そのことを踏まえると、従業員が「適材適所」で働けるに越したことはありません。しかし、人事やマネジャーは、どうすればその人に合った仕事を付与できるのでしょう。
本セミナーでは、ビジネスリサーチラボ・代表取締役の伊達洋駆が、「P-Eフィット」をはじめとした適材適所の研究知見を紹介したのち、株式会社人材研究所・代表取締役社長の曽和利光氏より、実践的な視点から解説いただきました。
※レポートはセミナーの内容を基に編集・再構成したものです。
登壇者
曽和 利光 氏 株式会社人材研究所 代表取締役社長
京都大学教育学部教育心理学科卒業。リクルート人事部ゼネラルマネジャー、ライフネット生命総務部長、オープンハウス組織開発本部長と、人事・採用部門の責任者を務め、主に採用・教育・組織開発の分野で実務やコンサルティングを経験。また、多数の就活セミナー・面接対策セミナー講師や情報経営イノベーション専門職大学 客員教授も務め、学生向けにも就活関連情報を精力的に発信している。2011年に株式会社人材研究所設立。著書は『コミュ障のための面接戦略』、『人事と採用のセオリー』、『「ネットワーク採用」とは何か』、『知名度ゼロでも「この会社で働きたい」と思われる社長の採用ルール48』、『「できる人事」と「ダメ人事」の習慣』などがある。
伊達 洋駆 株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。
「P-Eフィット」から適材適所を考える
P-Eフィットとは
伊達:
「適材適所」について学術的な視点を紹介します。適材適所を従業員側から見ると、自分と環境がフィットしている状態です。上司や職場、会社など、環境には様々なものが含まれます。それらの総称として、自分と環境がフィットしている状態を、学術的にはP-Eフィット(パーソン・エンバイロメント・フィット)と呼びます。
「個人と環境のフィット」では抽象度が高いかもしれません。次の三つの問いを見てください。
- あなたの専門的な能力と仕事で求められるものは、一致していますか
- あなたの性格と仕事で求められてるものは、一致していますか
- 現在の仕事の特徴と、あなたが仕事に求めるものは、一致していますか
これらに「当てはまる」と回答するほど、P-Eフィットが高い、つまり、適材適所の状態であることを意味しています。能力や性格、あるいは自分の求めているものと環境が一致しているかがP-Eフィットの意味するところです。
P-Eフィットの高い従業員ほど、仕事や会社に満足し、会社に対して愛着を持っていることがわかっています。他にも、仕事のパフォーマンスが高く、離職したい気持ちが低いという特徴もあります。適材適所ができていると、会社にも本人にも良好です。
P-Eフィットを高める方法
どうすればP-Eフィットを高められるのでしょうか。P-Eフィットを高める要因について見ていきましょう。
第一に、ジョブクラフティングを行うほど、P-Eフィットが高いという研究があります。ジョブクラフティングとは、仕事上の創意工夫を指します。仕事を自分なりに作り変えたり、周囲との関係をうまく調整したりする行動です。
自分にフィットするように環境をつくり変えればフィットするのです。適材適所とは客観的に与えられるものだけではなく、本人が適材適所に近づけることもできます。
第二に、上司との仲が良ければ、P-Eフィットがパフォーマンス向上につながります。上司との良好な関係があって初めて、適材適所が意味を持つということです。
上司と良好な関係を築くために何ができるのでしょうか。上司と部下のそれぞれにできることがあります。
部下側ができるのはネガティブな感情よりポジティブな感情を持つことです。前向きに仕事に取り組めば、上司との関係が良くなります。また、行動の原因を環境ではなく自分に求めることも関係をよくします。
他方で、上司側ができるのは、部下に働きかけることです。どのような働きかけでも構いません。働きかけがないよりもあるほうが、上司と部下の関係が良くなります。他にも、部下の成功を上司が期待することも重要です。
P-Eフィットを高めるための第三の観点に話を移しましょう。一口にP-Eフィットと言っても3つの種類があります。それぞれをうまく使い分けることが有効です。
まず、「サプリメンタリー・フィット」です。個人と環境に類似性があることを意味します。例えば、穏やかな性格の個人が、穏やかな社風の職場にいる場合、サプリメンタリー・フィットが高いといえます。個人に類似性のある仕事や、類似性のあるメンバーをアサインすると良いかもしれません。
次に、「ニーズ・サプライ・フィット」です。個人のニーズを環境が満たしていることを意味します。例えば、成長を望む個人に難しい仕事を提供している場合、ニーズ・サプライ・フィットが高いといえます。個人のニーズを知り、そのニーズを満たすように仕事を付与しましょう。
最後に、「デマンド・アビリティー・フィット」です。環境が求める能力を個人が持っていることを意味します。例えば、分析能力が必要な仕事に、分析能力を持つ個人がついていれば、デマンド・アビリティー・フィットが高いといえます。必要な能力を持つ人に仕事を依頼することが大事です。
