2022年9月7日
フェロー対談:能渡真澄 ~発見と理解の楽しさを原動力にデータ分析に挑む~
今回は、フェローの能渡真澄です。能渡は現時点で入社3年目を迎え、これまでビジネスリサーチラボにおいて様々な仕事に取り組んできました。以下、能渡と当社代表取締役の伊達洋駆による対談をお届けします。
伊達:
今日は、よろしくお願いします。まず、自己紹介をお願いします。
能渡:
ビジネスリサーチラボの能渡真澄と申します。私が担当している主な業務は、クライアント企業で実施する組織サーベイの設計や、サーベイで得られたデータの分析です。また、クライアント企業の課題解決に向けた学術研究のレビューや、統計分析をはじめとしたコラムの執筆も行っています。
志望動機:自分のスキルが活かせると感じたから
伊達:
最初の質問に入りましょう。能渡さんが、なぜビジネスリサーチラボに入社しようと思ったのか。そのきっかけや理由を教えてください。
能渡:
元をたどると、きっかけは、知人からの紹介です。ビジネスリサーチラボのテクニカルフェローである正木郁太郎さんが、私の大学院の同期に「誰かビジネスリサーチラボに興味のありそうな人はいないか」と声をかけ、その同期が私に紹介してくれました。
直接の紹介というわけではないですが、紹介の紹介という形でビジネスリサーチラボのことを知りました。
私が働く上で重要視しているのは、「研究が楽しめること」です。ビジネスリサーチラボの話を聞き、コーポレートサイトを見たところ、「データ解析の技術を活かした成果物の提供」「現場課題を解決するために学術知を適用する」といった言葉が並んでいました。
そのような仕事ができるビジネスリサーチラボであれば、私の分析技術や、研究を読み込む技術が活かせると考えました。そしてそれ以上に、楽しそうだなと感じました。その結果、応募に至ったという流れですね。
伊達:
大学院で研究に慣れ親しんできた能渡さんにとって、ビジネスリサーチラボの仕事が研究に直接触れ続けられる意味で、楽しさを予感したということですかね。
データ分析の仕事自体は、市場の中にはそれなりに存在します。しかし、ビジネスリサーチラボのように、学術研究をレビューしたり活用したりする仕事はかなり珍しいかもしれません。
印象的なレビュー:組織アイデンティティ研究からの気付き
伊達:
ビジネスリサーチラボの主要な業務の一つに、「研究レビュー」があります。能渡さんは今まで非常に多くの領域と観点からレビューを行ってきたと思います。その中で、能渡さんが印象に残っているものを教えてください。
能渡:
そうですね。私が印象に残っているのは、「組織アイデンティティ」に関するレビューです。
というのも、もともと私は大学院において、自分の研究テーマとしてアイデンティティを扱っていました。その立場からしたときに、アイデンティティは「個人が自分自身をどう思うか」に関する概念であると考えていました。
ただ、レビューしていく中で、個人のアイデンティティと、組織アイデンティティは異なるものであることが分かってきました。原点にさかのぼれば、組織アイデンティティは「われわれはどのような組織か」という組織側の考えです。その考えを従業員が自分自身に反映するかどうかは、「組織同一視(アイデンティフィケーション)」と呼ばれる、別の概念として扱われていたのです。
このことを知ったとき、私は、自分が自身の専門領域に囚われていると実感しました。「アイデンティティといえば・・・である」という信念が形成されていたようです。各領域の固有の考え方を、広い視野で見たほうが面白いと気づかせてくれたのが、組織アイデンティティ研究でした。その点で印象に残っています。
伊達:
自分の専門領域だけでなく、その他のさまざまな領域にも目を向ける。そのようなことを楽しめる志向性があると、ビジネスリサーチラボでの仕事は進めやすくなるかもしれません。実際、自分の好む議論以外を読むと発見も多いですし。
私は経営学、その中でも組織行動論の中で学術的なトレーニングを積んできました。組織行動論の外にある議論を見たときに「どうして、ここはきちんと詰めていないのか」など気になることもあります。ただ、そうした感想は自分の知識が正しいことを前提にしたもので、新しいものがもたらす面白さを半減させますね。
