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コラム

職場における感謝の科学(セミナーレポート)

コラムセミナー・研修

近年、感謝の重要性に対する科学的な研究が増えています。

「感謝を大切にしよう」とは、古くから語られてきたテーマですが、感謝の効果などに関する研究が進むことで、組織にポジティブな影響をもたらすための方法が推論できるようになってきました。しかも、感謝の効果は再現しやすいもので、ダイバーシティ推進などに対しても有効であることがデータから示されています。

本セミナーでは、組織マネジメントにおける重要トピックになりつつある「職場における感謝の科学」に関して、最新エビデンスを踏まえた解説を行い、以下のようなトピックを詳しく扱いました。

  • 感謝の研究の歴史
  • 感謝に関する研究例の紹介
  • 具体的な活用方法

講師を務めたのはビジネスリサーチラボ 代表取締役の伊達洋駆、コンサルティングフェローの正木郁太郎です。

※本レポートは、2022年7月22日に実施されたオンラインセミナー「職場における感謝の科学:新しい職場開発のアプローチを探求する」の内容を再構成したものです。


登壇者

正木郁太郎:株式会社ビジネスリサーチラボ テクニカルフェロー
東京大学大学院人文社会系研究科博士後期課程修了。博士(社会心理学:東京大学)。2021年現在、東京女子大学現代教養学部心理・コミュニケーション学科心理学専攻専任講師。組織のダイバーシティに関する研究を中心に、社会心理学や産業・組織心理学を主たる研究領域としており、企業や学校現場の問題関心と学術研究の橋渡しとなることを目指している。著書に『職場における性別ダイバーシティの心理的影響』(東京大学出版会)がある。

 

伊達洋駆:株式会社ビジネスリサーチラボ 代表取締役
神戸大学大学院経営学研究科 博士前期課程修了。修士(経営学)。2009年にLLPビジネスリサーチラボ、2011年に株式会社ビジネスリサーチラボを創業。以降、組織・人事領域を中心に、民間企業を対象にした調査・コンサルティング事業を展開。研究知と実践知の両方を活用した「アカデミックリサーチ」をコンセプトに、組織サーベイや人事データ分析のサービスを提供している。著書に『現場でよくある課題への処方箋 人と組織の行動科学』(すばる舎)や『越境学習入門 組織を強くする「冒険人材」の育て方』(共著;日本能率協会マネジメントセンター)などがある。


古くて新しい研究テーマ「感謝」

正木:まずは感謝の学説史を簡単にお話します。

感謝を道徳や哲学の研究対象としてスタートさせたのは、18世紀のアダム・スミスだとする説があります。彼は経済学者として有名ですが、哲学や倫理学も手掛けていました。それが心理学の研究対象となり、データを使った検証や理論化が始まったのは、2000年代と最近です。マネジメント文脈での研究が始まったのが2010年代、さらに組織を扱った研究の半数程度は、2017年以降のものです。つまり感謝を科学する営みは、新しい動向なのです。

感謝の研究については、最初は個人に対する影響力が注目されていたものの、次に集団、そしてより応用的な現場(組織)に着目した研究が進められてきた経緯があります。

感謝が組織にとっていかに大切か、それがどのように理論化され、説明されてきたかにいてのお話に移ります。まず、感謝の学術的な定義を確認しておきましょう。感謝とは、「自身が利益を受けたときに対して感じるポジティブな感情」を指します。

感謝には3つの形態があると言われています。

特性:その人が物事に感謝しやすい性格なのか?
状態:今この瞬間に感謝を感じているか?
行動:それを言動として表現しているか?

