2022年8月22日
組織サーベイで良質なデータを集める方法:組織サーベイ実態調査からの示唆
組織サーベイは、従業員の心理や行動を可視化するものです。しかし、学術研究において、組織サーベイから回答者の真意を引き出すことは簡単ではないことが、しばしば指摘されます。
そこで本コラムでは、組織サーベイを取り巻く実態について調査した結果と、その結果を元に、よりよい組織サーベイを実施するための示唆を届けます。
本コラムの構成
本コラムは「調査概要」「分析の概要」「結果の概要と実践的示唆」「分析の詳細」という4つの要素から構成されます。
1.調査概要
今回の調査の実施時期、対象者、実施の手続きを説明します。
2.分析の概要
今回の調査における主な検討ポイントを紹介します。
3.結果の概要と実践的示唆
分析結果をまとめ、今後の組織サーベイに対する示唆を記述します。
4.分析の詳細
分析アプローチやその意義を説明した上で、手続きと結果を詳説します。
どのような調査を実施したかを知りたい方は1や2、お時間のない場合は3を読んでいただければ、組織サーベイを実施する上でのヒントが得られます。分析の方法や結果の詳細を理解したい方は4もあわせてご覧ください。
1.調査概要[1]
当調査の概要は以下の通りにまとめることができます。
- 目的 :組織サーベイの実態把握と改善の示唆を得ること
- 実施時期 :2022年1月
- 分析対象者:日本国内の就業者かつ組織サーベイへの回答経験のある314人[2]
- 実施方法 :調査会社のモニターへのウェブアンケート
アンケートでは、例えば、次のような領域、および、質問内容について回答を求めました(下記の質問は一例です)。
組織サーベイに対するイメージ
- 「一つのアンケートの中で、似たような質問ばかりされているように感じる」
- 「アンケートへの回答内容がネガティブだと、人事評価に影響するかもしれないと感じる」
- 「自社で行われる従業員アンケートには、おおよそ満足している」など
自分の所属する会社の特徴
- 「私の会社は、私のことに関心がないように感じる」
- 「私の会社の人事評価のプロセスは、正確な情報に基づいて行われている」
- 「私は、今の勤め先に対して強い所属意識を感じている」など
組織サーベイの回答時に感じること
- 「自社の従業員を対象にしたアンケートへの回答へのやる気が起きない」
- 「アンケートへの回答依頼が来たら、できるだけ早く、積極的に回答している」
- 「(回答する理由として)会社をより良い環境にしたいから」など
組織サーベイの回答方法
- 「内容によらず、同じような選択肢ばかりを選んで回答していくことが多い」
- 「各方面に角が立たないような回答を意識している」
- 「自分の考えをありのまま回答している」など
2.分析の概要
当社が組織サーベイに携わった経験をもとに、今回の調査に際して、組織サーベイに対する次の3種類の回答に注目しました。
- でたらめな回答:質問内容を理解せず、自分の考えを反映する意図もない回答
- 忖度した回答 :自分の考えより、他者からの印象が悪くならないことを優先した回答
- 本音の回答 :質問内容に対する自分の考えを反映させることを意図した回答
これらの回答は、組織サーベイを通じたデータの質を左右します。でたらめな回答や忖度した回答をもとにしたデータは問題です。本音の回答が得られないのもやはり問題です。
組織サーベイをより良い形で実施するために、本調査では、次の3点を検討することにしました。
でたらめな回答をどう防ぐか
「でたらめな回答」は、組織サーベイの実施側と回答者側の双方に、無駄なコストをかけることにつながるため、予防方法を検討する意義があります。
忖度した回答をどう減らすか
「忖度した回答」は、組織サーベイが企業と従業員の間で行われる以上、完全にゼロにすることは難しいでしょう。ただし、忖度が大きくなるのは避けたいところです。そこで、低減する方法を検討します。
本音の回答をどう引き出すか
「本音の回答」は、組織サーベイを通して本来知りたいと考えている、従業員の現状と言えます。そこで、いかにしてこの回答を増やすのか、その方法を検討することとしました。
3.結果の概要と実践的示唆
3つの検討ポイントごとに、分析から明らかになった結果と、それらを踏まえた対策について紹介します。