P-Eフィットの副作用
ここまではP-Eフィットを高めるアプローチを紹介してきました。ただし、P-Eフィットを高めれば高めるだけ良いかと言えば、そうとも言い切れません。薬に、主作用と副作用があるように、予期せぬ悪影響があるのです。
その一つが「忠誠心」との関連です。P-Eフィットが高くなりすぎると、個人の会社に対する忠誠心も高くなりすぎます。その結果、非倫理的行動をとりやすいことがわかっています。倫理的な判断より忠誠心を優先してしまうのです。
もう一つが、「リスクテイク」との関連です。環境にフィットしている場合、危険なことはやらなくなります。しかし、一定以上にP-Eフィットが高まると、逆に危険を冒すようになります。
適材適所に向けて「人事・上司」ができることは
伊達:
続いては、曽和さんとの対談に入ります。対談の最初のテーマは、「適材適所を実現するため、人事や上司に何ができるか」というものです。曽和さん、いかがでしょうか。
「性格」のフィットを考える
曽和:
フィットの視点を参考に、注目するポイントを挙げます。性格、能力、価値観の三つです。これらのポイントについて、実務の現場で起きていることを考えてみます。
まず現場は、主に「こういうスキルのある人が欲しい」という具合に、「能力」を求めています。逆に個人は、「こういう仕事がやりたい」という具合に、「価値観」を重視しています。能力や価値観は配属決めにおいても考慮されているはずです。
一方で、「性格」のフィットは検討が抜けていると感じます。伊達さんから「上司との関係性が高くないと他のフィットの効果が消える」という紹介がありました。例えば、上司との性格のフィットは重要な条件です。
性格のフィットが考慮されない理由の一つは言語化の難しさです。能力や価値観については具体的に表現しやすいものです。しかし、性格は「自分と合っている上司の下で働きたい」などの抽象的な表現に留まりがちです。人事部や上司は適性検査を実施し、社員のパーソナリティーを可視化した上で、配属の観点に組み込むことが重要です。
伊達:
適性検査で性格を可視化すると、「自分はこんな性格なのか」「あなたはこんな性格なのか」と、自分から切り離して考えられますね。
曽和:
私が中途採用のコンサルティングに関わった事例を紹介します。中途採用では職種を定めて採用するため、能力のフィットを重視します。しかし、私の関わった企業では、能力フィットの採用では早期退職が多い課題がありました。そこで、同僚や上司とのフィットも見極めるようにしたところ、うまくいったという事例があります。
伊達:
確かに、企業の求める能力は持っていて、本人の求める価値観も満たしていても、周囲と馬が合わなければ定着は難しいかもしれません。
曽和:
能力や価値観のフィットを重視するのは大事ですが、性格のフィットもどこかで考慮しておけば、仮に性格が合わないケースも、「今回の配置では部下と性格があまりフィットしていない」と分かった上でマネジメントできます。性格のフィットを考えておけば、問題が起こる可能性を予想でき、対策を用意することもできます。
キャリアの視野を広げる
曽和:
人事や上司にできるもう1つのこととして、「キャリア志向の白紙化」を支援するという方法があります。キャリア志向の白紙化とは、「どんな配属でも仕事でもどんと来い」と思える状態を指します。人事や上司から、新人や部下がそう思える働きかけをするのがよいと提案しています。
就職活動や転職活動では、応募する会社を決めるためにキャリア志向を絞ることが必要になります。しかし、「本当にそれでなければならないわけではない」という「捏造されたウィル」の場合もあります。そのため、人事や上司など受け入れ側は、新人や異動者に対して「与えられた仕事に前向きに頑張る」という状態に持っていくことが大切です。
「フィットしている」と本人に伝える
伊達:
曽和さんのお話をうかがいながら、入社・異動する本人への情報共有も大事になると改めて感じました。新しい環境に直面して、何の手がかりもない状態と、多少の情報がある状態では、後者のほうが適応できる可能性は高まります。
ただし、現実はそうなっているかというと、そうではない企業もあります。異動の際に「私はなぜ、この部署に異動になったのですか」と上司に聞くと、「よく分からない」「会社が決めたから」という答えが返ってくるようでは危険ですね。
曽和:
私は新卒の配属や人事異動を担っていたので、この質問をよく受けていました。本当の答えとしては、「あなたの希望した部署は応募が多く、より適性のある人がいた」ということもあります。ただ、それは言えません。そのため、本人の能力や性格からフィットを探し出し、「ここが合っているはず」と伝えていました。すべての場面で率直に伝えればいいわけではなく、伝える内容や伝え方も適材適所を考える上で重要ですね。
伊達:
ある研究によれば、実際にはランダムであっても、「フィットしている会社」と紹介されると、「この会社は自分に合っているのかもしれない」と感じるそうです。周囲がフィットを伝えると、本人もフィットを感じる可能性がありますね。
適材適所実現に向けて「本人」ができること
「やりたいこと」を改めて考える
伊達:
2つ目の対談テーマに移りましょう。適材適所に向けて本人には何ができるか、です。
曽和:
私は、最近になって転職者や新卒の学生に話をする機会が増えました。その中で、「捏造されたウィル」にとらわれ、チャンスを失っている人や今の仕事への不満を募らせている人が多いと感じてます。そうした人には、キャリア志向について「根っこが生えているか」を自問自答するよう勧めています。その際に参考になるのが、3つの視点です。
一つ目は「きっかけ」です。なぜそんな価値観を持つに至ったのかという点です。二つ目は「意見」です。根深い価値観を持っているなら、何らかの意見を持ってるはずです。三つ目が、「行動化」です。実際に行動を起こせているかどうかという点です。この3点で自分の持つ価値観が「本当に根深いものか」を自問自答するのが良いでしょう。
伊達:
元をたどれば、「捏造されたウィル」が生まれることに、企業側の働きかけの仕方も影響しているのかもしれません。
曽和:
確かに、例えば、面接官が「あなたの軸はなんですか」と聞くことの影響はありそうです。聞かれた側は「なにか答えなければならない」と発言するうちに、ウィルが捏造されていくような状況でしょう。そうした「捏造されたウィル」を解凍する必要がありますね。この点は異動でも就職・転職でも同じことです。
「食わず嫌い」をやめて広く挑戦する
伊達:
職探しや職場探しに最適化した自分を解凍し、「本当にそれは自分が求めていることか」を再考したほうが良い場合もあるということでしょうか。
曽和:
既に持っている価値観はもちろん大事です。とはいえ、特に若い人であればあるほど、自分がやりたいと思う以外のもののなかに、自分に合うものがある可能性もあります。視野を広げて、キャリアドリフトしたほうが良いこともあります。
伊達:
自分の関心の範囲外にあるものが全て、自分に合ってないわけではありませんね。適材適所を考える上で大事な視点だと思います。
曽和:
「食わず嫌い」という言葉もありますね。「食わず嫌いせず、だまされたと思って食べてみて」と食べてもらうと、「意外においしい」といったことがあります。同じことがキャリアにもあると思います。
伊達:
私自身のキャリアを振り返っても、今のような働き方をするとは思っていませんでした。自分の関心の範囲外にある環境にもポジティブに飛び込んでいくことの重要性は納得できます。
質疑応答
Q「捏造されたウィル」でもジョブクラフティングにつながれば「キャリアの白紙化」は必要ないのでは
伊達:
自ら適材適所を目指す態度でなければ、ジョブクラフティングも進めにくいのではないでしょうか。前者に働きかけるのが「キャリア志向の白紙化」であると、私は理解しています。
曽和:
人事側には、能力、性格、価値観にできるだけ合わせてあげたい気持ちがあります。一方で、配属先として選んだものにその人がフィットするよう、能力、性格、価値観に働きかけることもあります。能力や性格はそんなに簡単に変わらないので、比較的働きかけやすい価値観をターゲットにすることが有効ですね。
Q上司との関係性は性格的な要素で決まる部分が多いということか
曽和:
様々な要素で決まるとは思いますが、性格のフィットはあまり見られてこなかったため、「伸びしろ」になっています。それに、実感値からしても、能力が同程度、価値観も同じ人同士でも、性格が合わなかったら、椅子の取り合いのようになるので、性格はやはり大切だという気がします。
伊達:
能力や価値観と比べて、性格は直感的に「なんか嫌だな」と感じやすい要素かもしれません。その意味で、フィットしていないことがもたらす影響が根深そうです。
Q:採用時に性格のフィットを重視すると凝集性や忠誠心が高まるリスクはないか
曽和:
「このようなタイプを○%採用する」という人材ポートフォリオがあります。人材ポートフォリオに合わせるように採用を進めることができれば、多様性は実現できるはずです。ちなみに、性格の比率を調整する会社もあります。
Q:適材適所に向け、キャリア自律と「キャリアの白紙化」は両立するか
曽和:
適材適所を実現する上では、セルフコントールという意味の「自律」が求められます。会社の要請に対して、自分でフィットをつくり出す観点です。その支援策として「キャリアの白紙化」があります。一方で、キャリア開発で進めるのは、いわば人生を通したキャリアの「自立」だと言えます。両者は矛盾せず両立すると思います。
伊達:
キャリア自律に当たる学術的な概念として、キャリア・アダプタビリティがあります。キャリア・アダプタビリティの要素に好奇心が含まれています。現在の自分にないものをオープンマインドで得ようとする姿勢はキャリア自律の一部です。
Q:性格が自分と違うことが原因で評価基準がぶれるリスクはないか
曽和:
自分の性格によって、評価が変わることはあり得ます。そのため、採用でも異動でも、適材適所を目指して配置を考える方は、なるべく「自分の考え」を取り除く必要があります。例えば、データとしてみることで、自分の先入観を抑えるのも良いでしょう。
伊達:
たくさんのご質問をいただき、ありがとうございました。それでは時間になったので、本日のセミナーは終了させていただきます。
(了)