研究のためのレビュー/ビジネスリサーチラボでのレビューの違い:多様な研究領域を見ていく必要がある
伊達:
研究のためのレビューと、ビジネスリサーチラボでのレビューには、どのような違いがあるでしょうか。能渡さんの考えを聞かせてください。
能渡:
ビジネスリサーチラボにおいて、クライアントの課題に関連してレビューを行う際は、一つの研究領域だけ見てもうまく当てはまらないことがほとんどです。経営学や心理学はもちろん、教育学や社会学など、多様な研究を広く見ていく必要があるのが大きな違いだと思います。
私は元々、どちらかというと幅広いレビューをするタイプではありましたが、それでも、ビジネスリサーチラボに入ってからは、大学院生のころには全然知らない領域にまでレビューの手を伸ばしていますね。
研究の場合には、領域を定めて、その中でレビューを行うことが少なくありません。特定の範囲を深く掘っていくイメージです。広く探索するようなビジネスリサーチラボのレビューとは違いますね。
伊達:
ビジネスリサーチラボのレビューは、実際に起こっている現象に対して行うため、一つの研究領域だけでは、どうにもならないケースが多いですよね。現象を読み解き、改善に向けて進めていくためには、様々な領域の知識を動員しなければなりません。
ビジネスリサーチラボでは、純粋に研究をしているだけではおよそ読まないような領域にまで進出して、レビューします。知的関心だけではない観点からも研究を探索するのは、大変さもありますが、面白みもあります。
印象的なデータ分析:パルスサーベイ分析
伊達:
ビジネスリサーチラボの主要な業務である「データ分析」について、印象に残っているものを教えてください。能渡さんは分析が得意なので、入社以降、様々なデータを分析してきているかと思います。
能渡:
ビジネスリサーチラボが設計したものではなく、クライアントが独自に作成したサーベイのデータについて、「何とかしてほしい」という形で分析の依頼を受けたことをよく覚えています。非常に大規模なデータでした。
この分析に際しては、様々な難しさがありました。まず、サーベイの質問項目を見てみると、一般的な心理尺度の考え方に基づいて作成されていませんでした。例えば、質問でどういった概念を想定して測定されているのかが不明確なものが多かったのです。他にも、回答の集め方に特徴があり、データの処理に苦労しました。
この分析が印象的だったのは、企業の中にあるデータが、通常の研究で用いるデータとは異なる質と形式であることを学んだからです。分析手法に至る以前の問題として、「分析しにくいデータ」を収集してしまっていること。これが、人事領域におけるデータ分析を難しくさせている要因の一つだと知れたのは大きな経験でした。
伊達:
能渡さんが携わったそのプロジェクトでは、各データが何を意味しているかを考えるところから始めましたね。私も難易度が高いプロジェクトだったという記憶があります。データを眺めたり試しに分析してみたりしながら、色々と模索しました。
分析しにくいデータが収集される背景がいくつかあると思います。一つは、測定に関する専門知が必ずしも市場に出回っていない点です。測定は、一定の知識と技術と経験が求められる高度なタスクです。何となく質問を作ってしまってはうまくいきません。
もう一つは、実務的な制約を受けるということです。たとえば、質問数が膨大なアンケートは実現できません。「このタイミングでないと調査できない」「この表現は自社では使えない」などの制約がある場合もあります。
きちんとした測定がなされるように、ビジネスリサーチラボでは情報発信を進めています。セミナーを実施したり、コラムを公開したりしています。地道な活動ですが、測定の精度が高まれば、可能な分析や有益な含意を得られる可能性が高まります。
とはいえ、難易度の高いデータに取り組むことは、ビジネスリサーチラボにとっては腕の見せどころでもあります。自分がこれまで醸成してきた専門性を総動員し、「何が原因で結果がうまく出ないのか」「このような分析をすれば、何とかなるかもしれない」などと考えていくことも大事ですね。