誰かに助けてもらったり恩を受けたりし、それに対して感謝を感じます(状態)。ここには、感謝のしやすさ(特性)が関係します。その後、ありがたいと思うだけではなく、相手に対して気持ちを表現(行動)するかどうかという判断になります。一般に、感謝を感じやすい(特性)人ほど、他の形態に強くつながります。

感謝に関する2つの有名な研究

感謝の研究例として、有名なものを2つ紹介します。1つ目は感謝日記と呼ばれるものです。以下のような実験が行われました。 

心理的な指標なので顕著な差ではないのですが、感謝を日記に記してもらったグループのほうが、実験後の人生の満足度が高まり、未来に対しても楽観的になることがわかりました。また心理的な側面にとどまらず、身体の不調に対する自己評価も良好なものになっています。

このように感謝をすることにはポジティブな効果があります。感謝のメカニズムをより詳しく検証するために、この結果を組織の文脈に落とし込んだ2つ目の実験を紹介しましょう。組織におけるフィールド実験です。

業務に対する上司からのフィードバックが、感謝を含んだもの否かによって、どんな差が生まれるかを検証しました。その結果、単にフィードバックをもらうだけのグループではパフォーマンスは変わらない一方で、上司から明確に感謝を表明されたグループでは、自発的に仕事へ取り組む頻度が上昇しました。

被験者の自己効力感に関しては、実験前後で明確な差は出なかったものの、価値認識(自分がどれぐらい価値ある仕事ができていると思うか)は、感謝を受けたグループのほうがより高くなりました。感謝をされることで「自分は価値をもたらせる」と感じるようです。

感謝は3つの効果をもたらす

今紹介した2つの実験でも、感謝が何をもたらすのかが検討されていました。他にも感謝の効果をめぐる様々な研究が行われています。それらの研究の結果を整理すると、感謝の効果は、次の3点に集約することができます。

  • 利他的な行動を促す
  • 本人の心理的な満足度が高まり、エンゲージメントを向上させる
  • 人間関係を良好なものにする

それぞれの効果が現れるメカニズムを説明した理論も存在します。図の青字で示しました。

感謝の効果の研究において注目すべき点があります。一つは、感謝は「する側」「される側」の双方に良い影響を与える点です。もう一つは、効果がしっかりと出やすい点です。先行研究においても、効果の強弱には様々な結果があっても、効果がないという結論はほとんど得られていません。

感謝は目撃者にも好影響を及ぼす

感謝はする側とされる側の二者間だけではなく、それを目撃した第三者にもポジティブな影響をもたらします。

感謝が発生した現場を見ると、その人物に対して好意的になるということです。まだ研究数は少ないのですが、組織的に感謝の効果を伝播させるメカニズムとして、さらなる調査が進められようとしています。

感謝が密な集団に生まれる効果 

感謝には集団のまとまりを強化する作用もあります。例えば4人のグループが2つあったとしましょう。下図の右側のように、4人中の特定の人物間で感謝が交わされる集団より、左側のようにさまざまな人物同士が感謝でつながっている集団のほうが、エンゲージメントやチームワークが高い傾向にあります。 

これは集合性の効果と言われ、一対一よりもより大きな集団で感謝のやりとりがあったほうが、全体がまとまる効果が高いと期待されています。

ダイバーシティやテレワークに対する感謝の効果

次に、現在、私が取り組んでいる最前線の話を紹介します。元々はダイバーシティの研究者である私が感謝の研究を始めたのは、「感謝がダイバーシティ推進やテレワーク下でのチームワーク改善につながるのではないか」と考えたからです。

まずダイバーシティ推進への応用です。社会心理学や組織行動論を中心としたダイバーシティ研究は、価値観や属性が違う人たちが、同じ職場で高いパフォーマンスを出すにはどうすればいいかを考える分野です。異なる価値観を持った人同士がチームを組むと、お互いの理解が困難であるため、ある種の分断が生まれて協働が難しくなります。

こうした状況を「感謝」で解決できるかもしれません。もちろん感謝で全てを解決するのではなく、それと併せて組織風土や働き方そのものの見直しなども必要です。しかし大がかりなことだけではなく、職場でできる工夫として感謝を活用できるはずです。