(1)でたらめな回答をどう防ぐか
(1)-1.結果の概要
初めに、「でたらめな回答」が生じる背景について検討しましょう。
調査データを分析した結果、組織サーベイの回答に対して、「他の業務と比べて優先度が低い」と判断した場合や、回答時に説明文を読み飛ばした結果として、でたらめに回答する傾向があるとわかりました。
回答者は、通常業務を進める中で時間の折り合いをつけながら、組織サーベイに回答します。組織サーベイの優先順位が低いと判断されると、通常業務に充てる時間を少しでも減らさないため、説明文をしっかり読まず、「とにかく早く済ませるよう」という気持ちが働くのかもしれません。
(1)-2.実践的示唆
分析結果を基に、どうすれば、でたらめな回答が防げるのかを考えてみましょう。対策としては、「組織サーベイの優先順位を高める」「回答に集中できる環境を整える」という2つの方針が考えられます。
組織サーベイの優先順位を高めるためには…
従業員にとって重要なテーマを設定する
従業員が関心を持ち、大事だと思う内容について組織サーベイで取り扱えば、組織サーベイの優先順位を高めることができます
回答期限を短く設定する
少し間接的な方法にはなりますが、回答期限を短く設定すれば、他のタスクに比べて「先に対応する必要がある」という時間的な制約がかかります。これにより、優先度を高める効果が期待されます。
組織サーベイに集中できる環境を整えるためには…
繁忙期や他の組織サーベイの実施時期を避ける
組織サーベイを実施する時期として、繁忙期や、他の組織サーベイと重なるタイミングを避けましょう。組織サーベイへの回答が通常業務に与える負担を減らすことができます。
組織サーベイを工数として認める
組織サーベイへの回答を業務の一部として認め、その時間を会社から提供するのも一つの手です。そうすれば従業員も、業務の一環として落ち着いて回答することができます。
(2)忖度した回答をどう減らすか
(2)-1.結果の概要
続いて、「忖度した回答」を行う背景について検討します。改めて振り返っておくと、忖度した回答とは、他者からの印象が悪くならないことを優先した回答を指します。
調査データの分析結果に基づけば、組織サーベイに回答することに対して「回答内容が人事評価に関わるかもしれない」と考える場合や、「回答を強制されている」「面倒だ」と感じている場合に、忖度した回答をする傾向があります。
ネガティブな印象を抱く業務で人事評価が下がるのは、従業員にとって避けたい損失です。そのため、実施側の意図を推測し、角の立たない回答を行うのでしょう。
こうした傾向を示す背景として、企業側が組織サーベイを実施する意図や、分析結果を活用する先を、回答者に対して十分に説明していないことが挙げられます。会社から明確な説明がないまま組織サーベイが実施されれば、「何のためにやるのだろう」と疑念がわくものです。
(2)-2.実践的示唆
分析結果を踏まえて、忖度した回答をどうすれば減らせるのかを考えてみましょう。忖度した回答の発生を完全にゼロにするのは現実的ではありません。忖度が大きくならないような工夫が必要です。
企業側が従業員に対する説明責任を果たすことで、従業員に組織サーベイを実施する意義を理解してもらうという方向性で有効でしょう。
組織サーベイを実施する意義を理解してもらうには…
組織サーベイへの回答を強制しない
回答する意思がない従業員に回答を強制し、無理やり回答率を上げても、回答内容が「忖度した」ものになってしまっては、従業員の現状を正確に理解することはできません。
組織サーベイで得た情報を活用する/しない領域や方法について明示する
組織サーベイの結果を、どのような施策に用いるのか、逆に、用いないかを明示します。そのことによって、例えば、「人事評価に使われるかもしれない」という懸念を抑制することにつながります。
組織サーベイの結果を回答者にフィードバックする
回答者には調査結果を伝えるようにしましょう。回答することで、何らかの結果が得られるという感覚を得てもらうことが大事です。言われてみれば当たり前のことですが、結果を共有していない企業は少なくありません。
組織サーベイの分析結果を基づく施策を打ち出す