重要な学び:現場の課題解決を目的としたアプローチ
伊達:
今までのお話の中でも能渡さんなりの学びを幾つか共有してもらいましたが、改めて、能渡さんが様々な業務を行う中で、重要な学びだったと思うことを教えてほしいです。
能渡:
冒頭で少しお話しましたが、私は、研究を楽しむことを重視しています。楽しみ方の一つとして、課題解決を意識した「ボトムアップ」のアプローチが重要であり興味深いことに気付いたのは大きかったです。
研究者としての私の立場は、人の心理に関する理論が先行しており、それが実態と合致しているか検証しようという「トップダウン」的な発想をとります。もちろん、そういった研究アプローチは学術的に重要で必要なものだと、今でも強く思っています。
一方で、ビジネスリサーチラボで携わることは、クライアントの持つ解決したい課題が先にあり、研究レビューやデータ分析をもとにその方法を検討・考察していく「ボトムアップ」的なアプローチです。
理論ではなく課題が先にあり、課題を解決する手段を、先行研究をベースにしながらデータを分析しつつ考える。こうしたアプローチは私にとって新鮮であり、面白さを感じますね。
伊達:
ビジネスリサーチラボで行っていることは、能渡さんの言葉を借りれば、確かにボトムアップですね。なおかつ、介入を前提としている点も重要です。クライアントの持つ課題がビジネスリサーチラボに持ち込まれ、限られた時間の中で打開する策を練らなければなりません。
能渡:
ビジネスリサーチラボの業務は、現場に課題があり、その課題を解決しなければならないという前提があります。こうした課題解決を土台としたアプローチをとる中で、実際の現場での思索・検証だからこそ見えてくる、学術研究では得られにくい発見を得ることもできます。
当社で働き続ける理由:業務が楽しいから
伊達:
能渡さんは入社して3年目に入っています。ビジネスリサーチラボは社員を雇い始めてたくさんの歴があるわけではありません。3年でも長めに勤務している社員の一人になります。これまでビジネスリサーチラボで働き続けている理由を教えてください。
能渡:
一言で言えば「楽しいから」ですね。これ以上の理由はなく、単純にこの仕事が面白いから、ここで働き続けています。
伊達:
能渡さんは仕事に楽しさを求めていたわけですもんね。楽しさを実感できるので、働き続けているというのは、シンプルで分かりやすい理由です。能渡さんのニーズとビジネスリサーチラボのサプライが適合しているということですね。
楽しさというのは、私がビジネスリサーチラボを立ち上げた原初的な動機でもあります。自分が楽しく研究に触れ続け、思考し続けることができる環境にいたかった。そうした場として市場の中に作り出したのが、ビジネスリサーチラボです。そこへ同じく楽しさを感じる社員がいるのは、嬉しいことです。
当社にフィットする人:多様な研究領域への関心、ネガティブになりすぎない
伊達:
能渡さんはビジネスリサーチラボにおいて幅広く業務を行ってきています。そのような能渡さんから見たとき、どのような人がビジネスリサーチラボに合っていると思いますか。能渡さんの考えで構わないので、教えてください。
能渡:
二つあります。一つは、学際的に様々な領域の研究を読みそれらの研究を掘り下げつつ、広く考えて楽しめる人です。自分が信じた研究のみで、この研究を突き詰めたいという人は、現場の課題を解決しようとする際に、苦しみを感じてしまう可能性があります。現場の課題解決には、学際的なアプローチが必須だからです。
もう一つは、仕事をしていると、どうしてもうまくいかないことが出てきます。難易度が高い仕事が多いので、仕方ないことだと思います。そうした出来事が起こっても、過度にへこまない人です。
クライアントからの依頼は難易度が高く、難易度が高いからこそ、他の会社ではなくビジネスリサーチラボに依頼していただいているのだと思います。私自身も、仕事を進める中で、あまりうまくいかないことがあります。