私は、2021年にこのような研究を発表しました。

感謝が多い部署にいる人のほうが、少ない部署にいる人より組織に対する愛着が高い傾向が出ました。1つ目のポイントは、自分だけが感謝されているのではなく、みんなが感謝し合っている部署にいると、より高い愛着が生まれる点です。2つ目のポイントは、多様な人がいる部署のほうが、感謝が多いことで愛着もより大きいということです。

もう一つ、テレワークについての最近、私が取り組んでいる研究を紹介します。昨今の新型コロナウイルス感染症の中で、テレワークによってコミュニケーション機能が悪化したとよくいわれています。そこで感謝を指標とし、その人にとっての有用な人脈の多さ/少なさといったものを分析してみました。 

データを見ると、2019年より2020年のほうが、感謝でつながるようなお互いに助け合える関係が、少なくとも2人ぐらいは平均して失われていました。どんな人がより強い影響を受けたのかと言えば、リモートワーク開始時に入社年数が浅い人たちでした。

経験年数を3年くらい積んだ人は、コロナを経ても大きなダメージを受けておらず、新入社員や2年目くらいのネットワークができていない層ほど、テレワークによる悪影響を受けていました。

伊達:

正木さん、ありがとうございました。感謝がダイバーシティにおける求心力になりうるという観点は興味深いです。組織行動論の研究をしてきた立場からすると、リーダーシップの持つ「人々をつなぎとめる効果」と似ているなと感じました。

それでは私の話に移ります。私は大きく2つのお話をします。

  • 感謝を増やすにはどうすればいいのか?
  • 感謝と表裏一体の「負債感」への対策

感謝を増やすための施策 

正木さんの話から、感謝が有用なものだとわかりました。そこで、「感謝をより促していくにはどうしたらいいのか」を、実践的な観点から考えていきます。感謝を増やす方法としては、①感謝することを増やす、②感謝されることを増やす、の二つに大別できます。

まず「感謝することを増やす」ためには、自分が支援されていることを“(再)発見する”必要があります。まずは自覚が必要になるのです。

先ほどの「感謝日記」のように、自分で感謝すべき対象を発見する工程が、感謝を増やしていくためには必要です。サポートをしてもらうと、最初はありがたく感じますが、いつの間にかそれが当たり前になってしまいます。本当は支援されているのに、そのことに気付きにくい状況もあるでしょう。

自分がどのような支援を得ているのかを振り返り、列挙してみるとよいでしょう。その後、一つひとつの行動をとった人に感謝を表明していきましょう。

他方で、「感謝されることを増やす」には、他者に対して支援をする機会を増やさなければなりません。意味のある支援を行うためには、周囲の状況をきちんと知る必要があります。状況を理解しなければ、ありがた迷惑に終わる可能性もあります。

感謝が重荷に変わる時

少し切り口を変えて、感謝を促すことのリスクを考えてみます。あらかじめ強調しておくと、感謝の有効性は高く、基本的には良いものです。しかし、副作用がないわけではありません。示唆的な内容なので、ぜひ紹介したいと思います。

端的に言えば、支援されてばかりいると人は申し訳なくなってしまうのです。施しを受け続けていると、それが心理的な重荷となり、抑うつ症状などのストレス反応が出てしまうことがわかっています。

このネガティブな感情は「負債感」と呼ばれています。支援してくれた人にお返しをする義務があるのに、それができなくて申し訳ないと感じてしまいます。逆に、自分が人に支援してばかりの場合には、「負担感」を覚えます。支援する/されるの関係は、できる限り釣り合いが取れていたほうが望ましいのです。

支援者が見返りを期待してそうだと感じるときほど、感謝が減って負債感が増えるという研究もあります。

皆さんも、ここで少し考えてみてください。「ありがとう」と言う回数と、「ありがとう」と言われる回数は、どちらのほうが多いでしょうか。それが偏っていると、何かしら問題が生じてくる可能性があるのです。