組織サーベイの結果に基づいて施策を実施するまでに至れば、回答者が「回答には意味がある」と納得してもらいやすくなります。より積極的には、施策が「組織サーベイの結果に基づいている」ことを強調することも重要です。
(3)本音の回答をどう引き出すか
(3)-1.結果の概要
さらに、「本音の回答」が生まれる背景を検討します。本音の回答とは、質問内容に対する自分の考えをしっかり反映することを意味しました。組織サーベイにおいては、本音の回答が得られる方が良いと言えます。
今回の調査データを分析した結果、回答者が、組織サーベイを実施することに満足感を覚え、回答することに意欲を感じているほど、本音で回答する傾向があることがわかりました。
また、このような回答者の所属する企業では、従業員を尊重する風土が醸成されており、公正な評価が行われているようです。
本音の回答は、従業員が「自分は会社に大切にされている」と感じ、企業の改善に貢献したいと感じているからこそなされるということです。本音の回答とは、企業と従業員の、いわば互恵的な関係の産物なのです。
(3)-2.実践的示唆
どうすれば本音の回答を引き出すことができるのでしょうか。本音の回答が生まれる背景を見る限り、組織サーベイの実施方法を工夫するだけに留まらない、根本的な対策が求められていると言えます。
企業側が従業員から愛着を感じてもらえるように、日頃から継続的に環境を整備する必要があるのです。
従業員に企業に対する愛着を感じてもらうには…
企業が従業員の課題をしっかり把握する
有益な制度を設計し、良質な風土を醸成するためには、従業員の置かれた状況、特に課題を的確に把握することが重要です。組織サーベイによる検証はもちろんのこと、普段から従業員の声を様々な方法で収集するようにしましょう。
従業員が直面する課題への対策を地道に実行する
従業員が抱える課題を解決するために、施策を検討し、実行します。さらに施策の効果を検証し、改善を加えれば、企業として従業員を支援する意向があることを、従業員に示すことができます。
4.分析の詳細
以降、今回の調査に用いた分析手続きの詳細について解説します。ここまでの結果や含意を導くに至ったプロセスを知りたい方は、ご一読ください。
本コラムの冒頭で述べた通り、組織サーベイの実態調査は希少です。先行事例に基づいて仮説を立てるのは難しい状況でした。そこで、事前に想定した仮説の正しさをデータから検証する「仮説検証型」のアプローチではなく、データをもとに現象を可視化する「仮説探索型」のアプローチをとることにしました。
(1)回答メカニズムの見立て
分析の第一段階として、「でたらめな回答」「忖度した回答」「本音の回答」の発生と関連が強い要因を把握するために、クラスター分析を実施しました。クラスター分析とは、複数の特徴に基づいて分析対象をグループ分けする手法です[3]。
クラスター分析によって、どのような要因が3種類の回答と関連しているのかを把握することで、データドリブンにメカニズムの見立てを得ることにしました[4]。クラスター分析の結果、それぞれの種類の回答と関連する要因を3つのグループに分けることができました。
(1)-1.でたらめな回答と関連する要因を含むグループ
でたらめな回答と関連が強いグループとして、2つの要因が確認されました。
- 優先順位の低さ:他の業務との折り合いの中で、組織サーベイの優先していないこと
- 冒頭説明の読み飛ばし:組織サーベイの冒頭に設けた説明文を確認していないこと
でたらめな回答との関連が確認された2つの要因はいずれも、組織サーベイに積極的ではない態度を示しています。回答者が、組織サーベイの優先順位を低く見積もる、あるいは、冒頭の説明を読み飛ばすため、でたらめな回答をしているのではないかと考えられます。
(1)-2.忖度した回答と関連する要因を含むグループ
次に、忖度した回答と関連が強いグループとして、9つの要因が確認されました。
- 調査への無力感:調査に協力することで得られるものはないと感じていること
- 回答の面倒さ:組織サーベイへの回答が面倒であると感じること
- 類似質問の多さ:組織サーベイに回答する際に似通った質問が多いと感じること
- 評価への活用懸念:組織サーベイへの回答が評価に使われると考えること
- 回答者特定の懸念:回答者と回答内容が紐づけられていると考えること