ビジネスリサーチラボが提供しているサービスの特性上、100点満点の回答や、絶対的な正解は出しにくい環境にあります。そのことは理解しておいた方が良いでしょう。その中で、自分の限界を突き詰めて、「ここまでだったら、自分の知識に基づいて提言でき、責任を負える」ことを追求していく必要があります。
その際、できないことばかり気になって「これも駄目だった、あれも駄目だった」と悩んでしまうと、辛い思いをされるでしょう。できない点は未熟さを反省しつつ、常に学び、前進して、言えることややれることの幅を広げていく姿勢が重要です。
伊達:
ありとあらゆる知識や技術を100%持った状態でクライアント企業の課題と向き合えるかといえば、そういうわけではありません。能渡さんが言ったように、解くのが明らかに難しいからこそ、ビジネスリサーチラボに相談が来るという側面もあります。
しかし、だからといって諦めてしまって、適当にこなせば良いことにはなりません。超えるべき水準を超えながら、きちんと対処する。そして、対処する中で学びを得て、次に向けてさらに前進していくことが必要です。
うまくいかないプロセスの中でも「自分のせい」「相手のせい」と安易に片付けてしまわずに、着実に、自分のできる範囲を増やしていける人が合っていますし、そういう人が来てくれると心強いですね。
今後取り組みたいこと:現象を理解する面白さを伝えていく
伊達:
最後の質問です。過去から現在について聞いてきましたが、今後、ビジネスリサーチラボでどのような仕事に取り組みたいですか。
能渡:
私自身が感じる仕事の楽しさの根底を考えてみると、「企業やそこで働く人々を巡って、その現場で実際に起きている現象を理解すること」自体が面白いという観点があります。この面白さを多くの方に知っていただきたいと考えています。
もちろんクライアント企業は、課題を抱えてビジネスリサーチラボにご相談いただきます。課題解決が優先されるべきなのはわかりますが、その課題解決プロセスの中で、「もしかして、自社ではこういうことが起きているのでは」と理解が進むのは面白いのです。
この面白さを皆さんにうまく伝えられれば、単に問題があって「どうしよう」「なんとかしなければ」と悩むだけでなく、「ここが問題かもしれない」と自ら積極的に考えることが楽しくなり、「これをやってみよう」と対策実施へのモチベーションアップにもつながると考えています。
何かやってみようという意識を持っているクライアント企業の方が、ビジネスリサーチラボに「これをやってみたい」と相談いただければ、我々が提供するものもさらに厚みを出てきて、より大きな動きを起こせると考えています。
その支えとなる知識や発想、そして面白さを、実務家の方々にお伝えすることが今後取り組みたいことです。
伊達:
私や能渡さんは、人や組織について理解することが、自然と面白いと思えたタイプです。ただ、面白いと思えるきっかけがないと、なかなかそうは思えません。そうしたきっかけをビジネスリサーチラボが提供していけると良いですね。
それぞれのプロジェクトにおいて解決策を出していくことはビジネスリサーチラボとしての責務です。けれども同時に、クライアント自身が自分たちのことを楽しみながら理解していくことができれば、深みが生まれるはずです。
インタビューは以上となります。ありがとうございました。
能渡:
ありがとうございました。
プロフィール
能渡 真澄
信州大学人文学部卒業、信州大学大学院人文科学研究科修士課程修了。修士(文学)。価値観の多様化が進む現代における個人のアイデンティティや自己意識の在り方を、他者との相互作用や対人関係の変容から明らかにする理論研究や実証研究を行っている。高いデータ解析技術を有しており、通常では捉えることが困難な、様々なデータの背後にある特徴や関係性を分析・可視化し、その実態を把握する支援を行っている。
伊達 洋駆
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。近著に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)など。
(了)