人には立場や得手不得手があります。支援を受けやすい人と支援をしやすい人が出てくるのは自然なことです。例えば、仕事の知識をたくさん持っている人、支援することが好きな人、周囲の仕事が見えやすい人などは、支援を行う機会が増えるでしょう。しかし、その逆の特徴を持つ人は、支援されることが多くなるかもしれません。支援関係の固定化には注意が必要です。

支援されやすい人については、その人が貢献できるポイントを探っていくことが大事です。例えば、タスク管理なら得意だとか、ある領域の資料を探すのなら任せてほしい、といったように、他者を支援できるところを周囲と一緒になって理解していきましょう。

質疑応答

Q1:「感謝を表明するためのアプリ」が増えました。弊社でも取り入れたのですが、なかなか利用してもらえません。感謝が対価と捉えられ、送り合うハードルが上がってしまっているのでしょうか?

正木:

2つの解釈があると思います。1つはそもそもアプリの存在を知らない、あるいは普及していないだけで、感謝とは無関係の要因です。

もう1つは、この手のアプリにはインセンティブがあることで、使うハードルが上がっているのかもしれません。久しぶりに違う部署の同期とすれ違ったから「じゃあ今度飲みに行こう」みたいな使い方でもよいなどの工夫が必要です。コインの利用はともかく、とにかく使ってみてもらうことが肝要だと思います。

伊達:

経済合理性の側面が強くなるのも、かえって悪影響となりそうです。感謝は道徳心などに基づいている部分もあります。それとは異なる経済合理性と混ぜ合わせる際には注意が必要なのでしょう。

Q2::組織内で感謝のメッセージを送り合う際に、見返りを期待したが感謝されなかったことで関係が悪化するリスクにどう対処すればよいでしょう?

正木:

ささいなことでも積極的にやりとりしてもらうことに尽きます。件数のバランスを気にする空気を上手に消すことが大切です。ただし、主観的に報告される感謝では「感謝する>感謝される」という関係になりがちですが、実際にアプリなどの客観的な数値を見ると、そうでもないということも分かっています。

伊達

ある人との一対一の関係で、感謝の釣り合いを考え過ぎなくてもよいかもしれません。映画『ペイ・フォワード』ではないですけど、支援してもらったら今度は別の人に感謝を返そう、といった方向性に持っていくのも一つの手です。

次の3つの質問は解答が重なるので、まとめてご紹介します。

Q3:サンクスポイントで感謝を強要される感覚がおっくうです。

Q4:リモートワークで付き合いが離れ、感謝することされることに興味がなくなって一人で完結してしまった人を、どう巻き込むかべきでしょうか?

Q5:褒めるのが苦手な人は感謝するのも苦手そうです。どうアプローチすればいいでしょうか?

正木:

全体を通して、相反する2つの方向の解決策があります。一つは、感謝の効用に対する研究結果を、合理的に訴えていく方法です。「感謝をする/されることで良い影響がもたらされることは検証されているので、やってみましょう」というアプローチです。

もう一つは正反対で、「楽しいからやってみましょう」という巻き込み方です。感謝されて悪い気持ちになる人は少ないので、まずは感謝をされ、褒められる機会を作ります。「今度は、他の人をそういう気持ちにさせてあげませんか」と進めていきます。

伊達:

組織市民行動(組織の役に立つ自発的な役割外行動)という分野に興味深い研究群があります。組織市民行動は他者のための行動ですが、それが強要されるとストレス反応が起き、離職意思が高まります。ここから推測するに、感謝も強制されたり無言の圧力を受けたりしながら表明するようでは、ネガティブな影響が出るかもしれません。

また、感謝の問題が複雑なのは、個人と集団としての機能が食い違う可能性もある点です。本当は感謝しているわけではないけど、建前で「ありがとう」と言っておけば集団としては円滑に進みます。他方で、個人としてはあまり良くない状態も予測できますね。

質疑応答は以上です。このテーマは興味深い論点が多くありましたね。ぜひまた掘り下げていきたいと思います。本日はありがとうございました。

#正木郁太郎 #伊達洋駆 #セミナーレポート

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