- 調査結果の未活用:自社が組織サーベイの結果を活用していないと感じること
- 外発的な回答動機:周囲からの罰を回避するために回答すること
- 回答の強制:組織サーベイに回答することを周囲から強制されていること
- 調査結果の非公開:組織サーベイの結果が知らされていない程度
忖度した回答は、回答者が組織サーベイにネガティブな印象を持っていることを示す要因(「調査への無力感」「回答の面倒さ」など)と関連していました。また、回答者の所属する企業の特徴として、組織サーベイの取り組み方を表す要因(「調査結果の未活用」「調査結果の非公開」など)との関連も示されました。
このことから、会社側に組織サーベイの実施やその結果の扱いが不十分であると、回答者が組織サーベイに対してネガティブな印象を抱き、忖度した回答をすると考えられます。
(1)-3.本音の回答と関連する要因を含むグループ
そして、本音の回答と関連が強いグループとして、7つの要因が確認されました。
- サーベイへの満足感:自社で行われている組織サーベイに満足していること
- 回答に対する意欲:組織サーベイに回答する際に意欲が湧くこと
- 内発的動機づけの回答:自分自身や会社の環境が良くするために回答すること
- データリテラシー:統計的な分析の知識を持っていること
- 会社からの支援:自社が従業員を尊重するような風土や環境を整備していること
- 会社への愛着:回答者が自社に愛着を感じていること
- 評価プロセスの公正感:自社の人事評価が公正なものだと感じていること
本音の回答は、回答者が組織サーベイにポジティブな印象を持っていることを示す要因(「回答に対する意欲」「内発的動機づけの回答」)と関連しています。また、「良い会社」を表す特徴と言っても良い要因(「会社からの支援」「評価プロセスの公正感」)との関連も確認されました。
このことから、会社が回答者にとって望ましい特徴を持ち合わせている場合に、回答者は組織サーベイに積極的な姿勢を見せ、本音の回答をすると考えられます。
(2)回答メカニズムの精査
分析の第二段階として、組織サーベイの3種類の回答が生起するメカニズムを精査するため、構造方程式モデリングを実施しました。構造方程式モデリングとは、複数の指標を用いて因果関係を想定した仮説モデルを構築し、実際のデータとのあてはまりを検証する分析です[5]。
先ほどのクラスター分析においては、関連の強い要因を見つけることができます。その一方で、要因間がどのような関係にあるのかを検証できません。とはいえ、クラスター分析をせずに初めから構造方程式モデリングを実施すると、検証する関係性のパターンが膨れ上がります。
そこで今回は、3種類の回答それぞれと関連の強い要因をクラスター分析で焦点化した後で、構造方程式モデリングによって関係性を精査する、という手続きをとりました。
また、組織サーベイに対する回答が生起するメカニズムを考えるうえで、先行研究における理論的枠組みを参照しました。要因間の関係性について、より妥当な結果へと近づけることができると考えたからです[6],[7]。
具体的には、組織の風土や環境に関する要因が、従業員の自発的な行動に影響を与えるというモデルを参考に(e.g., Farooqui, 2012)、企業・職場の要因や、組織サーベイに対するイメージが、回答時の反応を介して、3種類の回答に影響するという全体像を想定しました。
(2)-1.でたらめな回答のメカニズム
構造方程式モデリングで得られた実際の結果を、それぞれご紹介します。なお、以降の説明では、各要因が3種類の回答とどのような関連にあるのかを理解しやすいように、便宜的に次の呼称を用います。
- 直接要因:3種類の回答に直接影響する要因
- 間接要因:直接要因に影響し、3種類の回答に間接的に影響する要因[8]
まず、でたらめな回答が生起するメカニズムを見ていきましょう。具体的な分析結果は、次の通りとなりました。
Fig. でたらめな回答のパスモデル
でたらめな回答の直接要因
- 「優先順位の低さ」が高いほど「でたらめな回答」が増える
- 「冒頭説明の読み飛ばし」が高いほど「でたらめな回答」が増える
でたらめな回答の間接要因
- 「優先順位の低さ」が高まると、「冒頭説明の読み飛ばし」が高まる
でたらめな回答が生起するメカニズムとしては、組織サーベイの「優先度の低さ」と「冒頭説明の読み飛ばし」の2つが直接要因であること、「優先度の低さ」には「冒頭説明の読み飛ばし」を促すという間接要因としての影響も示されました。
いずれの結果も「優先度の低さ」が起点です。従業員にとって組織サーベイの優先度が低い状況が生まれる背景に、回答者が通常業務とは関連のない別の(余計な)タスクとして、組織サーベイに回答する状況があると考えられます。
(2)-2.忖度した回答のメカニズム
忖度した回答が生起するメカニズムに関する結果は、次の通りです。
Fig. 忖度した回答のパスモデル
忖度した回答の直接要因
- 「評価への活用懸念」が高まるほど「忖度した回答」が増える
- 「外発的な回答動機」が高まるほど「忖度した回答」が増える
- 「回答の面倒さ」が高まるほど「忖度した回答」が増える
忖度した回答の間接要因
- 「外発的な回答動機」が高まるほど「回答の面倒さ」が高まる
- 「調査への無力感」が高まるほど「回答の面倒さ」が高まる
- 「回答者特定の懸念」が高まるほど「評価への活用懸念」「外発的な回答動機」が高まる
- 「回答の強制」が高まるほど「評価への活用懸念」「外発的な回答動機」「調査への無力感」が高まる
- 「調査結果の未活用」が高まるほど「評価への活用懸念」「外発的な回答動機」「調査への無力感」が高まる
- 「調査結果の非公開」が高まるほど「調査への無力感」が高まる
- 「類似質問の多さ」が高まるほど「評価への活用懸念」「外発的な回答動機」が高まる
忖度した回答が生起するメカニズムについては、特に間接要因として、企業側が組織サーベイの結果の開示や活用を怠っていることの影響(「回答者特定の懸念」「回答の強制」「調査結果の未活用」「調査結果の非公開」)が広く確認されました[9]。
このような間接要因がある場合、回答者が「何のための調査なのか」と疑念を抱き、結果として、自らの率直な意見よりも実施意図を勘ぐる、あるいは、「つまらないことで評価を下げたくない」という気持ちが起き、忖度した回答が生じると考えられます。
(2)-3.本音の回答のメカニズム
最後に、本音の回答が生起するメカニズムに関する結果は、次の通りまとめられます[10]。
Fig. 本音の回答のパスモデル
本音の回答の直接要因
- 「サーベイの満足度」が高まるほど「本音の回答」が増える
- 「回答に対する意欲」が高まるほど「本音の回答」が増える
本音の回答の間接要因
- 「会社への愛着」が高まるほど「サーベイの満足度」が高まる
- 「内発的な回答動機」が高まるほど「サーベイの満足度」「回答に対する意欲」が高まる
- 「会社からの支援」が高まるほど「会社への愛着」「内発的な回答動機」「サーベイの満足度」が高まる
- 「評価プロセスの公正感」が高まるほど「会社への愛着」「内発的な回答動機」「サーベイの満足度」が高まる
本音の回答が生起するメカニズムについては、「サーベイの満足度」や「回答に対する意欲」が直接要因であり、間接要因として、企業側から従業員に対する組織的なフォロー(「会社からの支援」「評価プロセスの公正感」)、あるいは、回答者がもつ「会社への愛着」や「内発的な回答動機」の影響が示されました。
確認された間接要因はいずれも、組織サーベイを実施する際の工夫で短期的に変化するものではなく、日々の組織マネジメントを通じて、中長期的に回答者に影響を与えている要因です。回答者は、所属する企業が日頃から正当に扱ってくれていることへの恩返しとして、本音で回答するのでしょう。
引用文献
- Farooqui, M. R. (2012). Measuring organizational citizenship behavior (OCB) as a consequence of organizational climate (OC). Asian Journal of Business Management, 4(3), 294-302.
- 星野崇宏, 岡田謙介, & 前田忠彦. (2005). 構造方程式モデリングにおける適合度指標とモデル改善について: 展望とシミュレーション研究による新たな知見. 行動計量学, 32(2), 209-235.
- 三浦麻子, & 小林哲郎. (2018). オンライン調査における努力の最小限化が回答行動に及ぼす影響. 行動計量学, 45(1), 1-11.
- 高比良美詠子・安藤玲子・坂元章(2006) 縦断調査による因果関係の推定――インターネット使用と攻撃性の関係―― パーソナリティ研究, 15(1), 87-102.
- 吉田寿夫・村井潤一郎・宇佐美慧・荘島宏二郎・小塩真司・鈴木雅之・椎名乾平(2020) SEM は心理学に何をもたらしたか? 教育心理学年報, 59, 292-303.
脚注
[1] 同様の調査データを用いた別コラムもあります。併せて参照ください。組織サーベイ実態調査 結果報告会:従業員意識調査をもっと有効なものにするには(セミナーレポート)
[2] フィラー項目(質問を吟味しながら回答しているかを検査するために設けられる、調査の目的自体とは関連のない項目)への回答不備、および、回答時間が極端に短かった対象者を、分析から除外しました。
[3] クラスター分析に関する詳細な解説は、当社のコラム「クラスター分析とは何か」を参照ください。
[4] クラスター分析を用いて探索的に現象を解釈する手法は、社会科学領域では広く採用されています。例えば次のような研究事例があります。
- 井関龍太. (2019). 心理学実験実習のメニューはどう決まるか――シラバスに基づく分析――. 心理学研究, 90(1), 72-79.
- de la Lastra, S. F. P., Martín-Alcázar, F., & Sánchez-Gardey, G. (2022). Developing the ambidextrous organization. The role of intellectual capital in building ambidexterity: An exploratory study in the haute cuisine sector. Journal of Hospitality and Tourism Management, 51, 321-329.
[5] 構造方程式モデリングは「共分散構造分析」とも呼ばれ、探索的な目的で行う学術研究において用いられることがあります。例えば、次のような研究事例があります。
- 小原満春. (2021). ワーケーションの周辺環境および意向との関係に関する探索的研究. 観光研究, 33(3), 65-74.
- Roy, S., Dan, P., & Modak, N. (2018). Effect of teamwork culture on NPD team’s capability in Indian engineering manufacturing sector. Management Science Letters, 8(7), 767-784.
[6] 構造方程式モデリングの実証結果は、厳密には要因間の予測効果であり、それのみでは因果関係を立証したことにはなりません(吉田他, 2020)。具体的な限界点の一つに、検証結果の正確さを示す指標(適合度)が同程度で、異なる関係性が検出されてしまうという「同値モデル」の存在があります(星野・岡田・前田, 2005)。
[7] 要因間の因果関係に迫る発展的な検討としては、実験室実験、縦断調査などがあります(高比良・安藤・坂元, 006)
[8] 間接要因を用いたより高度な分析として、媒介分析があります。媒介分析とは、間接要因が直接要因を通じて、回答にどの程度影響しているかを量的に検証する方法です。今回は、関連する要因の全体像の把握が目的であるため、媒介分析を実施していません。しかし、例えば、間接要因の効果検証が目的である場合には、媒介分析を行う必要があります。
[9] 本調査の限界として、いずれの要因も自己報告式で測定されていることが挙げられます。組織側の要因がもたらす効果については、客観的な指標に基づく再評価が求められます。
[10] 「データリテラシー」は、クラスター分析の結果では本音の回答との関連が示されましたが、構造方程式モデリングの結果、直接要因および間接要因のいずれにも該当しませんでした。
執筆者
黒住 嶺
株式会社ビジネスリサーチラボ フェロー。学習院大学文学部卒業、学習院大学人文科学研究科修士課程修了。修士(心理学)。日常生活の素朴な疑問や誰しも経験しうる悩みを、学術的なアプローチで検証・解決することに関心があり、自身も幼少期から苦悩してきた先延ばしに関する研究を実施。教育機関やセミナーでの講師、ベンチャー企業でのインターンなどを通し、学術的な視点と現場や当事者の視点の行き来を志向・実践。その経験を活かし、多くの当事者との接点となりうる組織・人事の課題への実効的なアプローチを探求している。